それは、二人が結婚するほんの少し前のお話。  
 
この空飛ぶ城で暮らす奇妙な家族たち。その中心にいるのは  
魔法使いハウルと、彼が長年恋焦がれた少女ソフィー。  
二人は一応恋人同士で、確かな言葉は今だ無いがそれでも幸せに過ごしていた。  
彼らはまだキスから先に進んでいない清い仲だが、状況や時の流れという物は  
刻々と変わって進んでいくのだ。  
 
ある夜のこと、魔法の扉が切り替わり音をたてた。ソフィーは手にしていた  
縫い物をする手を止め、扉に駆け寄り仕事から帰ったハウルを出迎えた。  
「お帰りなさい」  
「ただいま…」  
その言葉と同時に抱きしめられ、ソフィーは彼の腕の中に閉じ込められてしまう。  
見かけは細いのにしっかりとした男の人の体。微かに感じる香水の匂い。  
どれもハウルの存在を際立たせる感覚ばかりで、ソフィーはどきどきと胸が高鳴った。  
そしてこの後の事は決まっている。  
「…ソフィー」  
「…んっ……」  
彼の整った唇がソフィーのそれに重なる。最初は触れるだけ、  
やがて唇をついばむように、そして段々と深く。  
 
二人の初めてのキスは触れるだけのとても軽いものだったが、  
回数を重ねて行くうち徐々に深いものになっていった。  
けれども、今だそれ止まりなのだ。  
彼はしばらくの間ソフィーの唇を堪能して、ゆっくりとお互いのそれを離した。  
二人の唇の間には一瞬透明な糸が架かってすぐに消えた。  
 
ハウルにきつく抱きしめられて長くて熱い口付けをされている間、  
ソフィーの頭の中は恥ずかしさと幸福感で一杯で、  
同時に胸がきゅんと切なくなってたまらない感覚に陥る。  
彼の唇が離れてしまうと緊張からの開放されて安堵するのと同じく、  
彼の温もりが離れて行ってしまうような感じがして寂しくなってしまう。  
そんなソフィーの心情を知ってか知らずかハウルは抱きしめていた腕を解いて、  
「お風呂に入ってくるよ」  
と言いつつ2階に行ってしまった。  
 
「はぁ……」  
ソフィーは真っ赤な顔をして高鳴る胸を押さえながらストンと椅子に腰掛け、大きく息をはく。  
 
一緒に暮らし始めてから数ヶ月、今だ寝室は別で二人は微妙な  
距離を保って暮らしていた。ハウルは気が長いのかその気が無いのか、  
深いキスはしてくるもののその先には進もうとしない。  
地味な自分に魅力が無いせいだろうか。  
そんな事を考えてソフィーは日々悶々としているのだった。  
 

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