それは、姉弟二人きりでの談笑の最中に起きた事である。  
 
 
竜吉公主は燃燈に気を遣い、燃燈が訪れる際は人払いを命じ、浄室には誰も近寄らせない。  
そして他者とは御簾越しにしか謁見を許さぬ竜吉も、燃燈だけは異母姉弟ということで御簾の内へと招き入れてくれる。燃燈にとっては好都合だった。  
突如燃燈は竜吉の手首を掴むと、その場に些か乱暴に組み敷いた。  
「どういうつもりじゃ燃燈?!……戯れは止さぬか!」  
「戯れも何も……貴女を抱きたいのですよ、異母姉様。」  
耳元に囁いた燃燈にからかわれているのかと思った竜吉だったが、袷から手を伸ばし、豊かな膨らみを弄ぶに至って本気だと悟り、どうにかして燃燈の腕の中から逃れようとする。だが、元より腕力で燃燈に敵う筈もない。  
「お主なら私でなくとも他に数多の女性がおろう!!我々は……片親とはいえ姉弟ではないか!何を考えておる!?」  
「そうですね……でも、普通の女性には飽きてしまって……。異母姉様、血の繋がった姉弟でするのって、どんなものなのでしょうね?」  
燃燈は努めて冷静に、冷酷に言い放つ。案の定、竜吉は激昂した。  
「燃燈、お主は……っ……!!」  
真っ赤になって罵ろうとするその唇を燃燈は自らのそれで塞ぎ、強引に舌を差し入れる。初めて味わう異母姉の柔らかな口腔の感触に陶酔しながら、燃燈は何度も角度を変えて口付けを繰り返した。  
「んんっ……っ!!」  
どう応じて良いのか分からず、されるがままになっている竜吉をそのまま床に横たえる。纏っていた衣服を些か乱暴に脱がせると、白磁の如ききめ細やかな肌が露になった。  
力では敵わない事を悟ってか、既に抗う事を止めている竜吉の白い肌に幾つもの口付けを落としていきながら、燃燈はその豊かな胸元を優しく撫で擦っていく。  
「何故じゃ……?何故、こんな真似を……?」  
見知った天井を見つめながら呟いた竜吉の問いかけに、しかし答えは無かった。  
「異母姉様……敏感ですね……。」  
揶揄する響きを含んだ燃燈の言葉が、竜吉の頬を染める。膨らみに舌を這わせた燃燈は、指先での刺激に硬さを増した中心の突起を口に含み、甘噛みした。  
「や……っ!…ね…んと……っ……!!」  
びくり、と身体を強張らせ、初めて与えられる快楽に流されまいとする竜吉を見て、燃燈は愛撫の手を緩めるどころか更に激しくする。  
「ん……は……ぁ……ぁ……!」  
乳房をゆるゆると掌で揉みながら、舌でその先端を転がすうちに次第に呼吸が荒くなり、白い肌が上気して仄かに紅に染まってゆく。竜吉の意に反して、身体は正直に燃燈の施す愛撫に応じ始めた。  
 
「……っ!!な、何をするっ……!?」  
胸を弄んでいた指先を下腹部に伸ばし、竜吉の中心に這わせると、竜吉は涙に潤んだ瞳を一瞬見開いて燃燈を見つめた。  
「ああ、異母姉様は……初めてなんですね。大丈夫です、力を抜いて……。」  
滲んだ蜜を指先に絡めると、まだ穢れを知らないその花弁を掻き分け、竜吉の中にゆっくりと指を埋めてゆく。  
「ひ……あぁっ……!!」  
未だ狭く指を締め付ける柔らかく熱い秘肉を味わいながら、燃燈は丹念に弄っていった。  
湿った音を立てて自らの内を蠢く指の感触が、徐々に竜吉の心を狂わせてゆく。  
「異母姉様……大分慣れてきたようですね……気持ち良いですか?」  
いつの間にか指は二本、三本と増え、各々がばらばらに動いて内側を掻き乱している感覚が、おぞましさから甘美な快楽へと変化している事に竜吉は気付いていた。  
「や…やめよ、……ねん…と…う……!」  
それでも何とか理性を保ち、必死に堪えていた竜吉の表情に愛おしさを抱きつつも、あくまで冷酷に燃燈は言い放つ。  
「やめて欲しいのですか?本当に?……身体はそうは言っていませんよ?」  
指先に絡みついた雫を竜吉の目前に晒すと、そのまま自らの口に運び、指に纏わりつく蜜を舌先で舐め取る。その姿に竜吉は羞恥のあまり燃燈から顔を背けた。  
しかしそんなせめてもの抗いも虚しく、燃燈は竜吉の顎を掴んで強引に自分の方に向ける。  
「こちらを、……ちゃんと私を見てください……異母姉様。」  
言いながら燃燈は竜吉の脚を開かせ、間に割って入ると竜吉の内にそそり立った己のものを沈めていった。  
「……い……やあぁっ……や……めっ……!!」  
「暴れないでください……異母姉様……。」  
身を裂かれるような激痛に声を上げる竜吉の唇に自らのを重ね、燃燈はゆっくりと律動を始める。抜き差しの度に耳を覆いたくなるような淫らな水音が辺りに響き、破瓜の血が愛液と入り混じって白い大腿を伝い落ち、清浄な床を汚していった。  
「くっ……うぁ……ぁ……んんっ……!!」  
だが、与えられる苦痛は徐々に快感へと変化していく。自然、唇から漏れる声は苦しさよりも悦楽を訴える甘さを含んだ喘ぎに取って代わった。  
「ああ……好いですよ、異母姉様の中……私に絡みついて離そうとしない。」  
「っ!!あ、あっ!!」  
繋がったまま抱き起こされ、己の重みでより深くまで貫かれる形となった竜吉から悲鳴にも似た嬌声が上がる。思わず燃燈にしがみ付いた竜吉はその背に爪を立てたが、燃燈は微かに眉を顰めただけで意に介さない。  
「あ……くぅっ……はぁんっ……。」  
次第に早くなる動きに翻弄されてゆく自分の理性を必死に保ちながら、竜吉はせめてもの抵抗に燃燈を睨みつける。  
「そう……今貴女を抱いているのが誰なのか……その瞳に焼き付けて……。」  
涙を湛えた碧の瞳が燃燈を凛と射竦めるのを満足げに眺めながら、竜吉の身体を更に激しく攻め立てた。  
 
この夜の事を決して忘れないように。  
この私の事を決して忘れないように。  
その美しい身体に、瞳に刻み込んで――  
 
「……異母姉様……。」  
果てる寸前、恐らく無意識に呟いたであろう燃燈の限りなく優しい呼び声を耳にしながら、竜吉の意識は遠退いていった。  
 
「異母姉様……。」  
気を失った竜吉の汗と涙に濡れた顔に貼り付いた艶やかな黒髪をそっと手で払い除け、額に軽く口付ける。  
 
ずっと――愛していた。  
許される訳が無いのは判り切っていた。  
それでも……永遠の別れとなるやも知れない今、欲望を抑える術を知らなかった。  
 
激しい憎悪の念でもいい。  
このひとの心を占められるなら。  
私以外の者の事など考えなければいい。  
 
だからこそ、乱暴な手段で辱めた。  
きっと私が死んだとしても、このひとの心の中に私はずっと生き続けるのだ。  
 
優しく髪を梳っているうちに、いつしか燃燈も眠りの淵へと引き摺り込まれていった――  
 
 
*   *   *  
 
 
燃燈がうっすらと瞳を開けると、目の前に竜吉が匕首を握り締めて佇んでいた。  
「……それを私に刺さないのですか……?」  
竜吉は震える手で、それでも確りと匕首を持ち、自分を辱めた男を殺めようと振りかざす。  
 
愛した女性が自分の為に、固く禁じられている殺戒をも破ろうとする――  
そんな考えが燃燈の頭を横切る。  
この女性にこのまま殺されるのなら、それも構わない。  
燃燈は瞳を閉じ、天を仰いでその時匕首が振り下ろされる時を待った。  
 
しかし、燃燈の胸に匕首の刃が突き立てられることはなかった。  
「何故私を抱いたのじゃ……?遊びか?」  
匕首を下ろし、竜吉は燃燈をじっと見つめる。  
だが燃燈は顔を逸らし、髪を掻きあげると、くくっ、と皮肉な笑みを浮かべて喉の奥で嗤った。  
「……禁忌を犯すのがどんなものか、試したかっただけですよ。初めての男が異母弟なんて、異母姉様には悪い事をしましたね。」  
「燃燈……私の目を見て答えよ!!」  
先刻とは逆に、竜吉は両手で燃燈の顔を押さえると自分の方に向けた。  
「遊びです。……最低な異母弟を持った己の不運を呪ってください。」  
瞳を閉じると、燃燈はきっぱりと言い切った。  
「燃燈!!」  
竜吉はそのまま燃燈に顔を寄せると唇を重ねる。思いがけない竜吉の行動に、驚きのあまり燃燈は両目を見開いた。  
「馬鹿者が……お主一人が悪者になる気か?」  
長く深い口付けの後唇を離すと、竜吉は真摯な眼差しで燃燈に向き直る。  
「異母姉…様……?!」  
何が起こったか一瞬把握出来なかった。呆然としている燃燈に、竜吉は搾り出すような声で言った。  
「お主は大馬鹿者じゃ……!!何故全て自分一人で背負おうとする!!」  
「……何の、事ですか?」  
喉がからからに貼り付いたようで、咄嗟に上手く言葉が出て来ない。  
――まさか。  
「お主の言葉は嘘偽りだらけじゃ!!……遊びでこのような事が出来るお主ではない……お主の性格は良く知っておる!」  
――まさか、異母姉様は。  
「それは……買いかぶりすぎというものです。」  
懸命に感情を押し殺し、燃燈は言う……が。  
「ならば何故私の目を真っ直ぐに見つめぬか?!先刻からお主は目を逸らし続けておる……何故じゃ?」  
――矢張り、気付いておられたか。  
「……。」  
黙して答えない燃燈の頬に、竜吉の指先が触れた。  
「燃燈……本当の事を、言ってはくれぬか?……お主を拒めなかった……いや、本当は……嬉しかった。……私も、同罪なのじゃ……。」  
「な、っ……!?」  
思いも寄らぬ言葉に愕然とした燃燈を見つめ続ける竜吉の瞳から、一筋の涙が伝う。  
「それは……本当ですか……異母姉様……!?」  
「こうなった以上……私はもう自分の気持ちに嘘はつけぬ……。燃燈……私はお主を、」  
竜吉の告白は、しかし途中で燃燈の唇によって遮られた。  
「ダメです……私の方から先に言わせてください。……愛しています、異母姉様……。」  
先刻は燃燈が一方的に求めた口付けは、今度は互いを貪り合うものとなる。  
たどたどしく、しかし懸命に燃燈を求める竜吉の身体を、燃燈は飽く事無く掻き抱くのだった。  
 
*   *   *  
 
あくる日竜吉が目を覚ますと、既に燃燈の姿はなかった。  
「……燃燈……。」  
昨夜の事は己の邪なる願望が見せた甘美な夢だったのかとさえ竜吉には思えた。  
しかし、夢ではない証拠に――白い胸元に幾つも残る紅い烙印が、二人の罪を物語っていたのだった。  
 
 
 
燃燈と元始天尊の戦いが勃発し、燃燈が竜吉の前から姿を消す、三日前のことである――  
 

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