『石琵琶の妖怪』  
 
 
 封神計画を引き受けた道士──太公望は、妲己打倒を思案しながら、王都朝歌の西区繁華街を歩いていた。  
 それは、突然の出来事だった。  
 妙案も浮かばず、民を相手に、戯れにと占いでもしていた時のこと──  
 
「打神風最大出力 !!!」  
 太公望が打風鞭を振るう。  
 逆巻く風は、次の瞬間、天をも穿つような大竜巻へと姿を変えた。  
「竜巻……! これで毒の粉をふき飛ばそうというのか!!」  
 王貴人の叫びから間を置かず、あたりに漂っていた毒性の鱗粉が晴れてゆく。  
 しかし。  
「だぁぁ、もうダメじゃ〜」  
「あははは。もう降参?  
 覚悟なさい。あなたの首を妲己姉様への贈り物にしてやるわ!」  
(妲己……姉様……?)  
 力尽きた太公望を見下ろしながら、手にした短刀に舌を這わす。  
「あら、まだやる気?」  
 むくりと起き上がる太公望。  
「いや……無駄であろう。切ってくれ」  
「ものわかりがいいのね」  
「わしも妲己さまに仕えていればこうはならなかったのにのう……」  
 ついに観念したのか、殊勝な態度を見せる太公望を一瞥し、ふむと王貴人は頤に手を添えた。  
(この道士、力こそ足りぬようだが頭脳は明晰と聞く。仲間に引き込めば仙人界すら支配できるやもしれぬな……)  
「──のう! 最後に妲己さまの未来を占わせてはもらえぬか?」  
(姉様の誘惑の術【テンプテーション】をかければ、裏切る心配もなくなるし……)  
 占いの結果でどうするかを決めよう。  
 疲労困憊の太公望など、自分ならばどうとでも出来る。  
 
「まき〜、まき〜」  
 奇声を発しながら、打神鞭で薪を打つ。  
「これが占い?」  
 眺めながら王貴人が独りごちたその時、  
「ファイヤー !!!」  
「!!!」  
 全身に熱風で煽られたかのような衝撃を受ける。  
「おのれっ、謀ったなッ!!」  
「カカカカカ。これでその羽衣も役立たずのようだの」  
 見下ろすと、衣服はボロボロ。  
 当然、宝貝【紫綬羽衣】も使いものにならなくなっていた。  
「さあ、観念せい!」  
「ね、ねえ、待って、太公望……。私の負けよ」  
 人の姿に戻り、その意を示す。  
「それにしても、あなたの強さは素晴らしいわ。  
 どう? その才能を姉様の下で活かすつもりはない? 武成王の椅子を用意するわ!」  
 女としてはやはり気になるのか、申し訳程度に残った衣装を気にしつつ。  
「軍務の最高責任者よ! お金持ちにもなれるわ!」  
 手を合わせ、懇願する。  
 恥らうように、命乞いをしているように見えるように。  
 さらには媚びるように。  
「ちょっと待て。考えさせてくれ」  
 それが功を奏したかはともかく、太公望はくるりと背を向けると、ぶつぶつと呟きだした。  
(ふふふ。今度こそ!)  
 短刀を構え、その背を目指す。  
 
「やっぱや〜め──たッ!!」  
「!!」  
 太公望は、振り向きざまに打神鞭を振り下ろす。  
 至近距離で巻き起こった衝撃に、王貴人は気が遠くなるのを感じた。  
「……ダアホめ。ダマシあいではわしの方が数枚上手のようだのう!」  
「この私が……この私が!!」  
 身体が後方へと流れてゆく感覚。  
 そして……。  
 
 どさりっ  
 
「…………え……?」  
  王貴人は身を起こした。体中に激痛が走る。  
 死──この場合は正体を晒すこと──を覚悟していただけに、なぜ今も意識を保っていられるのか不思議であった。  
「手加減した、ということ?」  
「そうっスよ、御主人! なんで倒しておかないっスか? この人は敵っスよ!?」  
 カバに似た霊獣──四不象が詰め寄る。  
「だ──ッ! 黙れ、スープー。わしには女を殺める趣味はないわ」  
「初耳っスよ! なに馬鹿なこと言ってるっスか、この馬鹿道士っっ!」  
「主人に向かって馬鹿とは何事か!?」  
 当人を無視し、言い合いを始める太公望と四不象。  
 うつむき、王貴人は身体を振るわせた。  
(情けをかけられた……というの?)  
「それに、こやつ程度ならば、また現れようと負ける気はせんよ」  
「ッ!!」  
 明らかな侮辱。心の奥に昏い感情の灯がともる。  
 太公望を見やる。王貴人が顔を上げたのに気づいてはいないようだった。  
 自分の10分の1にも満たないような齢の道士。  
 しかし、自分では敵わない強敵。  
 
「……このままで帰れるわけがない」  
 呟き、全身に走る痛みに耐えながらも立ち上がる。  
(できれば、この手だけは使いたくなかった。でもッ!)  
「太公望」  
 声に混じり、弦を爪弾く音が響く。  
「私の負けね。そして、あなたの勝ち」  
 さらに響く。  
「む、これは……」  
「御主人、身体が動かないっスよ!?」  
「殺すなんてつまらない。直接あなたの魂魄をいただくわ」  
 琵琶の音があたりに響く。  
「これで本当に打ち止めよ」  
 両の掌で頬を包み、そっと口吻。  
 太公望は眼を見開く。  
 
「おぬし、なんのつもりだ!」  
「光栄に思いなさいな、太公望。あなたは私の初めての男。  
 この琵琶の音色はあなたを縛る。身体を。心を。魂魄さえも。  
 この音色に囚われ、すべてを吐き出したものの魂魄は私のものになるの」  
 とろけるような微笑み。  
 太公望の背中を、ゾクリと冷たいものが伝う。  
「うふふ、可愛いわよ、太公望……」  
 今度は背に腕を回し、先程よりも濃厚な口吻を交わす。  
 王貴人の舌が口腔に侵入する。  
 唇を吸い、甘く歯を立てる。  
 歯茎を蹂躙し、舌を絡める。  
 唾液を溜めて、相手に送り込む。  
 敵も味方もない。この瞬間だけはただの男と女であるかのように。  
 湿った音を立てながらもしばらくその行為は続いた。  
 頬を染めながらも、王貴人が顔を離す。  
 ふたりの間を一筋の糸が名残惜しそうに繋いだ。  
 太公望も顔が赤く、吐く息が荒い。  
「どう? 姉様に教わったのだけど、うまく出来てたかしら」  
 ひざまずき、太公望の下半身むきだしにする。  
「道士といっても、やっぱり男なのね。ちょっと安心したわ」  
 先ほどの行為により、太公望はすでに半立ち状態であった。  
 先端からは透明な液体をにじませている。  
 王貴人が軽く口付けると、ぴくんと期待に身を振るわせた。  
「あははは、これで最期なんだから、楽しみましょう」  
 王貴人はボロボロの衣装に手をかける。同姓さえも憧れるような、女性として成熟した肢体があらわになる。  
 太公望自身が、それに反応し硬度を増す。  
「じゃあ、さようなら……」  
 
 手を添え、軽くしごく。  
 先端から溢れた液体を舌で舐め取る。  
 10代半ばで仙界入りした太公望には、女性経験などあろうはずもなかった。  
 王貴人の責めに対し、いちいち反応してしまう。  
「こうすれば悦ぶと姉様は言ってたっけ」  
 全体に舌を這わしてゆく。ぴちゃぴちゃといやらしい音が響き渡る。  
 口内に含み、唾液をまぶしながらそろそろと舐め上げてゆく。  
 吸うようにして頭を前後に動かす。  
 口の中で先端が膨張してゆくのがわかった。  
「まだよ太公望。もう少し頑張りなさい」  
 口を離し、王貴人は波が収まるのを待つ。  
 唾液に濡れててらてらと光るそれを見つめ、うっとりとする。  
「あなたが悦んでくれて嬉しいわ」  
 真っ赤な顔をしている太公望に口吻。  
「……や、やめぬか王貴人……。こんなことには何の意味もない……」  
 残っている理性を総動員しての抵抗。  
「あなたは私だけのものになるのよ、太公望……」  
 
 唇を重ね、太公望への責めを再開する。  
 いまだ濡れているそれを、今度は自分の胸へと導く。  
 左右から挟みこむと、そこだけは別に生きているかのような動きを見せる。  
 先端を口に含み、左右の胸から圧力を加える。  
「……っく……」  
 頭上で太公望が洩らす息が耳に届く。  
「う、ぁあ……」  
 速度を増し、さらに責め立てる。  
 唾液が溢れ、王貴人の身体を伝い地面に跡を残してゆく。  
「──ッ!!」  
 大きく膨らんだかと思った次の瞬間、行為に没頭していた王貴人の口内に熱い精が流れ込んできた。  
 初めて味わう男に対し、王貴人は目を白黒させる。  
「んー! んむ、……けほっ……えほ……」  
 耐え切れずに思わず吐き出した粘液は、王貴人という名のまっさらな布を白く染め上げていく。  
「はぁ、はぁ……」  
 乱れた呼吸を静めるために、大地に手をつき深呼吸をする。  
「これで……終わりね……太公望……!」  
 まだ残る男の臭いに顔をしかめつつも、勝ち誇った声を上げる。  
 
「あ……あなた、どうして……」  
 愕然としている王貴人を尻目に、太公望には何の異常も見られなかった。  
 王貴人が太公望を見上げて口をぱくぱくとさせていると、馬鹿笑いが王都に響いた。  
「カーカッカッカ! わしがこんなことでやられると、本気で思うておったか?」  
 あたりに響いていた琵琶の音はすでにやんでいた。  
 太公望は両耳に手を持っていく。  
「! そ、それは……!」  
「御主人の怠け癖が形になった曰くつきの耳栓ではないっスか!?」  
「その通り。これをしていればどんな音であろうとわしの耳には届かんよ」  
「くだらない……くだらなすぎる……。そんなもので私の、私の……」  
「ん? どうしたのだ、王貴人よ」  
 地に手をつき、茫然自失状態の王貴人に歩み寄る。  
「太公望ッッ! あなただけは絶対に許さないわ!!」  
「うおっ! に、逃げるぞ、スープー!」  
「ら、ラジャーっスっ」  
「待ちなさい! 卑怯者ぉ──ッ!」  
 羞恥に真っ赤になりながら、王貴人は去り行く太公望たちに罵声を浴びせるのだった。  
 
 琵琶の音が途切れたことにより、王都の民が集まりだしていた。  
 王貴人は肩を震わせながら呪詛の言葉を吐き出していた。  
「おい、あれ」  
「ああ、そうだな」  
「裸……だよな」  
 ひそひそと周囲から聞こえてくる声が耳朶を打つ。  
 はっとして、我が身を確かめる。  
 上半身は剥き出しで、下半身も申し訳程度に隠されているのみ。  
 宝貝も失い、力もほとんど使い果たした今の自分は、普通の町娘となんら変わりはなかった。  
 周囲に散乱している衣服を引き寄せ急いで身体を隠すと、王貴人に声がかかった。  
「あの……大丈夫ですか?」  
 右手にアンマン、左手に徳利を下げた薪売りと思しき男。  
 心配そうにしてはいるが、好色な表情は隠しきれていない。  
 王貴人は怒りにまかせ薪売りを殴り飛ばすと、空を仰いだ。  
「覚えてなさいよぉー! 太公望──ッッ !!!」  
 
 
 
 朝歌上空を漂っている四不象は太公望に問うた。  
「御主人、あの人そうとう怒ってたっスよ? 大丈夫っスかね」  
「心配するでないわ。わしの見事な勝利っぷりを見たであろう」  
「勝利と言うんスかね……。御主人はなにもしてなかったじゃないっスか」  
 四不象は太公望を覗き込む。  
「それに、あんなことしなくても、御主人は勝ってたっスのに」  
 王貴人の痴態を思い出し、四不象はため息をつく。  
「そう言うな、スープーよ。道士といっても、わしとて男だ。据え膳食わぬはなんとやらという言葉を知らんのか?」  
「…………」  
 力なく首をふる四不象。  
「それで、今度はどうするっスか」  
「そうじゃのう……敵の頭でも拝みに行くかのう。スープーよ、目指すは禁城! 突き進めー!」  
「どうなっても知らないっスよ、ホントに……」  
 朝歌の空を、霊獣と道士が進み行く。  
 

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