ご主人様はここで、獲物の肉を召し上がる!
「……本当に実行する気なのかい?」
ワイン色の髪を優雅にまとめた、妙齢の美女が目の前に立っている美しい青年に
向けて尋ねた。青年はかすかに笑うと、手のひらをさっと振った。
「別に殺しはしませんよ。傷つけるなんて、そんな恐ろしいことしません」
それ相応の事はするくせにね、と美女がげらげら笑った。青年はわずかに頬を
染めると、彼女をドアのほうに押しやる。
「かわいそうなソフィー!もう二度とあの子は自由になれないよ!」
哀れっぽくしなを作りながら、美女が叫んだ。青年が大仰な口調でたしなめる。
「かわいそう?そんなの、僕のほうが哀れですよ。さぁ、行ってください。
魔力はわずかですが、美貌も若さも、あなたが戻りたいと望んでいた頃のものですよ」
ぶっきらぼうに青年―――魔法使いのハウルは言い、魔法の力で若返った
荒地の魔女は肩をすくめてから動く城を出て行った。
哀れな生贄の子羊が、断末魔の悲鳴をあげる!
一方、町では星の色をした髪の少女が、背の高い男と並んで歩いていた。
金色の巻き毛の、端整な顔立ちの男が何か言うたびに、少女はくすくすと笑い声を
上げる。二人は仲がよさそうで、まるで恋人同士のように見えた。
少女をよく知るパン屋の女将が声をあげる。
「おやぁ、花屋の奥さん!そちらは?」
「友達なの。久しぶりに会ったから、町に出てお茶しましょうって」
そういった少女の顔にはほんの少し取り澄ましたところがあり、それが妙に鼻につく。
傍らの男もにやにや笑い、二人の間には何か特殊な、昼間の町には似合わない
淫らな雰囲気が立ち込めていた。
「……そうかい。ご家族にもよろしくね」
「ええ、また夫と一緒に買いに行きますわ」
少女―――ソフィー・ジェンキンスは軽やかに笑いながら会釈をし、傍らに
立っている隣国の王子、通称カブは少しだけ嫌そうな顔をした。
「あら、どうかした?」
しかめ面をしている友人に、ソフィーは明るく尋ねた。カブはむぅと唇を尖らせながら、
彼女の頬をつねった。
「なんだか、本当に奥さんみたいで癪ですね」
「何を言っているの。当たり前でしょう。私、本当に奥さんだもの」
からからと笑いながら、ソフィーはカブの手を振り解いて、逆に彼の肩を叩いた。
それから、面白がるように唇を持ち上げて彼の胸に人差し指をつきたてた。
「私の素敵なお友達さん?変なやきもちはやめて頂戴ね」
「………だったら、そんな風に嬉しそうな顔しないでください」
何か言った?と尋ねてくるソフィーに向けて、カブは肩をすくめて
微妙な笑顔を作った。
お前は盗み食いの代償を、よじれたシーツのかかった
死の寝台の中で払わなければならない
「ただいま」
ソフィーが家に帰ると、テーブルには年老いた魔女一人だけがついていた。
彼女はふわりと微笑むと、おかえり、と言った。
「あら、ハウルもマルクルもいないの?」
「そうだよ。ハウルは仕事で呼ばれた。マルクルも連れて行ったよ……今日は
帰らないってよ。もしかしたら、もっと長引くかもしれないって」
そうなの、とソフィーはため息をついた。食事の用意はしていなかったので困りは
しなかったが、拍子抜けしてしまう。
「そうなの……晩御飯、どうしましょうか?」
「そうだねぇ、そんなに食欲がないから適当でいいよ……それより、付き合っておくれ」
魔女は楽しそうに手にしたグラスを持ち上げて見せた。ソフィーが首を振る。
「私、ぜんぜん飲めないわよ?」
「いいよ。一人で飲む酒ほどまずいものはないよ」
仕方ないわねぇ、とソフィーは笑ってテーブルについた。そして、グラスになみなみと
注がれた液体に口をつけた。
お食事をお出ししろ!
娘っ子をお出ししろ!
べろべろに泥酔したソフィーは、真っ赤な顔をテーブルに押し付けて笑っている。
魔女は涼しい顔でグラスを傾けていた。
「それで、あんたはまだあの王子様に会ってるのかい?」
「あぁ、カブ?そーよぉ。だって、お友達だもん」
へへ、と体を起こしたソフィーがだらしなく笑った。魔女が微妙に表情を引き締める。
「ハウルにばれたらどうなるかねぇ?」
「だぁーいじょうぶ。だって、やましいことなんてなーんにもないしぃ、それに
ハウルはねー、あたしには甘いもん。ぜーんぜんこわくないもん」
ろれつの回らない口調で、でもしたり顔のソフィーが肩をそびやかした。魔女が
空いたグラスに酒を注いでやる。彼女はそれをあおると、ばたりと机に倒れこんだ。
「………甘い?甘いのは君のほうだろう、馬鹿なソフィー」
すっかり寝付いてしまった少女を、魔女は軽々と抱え上げた。しかし、彼女を抱いた
腕は皺も染みもない、力強い男のものだった。しゅうう、と魔女の周りを紫のもやが
取り巻き、中からすらりと背の高い男が現れる。
「火遊びのツケは高いんだ。覚悟はいいね?」
こくり、と少女の頭が揺らめいて傾いだ。男はくく、と喉の奥で笑うと、彼女を
連れて部屋を出ていった。連れて行くのは花園の中の小さな小屋。
小屋の中は質素で、寝台が一つとテーブルと一組の椅子と小さなチェスト、そして
暖炉があるだけだった。男は少女を寝台に投げ出すと、乱暴に彼女の服を脱がした。
ボタンは弾け飛び、コルセットが放り投げられる。薄い下履きやペチコートは裂け、
彼女は真っ白い裸体をさらしながら寝台の上で丸まっていた。
「さぁ、ツケを払う時が来た。せいぜい、愚かな自分を呪うがいい」
男は低く笑い、手に持っていた布をぴんと張った。少女が寝返りをうち、男が彼女の
細い腕を一つに纏めて、その布で縛り上げた。
「さぁ、宴のはじまりだ……」
食卓が整い、娘がその気になったならば……
ドン・ファンの勝利がまた再び!
なんともいえない圧迫感を感じ、ソフィーがそっと目を開いた。頭が重い。
いつの間に眠ってしまったのだろう、と横たえられていることに違和感を覚えながら
視線を流す。傍らには悪魔の様な冷笑を浮かべたハウルが立っていた。
「ハウル……?」
「こんばんは、お嬢さん。気分はどう?」
ハウルの完璧に整った顔には冷笑と嘲りだけが浮かんでいて、それがソフィーを
戦慄させた。彼は今晩も完璧に美しいのに、自分は何も着ていない上に
腕を縛り上げられている。
「なっ……!」
「あぁ、それ?」
腕をゆすり、憤りを露にしたソフィーに向けて、ハウルは鼻先で笑った。
悠々と彼女の上に覆い被さり、動きを完全に封じ込める。
「今すぐに謝って、あの男にもう二度と会わないと誓うなら、今回のことは
許してあげる」
「何の話をしてるの!早く離して!腕を解いて!」
「何の話かって?空っとぼけるのもいいかげんにしたら?痛い目見ないとわからない?」
ハウルがべらべらべらと早口にまくし立てた。ソフィーが絶望に目を見開き、
怒りに顔を赤くする。
「何でそんなこというの?私を疑うの?」
大声でわめいたソフィーの口をキスでふさぎ、ハウルは悪魔のような微笑を浮かべた。
「疑うも何も……信じていない場合はどうしたらいいの?」
「っ…!」
ソフィーは言葉を失った。そうしている間にもハウルは上体を起こして服を脱ぎ始めている。
「かわいそうなお嬢さん、罠にかかってしまったね」
ソフィーはただ呆然と、さらされていく彼の裸体に見入っていた。
首筋に顔がうずめられる。耳朶が食まれ、胸を柔らかく揉みしだかれる。
強引な行為であるのに、彼の手指はひどく繊細で優しい。ともすれば流されて、
溺れそうになる自分をどうにか叱責しながら、ソフィーは唇をかんだ。
また一つ、胸元に赤い花が咲く。
「嫌……お願い、離して……」
「黙って。抵抗する権利なんて、君にあるの?」
臀部がまさぐられ、胸の突起が彼の形のいい唇に嬲られる。そうしていくうちに
頭がぼんやりしていき、次第に抵抗は弱まった。今はただ弱弱しく手足がひきつるのみ。
「ふ……ぁああっ!いや、噛んじゃ……やぁっ!」
全身をくまなく舐めあげられ、甘噛みされ、蹂躙される。ハウルの愛撫にすっかり
翻弄されながらも、ソフィーは身をよじった。
「あぁっ!!はっ、あんっ!」
大きく開かれた足の間に、熱い体温を感じる。茂みに隠された皮膚に触れる指先の
感触、伸ばされた舌の動き。脳を直接揺さぶられるような錯覚に陥り、ソフィーは
ひたすら喘いだ。ハウルが満足げに笑う。
「そう……何も考えないで……ほら、気持ちいいだろう……?」
足の間にうずめていた顔をあげて、ソフィーの愛液でべとべとになった口で、
ハウルは甘く囁いた。それすらも美しいと、紗がかかった頭で彼女は考える。
舌を中にうずめられ、ソフィーは喉をのけぞらせた。体の中心に感じる熱、そして
痛いくらいに隆起した花芯を嬲る、彼のしなやかな指。
もう何もかもどうでもよくなって、彼女はふわふわと快楽の中を漂った。
「あぁ……も、無理……お願い………」
かすれた声でソフィーが囁いた。先ほどから、ハウルの愛撫は彼女を煽りは
するけれど、高みに導いてはくれない。際限のない責め苦に、ソフィーは切なげに
眉根を寄せ、悶え苦しむ。その顔がハウルをいかに喜ばせているかも知らずに。
「謝る?約束する?」
「っあ……ん、ふ……やぁっ」
「………何とかいったらどうなの」
酷く冷徹な調子で呟くと、ハウルは何のためらいもなく人指し指をソフィーの
中にうずめた。指を小刻みに震わせると、彼女の体も連動して跳ねる。
「あああっ!ひっ!やっあん!」
「ねぇ、どうなの?ソフィー」
中指が入り込み、その二本が中でバラバラに動きはじめる。
「もう……ゃっ、んっ……あぁ…」
どうにか快楽に耐えようと、ソフィーは息を詰めた。なんて無駄な抵抗だろう、と
ハウルはげんなりとしながら首を振った。
「言わないと、全部入れるよ?」
埋めていた指をさらに一本増やし、ハウルが言った。ソフィーがひきつった声を
あげ、苦しそうに眉根を寄せた。
「や……待ってぇ……」
「何?」
ハウルはあきれたような、冷ややかな表情でソフィーを見ている。内心の興奮を
微塵も出さないあたり、彼の方が数段上手だろう。
「……本当に、カブとはなんでもないの……お願い、もう、こんなのやめて……」
真っ赤に染まった目元が涙に潤み、それがひどく扇情的に見えてハウルは喉を
鳴らした。しかし、動揺を表面に出すわけには行かない。
「じゃあ、本当かどうか体に聞いてみようか?」
ハウルは笑いながらソフィーの体を反転させた。四つんばいにさせられ、
彼女が息を呑む。一体、彼何をする気なのだろう?
「何するの……?」
怯えたようなソフィーの問いには答えず、ハウルはひっそり笑った。
そして、彼女の背中にキスを落としながら、覆い被さった。
「あぁあぁ!やぁぁぁ!」
いきなり根元まで挿入され、ソフィーは思わず体をのけぞらせた。
入れられた瞬間に、軽い絶頂を迎えてしまったのか、彼女はぺたりとシーツに
突っ伏した。ハウルのものをくわえ込んでいる部分がびくびくと震えている。
「何、もうイっちゃったの?」
かわいいなぁ、と一人にやつきながら、ハウルは乱暴に腰を打ち付けていく。
ソフィーは達したばかりで敏感になっている体をどうしていいかわからず、
ひたすら首を振って快感から逃れようとしている。こつり、と先端が柔らかい壁に
ぶつかり、彼は残忍な笑いを浮かべた。そして、その腰を進めたままの姿勢で
動きを止めた。
「しっかりして。一回で終わるなんて、まさか思ってないよね?」
「ひゃああっ!ぃやっ……んぅ…ひぁぁ……!!」
体の最奥に感じる鈍い衝撃に、ソフィーが狂ったように体をよじらせた。
あまりの刺激に、腰が自然と動く。ハウルは面白そうに目を眇めると、彼女の
律動に身を任せた。
「へぇ、ソフィーがイカせてくれるの?」
耳元で囁かれ、ソフィーはぴたりと動くのを止めた。耳に舌が差し込まれ、
ぴちゃぴちゃと派手な音を立てて舐められる。そうしている間にも、ハウルは
静かに腰を進める。まるで、そこが低位置であると言うかのように。
「いやあっ!だめっ!こわれちゃ……うあぁ……っ!」
子宮を押し広げられるような感覚に、ソフィーは泣きながら悲鳴をあげた。
にもかかわらず結合部からはとろとろとした粘液があふれ返り、シーツに垂れては
しみを作る。ハウルはくすくすと笑うと、彼女の腰をつかんでゆすった。
「ひっ!?」
「ほら、自分で腰を振ってごらん?」
笑いながら言われた言葉に、ソフィーは血相を変えた。そんな淫らな真似できない、と
泣き叫ぶが、ハウルは相変わらず笑っている。
「いやぁぁっ!や、もう、やめてっ」
「僕は動かないから、自分で動かないと苦しいままだよ?」
ハウルの声は淡々としていて、それが嘘でないことを物語っていた。ソフィーは
泣きながら首を振る。彼は呆れたようにため息を一つ落とした後、彼女の耳元で
甘く囁いた。
「じゃ、こうしよう。ソフィーがちゃんとおねだりできたら、いいよ。
手伝ってあげる」
おねだり?と息も絶え絶えのソフィーが囁いた。ハウルが楽しそうに頷く。
「言ってごらん?イカせて下さいって」
できない、とソフィーはすすり泣き、大きく頭をふった。しかし、このままでは
確実に自分が壊れてしまうのを彼女は知っていた。それだけは避けたい、でも、
そんなことをすれば別の何かが壊れてしまう。不意に、脳裏にカブの顔がよぎって
彼女を狼狽させた。ここでこの男にすがり付けば、もう二度と彼には会えなくなる。
でも――――。
「……ぁ…い」
「ん?」
蚊の鳴くようなか細い声に、ハウルはにやりと笑った。ソフィーはそろそろと彼を
振り返り、涙目で懇願した。
「イかせて……くださ、い……」
その時のハウルの顔は、勝者のそれであり獣のそれであった。ソフィーはシーツに
顔を押し付けながら、小さく腰をゆすった。
「早く!早くして!」
「慌てないでよ……すぐだよ、僕の可愛いソフィー」
ほらね、とハウルは興奮したような口ぶりで叫び、激しく腰をうちつけた。
ソフィーは涙どころか涎まで振りまいて、声にならない喘ぎ声をあげている。
「すごい、すごい締まる……もう、あっ、イきそう……」
うっとりとした調子でハウルが呟いた。ソフィーももう限界だというように
あられのない声をあげ、彼の動きにあわせて腰を振っている。
「ああ……もうっ……………うぁっ!!」
「いやぁ、イっちゃ、やだ、やっ……ゃああああああ!!」
叫びに連動するように、ソフィーの中でハウルの精が弾けた。その瞬間彼女の
背筋がぴんと伸び、全身がびくびくと震えた。彼もゆっくりと腰を動かし、
最後の一滴までしぼりだす。
「ソフィー……もう、離さないから……」
ソフィーの膝がへなへなと崩れ落ち、シーツの上にべたりと伸びきった。
ハウルもその上に倒れこみ、彼女を抱きしめながらごろりと横に動き、囁いた。
彼女はゆっくりと目を閉じ、静かに涙を流した。もう、逃げ道は絶たれたのだ。
何度目かの交わりの最中に、快楽にむせび泣きながら喘いでいるソフィーに、
ハウルが甘く囁きかけた。
「コツは一つだ。何も考えないこと。悦び以外は、何も感じないこと」
耳元で囁かれたのに、彼の声はとても遠くで響いているようだった。
何も考えない、ただ快楽に溺れ、あとは何も感じない。意識してみれば苦しみが
波のように引いていって、ソフィーは微笑んだ。
「愛してるよ、ソフィー」
甘い囁きも、今のソフィーには無駄だ。ただ、何も浮かばない。
悦びと、夢の中にいるような奇妙な感覚以外は。
体のだるさがとれず、ソフィーはもう長いことずっと横たわったまま扉を
見つめている。目覚めたときにはハウルはいなくて、手枷もはずされ、身なりも
整えられていた。シーツからは不快な分泌液の匂いすらせず清潔で、自分が
いかに長いこと眠っていたかを知った。
「ハウル……?」
掠れた声は響かず、喉が渇いていて口の中が気持ち悪い。極度に疲労した体では
立ち上がることすら億劫だ。
ハウルはいない。自分は今なら逃げられる。
そうすればもう辛い目に会わなくていい。
あんな恐ろしいこと、もう二度と味わいたくない。
「―――っ」
でも、立てる気はしなかった。立とうとも思わなかった。だから、ソフィーは
もうずっと長いことここで横たわり、扉を見つめている。
それからさらに長い時間がたち、ソフィーはようやく立ち上がってベッドに
腰掛けていた。何をするわけでもなく、ぼんやりと窓を見ている。
ハウルはいない。外は漆黒の闇だ。星も月も出ていない。
出し抜けにドアが開き、ソフィーは驚いてそこをみつめた。立っていたのは
ハウルで、淡い微笑を浮かべている。
「起きてた?」
ハウルは小屋に入り、後ろ手でドアを、閉め鍵をかけたが。がしゃり、という
金属音にもソフィーは反応を見せず、ただうすぼんやりとした表情で彼を見ている。
「食事を持ってきたよ。食べられる?」
ソフィーが頷いた。ハウルは笑うと、手に持っていた篭からパンやらチーズやら
果物やらワインやらを取り出し、テーブルに置いていく。
「そう。じゃあ、こっちにおいで」
ソファーに腰掛けたハウルがソフィーを手招きした。引き寄せられたように、
彼女はふらふらと彼に近づく。
「おいで」
膝に座らされても、ソフィーはぼんやりとしているだけだった。ハウルは苦笑し、
手にしたパンを小さくちぎって彼女の口元へ持っていく。
「お食べ」
ソフィーは一瞬だけためらったような顔をしていたが、そっと差し出されたパンの
かけらを口に含んだ。ハウルの、指ごと。
ちゅ、と音を立て、ハウルの指を舌で転がす。彼は驚いたような顔をしている。
「……可愛いね」
喉は渇いていない?と尋ねられたので、ソフィーは大人しく頷いた。
ハウルは持ってきたワインの瓶に口をつけ、彼女に唇を押し付け、中の液体を
彼女の口の中に流し込んだ。ソフィーの眉が嫌そうに絞られる。
「もっといる?」
ソフィーが首を振った。ハウルは自分でもワインをあおり、それから瓶を置いた。
そのまま彼女を押し倒す。
ソファーに押し付けられても、ソフィーは表情一つ変えなかった。ただ、ぼおっと
したままハウルを見ているのみ。
ハウルはため息をつき、でもすぐにソフィーの服を脱がせた。
「従順なのは嫌いじゃないよ。でも、無抵抗なのは張り合いがない」
その晩のハウルは子供じみていて、快感に溺れる彼女を散々にいたぶった。
何度も何度も無理やり高みに上らせ、許して欲しいとすすり泣く彼女を容赦なく
嬲り倒した。意識を失い、ぐったりと眠りについた彼女を何度もたたき起こしては
また一からやり直し。ソフィーは何もかもがどうでもよくなっていて、ただ自分が
辛くならないように快楽に身を任せた。
下手な口答えも、駆け引きももうどうでもいい。ただ、気持ちよければそれでいい。
自分が愚かだと知っているけれど、だから何だというんだろう。
日の光の中、足の間に跪いて、自分のものを一心に愛撫している少女の髪を
もてあそびながら、男はぼんやりと手中の細い銀髪を眺めていた。
星の光を集めて、縒った様な髪。彼女以外にこの髪を持ちえるのは、月の女神位の
ものだろうと考えたら楽しくなって、少し笑った。
「どうしたの?」
軽い音を立てて口を離し、ソフィーが不思議そうに尋ねた。ハウルは微笑み、
彼女の頬を指先で撫でた。
「ダイアナの髪と同じだよ、この色。すごく綺麗だ」
「だぁれ、それ?」
「……月の女神様だよ。神話に出てくるんだ」
処女神としてね。
そう呟くと、ソフィーはざっと青ざめた。裸同然の格好で、こんな明るいうちから
肉欲を貪る彼女は、ほとんど娼婦に等しかった。それなのに覗いた理性と狼狽が
面白くて、ハウルはまたくすくすと笑った。
「処女と娼婦は対極だから、均等が取れていいんじゃない?」
ソフィーは睫を伏せ、再び奉仕に没頭していた。
ハウルは相変わらずにくつくつと笑っている。
ね、もう会いに来ないで。
言われた言葉の意味がわからず、カブは間抜けにもはっ?と声をあげてしまった。
「ソフィー、今のって……」
「言葉どおりよ」
目の前の少女は悪びれもせずに微笑んだ。カブは言葉をなくし、唇をかんだ。
「私、結婚しているでしょう?」
「だから、何だって言うんですか?」
「何もしてあげられないし、会い続ければ私の主人にも迷惑がかかるわ」
主人、とソフィーは言った。この前までは夫と呼んでいたのに。
「何かあったんですか?」
心配になって、思わずそう尋ねるとソフィーは心底意外だと言うような顔をして
カブを見た。それから、怒ったように眉をひそめる。
「どうしてそう思うの?」
「おかしいですよ、ソフィー」
カブが身を乗り出し、ソフィーの手を取った。彼女は目を見開き、それから彼の
手を払いのけた。
「おかしいのはそっちよ。不道徳にも程があるわ」
いまいましげに吐き出された言葉に、カブは自分が傷ついたのを否定できなかった。
ソフィーは小さく舌打ちすると、すっと立ち上がってドアを開けた。
「帰って。もう会いたくないわ」
「待ってください、どういうことですか?」
「言ったままの意味よ」
ドアに持たれ、腕を組んだソフィーの顔は不機嫌そうに歪んでいた。
カブが狼狽し、それでも彼女にすがる。
「そんなこと言わないで下さい。あなたに嫌われたら、私はどう生きればいい?」
「知らないわ」
熱っぽい視線にもソフィーはそっけない。ひらひらと掌を振り、野良犬でも
見るような目でカブを見て、吐き捨てる。
「出てって。あんたなんか嫌いよ」
カブは思わずソフィーをにらみ、低くうめいてから駆け出した。遠ざかる背中を
見ないように、ソフィーは目を伏せ、ドアを閉めた。
「ごめんなさい……」
これでよかったのだ、と何度も自分に言い聞かせた。こうすれば、彼も幸せに
なれるのだ、と。でも、いざそうしてしまえばとてつもない後悔が全身を包む。
だが、次の瞬間には彼女はカブの顔も声もしぐさも何もかも忘れていた。
人の気配を背中で感じる。
「ソフィー」
背後から降ってきた甘い声に、ソフィーは振り返って微笑んだ。その首筋に腕を
まわし、胸板に頬をこすりつける。
「上手くやったね。見事だったよ」
その言葉だけで体が疼くのを感じた。上目遣いに彼を見上げ、唇を開いてキスを
せがむ。彼は望み通りのキスを望み通りのやりかたで落としてくれた。それだけで
立っていられなくなるほどの快感を得る。
「ね、早くベッドに……」
「いやらしいなぁ、ソフィーは」
甘えたようにしなだれかかるソフィーに、彼はからかうように言った。
それでも、彼女の腰を支えて階段を上がる。
「ねぇ、教えてくれない?君は何なんだい?」
部屋に入った途端に尋ねられ、ソフィーはうっとりと微笑み、彼の耳に口を寄せた。
「私はあなたのもの。あなただけのものよ、ハウル」
ハウルも完璧に整った笑顔を浮かべて、ソフィーを抱きすくめてキスした。
そして鍵をかけ、もつれあったままシーツに倒れこんだ。
ご主人様はここで、獲物の肉を召し上がる!
哀れな生贄の子羊が、断末魔の悲鳴をあげる!
お食事をお出ししろ!娘っ子をお出ししろ!
食卓が整い、娘がその気になったなら―――
ドン・ファンの勝利がまた再び!!