差し出された真っ赤な薔薇の花束の前に、ソフィーはぽかんと口を開けた。  
目の前の青年は、ひどく思いつめたような面持ちで固まっている。  
「………あの」  
今しがた売ったばかりの花束を渡される意味がわからず、ソフィーは困ったように  
声をかける。青年はぷるぷると震えながら頭を下げた。  
「僕と―――結婚を前提としたお付き合いをして下さい!」  
はぁ、と生返事をしたソフィーに、青年は思い切り悲しそうな顔をした。  
ソフィーは頬に手を当てると、大きな溜息をついた。  
花屋を開き、接客をするようになってから、ソフィーの顔は随分と町中に  
知れ渡っていた。その美しい銀髪や整った顔立ちに加え、柔らかい物腰や  
優しい性質で彼女は老若男女問わず愛される存在となった。  
まぁ、一部の女性からの反発は残ったりもしたが。  
それというのも、彼女がこの店の店主である美貌の青年の愛を一身に受ける  
存在だからであった。店主は彼女がかわくて愛しくて仕方がないという様子を  
隠そうともせず、たまに店に出ては立ち働く少女に熱っぽい視線を注いでいた。  
というわけで、ソフィーは周りから非常に愛される存在でありながらも、  
彼女に手を出そうとする輩はそうそういなかった。  
そう言った点では、この青年はちょっとした猛者であるとも言える。  
「………ご好意はありがたいのですが―――申し訳ありません。  
私にはもう恋人がいて……あの、だから……」  
 
よく考えればこんな直球な告白は初めてで、ソフィーはしどろもどろになって  
しまった。けれど、ここで曖昧に断ったりしたら、この青年に悪い。  
だから、ソフィーはきっと顔を上げて宣言した。  
「あなたとは、お付き合いできません」  
あまりにも淀みなく言われたためか、青年は傷ついたように顔をゆがめた。  
ソフィーは淡く微笑み、ごめんなさい、ともう一度呟く。青年はうな垂れ、  
花束を下げた。  
「…………恋人とは、ここの店主ですか?」  
掠れた声で青年が呟き、ソフィーは恥ずかしそうにそれに背いた。  
途端、彼が顔を上げ、目じりを吊り上げる。  
「あの男は、いろんな女と懇ろになっています!あなたには相応しくない―――  
どうせ、あなただって気まぐれに選ばれ、慰みにされているだけだ!」  
青年の解釈は随分と彼に都合のいい方向に傾いてはいたけれど、  
ソフィーを傷つけるには十分な威力を持っていた。胸に鋭い痛みが走り、  
ソフィーは思わず目を瞑った。  
「傷つくのは、見てられないんです………すぐに見切りをつけるべきです」  
青年がソフィーに熱っぽく訴えかけた。しかし、息も出来ないくらいの  
衝撃を受けて立ち尽くすソフィーには、そんな言葉は届かない。  
彼女はただぐるぐると頭を回る言葉達  
―――いろんな女と懇ろになった、相応しくない、気まぐれな、慰みもの―――  
に気を取られていた。青年はその間に彼女の手を取り、自分がいかに彼女に  
焦がれているかをとくとくと語っていた。  
 
「お客さん」  
思い切り不機嫌そうな声がして、長い腕がソフィーの背後から伸びてきた。  
それが彼女を捕らえると同時に、端正な男の顔が現れる。  
「花を買う気がないなら、お引取り願いたい」  
ハウルはソフィーの肩を抱きながら、苛々と吐き捨てた。驚くソフィーを尻目に、  
目の前の青年を高圧的に睨みつける。  
「この子は僕のものだ。あんたにどうこう言われる筋合いはない」  
ハウルの怒りを痛いほど感じ、ソフィーは思わず身をすくめて彼の胸に手を置いた。  
その様子をじゃれていると取ったのか、目の前の青年は怒りに真っ赤になりながら  
手前にあった花瓶―――皮肉な事に、それは先ほどまで花束の中身を活けて  
あったものだったが―――を手にとり、中身を思い切りぶちまけた。  
水を頭からかぶり、ハウルの髪が額に張り付く。前髪の隙間から覗く青色は  
狂気の色を湛えていて、見上げたソフィーは背筋に悪寒が走るのを感じた。  
「ふざけるな!彼女の事、愛してもいないくせに!」  
青年はそう喚き、ハウルをにらみつけた。しかし、怒りにぎらつく青い瞳に  
圧倒されたのか、舌打ちを一つ残して店を飛び出していった。  
 
「―――誰だ、あいつは?」  
低く掠れた声で訊ねられ、ソフィーはかたかたと震え出した喉をだましだましに  
言葉を紡いだ。  
「………常連さんだったわ……いつもは、すごく優しい学生さん」  
小刻みに震えるソフィーをハウルはちらりと一瞥すると、そう、と一言だけ  
洩らした。重たい沈黙に耐え切れず、ソフィーは無駄に明るい声を出した。  
「濡れてしまったわね、大丈夫?あの、着替えに行きましょう!  
風邪を引いてしまっては大変だわ!」  
そういって彼の腕を引き、彼の部屋へと向かった。その間も一言も話そうとしない  
ハウルに空恐ろしさを感じながらも、ソフィーはつとめて陽気に振舞った。  
「……信じられないわよね!まさか、私に告白してくるなんて!あなたも  
とんだ災難だったわね。まさか、あんなふうな事するだなんて誰も思って  
いなかったもの―――カルシファーに頼んでお湯を送ってもらいましょうね」  
空白を埋めるように早口に喋りながら、ソフィーはハウルの着替えを探した。  
シャツやらズボンやらは、チェストに乱雑に詰められていたので、  
なかなか見つからない。  
「ねぇハウル―――」  
「黙って」  
 
振り返ろうとしたとき、耳元で声がした。思わず飛び上がりそうになった  
ソフィーを、ハウルは静かに抱きすくめた。まるで、腕の中に閉じ込めるように。  
先ほどソフィーを助けた腕は、裸のままだった。びしょびしょに濡れた  
シャツは脱ぎ捨てられたようだ。少し冷たい皮膚の感じが、頬に伝わる。  
「……ハウル?」  
「どうして、すぐに追い返さなかったの?」  
囁かれ、ソフィーは身体を固くした。耳元に息が当たるたびに、ぞくりとした  
痺れに似た何かが走る。  
「あ……あの……私…」  
「どうして、何も言い返さなかったの?」  
つ、と舌が伸ばされ、それがソフィーの耳を嬲った。ぞくぞくとする感覚は  
もはや隠しようもなく、ソフィーは持っていた彼のシャツをきつく抱きしめた。  
「あ……ぁ、やぁ……」  
「どうして」  
そこで、ハウルはいったん言葉を切った。かり、と彼女の耳朶を柔らかく食む。  
「あぁ!」  
「僕が好きだって言わなかったの?」  
彼の大きな手がソフィーの身体を蹂躙する。ぷち、ぷち、と胸元のボタンを外すと、  
ゆっくりと上半身をはだけさせていった。彼女の瞳が、羞恥に潤んだ。  
 
彼と身体を重ねた回数というのは、まだそうは多くない。  
初めての夜がほんの二ヶ月前なのだから、それは仕方のない事だとも思う。  
だけれど、彼はいつでも優しく、そして自分を怯えさせるような真似はしなかった。なのに―――今はどうだろう?  
 
掌に彼女の乳房を納め、それを機械的に揉みしだきながら、ハウルは震えている  
首筋に顔を埋めた。きつく吸い付くたびに赤く跡が残り、淫靡な雰囲気が漂う。  
「あっ……は、ぁ……」  
俯き、シャツをぎゅっと抱きしめたままソフィーは溢れ出る声を押し殺した。  
真っ赤になり、苦しそうに喘ぐ彼女を気にする様子もなく、ハウルは手の中の  
それが柔らかくたわんだことに微笑を浮かべる。  
「ねぇソフィー……どうして?」  
固く、そして色味を深くした小さな突起に指を這わせながら、ハウルが訊ねた。  
びく、とソフィーの体がかわいそうな位に跳ね上がる。  
「ひぁっ―――っあ!」  
「答えてよ、ねぇ」  
何でこの人はこんなに機嫌が悪いんだろう、とソフィーは泣き出しそうに眉根を  
寄せた。確かに、彼が来たときにソフィーはあの青年に手を取られ、  
愛を囁かれていた。けれど、ソフィーはそれにこたえる気は毛頭なかったし、  
事実言下に断っていた。なのに、ハウルはそれを知らない。  
 
「ちが……っ、ちゃんと、あっ!」  
 無遠慮にスカートをまくられ、ソフィーが震え上がった。下履きが乱暴に下げられ、素足がさらされる。  
「ちょっと、もうやめて……やだっ!」  
 いきなり敏感な部分に触れられ、ソフィーがいやいやした。ハウルはそれに気にする様子もなく中指を這わせ埋める。  
「きゃあっ!」  
 ぐちゅ、ぐちゅと淫靡な音を立てて抜き差しされる指に、ソフィーが悲鳴を上げた。蜜が溢れ出し、ハウルの手を伝っては流れていく。  
「あんっ……やっ、あっ、はぁっん!あっ……いやぁ……」  
濡れた音はもう隠しようもなく、ソフィーはただ一心に喘ぎ、身もだえした。  
くねくねと腰が動くたびに、ハウルの口角が持ち上がる。  
もう何が何だか解らなくなっているソフィーの口に、彼女の蜜で濡れた指が  
差し込まれた。  
「自分で汚したんだから―――舐めて?」  
「んぅ……」  
苦しさと恐怖を感じながらも、ソフィーはおずおずとハウルの指を舐めた。  
わずかな酸味を感じる。体の奥が、ぴくりと疼いた。  
「ぅん……ん、ふ………」  
虚ろな表情で指先に舌を絡め続けるソフィーを見つめているうちに、  
ごまかし切れない熱を感じて、ハウルはズボンと下履きをずらした。  
己は、すでに熱を持ってぱんぱんに固くなっている。  
「もう我慢できないや………入れるさせて」  
 
ず、と音がしてハウルの熱く滾ったものがソフィーの中にうずめられた。  
とたん、白い背中が弓なりにしなり、喉がぐいとのけぞる。  
「――――ひぁぁっ!!」  
どうしようもない熱さと異物感に、ソフィーが涙を溢れさせた。  
そういえば、ベッドではない所で身体を繋げるのは初めての経験だ。  
膝が笑い、内腿ががくがくと震える。  
「いやぁっ!あっ、やっ!やっん……あぁああっ!」  
立っていられなくなって、思わず前のめりになってチェストに手をつく。  
自然と腰を突き出してしまう格好になって恥ずかしかったが、  
いくらかはましだった。  
 
「ねぇ―――ソフィーは、あの男に少しでも、よく思われたかったから  
何も言わなかったの?」  
ぱん、ぱんと小気味の良い音の間から、ハウルが訊ねた。甲高い声をあげ、  
ほとんど泣き出したソフィーがふるふると首を振る。  
「違う……違うの……」  
必死の弁解もむなしく、ハウルの攻め立てるペースはやまない。  
襲い来る絶頂の影に怯えながら、ソフィーはぎゅっと目を瞑った。  
「あ、あぁぁ………あ、あ、あぅ……」  
体が小刻みに震え始める。ハウルも心得たように息を大きく吐き、埋めていた  
ものをぎりぎりまで引いた。そして、それから一息に最奥まで突き入れる。  
「ひっ――――――あああぁっ!」  
「うっ……ぁ」  
ぎゅうう、とソフィーのそこがきつく窄まった。その締め付けにハウルも  
耐えられず、彼女の中に白濁を吐き出した。彼女の体から、完全に力が抜けた。  
 
 
しばらくの間、二人は繋がりあったままでいた。荒い呼吸の音だけが響く。  
先に動いたのはハウルだった。腰を引いてつながりを解くと、  
ソフィーの脚から力が抜けた。ぺたりとその場に座り込む。  
「………ぃくっ……ひ…っく」  
ソフィーはすすり泣いていた。ハウルは憮然とした顔で身なりを直している。  
沈黙が訪れ、二人はそれから随分長い間黙っていた。  
「………質問、一つくらい答えたら?」  
泣きじゃくるソフィーに、ハウルが憮然としながら言った。彼女は涙に濡れた目で  
きっと彼を睨むと、真っ赤な唇を尖らせた。  
「…………せに……」  
「え?」  
「話を聞こうとしなかったくせにって言ったの!あの人、私はあなたの  
気まぐれで慰みされてるだけだって言ったわ!相応しくないって!  
そんなの解ってたけれど私、私……」  
そこまで言って感極まったのか、ソフィーがまた声を上げて泣き始めた。  
ハウルはぽかんとした顔になり、それから驚きに顔をゆがめた。  
 
「はぁっ?」  
間抜けた声に、ソフィーがまた彼をにらみつけた。ハウルはしゃがみこむと、  
濡れた髪をくしゃくしゃとかきむしった。  
「じゃあ、何?君は、僕が君の事を気まぐれで慰みにしたと思ってたの?」  
問われ、ソフィーは思わず視線をそらした。ハウルが大仰な溜息をつく。  
「……だって…あなたは、素敵だから……いろんな女の人と……  
お付き合い、してたし……」  
消え入りそうな声で、ソフィーが言った。ハウルは首を振ると、彼女を抱きしめた。  
「………僕が好きなのは、ソフィー。君だけだよ」  
はっきりと宣言され、ソフィーが目を瞠った。その気配にハウルは苦笑し、  
言葉を続ける。  
「―――僕が好きなのは、ソフィーだけだよ。だから、僕はあの時、  
君に好きだって言って欲しかった」  
ハウルの声は、どこか寂しげだった。ソフィーの心はもうぐしゃぐしゃで、  
とにかく泣けて泣けて仕方がなかった。  
「ごめんね………痛かった?それとも、怖かった?」  
ソフィーが頷いた。いつもの気丈な彼女とは対照的に、そうしていると年より  
幼く見えた。ハウルは、彼女の髪をゆっくり撫でてやる。  
 
「………お風呂に行こう。身体、流したほうがいいよ。それから、夕食の片付けも  
してあげる。明日、チェザーリでチェリーパイも買ってきてあげるから」  
 
だから、機嫌を直して。  
 
囁かれて、ソフィーの頬に朱が走った。しかし、彼女はしかめ面を作るとぷいと  
そっぽを向いた。  
「そーふぃー」  
甘えるように頬を摺り寄せてきた彼に、ソフィーはちらりと一瞥をくれてやった。  
それから、拗ねたような口調で訊ねた。  
「………髪の毛も、洗ってくれる?」  
ハウルが苦笑した。大人びた表情に、ソフィーは思わずどきりとしてしまう。  
「いいよ―――僕のお姫様。仰せのままに」  
ハウルがひょいとソフィーを抱き上げた。バスルームへの道の中で、  
彼女は顔をしかめるのをやめたりはしなかった。  
だけど、それでもその腕は彼の首にしっかりと巻きついていた。  
 
 

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