燃燈は荒れていた。  
柄にもない、と思いつつ自分自身で苛ついているのがわかるくらいだから  
相当なものなのだろう。  
稽古だと言い聞かせ岩や山に術を仕掛ける。実際は気晴らし以外の何者でもないのだ。  
巨大な岩が気持ち良いほど真っ二つになる。が、彼の心は一向に晴れる気配がない。  
原因はわかっていた。思い出すと鬱屈した気持ちが募るだけ。しかし考えずにはいられない。  
 
 
それは四半日ほど前のこと。  
異母姉の弟子である赤雲、碧雲とたまたま玉虚宮で遭遇した時だ。  
遭遇というより、一方的に彼が彼女らを見つけた、というほうが正しい。  
彼女らは師匠の用聞きの帰りであろう。他愛のないお喋りをしている。声をかけないほうがよさそうだ。  
方向を変えて歩き出そうとする、その時。  
「そうそう、聞いた?公主さまのお話…。」  
燃燈の耳が反応した。聞き捨てならない。  
「なに?なんかあったの?」  
「ほら!こないだ公主さまにお父様からの使いが来たでしょう。二、三日前…」  
父上が異母姉様に使い?初耳だ。  
「あぁ、そういえばいらしてたわね。早々にお帰りになられたけど…何だったの?」  
赤雲はきょろきょろと辺りを見回す。そこで初めて燃燈がいるのに気付いた。  
 
「ね、燃燈様!」  
「あら、本当。燃燈様、ご機嫌麗しく」  
焦る赤雲を不思議に思いつつ碧雲は愛想良く会釈する。  
「今し方していた話は異母姉様のことのようだな」  
「き、聞こえてらっしゃいました…?」  
「なかなかに響く声だったぞ。いったい何の話だ、申せ」  
「そ、その…」  
明らかに自分には言い難い話のようだ。暫く口篭っている。  
「申せと言っている!」  
異母姉の事となるとついむきになってしまう、彼の悪い癖だ。  
赤雲は項垂れつつ、ぽつりと呟いた。  
「…近々…、公主さまが破瓜の儀を行われる…という話らしい…のです」  
 
刹那、時が止まったような気がした。  
 
「…真か、それは」  
「真偽の程は…ただ私はお話をたまたま聞いてしまっただけでして…」  
困り果てたような赤雲に燃燈は立ち聞きの非礼を咎める気も失せてしまった。  
「も、申し訳ございません!」  
必死で頭を下げる赤雲に、  
「…仕方あるまい。今度からはそんな真似をしないよう気をつけることだ」  
と言うしかない。燃燈は失礼すると言い逃げる様に玉虚宮から立ち去っていった。  
 
実につまらない嫉妬だと我ながら思う。  
私は異母姉を大切に思っている。  
愛している。姉弟なのだ。当たり前ではないか。  
あの方のことを思わない日など一日たりともない。  
今まで強くなってきたのは体の弱い異母姉様をお守りするためだ。  
そんな異母姉様を自分の知らない男が女にしてしまう。  
『許せぬ…』  
燃燈はその誰ともわからぬ男を呪った。  
『異母姉様を一番愛しているのはこの私だ。なのに』  
『何処の馬の骨ともわからぬ男に異母姉様を奪われるくらいなら、いっそ、私が…』  
 
そんな事を考えている自分にはと気がつく。  
 
激しい自己嫌悪。  
狙いを定め、飛焔剣を構える。  
「疾っ!!」  
気合一閃。眼前の巨岩は一瞬にして粉塵となる。  
『何を考えている、自分の姉だぞ…!?』  
繰り返す自問自答。しかし、腹の内にあるのは消えぬ恋慕。  
この靄は何時になったら晴れるのか。斬っても斬っても悶々とした思いは治まらぬ。  
胎違いの姉にこのような懸想をする自分が汚らわしいものに見えた。  
 
――父の命令だ。背く事など能うまい。  
頭ではわかっている。なのに、それでも心臓の鼓動は高く、鳴り止まぬことを知らない。  
じっとしてはいられなかった。  
 
走って、走って、どれくらい経つか。見覚えのある場所に辿り着く。  
『―――鳳凰山…』  
気がつくとこのようなところにまで来てしまっていた。  
あのひとが住む浄室が彼方に見える。なんて近く、そして遠い。  
手を伸ばすこともできぬ、顔を見ることもできぬ。  
今あのひとに会ったら、私は彼女に何をしてしまうかわからない。  
仙道失格だ。このような煩悩に振り回されるなど。  
 
『――くっ!』  
斬って斬って最早斬るものがなくなってしまったがまだ足りぬ。  
次はあの山だ。究極奥義である営鎮抱一砲を仕掛ける体勢に入る。  
幾ら仙術に長けている燃燈と言えど山を崩すなどできるわけがない。  
無謀は百も承知。しかし今は誰かに思い切り叱ってほしかった。  
自分自身を苛め抜くことで燃燈は救いを求めていた。  
術を炸裂させようとした正にその時。燃燈は気づく。  
『誰かいる…!!』  
すぐ傍に薬草摘みをしている女性が見える。  
無我夢中で気づかなかった。迂闊。  
そんなところで術を使うわけにもいかない。  
しかし受身を取れるような間合いでもない。  
仙女の悲鳴と共に、燃燈は岩山に突っ込んでいった。  
 
燃燈は夢を見ていた。  
初めて彼女に会ったときの夢だ。  
そのとき自分はまだ子供で、しかし異母姉はもう大人だった。  
姉でもあったし、母のようでもあった。  
体が弱く、しかし純潔な人。  
今から思えば、自分の恋はもうこのときから始まっていたように思う。  
 
燃燈は目を覚ます。ここはどこだ。見覚えのない天井、部屋。  
とにかく自分の住まう霊鷲山ではない。体を起こすと、筋肉が軋み鈍痛がする。  
自分は ――確か仙女を避けて地面に叩きつけられ――  
 
「気がついたか、燃燈よ」  
後ろから優しい声が聞こえる。  
そこにいたのは、紛れもなく異母姉――――竜吉公主だった。  
 
「ねえ…さま?なぜ……ここは……」  
「ここは鳳凰山の私の浄室じゃ」  
そういえばこの調度品や香炉、幼い頃に見た覚えがある。  
「驚いたぞ。やけに大きい音がしたと思ったらおぬしが山に突っ込んだ音だったとはな」  
 
あぁ、そうだった。自分は何時の間にやら姉様の住む鳳凰山にやってきてしまっていたのだった。  
あれだけ派手に衝突すれば異母姉様も音を聞きつけるだろう。  
無様だ。  
「申し訳ありません…ご心配をおかけしました」  
 
「仕方がない異母弟じゃ。まぁ叱っても仕方あるまい。目立った傷はないが、  
打ち身がひどいようじゃの。さ、この薬湯を」  
よく効くぞ、と差し出される。啜るとひどく苦い。すると異母姉はくすくす笑い出し、  
「昔は苦い薬を嫌がって飲ませるのに苦労したものじゃったが、成長したのう」  
恥ずかしい思い出だ。少し顔が赤くなった気がする。  
「もう異母姉様よりも大きくなりました。昔の私ではございませぬ」  
「本当に。立派な仙人になられた。異母姉として鼻が高いぞ」  
優しい眼差し。しかし目を合わせることはできない。  
「滅相もございません。これからも精進してまいります」  
「うむ、少しまた休んでいるとよい。では私は失礼するぞ。ゆっくりしていくといい」  
と言い、部屋から出て行こうとする。  
行ってしまわれる。もう少し、お話できないものか。  
「異母姉様…」  
思わず、呼び止める。  
「何じゃ?」  
とは言ってもこれと言って話題があるわけでない。  
聞きたいことと言えば―――。  
「弟子の赤雲から伺いました。破瓜の儀が近づいているとか」  
何故このことを口走ったのかわからない。ただ自然に、燃燈は聞いてしまっていた。  
竜吉はぴくん、と反応する。どうしてそのことを、と背中が語っていた。  
「隠すことなどないでしょうに…。異母弟としてお喜び申し上げます」  
思ってもないことを、と自嘲気味に思う。  
「隠すなど…そのようなつもりだったわけでは…」  
「水臭い。母が違うとは言え血を分けた姉弟ではございませぬか」  
燃燈は笑顔を作ろうとして失敗した。  
 
「燃燈…どうしたのだ?そのような顔をして…」  
顔を覗き込んだその瞬間だった。  
 
「異母姉様!」  
気がつくと、彼は異母姉を強く抱きしめていた。  
気の遠くなるような長い間の想いが爆発する。  
「愛しています。貴女のことを誰よりも愛しております…!」  
まるで子供のようだ、抑えが利かない。  
口走っていることとは裏腹に、頭の中は妙に冷静だった。  
「わかっております。貴女が決して私のものになることはないと。  
しかし…私は貴女をずっと愛してきた。」  
「貴女が他の誰かのものになることなど私は耐えられない!」  
腕を離そうとしない異母弟にかける言葉が見つからなかった。  
「ねん…」  
言い終わる前に、その柔らかい唇と燃燈のそれが交差する。  
 
それは口付けなどと甘い言葉で語れるものではなく、荒々しくて、粗雑な事故みたいなものだった。  
燃燈はこの時がずっと続けばいいと祈った。  
この瞬間確実に異母姉は自分のものなのだから。  
暫くし、唇を離す。燃燈の顔は竜吉が見たこともないくらい紅く火照っていた。  
余韻に浸る暇などなく、次は現実が燃燈を襲う。蒼白。  
竜吉は竜吉でぽかんと惚けて異母弟に見入っていた。  
数秒にも満たない沈黙が、まるで永遠のことのように感じたのは燃燈だけではないだろう。  
「申し訳ありません異母姉様!」  
座り込み、竜吉に向かい頭を下げる。  
「己の心に負け、取り返しのない無礼を働いてしまいました…!どのような罰でもお受けします!」  
ひれ伏したまま、動かない。  
 
「もうよい、燃燈」  
どうしようもない男の頭上に、柔らかな声が落ちた。  
「そちとて悪気があってしたことではないのだろう?私を大切に思ってくれるが故じゃろうて。  
そのようなことで私が燃燈を嫌うとでも思うたか?」  
「異母姉様…」  
優しい声が心に沁みた。  
「…破瓜の儀のことは真じゃ」  
「しかし丁重にお断りさせて頂いた」  
出てきた言葉は意外なものだった。  
「な…何故」  
「さぁ、何故、じゃろうな…」  
遠くを見たあと、竜吉は続ける。  
「誰とも知れぬ男と交わるよりも、おぬしのような男のほうがいいと思ったんじゃろうな」  
「どういう…事…」  
今一竜吉の言っていることが理解できない。  
「鈍感な異母弟じゃのう、それでは女にもてぬぞ?」  
悪戯っぽく笑い、優しく唇を重ねる。  
「おぬしが私を愛しているように、私もおぬしと同じ気持ちであるということじゃ」  
 
異母姉の裸体を今まで自分は見たことがあっただろうか。  
幼い頃から一緒にいたけれど、一糸纏わぬ姿は目にするのは初めてだろう。  
―――――こんなにも、美しいとは。  
暫しの間、燃燈は異母姉に見惚れていた。  
「そのように見るな。…恥ずかしいではないか」  
薄ぼんやりとした照明でよくは見えないが、顔が赤くなっているようだった。  
火照った体とは対照的なひんやりした空気が二人に纏わりつく。  
先ほどとは違い、優しく抱きしめる。  
竜吉の体がぴくりと跳ねた。  
「異母姉様…お辛かったら、言ってください」  
つとめて冷静に言ったつもりであったが、その絹のようになめらかな肌に包まれ  
燃燈の理性は吹き飛びそうだった。  
自分が少しでも乱暴に扱ったら、すぐにこわれてしまいそうな気がする。  
「大丈夫じゃ、そんなに脆くはないぞ」  
くすくすと笑い、二人はまた唇を重ねた。  
 
燃燈は竜吉の胸に手を伸ばし、その頂に舌を這わせた。  
得も言えぬ電流が体を奔り、思わず甘い吐息が漏れる。  
「あ…っ、んぅ……っ」  
その表情、声。総てが燃燈を猛らせる。彼の剛直ははち切れんばかりでそそり立っていた。  
執拗に執拗に竜吉の乳首を攻め、そこを起点に首筋、耳朶、臍下と、全身をねっとりと愛撫していく。  
女は女で、初めてあるが故の恥じらいがどんどん沸騰し、顔から湯気が出るかと思うほどだ。  
「あぁ…っ、燃燈、も…っう…」  
言葉にならない言葉を発し、潤んだ瞳で異母弟を見る。  
「異母姉様…そのような眼で見られては…」  
 
自制が利かなくなります、と言い掛けてやめた。  
考えてみれば自分自身の箍などとっくに外れてしまっている。  
ここにいるのは仙道の立場も誇りも忘れてしまった哀れな雄だ。  
自嘲気味に微笑むと、そっと、異母姉の秘部に手を伸ばした。  
「ひぁっ…!」  
竜吉は激しく身震いする。未だかつて作為的に触れたことなどない場所だ。  
刺激があまりにも強すぎる。  
「ねん…と…う……っや、やさしく…っ」  
「心得ております…異母姉様」  
これ以上ないというくらい優しく、そして淫らに指で犯していく。  
「あっ…はあっ…」  
甘い吐息は絶える事無く。まるで麻薬が体中に行き渡っていくようだと竜吉は思った。  
暫くし、燃燈は乳首を弄っていた舌を外し、その堅い蕾に運んだ。  
「あぁ…っ!…莫迦……!そん…な汚いじゃろう…て…」  
「異母姉様に汚いところなど一つとてございませぬ」  
思うが侭に竜吉を蹂躙し、愛でる。  
そして、香炉から香油を取り出し、少しずつ念入りに竜吉の秘部を解していく。  
沈丁花の香りが二人を取り巻き、それが一層の情欲を掻き立てた。  
 
堅かった蕾は徐々に花開き、すっかり熟しきった。  
まるで燃燈自身を待っているかのよう。ごくりと生唾を飲んだ。  
「異母姉様…そろそろ…よろしいですか」  
「んっ、あ、はあっ……も、もう…?」  
「こわい…ですか?」  
「…あ…あのような巨きいものが私の中に入るのか…?」  
「そうです……貴女を思うが故…このようになってしまいました…お許しください」  
ここは謝るところなのだろうか。涙を浮かべつつも、竜吉の口元は綻んだ。  
「よいぞ……もう大丈夫じゃ」  
舌を再び絡ませる。異母弟ならば、安心して身を任せられる。そう自分に言い聞かせて。  
「では…参ります」  
 
緊張に震える瞬間。竜吉が眼を背けた刹那、それは圧倒的な大きさで入ってきた。  
先ほどの指の抽挿などとは比べ物にならない。  
ずぶり、肉と肉が重なる卑猥な音がする。  
「ひいやぁっ…!ね…んとう…!あああっ…!」  
今まで感じたこともない刺激。  
その美しい双眸から涙が流れ、口元からはだらしなく涎が垂れる。  
燃燈を激しく締め付け、彼は自身が食いちぎられるかと思ったほどだ。  
「くっ…はあっ…!」  
雁首が全部入ると、燃燈はひとまず侵入を取りやめた。  
竜吉が必死で痛みと声を堪えていることに気付いたからだ。  
しかし不思議とそれで萎えることはなく、却って燃燈の動悸は速まっていく。  
「異母姉様……出来の悪い異母弟を、お許しください」  
竜吉の緊張が解れた一瞬の隙を突き、燃燈の分身は一気に秘壺へ入り込んだ。  
だがすぐに受け入れることは不可能で、何度も肉がぶつかる音がする。  
「あぁぁあっ…、あぁ、はぁあ、い、いや、そ、そんなの」  
もう自分が何を口走っているのかも解らないのだろう。けだもののように呻き声をあげる。  
少しずつ、少しずつ秘所を犯されていく感覚に、竜吉の脳髄は蕩けそうだった。  
 
「あぁ、異母姉様、すっかり入ってしまいました」  
「んあっ、あん、ほ、ほんとに…?」  
「本当ですとも、あなたの中はなんて暖かくて淫らなんでしょう。  
このいやらしい口が私をはなそうとしない」  
「んっ、ばか、莫迦…っ、あああん…。」  
「どうしてです…?こんなにも、私を求めているのに」  
引き抜こうとすれば竜吉の体はそれを拒否するかのように吸い付いてくる。  
「…動きます」  
ゆっくりと、律動的に腰を動かす。それに合わせるかのように、竜吉は喘ぎ声を漏らす。  
「ふぁっ、あん、あっ、ああっ」  
ぐちゃぐちゃと卑猥な音を褥に響かせ、道徳も倫理も忘れた二人は激しく求め合った。  
それから暫くして、  
「さぁ異母姉様、私の上に乗ってください」  
体勢を変えるように促す。  
「えっ…それは、は、恥ずかしい…あっ、あんっ」  
しかし燃燈は軽々と異母姉を持ち上げ、自分の猛りをあてがう。  
「あああああああっ…!」  
一気に子宮を突き上げられ、思わず嬌声をあげた。  
燃燈は腰を動かし、竜吉の奥を攻め立てる。  
「はあっ、そんなところ、だ、駄目っ…!ああ…!」  
「くっ…。」  
一層の秘部の軋みに、絶頂の予感がした。  
「ねっ…異母姉様、そのように締め付けては…もう…っ!」  
そのとき、竜吉が譫言のように呟いた。  
「あっ、あいし…てる、ねんと…う」  
その一言が起爆剤になり、燃燈に限界が訪れる。  
「異母姉様…、私もです…。愛しています、愛していますっ!」  
 
竜吉の中であついものが弾けた。  
 
 
 
朝を告げる鳥の声。竜吉は目を覚ます。  
外はまだ薄暗い。  
隣を見やると、寝息を立てている異母弟の姿。  
お互い薄衣を一枚纏っただけの姿に顔を紅潮させる。  
昨日はあのまま二人共眠ってしまったようだ。  
 
昨夜の行為を思い出す。  
確かに辛かった。しかし不思議と充足感がある。  
これがひとつになれた歓びというものなのだろう。  
愛しさがこみ上げてくる。  
 
異母弟の寝顔を見ていると、それは昔の幼子だった頃とまるで変わらない。  
あの坊やがこんなに立派な大人になるとはあの時誰が想像し得ただろうか。  
 
それにしても、なんとも罪深いことをしてしまったのか。罰が下っても致し方ないとも思う。  
それでも異母弟となら甘んじてその罰を受けよう。  
そう心に決め、竜吉は愛しい弟に口付けを落とした。  
 
 
―了―  
 
 

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