微かに、それは感じる。  
 
 ちりちり、ちりちりと音を立てて……。  
 
 衣擦れの音、奥に潜む寝息。僕には、それが悲しさを誘うのだ。  
傍で眠る殷洪の、長い黒髪をそっと梳く。するすると指を流れ、  
優しい香りを漂わせる。  
 時は満ちた。  
 もう、後戻りはしない。  
 後は、僕を繋ぎ止める小さな硬い鎖を、断ち切れるかだけ。  
 
 母上、どうか、見守っていて下さい。  
 母上、どうか、『妹』だけは死なせぬよう。  
 
 
 水関の韓栄に命じ、界牌関に馬を飛ばした。  
 数が揃わねば話にならない。7万の兵馬で何とかなると思えないが……。  
 
 兵は疲れきっている。もはや忠誠心など役に立たない。勝機は……ある  
だろうか?  
 
「やめなよ兄様!」  
 黄巾力士が視界に入る。殷洪が見えた。  
「本気で太公望と戦うつもりなの?!」  
「当たり前だ、私は殷の太子なんだからな」  
「そんなっ……、だって……師匠たちも言ってたじゃないか!」  
 僕の言葉に、殷洪の表情に焦りが見えている。師匠である広成子、赤精子  
は言っていた。太公望に従わねば、死をもって償わねばならぬ、と……。  
 
 
「殷洪よ……、降りて来い」  
 僕は、手を伸ばした。  
 殷洪は黄巾力士から身を躍らせ、関の上に降り立つ。兵達は矛を向けたが、  
僕が制すると、静かに去っていった。討って出る支度の為に。  
 もし周が来たとしても、僕が『番天印』で迎え撃てば、問題もない。  
「もう、やめよう?兄様。僕らは国を棄てたんだよ?」  
 埃にまみれた、乾いた風にあおられる『殷』の軍旗。そして、殷洪の黒髪。  
「僕は殷の王だ。それは変わらない」  
「お願いだよ……」  
 少しだけ、顔が歪む。殷洪は姜氏……母上に似ていると思った。  
 
「なら……、そうだな、服を脱いで跪き乞うてみろ」  
「に、兄様……」  
「どうした?出来ぬのか?」  
 兵が何かを囁いているのが、視界の端に見て取れた。  
 殷洪は顔を真っ赤にして僕を見ている。目に涙を溜めて。唇をかむ仕草は、  
昔から変わっていない。  
「冗談だ。お前はそんな辱めなど受け入れられぬだろう?去れ、殷洪」  
 これぐらい言えばいいだろう。番天印で脅せばすぐに去る。そう 、思っ  
ていた。  
 
 
 殷洪は胸の留め具に手をかける。頬を、涙が伝った。  
「本当に、……辞めてくれるよね」  
「殷洪……」  
 やめろ、やめてくれ……。  
「兄様……」  
「くそっ」  
 僕は、殷洪を抱きしめていた。抱く、というより、しがみついたようなも  
のだった。震えている、その幼い身体は僕の腕に余る。殷洪の叫び声が、僕  
の心をずたずたにしていく。僕の身体に爪を立て、殷洪は泣いていた。  
 その声を聞かないように、僕は殷洪の唇を唇で塞いだ。顔を背けて逃げよ  
うとするのを手で押さえ、引っ込めた舌を吸い、重ねる。  
 暴れる足元がもたつき、腰から崩れようとする、片手でそれを支え、石の  
上に座らせる。そして僕は、殷洪の胸元をまさぐる。  
 
 道衣の裾をたくし上げる。片手に収まる程の乳房に触れると、背が弓なりに  
しなった。乳房の先をさすると、殷洪の喉が鳴いた。  
「ふっ……んんっ……」  
 腿を持ち上げ、股の間に僕がいる。そっと唇を離すと、唾が糸を引いて雫  
を垂らした。はあっ、はあっ、はあっという獣のような息遣い。  
 やめて、というか細い声を無視して、たくし上げた道衣から現れる乳房に口  
付け、舌をのばした。腰紐を緩め、ぐいと手を入れる。  
「やっ、やめて……やあっ、あっ」  
「……殷洪」  
「いやあっ、あっ、んっ、んんっ」  
 頬を上気させて、突き上げる声を押さえようと抗うが、水関に、甘ったる  
い声が響いていく。肉を割り、さする度に声が漏れる。  
 
 僕は、自分に与えられた使命、罪から逃れたかったのかも知れない。  
 
 
「……僕は、死ぬだけかもしれない」  
「ああんっ!……あっ、……さまあっ」  
「でも、そこから逃げられないんだ。……僕は、『そこ』に生まれたから」  
 殷洪が、声すら出せずに震えていた。息遣いしかしない。  
「……冒涜であっても構わない」  
 二、三度震え、がくりとうなだれた。その部分だけは熱く、別の生き物のよう  
に胎動している。さらに弄ぶと、がくがくと身をよじって果てた。  
 僕の鼓動が、大きくなっていくのが聞こえる。  
 殷洪を抱え上げ、僕の上に座らせる。抱き締めながら、一気に侵入させた。  
ぎゅうと締め上げられ、僕も声を上げそうになった。 身体の隙間を埋めるよう  
に抱き、突き上げる。殷洪の喉辺りに浮いた汗が、髪を張り付かせている。  
「……血のつながっ、など……、糞食らえだっ、くっ」  
「ああっ!いやああっ」  
「殷洪……、生きてっ……くれ……ううっ」  
 嫌々と黒い髪を振り乱して、僕にしがみつく。柔らかな匂いは、母上と同じだ。  
「兄さまあっ……、兄さまあっ……!」  
 首筋にかみつかんとする殷洪に、僕は泣き出しそうになっていた。実を結ばな  
い精を放ちながら。  
 破瓜の血が指に見えた時、母上の自決した血を思い出した。  
   
 
 僕は、鎖を断ち切れないでいる。  

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