「子供だ子供だと思っておったが、なかなかどうして……」
朝歌は禁城。豪奢な露台のある立派な部屋。天蓋付きの寝台。
周国は武王の寝室である。
遷都を控えた彼は、その皇后となる予定の少女と共に、現在はこの部屋で夜を過ごしている。
その露台に這うように何者かの影がある。
始まりの人が一人、その名も伏義。しかし、実は王奕と名乗り、地球の人間の器に収まっており、
かつ、半分に割られ、王天君になってみたり、残り半分は呂望だったり、姜子牙だったり、いろいろあった。
とまれかくまれ、面倒だから太公望ということにしておく。
知る者のみぞ知る先だっての女禍との戦いにおいて、総ての仙道の代表として彼女と直接拳を交えた者だ。
そして、彼は勝利し、地球は守られた。
いわば救世主である。
「うむむ……。発め、後一年などとぬかしておったが、それを待てずに手を出したのではないか?
邑姜がやたら慣れておるようだが……」
数分後。
「イヤらしい音だのう……。ここまで響いてくるとは。しかし、発はうるさい! 男の喘ぎ声なぞ
聞きとうもない」
繰り返すが、彼の名は(以下略)太公望。
救 世 主 である。
「太公望」
「お、やっと体勢を変えるのか」
「太公望?」
「発! 邪魔だ! よく見えんではないか」
「太公望……」
「うむむ。邑姜もいい声で啼くのう」
「太公望!」
「やかましいわ! 男の声なぞ聞きとうもないと言うとろうが! ――男の声?」
(そんなに必死だったの?)
「って、申公豹! おぬし何故ここに?」
「あなたがここにいる、と黒点虎に聞いたので来たまでです。お久しぶりですね。
……ところで、何をしているのです?」
(見れば判るでしょ?)
「シッ! 気付かれたら困るのだ。これからがいいところだからのう」
「いいところ……?」
(本当にわかってないの?)
「わしの邪魔をせんのなら、おぬしも好きにせい」
(結局続けるんだね。申公豹も一緒に覗いちゃってるし……)
「うお! いきなりそうきたか。積極的だのう……。しかし、発は遊び人ではなかったのか?
邑姜に押されっぱなしのように見えるぞ」
(なんか太公望の人格を疑いたくなってきたよ……)
「……なんというか、本命相手には緊張してうまくいかないタイプなのでは……?」
「なるほどな」
(申公豹……、口開いてるよ)
「うーむ。わしならそこでこう手を廻して――」
「私は後ろのほうが好みですね……」
(………………(゚д゚lll))
――スパコーン!
(!? ハリセン?)
「うぐぐぐぐぉ……! うわっ! 旦!」
「太公望……、あなたという人は……! 今や小兄様は御世継ぎを作らねばならぬ尊い身。
その寝所を覗き込むなど言語道断! 今日という今日は許せません! 軽犯罪法一条二三号
および私が個人的に何らかの罪を上乗せして、極刑を言い渡しついでに執行致します!
御覚悟めされいっ!! 成敗ィィィィィィッ!!」
(軽犯罪法って……、どこの法律?
個人的に上乗せ……?
ハリセンで成敗は無理だと思うけど……。
つーか、キミ、どっから出てきたの?
ダメだ!! どこからツッコんでいいか判らないよ!)
張り上げる大声に寝台の上の二人が同時に身を起こした。
「マズイ! 逃げるぞ! 申公豹ッ!!」
「はい……! ってなんで私まで!!」
(ちゃっかり見てたくせに)
「お待ちなさい! 太公望ッ!! フーッッッホワチャーッッッッッッ!!!!」
(うわ、飛んだ! 足から火が出てるよ! とんでもなく臭そうだよッ!)
「あれは……! 熾炎脚!! 旦め、いつの間にあんな必殺技をッ!!」
(今の若い子は知らないよ、ス○パー○トリートファイ○ー2のフェ○ロンなんて)
「あれを食らうとさすがに彼岸が見えそうですね……」
(臭いから? ねえ、臭いから!?)
上空へ逃げる二人(と一頭)に、さすがの周公旦も追跡しきれない。
「おのれ〜! 太公望オオォォォォォォ!!!」と尾を引く叫びを残して落ちていく。
(生きていると、何か大事なものを棄てなきゃならない瞬間ってのがきっとあるんだろうね……)
ふうっと溜息をつき、胸中で合唱する黒点虎であった。