もぞもぞと人が動く気配を、ソフィーは背中で感じ取った。気配の主は、当たり前  
だけどこのベッドに入ることを許されている人。ソフィーの夫である、ハウル。  
「ソフィー、寝ちゃったの?」  
押し殺したような囁き声が響く。ソフィーは内心面倒だわ、と思いつつも振り返って  
おいた。眠たげに伏せられた瞼での、上目遣い。それがどれだけ魅惑的なのかを  
知らない、非常に無防備なしぐさだった。  
「ん……ハウル?」  
「寝てた?」  
ハウルが苦笑しながら、ソフィーの髪をなでた。鈍い動作で、銀糸のような髪が  
横にゆれる。  
「少し、ね……あなたが来るまでは起きてなきゃと思ったんだけど」  
あくびをかみ殺しながら、ソフィーが答えた。ハウルも柔らかく微笑みながらシーツの  
中へ滑り込んでくる。  
「素晴らしい心がけだね。ありがとう」  
「どういたしまして」  
ハウルの腕の中に素直に収められながら、ソフィーが猫のようなしぐさで顔を彼の  
胸板にこすりつけた。  
「ソフィー……」  
 
ハウルが熱っぽく囁きかけた。言わんとしている意味はわかるが、あいにく眠たくて  
たまらないので、応えてあげる事はできない。  
「今日はやめて……」  
「どうして?」  
心底意外だというようなハウルの声に、ソフィーはむっとしながら彼を見上げた。  
それから、人差し指を彼の形のいい鼻に突きつける。  
「理由は三つ。一つ目は今とっても眠たいから。二つ目は一昨日したばかりだから。三つ目はあなたね、嫌だって言ったのに首に跡つけたでしょ!」  
ぶ、と不細工な声をあげてハウルは顔をしかめた。それから上目遣いにソフィーを覗う。  
「……ごめん。ソフィーがあんまり可愛かったから……」  
「知らないわよそんなこと!私何も知らないでお店でちゃって……あー、恥ずかしい!」  
ソフィーが様子を思い出したのだろうか、真っ赤に顔を火照らせた。ハウルはただ  
おろおろと彼女を見ているだけ。  
「だから、今日はしません。はい、さっさと寝ましょう!」  
脅威のスピードで話を完結させると、ソフィーは首をハウルの肩のあたりにもたせて  
目を伏せた。  
 
「ちょ、ソフィー!」  
ハウルが慌てて彼女の肩をゆすった。ソフィーが迷惑そうに目を開く。  
「何?」  
「本当に寝ちゃうの?」  
当たり前でしょう、とソフィーは面倒くさそうに答えた。ハウルが泣きそうに  
なりながら喚く。  
「僕ら夫婦だろう?」  
「そうだけど、別に毎日そういう事する必要はないんじゃないかしら?」  
働き者のソフィーにしてみれば、睡眠時間はとても貴重だ。情事の翌朝、ハウルは  
寝坊し、のろのろと王宮へと向かうが、自分はいつも通りの時間に起き、いつも通り  
働かなければならないのだ。別にそうなるのは嫌ではないのだが、毎日となれば  
さすがに辟易してしまう。  
「ソフィー!」  
怒りと絶望に顔を真っ赤にしたハウルの唇に、ソフィーはちゅっと自分の唇を  
押し付けた。  
「え……?」  
「ほらほら、早く寝ましょう!」  
照れや愛情よりも、事務的な感じを受けるキスに、ハウルはオーバーに顔をしかめた。  
「そーふぃー」  
 
今のはないんじゃない?とハウルが不機嫌そうに問うた。ソフィーはため息をつくと  
彼を上目遣いに見て答えた。  
「じゃあもう一回だけさせてあげる。それでいいでしょ」  
どうぞ、と目を閉じて顎を持ち上げたソフィーに、ハウルは嫌そうに眉を跳ね上げたが、  
すぐににやりと笑って彼女の頬に手を当てた。  
「じゃ、遠慮なく」  
ぐい、と頤をつかまれ、ソフィーの唇にハウルのそれが重なる。上唇、下唇と  
なぞられ、彼女の体がぴく、と動いた。彼の舌で唇が割り開かれ、口内に入ってくる。  
上あごを舐められ、歯列をなぞられるとソフィーが小さい声でうめいた。そのまま、  
奥まったところにあった舌が掠めとられる。  
ちゅ、と軽い水音が立ち、舌が絡まる。唾液が混じりあい、ソフィーは無意識のうちに  
それを嚥下していた。跳ね上がる心音、全身に熱が点る。優しくなぞられたかと  
思えば、すぐに激しくかき回される。その緩急をつけた動きに、ただ翻弄される。  
「ん、やっ……!」  
舌を抜かれるんじゃないかと心配するほどにきつく吸われ、ソフィーが思わず声を  
あげた。だが、ハウルは気にせずにもう一度繰り返す。息継ぎも許されない激しい  
キスだが、それでも彼女は健気にそれを受け止める。  
 
頭がぼんやりする。息が苦しい。死んでしまいそう。  
でも、それはなぜだかすごく気持ちがよくて。  
   
全身を熱に蝕まれて、ソフィーは無意識のうちに腿をすり合わせていた。  
ハウルがもう一度ねっとりと舌を絡め、なごり惜しそうに唇を離す。  
つぅ、と銀色の橋が二人の間にかかり、それはひどく淫靡に見えた。  
「ごちそうさま」  
息も荒く、大きく胸を上下させているソフィーに比べ、ハウルはいつも通りの余裕の  
表情だった。そのまま、おやすみ、と彼女の頬に口付ける。びくり、と小さく熱を  
もった体がこわばった。  
「……待って」  
掠れた小さい声でソフィーがハウルを呼び止めた。枕に頭を預けている彼が、  
視線だけで振り返る。  
「何だい?」  
「………もう一度、キスして」  
快楽にとろけきった顔で、ソフィーが囁いた。ハウルは心底嬉しそうに笑い、  
彼女の上に覆い被さった。  
 

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