「ソフィー、ソフィー」
今日は絶好の洗濯日和。最近雨が続いていたためたまっていた洗濯物をこれでもかとどんどん干していく。
てきぱきてきぱきとまるで機械のようだ、と自分でも思うくらいで。かがんだり延びたりしているとやっぱり腰に負担がきてしまう。
いやだわ、まだ十代なのに!と思わず苦笑してしまう。まあ、これだけの量を干していたら無理もないか。
すうっと壮大に広がる緑を背に思い切り空気を吸い込む。ああ、休憩でもしようかな…あ、でも夕食の用意をしないとね。
「ソフィーってば!」
朝早くから王宮へ行っていた夫・ハウルの存在に(今更)気づき、振り向く。が、自分の存在に気付いてくれなかったことが彼にとっては気に入らないらしい。
「おかえりなさい、ハウル!いつ帰っていたの?」
「ついさっきだよ!ただいま、可愛い奥さん」
おかえりなさいのキスを頬に交わす。ほら、もう機嫌が良くなったのか口元には笑顔。単純というかなんというか…。
たったのキスひとつで、というと彼に怒られるので口には出さないが。
「もう、くたくたさ。彼女ったら本当に厳しすぎる」
「彼女?」
ぴく、と自分のこめかみ部分がつり上がる。ハウルは自分のそんなちょっとした仕草には気付いておらず、そのままのそのそとソファーに横になった。
さらりと目に掛かる黒髪をさっとかき分けながらもう一度溜息をつくハウル。
「そう、サラ・バーキン。今度の仕事の指事官、というべきかな。本当にもう、困っちゃうよ」
「…どうして?」
きゅ、と心の奥が締め付けられるような感じがした。思わず、むっと眉間に皺を寄せてしまうがソファーにぐったりとしているハウルを背にしてキッチンに立つ。
今日の夕食はハウルが好きなモッツェレラチーズのスパゲティーとほうれん草のスープ。
何度も作っている献立なので自然と手が動いていく。ほうれん草を包丁でカットしながらも何故か心はチクチクと痛む。
「彼女は厳しすぎるんだよ!あーだのこーだのガミガミガミガミ…彼女、完璧主義なんだ」
「そうなの?大変なのね」
ふふ、と無理矢理口の端を吊り上げて苦笑してみせる。うん、本当に…という疲れ切ったハウルの相槌をどこか遠くで感じ取りながら着々と料理を仕上げていく。
暖炉でうとうとと居眠りしそうになっているカルシファーを呼び、上にお湯のたっぷり入った鍋をおく。
カルシファーは下から何とも言えない視線を送ってきたがそれを無視した。
さっきから私、おかしいわ。彼の仕事の話に出てきたたった一人の女のことでこんなにも嫉妬するなんて。
もちろん、こんな汚い感情を持つのが始めてではない。ハウルが道を尋ねてきた女性に案内をしていたときも、たったそれだけなのに、…嫉妬してしまったり。
「嫉妬してました」なんて恥ずかしくて本人には言えないし、誰にもこのことを告げたことはない。
嫉妬なんて汚い感情初めから持ってませんでした、と知らない振りをしていればすむのだ。
だって 私は
私は…
ハウルにとって最高の妻であら無ければならない。
妻は夫の支えになり、笑顔をいつも振りまいて。
時に喧嘩するときがあったとしても、
いつも彼の自慢の妻でありたいと心から願った。
そして、自分もそうなれるよう努力し続けてきた。
だから 嫉妬なんて醜い感情は必要ない。そうでしょう?
そして今回も何事もなかったように微笑んで。
ゴポッとお湯が沸騰するとその中にさっとほうれん草を入れ込む。次々に現れ消えていく泡を見つめながら小さな小さな、溜息をついた。
そしてその数分後、マルクルがヒンと共におつかいから帰ってきた。