とてもとても静かな夜更けに、不意に頬に触れる人の指の感触を感じ取って、  
ハウルは思わず飛び起きた。目の前には、目を丸くしたソフィーが  
手を伸ばした姿勢のまま固まっている。  
「―――ソフィー?」  
思わず呟くと、ソフィーははっとしたように顔を赤らめ、手を引っ込めた。  
「あぁ、あの、ごめんなさい!勝手に部屋に入ったりして」  
動揺しているのか、ソフィーはしきりに髪を撫で付けながら謝った。呆然とする  
ハウルに、さらに畳み掛けるように言葉を続ける。  
「あの、もうすぐ出て行くから!本当にごめんなさい、驚いたでしょう?  
でも、別に何もするつもりなかったのよ!本当よ!ごめんなさい、おやすみなさい」  
そう言ってベッドからソフィーは飛び降りた。その腕を、ハウルが慌てて掴む。  
「ソフィー」  
囁くと、ソフィーの動きが完全に止まった。伺うような目で、ハウルを見ている。  
「ねぇ、一体どうしたの?」  
 
問われ、ソフィーはばつが悪そうな顔をした。ハウルは苦笑し、毛布を持ち上げると  
空いたスペースを手で叩いて見せた。  
「おいで」  
「あの、でも、わたし、自分の部屋に戻るわっ!」  
「そんな所にいたら風邪を引いてしまうよ?」  
おいで、とハウルはことさら優しくソフィーを呼びつける。耳まで赤くなった  
少女は、観念したようにベッドに乗りあがった。  
「……お邪魔、します」  
「どうぞ」  
くすくすと笑いを洩らしながら、ハウルがソフィーを招き入れた。毛布をかぶり、  
ソフィーはほんの少しだけ居心地悪そうな風情である。  
「ね、ソフィー。夜中にいきなり訊ねて来るだなんて、どうしたの?」  
 
訊ねても、ソフィーは俯くだけだった。ハウルはどうしたものかと腕組みし、  
とりあえずベッドから降りて隠しておいたブランデーをコップに二杯注いだ。  
「はい」  
ソフィーの隣にさりげない仕草で座り、彼は少女にコップを差し出した。  
「まぁ」  
ソフィーは少しだけむっとした顔をしたが、おとなしくそれを受け取った。  
「……あなたの姿を、どうしても確かめたくなったの」  
唇を湿らせるように琥珀色の液体を舐めながら、ソフィーがぽつりと洩らした。  
ハウルが驚いたように眉を持ち上げる。  
「……夢を、見たわ」  
「どんな?」  
 
「…………今までの全てが夢で、私はまた地味な帽子屋に戻ってるの。ハウルも  
お城も遠くにあって、私には縁がない。そんな夢よ」  
夢の中の光景を思い起こすように、ソフィーは遠い目をしながら呟く。  
ハウルはこれと言った感想を洩らすこともなく、コップを傾けていた。  
「目が覚めたら、どっちが現実なのかわからなくて―――おかしいでしょう?」  
酔いが回ってきたのか、苦笑したソフィーの目元がわずかに赤かった。ハウルは  
なんだか寂しいような気分になって、彼女を抱きすくめた。  
「!」  
「……大丈夫、僕はここにいるよ。どこにも行かない」  
一言一言噛み締めるように、ハウルが低く言葉を紡いだ。腕の中に閉じ込められ、  
ようやっと安心したのかソフィーが目を細める。  
「悪い夢だったね。でも、僕はずっとソフィーと一緒にいるよ」  
ソフィーの腕が、ハウルの背中に回された。ふと目が合い、二人はどちらともなく  
唇を寄せ合った。きゅ、と細い指が青年のシャツを握る。  
 
「……あぁ」  
唇が離れた途端、少女の口から切なげな吐息が漏れた。キスの余韻に  
酔っているのか、潤んだ目元が悩ましい。  
「ハウル……」  
甘ったるい囁き声は、いとも簡単にハウルの理性を破壊した。こみ上げてきた  
衝動を押さえきれず、ハウルはソフィーをベッドに押し倒した。  
「きゃあっ!」  
上がったかすかな悲鳴にも対応できないほど、ハウルは高ぶっていた。  
ソフィーの顔やら首やらに唇を押し付け、夜着の胸元を開く。  
「ソフィー」  
少女の身体が、確かに固く強張った。しかし、欲望を押さえられずに無理やりに  
飽いた胸元にも唇を押し付けた。  
 
「いやっ!」  
びり、と走った痛みに、ソフィーが拒絶の声を上げた。その声に理性を取り戻した  
ハウルが、彼女から飛びのく。  
「………ハウル?」  
羞恥と不甲斐無さに顔を赤らめるハウルに対し、ソフィーは不思議そうな、  
とても透明な目で彼を凝視している。  
「―――ごめん。どうか、してた」  
俯き、壊れそうな微笑を浮かべたハウルを見て、ソフィーは泣き出しそうになった。  
自分が彼を傷つけた。それは明白な事実だった。  
「……続けても、いいのよ……?」  
闇の静けさに負けそうなほどに小さな声で、ソフィーがそう告げた。  
こんな夜更けに恋人のベッドに上がったのだ。そのような事を期待されても  
おかしくはないし、自分に拒絶できる権利がない事も少女は知っている。  
それでも、ハウルは柔らかな苦笑を浮かべると、彼女の髪を撫でた。  
「驚かせてごめんね……大丈夫、もうしないから」  
 
そう言われ、ソフィーは全身から力が抜けるのを感じた。しかし、そう思った事に  
失望して慌ててハウルに縋りつく。  
「我慢してるの?」  
ハウルは首を傾げるようにしてソフィーの目を覗き込むと、ゆっくり自分の手を  
彼女の頬へあてがった。  
「……そうじゃない。ただ、君は世界で一番大切な女の子なんだ。  
傷つけたり、怖がらせたりしたくない。それだけだよ」  
彼の優しさに、ソフィーはまた居たたまれなくなった。大きな目を泣き出しそうに  
潤ませた少女を、青年が優しく抱きしめる。  
「いつか、もっと二人が近くなったら―――」  
「なったら……?」  
「そうしたら、今日の続きをしよう。今は、傍にいてくれればいいから」  
 
ハウルにそう告げられ、ソフィーは小さく頷いた。彼は微笑むと、少女の背を  
あやすように撫でた。  
「本当にごめんね、ソフィー。大丈夫?部屋に戻る?」  
「………夜のせいね」  
ぽつん、とソフィーが呟いた。真意を図り損ね、ハウルが曖昧な表情になる。  
「全部、夜が悪いのね。怖い夢を見るのも、自分が自分でなくなるのも」  
囁くように言い終え、ソフィーはハウルをまっすぐに見据えた。それから微笑む。  
「いつか、夜の怖さに勝てる日が来る?」  
「ソフィーなら、大丈夫だよ」  
ハウルが優しい声音でそう答えた。しかし、ソフィーは首を振る。  
「いいえ」  
目を瞠るハウルに、ソフィーは幸福そうな微笑を浮かべて見せた。  
「私一人じゃ無理よ―――でも、あなたが一緒なら、きっと大丈夫だわ」  
夜の怖さも、自分が自分でなくなることも。互いが傍にいて支えあえるならば。  
「きっと、そうだね」  
ハウルも幸福そうに微笑んだ。ソフィーは彼の首に腕を回す。  
二人は目を合わせて微笑むと、再び唇を重ねた。  
 

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