「くふっ…」
布団から身を起こして、女が咳をこんでいる。が、何故かその音は不快さを感じさせる
ようなものではなかった。その女の脆さを表してはいるが、咳一つにすらも、どこかしらの
流麗さを感じさせる。仙界一と言われた美女、竜吉公主とはそういう人であった。
「公主…」
外から、少年みたいな若干高い声色が聞こえる。竜吉公主はフッ、と笑って、声のした
方向を見て、その先の人物の名を呼んだ。
「待っておったぞ…太公望…」
太公望は、少々遠慮がちにしながら、幕を上げて堂の中へと入り込んだ。立ち上がろうと
する公主を片手で制して、上半身のみを起き上がらせた公主と相対するように座り込む。
「驚かぬのだな」
「私を驚かせたかったのか?」
長く美しい髪を整えながら、投げかけられた問いに問いで返す。すると、太公望はポリポリ
と頬を掻いて、
「…いや、わしは一応死んだことになっておるし。というかお主も見たであろう」
「見たな。爆発にのみこまれておった」
平然と返す公主に、調子を狂わされたようである。
「いや、だったらもうちっとくらいは驚いてもらってもいいような気がするのだが…」
「お主が皆を置いて早々と亡くなりはしないと思っておったからな。心中に付き合うほど
人が良いとも思えぬ。あそこで死ぬような男には、皆着いていったりはしないじゃろう」
本気とも冗談とも取れる言葉であったが、公主の静けさを纏ったような穏やかな表情には、
何とも言えない暖かさのようなものが混じっていた。
「…まあ、しかし、安心はしたよ。どうせならもっと早く来て欲しかったがな。サボりたい
のは分かるが。私が一々告げ口でもするとでも思っておったのか?」
公主らしからぬ毒を交えた言い方である。太公望は冷や汗をかいたようにして、
「ここは燃燈のチェックが異常に厳しいのだよ。あやつに見つかっては色々面倒になる
からのう」
「ふむ…私の身体のことではあれには余計な心配をかけさせておる。何分情に厚い男であるからな…
異母とはいえ姉弟の間柄じゃ。どうしても気にかけずにはおれぬのじゃろう」
「いや…あやつのはそういう問題では無いぞ」
「ふむ?…」
一々公主にシスコンだどうたら言っても栓のないことなので、それはひとまず置いておく。公主
は一息おいてから、
「じゃがな、お前が死んでしまったと思って心から悲しんでいるものも沢山おる。その者達の
ところへは行ってやったのか?」
太公望はふぅ、と溜息をつき、
「いや、まだ誰の元にも姿を現してはおらぬ。時期が来れば奴らをちと驚かしてはやろうかと
思ってはおるが…」
公主はクック、と忍び笑いをするようにした。堂内に微かの余韻をもってそれが響く。それを
訝しげに見た太公望が問う。
「どうした?何かおかしいところでも…」
「いや、そんなことを言うてはおるがな。お主のは単に気恥ずかしいという思いがあるだけ
ではないのか?」
「な…!」
「…あんな大げさな別れ方みたいになって、今更どう会いにいったらいいのかわからないとか
そんなものであろう」
微笑を浮かべる公主とは反対に、太公望は憮然としてそっぽを向いている。公主は気にせずに、
急に真面目な様子になって、
「…、ということはここに最初に来た、ということか…」
「?…ああ、それがどうかしたか?」
素でそう返す太公望に、公主は、複雑な面持ちで、
「…ということは、少しは期待していい、ということかな…」
「何にだ?」
「それに、何かしらの特別な意味を、ということじゃよ…」
公主の顔に、僅かの朱が混じっているのだが、太公望はそれを気にするふうではなく、
「ふむ…そうだな。お主の様子が悪くもならぬが良くもならぬというのは懸念というか心配では
あったが…確かにお主は、何か他とは違うのかもしれぬな。別に他意があってここに最初に来た
わけではないが…」
「そうか…」
奇妙な静寂が二人を包み込む。蓬莱島特別の清浄な空気が流れ込む。これによって彼女は一定
の安定を得ているのであろう。
「まあ、矢張りお主はお主じゃな…始祖とやらになっても全然変わらん」
「何?…」
少しだけ険を含んだその言葉に、訝しげな様子で太公望は返す。
「端的に言うと鈍いのじゃ」
「はあ?…公主、お主さっきから一体何を申しておるのか…」
険の大きさは増していき、言葉も関を切ったように流れる。
「私にとって、お主が特別な存在である、ということを、今もって理解してはくれぬではないか」
「…はい?」
「だからな、生きていると信じているとは言ったが、それはそれは不安であった。それぐらいは
気づけ。なのに…なのに、お主は私を言葉でのみでしか癒そうとはせぬ。だがな…」
涙交じりの声に、一瞬太公望はたじろく。そんな彼をキッとした瞳でみつめて、急に寄りかかる。
「私とて、女じゃ。好いた男には、それ相応の方法で癒して欲しいと思うのは…間違いなのか?」
不安を交えた声で一息にいいきる。太公望のほうは、一瞬ポカンと口を開けて放心した後、
「はぁぁぁ?」
と、どこか間の抜けた声で返すことしか出来なかった。
「いや…にしても、お主がわしを…というか、冗談であろう?」
「そのような冗談を言えるような女に見えるか?」
「見えぬ」
「全く、矢張り直接言葉で表現せねばわからぬものであるらしい。…出来れば相手から言って
もらうのが昔からの夢じゃったが、そうはいかぬものらしい」
「そんな夢もっとったのかい…」
「私とて女じゃと言うておろうに。…それで…勢いで言ってしまったとはいえ、返答は聞かせて
もらおうか…」
緊張の色を含ませた声色で問いかける。瞳はまっすぐだが、その線の細い身体は震えているよう
でもあった。
「…今言わねばならぬか?」
「待って答えはいい方にゆくのか?」
「…いや」
風の通う音だけが二人には聞こえる。数瞬のあと、ようやく太公望は口を開く。
「…わしはお主を幸せになどはできんぞ」
「そんなことを聞きたいのではない」
「…わかった。わしの気持ち…は、…」
そして、公主の身体はゆったりとすいこまれるように、彼の腕の中に入る。公主の目は驚き
が混じって大きく見開かれたが、目を閉じて涙を一筋流し、彼へと身を任せることにした。
「…人の気持ちというのは不思議なものじゃな」
「何?」
彼の腕の中で眠るようにしながら言葉を紡いでいく。
「こんな思いを抱くなどということはな、お主に出会うまでは思わなかった」
「ほう…光栄だな」
「お主が仙界に来て、大体何年だったか…」
「70年か80年くらいかそんなものだ」
「たったそれだけしか経っておらぬのか…信じられぬ」
「そういうものなのか?」
「そういうものじゃ」
「ふうん…」
ひたすらに穏やかな時の中で、微かな光にあてられながら、言葉を交わしていく。
「のう…」
「ん?」
普段の公主からは考えられないほどの甘い声で囁く。
「これで私たちは晴れて恋人同士、とでもいうところじゃろうか…」
太公望は、少し照れながらも、
「まあ、そういう言い方も出来ような」
「ふふ、そうかそうか…ならば」
「ならば?」
「ならば…」
途端に言葉に詰まったようになる。白く美しい顔は真っ赤に染まり、恥らうように
する表情は、どこか幼くも見える。
「ならば、な。その…恋人の嗜みというか…それを試してはみぬか?」
「は?嗜み?」
頭にクエスチョンマークを思いっきり浮かべて尋ねる。あいも変わらずどもりつづけて
いたが、ようやく意思を固めて、
「だからな、その、ほら、伽というやつを…」
「そうか、伽…って、ええええ?」
予想外の言葉に、思わず叫んでしまったようである。その様子を見た公主は、少し俯いて、
「そ、そんなに…厭なのか?」
「ち、ちがう…厭とかそういう問題ではなかろう。飛びすぎだ」
「そうであろうか」
「そうだ。もっと段階を踏んでだなあ…」
「意外に純なのだな」
「わしは純情だ」
「ふむ…だがな。私も、その、ずっと待っていたのだし。お主は次いつ来るか分からん
のじゃ。その、お互い通じ合えたとは言え、不安もあるさ…だから、その…一度交えて
おけば、不安も薄れるかも知れぬ…と、そう思ったのだが…迷惑だったか…」
うなだれながら悲しそうに続ける公主が見ていられなくなって、
「ああ、別に厭とは言っておらぬ。寧ろ本望だ。わしもわるかったから、ホレ、涙を拭け」
「ああ、済まぬ…と、いうことは…抱いてくれるのか…」
少々呆然としながらも、そう返すと、太公望は優しく。
「そこまで思ってくれているのに、応えぬわけにはいくまい…」
「ふふ、ヴィーナスも確かお主を思うておったが、私とて誰にも負けぬ…年月だけでなく、
深さにおいても」
そう言って、彼の手を握って、瞼をゆっくり下ろして彼を見上げるようにする。そこに
太公望も唇を重ね合わせる。胸の昂ぶりを押さえながらも、二人は幸福に浸っていた。
しゅる、しゅる、と衣擦れの音が響く。太公望は丁寧に一枚一枚彼女の衣を外していく。
そして、下着にまで手を掛けて、その裸形を光にさらすと、
「うわぁ…」
その美しさに目の眩みそうになるものを覚えた。妲己の美しさに比べて妖しさこそ薄れる
ものの、一方で纏った清純な気は妲己に無いものであった。その均整の取れた身体は、男
ならずとも、きっと女までも魅了してしまうだろうと思われるほどに。白く透き通った肌の
それに思わず見蕩れていると、公主は身をよじって、顔を赤くする。
「あ…あんまり見るな…」
乳房を腕で隠そうとするが、それが大きくて形のよいそれを締め付けて、いやらしさを持つ。
「…お主、意外に着痩せするタイプなのだな…」
素直な感想を口にすると、
「な…。そ、そんな…」
恥ずかしさに身をすくめてしまう。太公望は、すこしからかうようにして、
「お主、これから何をしようとしておるのだ。…止めるか?」
「止めぬ!」
今更後には引けない、と言った様子で、食って掛かる。それを受けて、再び唇を持っていく
太公望であったが、
「ん…ん?…っんん!」
今度は唇を重ね合わせただけではなかった。公主の口腔内に、舌が入り始めて、中を暴れ
まわる。
「ん…あ、ん…んん」
最初は苦しそうにしていた公主だったが、次第に喘ぎに艶が混じる。それと共に、彼の舌
に自分の舌を絡めるようになった。太公望もこれには驚いたようであるが、素直にそれを
受け止めて、今度は白くて大きな乳房に狙いを定める。
「ああ…」
白い乳房にゆっくりと彼の指が沈んでいく。太公望はその心地に驚きすら覚えた。絹のよ
うな手触りと、マシュマロのような弾力。段々と夢中になって、その感触を味わっていたい
と思うようになる。喘ぎもそれに応えていくのだが、ふと太公望が目をやると、桃色の頂が
膨らんでいるのがわかった。それを軽く摘むと、
「あっ…」
声を高くして、背を仰け反らせる。急な刺激が耐えがたかったらしい。コリコリとそれを
いじっていると、恥ずかしそうにしながらも確実に感じていることがわかる。
「にしても…」
はぁ…と溜息をつきながら乳房を見る。たわわに実った先の、今は指でいじられているそ
れは、薄い絶妙な色をしていて、男の情欲を非常にそそるものであった。今、彼が吸ってみ
たいと思ったことを、誰も咎めることは出来ないだろう。太公望は素直にその欲求に従って、
桃色を大きく口に含んだ。
「え?…ん…」
だが、どうやら彼女にとっては予想外の動きであったようだ。
「た…太公望…、そんなこと…」
赤子のような行動に出た、太公望が半ば信じられなかったらしい。だが、赤子のそれとは
違って、彼のは明らかに彼女を感じさせるものであったが。
「ひぁぁ…す、吸っても何も出ぬ…」
子を成した体ではないから、乳は出ぬといいたいのだろうが、どんなことには構わず、
彼はその行動を続けた。もう片方の乳房は、手にすっぽり収めたままに。
一通り満足したのか、太公望は桃色から口を離して、彼女の脚に触れる。そして、ゆっくり
と開いて、彼女の股の間にある秘所をさらさせる。ここでも太公望は一つ唾を飲み込んだ。
上への刺激により、すっかり出来上がってしまった彼女の秘所は、しっとりと全体を湿らせ、
雫をたらしている。それがたまらなく扇情的であって、自然と彼の指はそこの伸びた。
なるべく優しく、その間のクレヴァスに触れる。初めての刺激に、公主の身体は微かな悲鳴
を上げた。
「ここに、入れるのだぞ…」
「わ、わかっておるが…その…お主のそれを…なのだよな…」
彼がぶらさげている、その逸物を軽く横目で見ながら、そう呟く。
「そ、その…本当に、入るのか?…」
大きく膨らんだそれが、自分の中に入るというのは、少し信じられなくもあった。だが、
太公望が秘所を弄くったまま、
「怖くなったか?」
と問うと、
「馬鹿を申すな」
と意地を張ってしまう。太公望は苦笑しながらも、すっかりと準備が整ったのを見て、
「…では、いくぞ」
と、公主に語りかける。公主もああ、いよいよだな、と思いつつ、
「うむ」
と短く返す。
「最初は痛いと思うが…我慢するのだぞ」
「うむ…」
そして、腰を彼女の股に近づけていく。
「ん…」
「うぁ…」
最初はゆっくりと入り口に進入させる。公主は顔をしかめつつも、確実に感じていた。
太公望も、入り口だけでこれか、と感触に満足しそうになる、が、ゆっくり、ゆっくりと
深くさしていく。ある一点で、その動きがピタリと止まる。処女の証にあたったのだ。
太公望は。もう一度確認する。
「いいのだな…公主」
「うむ…頼む、太公望」
その言葉に一度頷くと、一気に太公望は腰を落とした。
「ひぎいいいい!あ、あああ」
プチプチ、と小さい音がして、膜を破る。その痛みに、公主は気絶してしまいそうになる。
太公望も、一先ず落ち着くまでは公主を腕に抱いてやる。荒くなった息が一定のところまで
戻って、
「もう大丈夫…続きを」
と言う、公主の言葉を聞いてから、ようやく腰をゆっくり動かし始める。
「ああ、はあ、ん…あん…」
まだ初めてなので、若干きつそうではあるが、それでも感じている様子は伝わってきた。
太公望も、処女ゆえの膣のきつさを感じつつも、吸い付いてくるような彼女の名器に嘆声を
発する。
「…すまぬ、公主」
「ふえ?…」
突然の言葉に、公主は何事かと思った。すると太公望は彼女の胸に再び手を置いて、揉み
しだいてから、
「我慢できそうに無い」
と、一言呟いて、一気に腰の動きを加速させる。
「へ?い…あああ!」
急激な変化に身体がついてこれなさそうになる。快感を二点同時に与えれれて、昂ぶりも
限界に近づいている。腰を打ち付けあう音が堂内に響く。
「あ、ああああ、あ…」
彼女は喘ぎつつ、脚で彼をしっかりと引き寄せる。
「公主…!そろそろ…」
「太公望…ああ、いい、あん…」
そして、太公望は思いっきり彼女の中にぶちまけた。それに応えるかのように、ひときわ
高い嬌声を上げて、イってしまった公主は、ぐったりとしつつも、交わることの出来た、と
いう幸せに浸っていた。
「あ…」
公主が意識を戻すと、先ほどまで自分を抱いていた太公望は、優しく彼女の髪を撫でていた。
「済まぬ…無理をさせすぎたか…」
抑制がきかず、思い切って激しくしてしまったことを言っているらしい。だが、彼女は、
「いや…その…気持ち、良かったから…」
と、思い起こして、気恥ずかしさを新たにするだけであった。
「のう、本当にわしで…」
「くどいぞ、太公望」
「う…」
「惚れた相手はお主なのじゃ。…何より、大切な経験が出来たと思う…その、思っていたより
も、本当に良かったし…」
「公主…」
自分を呼ぶ声を聞いて、公主は尚言葉を続ける。
「私はな、その…お主を待っていたからこそ、苦しくても生きようと思えた…」
「公主、やはり…」
外気に当てられた故の毒には、今だ耐性が出来ておらず、空気の清浄なここに移っても、
あの時の無理の代償はまだ払い続けていたのだ。
「わしがふがいなかったばっかりに…」
「そんなことを申すな。私はお主の力になりたかったからああいった行動にも出たのだ。
それにな」
「それに?」
公主は冗談を交えて、
「この状態にあっては、私を放っておくことも出来ぬであろう?だから、それはそれで
良いとまで、今は思えてしまっておるのじゃ。だからな、お主はそれほど私にとって…」
「公主…」
感極まって、公主を抱こうとしたが、ふと、それを止められる。
「うむ…考えてみれば変な話ではあるな。恋人に公主と呼ばれるのは、少し…ふむ。
ちゃんと竜吉と呼べ。私もこれからはお主を望と呼ぶ」
照れは残っていたが、はっきりとそう言った。
「わかった。竜吉…」
「望…愛して…ん…」
愛する相手の言葉を唇で塞ぐ。ここには二人の間を邪魔する無粋なものは何も無かった。
純血の仙女が求めてやまなかったものは、こうして彼女の手に入った。それはもう一つの
欲しいものの鍵でもあったのだけれど。二人の夜は、ゆっくりと更けていく。