「最初で最後の望み」
太公望×竜吉公主
歴史の道標を倒して数か月後…
諸国を放浪していた太公望は、竜吉公主に呼び出され、彼女の住まいである新しい仙人界へと向かっていた。
いくら怠け者の太公望でも、死期が近い、かつての大戦の功労者である彼女の呼び出しとあっては、出向かざるを得ない。
「しかし急用とは…いったい何であろうか?」
仙人界に着くと、太公望は呟きをもらし、公主の元へと向かう。
「公主、わしじゃ」
「うむ、入ってくれ」
一言かけて彼女の部屋へと入る。
空気を浄化するためのお香の匂いで、部屋は満ちていた。
<竜吉公主>純粋な仙女である彼女は、かつての崑崙山のような、清浄な空気の中でしか生きられないのだった。崑崙山が落ちた今、彼女の命は刻一刻と削られていた。
「赤雲、碧雲」
公主が声をかけると、脇に控えていた二人の侍女は、軽く会釈をして部屋から出て行った。
その様子を訝しがりながらも、太公望は公主の急用とやらを聞く。
「公主よ、して急用とは何なのじゃ?」
「…太公望」
公主は澄きった玉音でゆっくりと、話し始めた。
「私はもう長くはないじゃろう。後一年か、二年か…どちらにせよ仙女として、悠久の時を過ごして来たこの身としては、瞬く間のような短さよ」
太公望は眉をひそめたが、沈黙をもって続きを促す。
「私は今まで、己を殺し、仙人界のために尽くして来た。しかしいざ死が近づいて来た時、自分の中に、どうしようもない願望が、湧いて来たのじゃ…」
公主はここで一回話を区切ると、深く息をついた。そのおだやかな顔が、僅かに朱を帯びたようだった。
「私の最初で最後の望みじゃ。太公望よ私を抱いてくれ」
一瞬の間の後、太公望の双眸が驚きのため見開かれた。
「なっ…」
思いもよらない公主の言葉に絶句する太公望。
公主はそんな太公望の顔を見て、表情に僅かな憂いを浮かべた。
「私とでは嫌か?」
声も少し沈んだものとなる。
「い、嫌ではないが…どうしたのじゃ?そんな急に」
なんとか平静を保ち、言葉をつむぐ太公望。そんな彼に公主は想いをぶつける。
「急では無い。私は前々からお主を好いておった。前々からと言っても、たかだか七十年余りじゃがな」
普通の人間からしてみれば、それは一人の人生にも値する長い時間だった。
「しかし公主よ、解っておるのか?その身体で男と交われば、さらに命を縮めることとなるのじゃぞ」
公主は純潔であった。純粋な仙女である彼女は男と交われば、それだけで命を削られてしまうのだ。ましてや今の状態で交われば、確実に死が目前まで迫る。
「こんな身体だから、こそじゃ。最後に好きな男と結ばれたい…そして願わくば、おぬしと子を成したいのじゃ…私という存在が、確かにこの世界にいたという証が、欲しいのじゃ」
「公主…」
公主の熱い想いを聞き、太公望は戸惑っていた。しかしそれ以上に、そこまで覚悟を決めて自分を求める彼女を、愛おしいと想う気持ちが彼を、満たしていた。
「どうじゃ、太公望。私を抱いてはくれぬか?」
「………わかった。そなたの望みを受け入れよう」
しばしの沈黙。その後太公望は明言した。
公主のいる天蓋付きの寝台へと、近づく太公望。
彼女の前に立ち、その頬に手を触れる。彼女の肌はまるで、赤子のそれのような触り心地であった。
「しかし、この事が燃燈に知られたら、わしは殺されてしまうかも知れんのう」
笑いながら軽口をたたく太公望。そんな彼を見て公主は微笑んだ。
「私の最後の望みじゃ、異母弟も解ってくれよう」
公主は太公望の背に手を回し、彼を抱き締めた。温もりが伝わってくる。
「うむ」
太公望も公主を抱き締める。右手を彼女の頭、左手を腰に当て、優しく自分の胸へと引き寄せる。彼女に心地良い鼓動が、伝わってくる。
「太公望…愛しておるぞ」
「うむ。公主よ、わしもおぬしが愛おしい」
「嬉しい…」
二人はしばらくの間、抱き合った。そしてどちらが先に、ということもなく唇を重ねた。
唇を重ねたまま、太公望は公主を寝台へと、優しく押し倒した。
公主の長く、艶やかで、美しい黒髪が寝台の上に広がる。
太公望は唇を離すと、彼女の衣に手をかけた。
「フフ…、何千年と生きてきたが、口づけなぞ初めてじゃった。男の前で衣を脱ぐのもな」
公主は自分の衣を脱がす太公望を、愛おしそうに見つめ、微笑んでいる。
そんな公主の視線を心地良く感じながら、太公望は衣を一枚、一枚、丁寧に剥いでいく。
やがて公主は、一糸纏わぬ生まれたままの姿となった。
まるで雪のような白い肌、そこには一点の曇りもない。黒髪との対照が至高の美しさを醸し出している。
「美しい…」
太公望は心の深淵からそう思った。
「そんなに凝視しないでくれ…面映ゆいのじゃ」
公主は頬を染めた。
「ああ、すまない。おぬしがあまりにも美しかったので、ついな…」
公主は頬を更に紅くすると、恥ずかしそうに背けてしまった。
太公望は自らも衣を脱ぎ去り、公主に覆いかぶさった。
「あっ………」
再び二人は唇を重ねた。しかし今回のそれは深く長い。太公望は公主の唇に何度も吸い付きやがて唇を覆い、舌を出してきた。公主は初め戸惑ったが、やがて太公望に応じ、口を開き、自らも舌を出した。二人の舌がいやらしく絡み合う。
「んっ…はぁ、あ、…うんっ…はぁ…た、太公望っ」
すっかり上気した顔で公主は喘ぎを漏らす。その瞳は潤み、耳朶は真っ紅に染まり、口辺には、どちらのものとも区別が付かない唾液が、流れる。
「んっ…公主、公主っ!」
太公望も興奮が高まってきたのか息が荒くなっている。二人が唇を離すと唾液が煌めき、糸を引いた。
太公望は、はやる気持ちを抑え愛撫を続ける。公主の首筋に軽く口づけをして、そこから鎖骨へと優しく舌を這わせていく。
「んっ…ふぁっ!…はぁん」
初めての快感に身を震わせる公主。
太公望はそんな公主の様子を見て、さらなる興奮を覚えたが、決して欲望にかられることなく、彼女の玉体を愛でていく。
公主のそのふくよかな乳房を両手で包み込み、強すぎず、弱すぎず絶妙な力加減で揉み、彼女をさらなる快感へと導いていく。
「んっ!胸が…なにか…おか、しいようじゃ…はぁ、んっ気持ち良い…」
公主が、感じているのを確認すると、太公望は桃色の美しい突起を口に含んだ。さらに舌をつかい丁寧に愛撫する。
「あっ!あ…あ、はぁ、き……いい」
愛おしい男の優し過ぎる愛撫に、公主は言葉に出来ぬほど、感じていた。
太公望は頃合いを見計らい、公主の秘部へと手を伸ばす。
「ひゃんっ!」
公主は今までに、あげたことのないような奇声を発した。彼女の秘部は濡れてはいたが、まだ男を迎えるには充分とはいえなかった。
太公望は、公主の膨らみから顔を上げると、彼女の足へと愛撫の場所を移した。
長く細い、しかしそれでいて適度に肉付きの良い、完璧な脚線美を誇る彼女の足に舌を這わせる。
足首からふとももへと、太公望の顔が上がってくるのにあわせて羞恥の余り、公主は足を閉じてしまった。
「公主よ、足を開いてはくれぬか?これでは何もできん」
「し、しかし、私はそんなことをしたら、慙死してしまうやもしれん」
「大丈夫じゃよ、それに今更恥ずかしがることもあるまいに」
太公望は公主の足を少し強引に開き始める。彼女も観念したのか閉じていた力を緩める。
薄い陰毛に覆われた公主の秘部が、あらわとなる。
「公主よ、おぬしはこんなところまで…美しい」
「…っ!!」
絶句して、巨大な羞恥心のため顔が真っ赤に染まる。
それにも構わず太公望は未到の聖域へと顔を近づけていく。
「た、太公望!ま、まっ!!」
公主は、音にもならない声をあげて、その美しい肢体を大きくのけ反らせた。太公望の舌が彼女の最も敏感な部分に触れたのだ。
公主の割れ目からは、初めての男の侵入を促すように、愛液が溢れ出す。その様子を見て、太公望はすでに大きく勃起した自分の陽物を、彼女の秘部へと近づけていく。
太公望は顔を、再び公主の顔へと近づける。彼女は時期を悟ったのか息遣いを整え、話し掛ける。
「いよいよじゃな…」
「なるべく痛みのないようにするが、どうなるか分からん…もし苦痛なよ…」
「かまわん、覚悟はできておる。おぬしの気遣いは嬉しく思うが、心配は無用じゃ」
太公望の心配を打ち消すように、公主が彼の言葉を遮った。
公主の決意を受け止めて、太公望は大きく頷いた。
「うむ。ではゆくぞ」
公主は身体を強張らせ、力一杯敷布を握り締めた。
公主は自分の秘部に、硬く熱を帯びた何かが触れるのを感じた。彼女が何千年もの間、守り抜いてきた純潔が今、奪われた。
「つぅっ!!」
激しい痛みが公主を襲う、思わず鳴咽と共に涙も零れ落ちる。
そんな公主とは逆に、太公望は凄まじいほどの快楽を得ていた。しかし彼は独りでその快楽を貧ろうとはしない。彼女とその快楽を共有しなければ、意味がないのだ。なにより死を覚悟してまで純潔を捧げてくれた彼女に、自分も精一杯応えてあげたかった。
「公主…」
太公望は堅く敷布を握り締めた公主の指を解き、自分の指を絡めて、掌を重ねた。
「少し、力を抜くのじゃ。焦ることはない。ゆっくり、ゆっくり慣らしてゆけば良い」
「う、うむ…」
公主の強張りが少し緩んだ、太公望の陽物がゆっくりと、彼女の深い部分へ挿入されてゆく。
太公望は挿入を続けながらも、公主を快楽へと導くため様々な箇所を愛撫する。前戯で彼女の感じる箇所は把握ずみであった。そこを重点的に攻める。
「あ…うっ…つ!!……あっ!ひあ…あっ、あんっ…はっ」
いつしか鳴咽は、快楽の嬌声へと変わっていった。
「う…はぁ、はぁ、感じて、おるのか?」
「わっ、分からない、でもなんだか身体の奥から何か、はぁんっ!」
公主が、徐々に感じているのを確認すると、太公望は腰を動かし始めた。
「あ!太公望、うっ、動!!あっ…ふああっ…はぁ……あんっ!」
太公望の技巧により、公主は破瓜の鮮血も乾かぬうちから、大いに感じてしまっていた。
「うっ!公主、公主っ!」
そんな公主を見て、太公望も快楽を深めていく。自然と動きも激しいものとなる。
朦朧として薄れゆく意識の中で、公主は確信にも似た思いを得ていた。
自分の純潔は、この男に捧げるためにあったのだと。自分はこの瞬間のために、今まで生き永らえてきたのだと。
彼女は、太公望に巡り会わせてくれた運命と、自分の永い生命に感謝した。
それが例え誰かによって、仕組まれたものだとしても…
この快楽と、幸福感はどうしようもなく本物で、間違いなく自分だけのものなのだから。
太公望もまた得たことの無い程の快楽、幸福感を味わっていた。
愛しい者と行う、生命としての呆れる程純粋な性愛の行為。それは人ならぬ仙人をして、ここまで驚心動魄させられるものなのかと。
「はぁんっ!あ…ん…あっ…太公望!私、もう、ああっ!」
「公主!わ、わしも限界じゃ、はぁっ…くうっ!」
二人は同時に絶頂へと達した。
太公望の熱い精液が、公主の膣内へと勢いよく流れ込んだ。
太公望の熱い精液を感じながら、公主は願った。自分の身体に新たな生命が宿る事を、愛しい男の、子を産める事を。
それが天文学的な数字を、分母に持つ確立であることは知っていた。
自分の存在が、すでに奇跡である事も知っている。
それでもその奇跡を、願わずにはいられなかった。
全てが終わり、太公望は公主の横に寝転がり、彼女の髪を優しく撫でて微笑んでいる。
公主は愛おしい男に抱かれた幸福感をしっかりと噛み締めて、深い眠りに落ちていった。
約九か月後、それは起きた、まさに愛の奇跡としか言いようの無い出来事だった。
竜吉公主は一つの命を産み落とした、玉のような女の子であった。
しかし公主はそれから日増しに衰え、ついにその日を迎えた。
公主の部屋にはたくさんの仙道達が、彼女の死を看取ろうと集まっていた。
公主は一人、一人に声をかけてゆく。
「教主よ、後の仙人界を頼む」
「燃燈よ、おぬしの姪っ子じゃ。よく面倒を見てやってくれ」
「赤雲。今まで良く尽くしてくれた。礼を言うぞ」
「碧雲。おぬしにも迷惑をかけた、礼を言う」
あるものは悲しみに咽び、またあるものはそれを堪え、ただ沈黙した。
「最後に、太公望と話がしたいのじゃが…」
公主がそう言うと、燃燈は皆に合図して共に部屋の外へと出て行った。
部屋の中には太公望と公主、そしてその子供だけが残った。
「太公望よ、その子を頼んだぞ…」
子は、太公望の腕の中で寝息を起てている。
「うむ、心配するな。任せておけ」
太公望は力強く頷いた。公主は微笑むと話を続ける。
「のう、お主は輪廻というものを知っておろうか?はるか南西の思想なのじゃが」
「うむ、生まれ変わりの事じゃろう」
「そうじゃ、私はそれを最近信じるようになってな」
「ほう、それは何故?」
「フフ…そう考えれば死ぬ事など恐れるに足らん…むしろ生まれ変わり、またおぬしと出会い恋が出来ると思うと、どこか小気味良くすらある」
「それはそうじゃが…生まれ変わったら、互いのことは、分からんのでは無いか?」
「みつけてみせるさ」
公主は弱々しくもはっきりと断言した。
しばし沈黙が流れる。
そして公主が再び口を開く。
「おぬしと共に過ごした七十年余り、そして想いが通じ合ったこの一年、それだけが私の悠久の人生の中で燦然と煌めいておるわ」
「公主…」
太公望は腕を伸ばしその頬に触れた。
「太公望よ…愛しておる」
「わしもじゃ、愛しておるぞ」
公主はもう一度だけ微笑み、そして二度と口を開くことはなかった。
水滴が太公望の頬を伝い、腕の中の子供の頬へと落ちた。その瞬間彼女は母の死を感じたのか、大きく泣き出した。
太公望はぼやける視界の中、彼女をあやし続けた。
(完)