〜刀を惑わすお節介〜  
 
「何と言うか、非常に居心地の悪い村だな」  
「そ、そうだね、殷雷」  
辟易とした表情の殷雷に、和穂は戸惑いに満ちた声を返した。  
白い道服に身を包んだ和穂の、はっきりとした眉の下の瞳は、うろうろと落ち着き無く周囲を泳いでいる。  
裾の長い黒の外套を纏った、武人然とした殷雷の姿からも、いつになくげんなりとした雰囲気が漂う。  
その原因は、村の住人たちの殆どが、男女で仲睦まじくしている事であった。  
「愛してるよ、お前」「ええ、私もよ、あなた」  
「ぼかぁ、君といる時が一番幸せだなぁ」「やだもう、恥ずかしいじゃない」  
「なあ、いいだろう?」「だ、だめよ、せめて家に帰ってから……やんっ!」  
老若・貴賎を問わず、あちらでもこちらでも、背中が痒くなるような愛の囁きを交わし合っていた。  
中には、道端で抱き合ったり、更にはそれ以上の行為に及ばんとしている組すらいる。  
建物の影で情熱的な口付けを交わしている場面を見てしまい、和穂は慌てて目を逸らした。  
「ねえ殷雷。これって、やっぱり宝貝の影響だよね?」  
「当たり前だ。こんな奇天烈な状況、宝貝以外に考えられるか」  
耳まで真っ赤にして俯き、つんつんと外套の裾を引っ張る和穂の声に、殷雷はきっぱりと断言した。  
傍目に凛々しい青年としか見えない彼は、実はただの人間ではない。  
彼の名は殷雷刀。仙人の作り出した不可思議な力を持つ道具、宝貝が人の姿を取ったものである。  
仙人の弟子であった和穂は、とある失敗から、封印されていた欠陥宝貝を人間界に逃亡させてしまった。  
だが、情に脆い武器として封じられていた殷雷だけが、それを潔しとせずにその場に留まったのだ。  
 
その後も色々とあって、今は仙術を封じられた和穂の護衛役として、欠陥宝貝を回収する旅に同行している。  
これまでも、宝貝の回収には様々な困難が伴っていたが、さすがにこういった状況は初めてだった。  
「とにかく、まずは宝貝らしき物の噂を尋ねてみるか」  
「尋ねるって、この人達の誰かに話し掛けるの?」  
とても自分には出来ないと、途方に暮れた様子の和穂の呟きに、殷雷はぐっと言葉を詰まらせた。  
確かに、延々と二人の世界を作っている処に声を掛けるのは、殷雷もかなり抵抗がある。  
以前、徳利の宝貝がいた村では、村人全員が酔っ払いになっていたが、今回はそれより遥かに厄介である。  
切った張ったの戦いならば、殷雷はいくら相手が強敵でも尻込みはしないが、これはいささか勝手が違う。  
しかし、当ても無くこの辺りを彷徨うのも、それはそれで勘弁して欲しいところだ。  
「仕方あるまい。出来るだけ、その、冷静そうな奴らから訊いてみるとしよう」  
悲壮な決意を固め、殷雷は肩を寄せ合っている老夫婦へと歩み寄っていった。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「ここか、急に霊験あらたかになったという社は」  
「そうだね。宝貝の反応もあそこみたいだし」  
村人から何とか話を訊き出した二人は、村外れの大きな社に辿り付いた。  
そこは昔から縁結び・夫婦円満を謳っていたのだが、ある時を境にして、急にご利益が強くなったらしい。  
和穂が付けた白い石の耳飾り──探知用の宝貝・索具輪も、そこに回収すべき宝貝があることを示している。  
索具輪から手を離すと、和穂はぺちぺちと頬を叩き、恋人たちの熱気に当てられた頭をしゃんとさせた。  
「よし、行くぞ和穂。……その前に、そろそろ裾を放してくれ」  
「あ、ごめんね殷雷」  
解放された殷雷が歩き出すと、和穂は親鳥に従う雛のように、ちょこちょこと後をついていった。  
 
「御免。ちと物を尋ねたいのだが」  
「おやまあ、こりゃまた初々しいねぇ。あんたら旅人さんかい?」  
社の中に入ると、そこにはふくよかな体つきをした一人の婦人の姿があった。  
神主というにはいささか不釣合いな、派手な衣装を身に着け、福々しい笑顔で和穂と殷雷を迎える。  
一見したところ、どこの村にも一人二人はいる、ただの世話好きの小母さんといった風情だった。  
「やれ嬉しいねぇ。最近は、この辺りの人間はあらかた片付けちまったもんで、わたしの出番が無かったんだよ。  
 いやいや言わなくたって判ってるよ。どんな悩みかは知らないけど、まぁこの衾和さんに任せておおき。  
 わたしにかかりゃあ、良縁成就、夫婦円満、上手くいくこと間違い無しさね」  
その婦人──衾和は、口を差し挟む間もないほど、つらつらと喋りながら、どっしりとした胸をドンと叩いた。  
和穂と殷雷を見て、すっかり参拝者と間違えているらしい。  
殷雷はその勢いに呑まれ、金魚のように口をパクパクと開閉するばかりである。  
それを見かねた和穂は、衾和が息を継ぐ合間を見計らい、殷雷の背後からおずおずと語り掛けた。  
「あっ、あのっ! 私たち、別にお参りに来た訳じゃないんです!」  
「はい? 旅の人が縁結び以外で、この社に何の用だい?」  
和穂が告げると、衾和は笑うのをやめて、いぶかしげに眉をひそめた。  
そこへ、ようやく気を取り直した殷雷も言葉を重ねた。  
「ここに宝貝があるだろう。俺達は、それを回収しに来たのだ」  
「宝貝は、人間界にあってはいけない物なんです。お願いです、宝貝を返してください」  
二人の言葉を聞くと、衾和は再びにっこりと微笑み、あっさりとした口調で答えた。  
「なるほど、あんた達が宝貝を回収してるっていう、和穂ちゃんと殷雷刀かい。思ったよりも遅かったねぇ。  
 返すも何も、宝貝はわたし自身さ。わたしの名は衾和炉。香炉の宝貝だよ」  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「今度の回収は、あたしたち何もしなかったね」  
「まあな。何しろ、当の衾和炉自身が、持ち主を説得してくれたからな」  
「なあに、お安い御用さ。思う存分使ってもらえたし、和穂ちゃんにも悪いと思っていたしね」  
その夜、殷雷と和穂は、衾和と共に村の宿屋へ腰を落ち着けていた。  
持ち主である社の神主と衾和の話し合いは、家出をする家内とそれを止める旦那、といった様相を呈した。  
和穂たちが呆気に取られて見守る中、まるで夫婦喧嘩のような言い争いは夕暮れ時まで続いた。  
参拝者が減ることを心配した神主は必死に掻き口説いたが、衾和は一歩も譲らない。  
最後はすがる神主を半ば振り切るようにして、衾和は二人に意気揚々とついてきたのであった。  
「それで、衾和さんのお願いってなんですか?」  
和穂は湯飲みを卓に置くと、対面で茶をすする衾和に問い掛けた。  
本来なら回収した宝貝は、和穂の持つ瓢箪の宝貝、断縁獄に収められる。  
しかし断縁獄は、対象が吸引に抵抗する意思を持つ場合、その機能を発揮することができない。  
衾和は回収されること自体は快諾したものの、その前にちょっとしたお願いを聞いて欲しいと言ってきた。  
落ち着いて話のできる場所がいいと言うので、和穂たちはこの宿屋にやって来たのであった。  
「ああ、そうそう。いやなにね、本当にちょっとした事なんだよ」  
「前置きはいい。さっさとその願いとやらを言ってみろ」  
またぞろ喋りまくられてはたまらんとばかりに、殷雷は茶請けの漬物を齧りながら、気の無い声で呟いた。  
「せっかちだねぇ。余裕のない男は嫌われるよ」  
「何とでも言え。こちとら、まだまだ気の遠くなる数の宝貝を回収せねばならんのだ」  
こういった手合いの女性が苦手らしい殷雷は、そっぽを向いてガリガリと漬物を噛み砕いた。  
 
「まあいいさね。お願いってのは他でもない。あんた達の仲を取り持たせて欲しいんだよ」  
「ぶふっ!」  
しかし、衾和がそう言った途端、殷雷は口の中にある漬物の欠片を盛大に吹きだした。  
「えっと、あの、衾和さん? あたしと殷雷の仲を取り持つ、って?」  
和穂はきょとんとした顔で、にこやかに笑う衾和に向かって首を傾げた。  
尋ねながら、欠片が気管に入って激しくむせている殷雷の背中を、とんとんと叩いてやる。  
そんな二人を等分に見やりながら、衾和は人差し指を顔の横に立て、諭すように語り始めた。  
「あんたらどっちも、その手の事には疎いようだからねぇ。そういうのを見ると、わたしゃ我慢できないのさ。  
 男と女が一緒に旅をしてて、お互い情が湧かないはずがないだろ?  
 もっと素直になって、いっぺん身体を重ねりゃ、相手の気持ちもはっきり判るってもんさね」  
「ちち、違います! あたしと殷雷はそんなんじゃ!」  
「ゲフ、ゲホッ! その通りだ衾和、俺はただの子守り役に過ぎん! 勝手に話を作るな!」  
衾和の言葉の意味を悟った和穂は一気に赤面して、ぶんぶんと首を横に振った。  
ようやく欠片を吐き出した殷雷も、少し涙目になった双眸で睨みつけ、噛み付きかねない勢いで怒鳴る。  
しかし衾和は、二人の抗議を軽くいなし、お気楽な様子で話し続けた。  
「はいはい、判ってるよ。まったく二人とも、龍華ちゃんに似て素直じゃないねぇ。  
 でもそれでこそ、あたしの出番があるってもんさ。これが最後だ、しっかり役目を果たしてやるよ。  
 いや、お礼なんざいらないよ。わたしゃ好きでやってるんだから」  
「だから待てと言っとろうが! 人の話を無視するんじゃない!」  
殷雷は壁に立て掛けてあった棍を引き寄せ、脅してでも止めさせようと動いた。  
だが、欠陥である性格的な甘さの為、一息に破壊するほどの決断は出来ず、衾和を制するには一歩及ばない。  
 
衾和が服の袖をばさりと振ると、そこから真っ白な煙が大量に溢れる。  
桃にも似た甘い匂いのする香が、むせかえるほど濃密に部屋の中へ振り撒かれた。  
「いっ、いかん和穂! 吸うな、息を止めろ!」  
殷雷は慌てて息を止めると、和穂の身体を抱えて部屋の隅に飛び退り、彼女の口元を片手で塞いだ。  
だが抵抗も空しく、煙は意思を持つかのように和穂と殷雷を取り巻いて、二人の体に染み込んでいく。  
「無駄だよ。こいつはただの香じゃなくて、仙香なんだよ。息を止めたぐらいで効かなくなるもんかね。  
 特別濃くしてやっといたから、すぐに効果が出てくるはずさ。  
 おっと、わたしがいつまでもここにいちゃ、したくっても出来やしないね。  
 そんじゃま、とっとと回収されるとしようかね。和穂ちゃんは初めてのようだから、優しくしてやるんだよ」  
衾和はさっぱりしたという顔で言い終えると、和穂の腰から断縁獄を取り上げ、中に吸い込まれていった。  
「待て、冗談ではない! 今すぐこれを解除しろ、衾和っ! おいっ!」  
床に転がる断縁獄に向かって、殷雷は無駄だと知りつつも必死に声を掛けた。  
本性は刀である殷雷には、こうして人の姿をとっている時でも、並み大抵の毒や薬なら効きはしない。  
しかし、さすがに仙香ともなると話は違うのか、その効果は確実に殷雷の意識を蝕み始めた。  
「くそっ、こんな真似をされて黙ってられるか! 今すぐ引きずり出して……」  
「殷雷……。どうしよう、身体が熱いよぉ……」  
「か、和穂!?」  
再び衾和を呼び出そうと、断縁獄に手を伸ばした殷雷の背中に、和穂が崩れ落ちるように抱きついて来た。  
そのままずるずると床に倒れそうになるのを、殷雷はとっさに身を捻って、胸で抱き止めた。  
彼女の肢体は、厚い道服越しにもはっきり判るほど火照っており、瞳はこみ上げる欲情に潤んでいる。  
腕の中に収まった和穂の身体の柔らかさと、かすかに立ち昇る少女の体臭に、殷雷の理性がグラリと揺らいだ。  
 
「和穂、落ち着け! こんな香などに惑わされるんじゃない!」  
殷雷は激しい欲求に抗いながら、脱力した和穂の耳に呼び掛けた。  
しかし和穂は、殷雷の胸に顔を埋めたまま、もぞもぞともどかしげに身を捩る。  
「駄目……。もう、我慢できない……」  
「ま、待てというに! 俺はあくまで、お前の護衛役であってだな!」  
「身体が、熱くて、苦しいよぉ……。殷雷ぃ……」  
「む、胸を押し付けるんじゃないっ!」  
滅多に弱音を吐かない和穂の呟きに、殷雷は彼女の欲求の強さを思い知った。  
耐え難い疼きに支配された和穂は、殷雷の引き締まった身体に擦り寄り、胸を押し付けた。  
和穂のささやかな膨らみが胸板で潰れ、その柔らかさを殷雷に伝えてくる。  
殷雷の強靭な克己心をもってしても、そんな和穂の媚態と仙香の効果に抗するのは、非常に困難だった。  
「殷雷は、あたしのこと、きらい……?」  
「そうではない、そうではないが……」  
「だったら、お願い……。これ、どうにかして……」  
性の昂ぶりに支配された和穂は、子兎のように小さく震えながら、殷雷の顔にすがるような目線を向けた。  
直感的に、自分の熱を鎮めることが出来るのは、殷雷だけだと悟ったらしい。  
羞恥と本能と、胸の奥底にあった殷雷への思慕の念に、和穂の理性は掻き乱されている。  
それ故に、和穂の言葉には真情がこもり、その響きは殷雷の抑制を強く揺さぶった。  
「ば、馬鹿者っ! それがどういう意味か、判って言っているのか!?」  
「そのくらい、知ってるよ……。でも、殷雷ならいい……ううん」  
和穂はかぶりを振ると、声を上ずらせる殷雷の顔をひたと見詰めた。  
 
そして、ふわりとはにかむような笑みを浮かべて、殷雷にそっと囁く。  
「殷雷じゃなきゃ、いやなの……」  
和穂の真っ向からの求愛に、殷雷の理性の防壁は容易く打ち破られた。  
「ぐぬぬぬぬ……! ええい、みっともない! 武器の宝貝ともあろう者が、香炉の思惑に乗せられるとは!」  
「きゃっ!? 殷雷?」  
我慢の限界に至った殷雷は、自分の不甲斐なさに悪態をつきつつ、細いおとがいを軽く持ち上げた。  
突然の怒鳴り声に戸惑う和穂の視線をしかと受け止め、残る片腕でそっと腰を引き寄せ、顔を近づける。  
「くそう、もうどうなっても知るか。……和穂、本当にいいのだな?」  
「あ、改まって訊かないでよ。恥ずかしいんだから……」  
真摯な口調で殷雷が問い直すと、和穂はかぁっと赤くなりながら、おずおずと目線を逸らした。  
「今ならまだ止められる。が、一度始めたら止められる自信がないのだ。答えてくれ、和穂」  
「殷雷……」  
しかし、殷雷の苦悩に満ちた囁きに、再び間近にある彼の顔に視線を戻した。  
殷雷の顔からは、和穂を傷付けてしまう事への懸念と、激しい欲望との葛藤が見て取れる。  
そんな表情から、殷雷の自分への想いを感じ取った和穂の胸に喜びが湧き上がり、彼女の背中を押した。  
「……うん、いいよ」  
「よかろう、ならば始めるぞ。恥ずかしければ、目を閉じているといい」  
「い、殷雷……んっ」  
頷く和穂に優しく呟くと、殷雷は桜貝のような唇に、獲物を捕らえる鷹の素早さで自分の唇を重ねた。  
その勢いとは裏腹に、完全に間合いを見切った殷雷の唇は、ふわっと柔らかく和穂の口を塞ぐ。  
「……ん、むぅ……」  
唇の感触に驚き、一瞬見開かれた和穂の瞳は、やがて安心したようにゆっくりと閉じられていった。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「んんっ、ん……」  
和穂は甘やかに唇を吸われながら、寝台に連れ込まれた。  
横抱きにされ、寝台の端に腰掛けた殷雷の腿の上に、ちょこんと収まった格好になる。  
殷雷は唇の上下を交互についばみ、和穂のうなじを掌で柔らかく掻き抱く。  
息を止めていた和穂は次第に苦しくなり、首を軽く反らして殷雷の接吻から逃げ出した。  
「んっ……ぷはぁっ! はぁ、はぁ、殷雷……。息、できないよ……」  
和穂は薄目を開けると、自分の胸の中央を片手で押さえ、抗議の意を込めてそう呟いた。  
押さえた手に早鐘のような動悸が伝わり、彼女自身の興奮を如実に伝えてくる。  
「鼻で息を継げばよかろう。俺は別に気にせんぞ」  
「やだ、そんなの……。殷雷の顔に、息かかっちゃうよ……」  
「この程度で恥ずかしがってどうする。求めてきたのはお前ではないか」  
「そ、それはそうだけ……んむっ!? ん、んーっ!」  
殷雷は和穂の微妙な乙女心を解せず、それ以上の抗議は受け付けないとばかりに、再び唇を奪った。  
同時に細いうなじと背中を両腕で抱き締め、柔らかな肢体の感触を存分に味わい始めた。  
「んむぅっ! むむっ、ぅん……。ん……む、んぅう……」  
大きく背を反らした和穂は、殷雷の腕の中でむずがるように身を捩りながら、細かく首を左右に振った。  
しかし、殷雷はしっかと和穂の頭を押さえて、情熱的に彼女の小さな唇を貪る。  
舌先でつつっと唇の輪郭をなぞり、手本を示すように鼻でそっと息をしながら、何度も吸いたてる。  
巧みな舌使いと、頬に掛かる温かな殷雷の吐息に、和穂は例え様のない安らぎを覚え、引き込まれていった。  
 
「んふぅ……、んっ、ふっ……ふむっ! んっ、ふ、んん……」  
和穂は小さく鼻を鳴らしながら、殷雷の舌の動きに身を任せていった。  
柔らかく抱き締める殷雷の腕から彼の体温が伝わって、和穂の身体の芯を蕩けさせる。  
殷雷の舌が催促するように歯列をつつくと、和穂は意図が判らないながらも、そろそろと口を開ける。  
するとすかさず舌先が口腔に侵入し、ゆったりとした動きで中を探っていった。  
「んっ、ちゅ……」  
「んふ……! むっ、んんっむ……んむぅ……」  
殷雷は、縮こまった和穂の舌を探り当てると、横から掬い上げ、するりと絡め取った。  
そしてそのまま、和穂の緊張を解すように、しごき立てていく。  
ざらついた舌同士が擦れる感触に、和穂の意識は眩み、部屋がぐるぐると回っているかのような錯覚に陥る。  
その感覚から無意識のうちに、和穂は殷雷の首にするりと腕を回す。  
殷雷の妙に慣れた風情の接吻を受ける内に、和穂の胸に一抹の寂しさがよぎった。  
「んっ、ふぁ……。殷雷、どうしてこんなに上手いの?」  
「い、いきなり何を言い出すのだ?」  
殷雷の唇が離れると、和穂はどことなく頼りない口調でそう呟いた。  
軽く目を剥く殷雷に、少し拗ねた風に顔を背ける。  
「やっぱり、深霜とか他の宝貝とかと、その……、こんな事したの?」  
「なんだ和穂、やきもちか?」  
「……うん、そうかな。そうみたい」  
「な、なに!?」  
冗談混じりに訊いた殷雷は、以前に似たような問い掛けをした時とは違う和穂の返答に、らしくもなく狼狽した。  
 
「殷雷が、他の女の人とも、こういう事をしたかもって思っただけで、胸が苦しくなるの。  
 おかしいよね。前に深霜との話を聞いた時には、ちょっともやもやしただけだったのに。  
 でも、でも今は、何だか悲しくって、すごく切なくて。……馬鹿だよね、あたし」  
和穂は殷雷の腕の中で身を竦めながら、薄く涙さえ浮かべて、胸中の想いをそのまま口にした。  
少女らしい嫉妬の気持ちを告白した和穂に、殷雷の彼女への保護欲と情愛が、心の奥底から溢れ返った。  
殷雷は小さく苦笑を洩らすと、和穂の身体を抱え直し、額同士をこつんと突き合せた。  
「あ、痛!?」  
「まったく大馬鹿者だ、この早とちりめ」  
「え? 殷雷?」  
言葉の内容と口調との落差に疑問を抱き、和穂は至近距離にある殷雷の目を覗き込んだ。  
殷雷は精一杯しかめっ面をしようとしている様子ではあるが、その眼差しだけは柔らかく微笑んでいた。  
「こんなものは、人の形を取る宝貝ならば、誰でも基本的に備えている知識の一つに過ぎん。  
 それに本来、あの厄介な香の効果でもなければ、性欲など意思の力で簡単に押さえ込むことが出来る」  
「あ。そう、なんだ……」  
「そうだ。普段から抑制が効かないのは、あの色惚け深霜ぐらいのものだ。  
 第一だな……。な、なんだ、その嬉しそうな顔は」  
「えへ。だって、つまりは殷雷も初めてって事でしょ? あたしと一緒だと思ったら、なんだか嬉しくて」  
「むぐっ……」  
涙を拭いながら微笑む和穂の言葉に、つい口を滑らした事を悟った殷雷は、思わず絶句した。  
実際の経験がない事を指摘されて、殷雷の身体に今更ながら緊張が走る。  
それに加えて、濡れた瞳で笑う和穂のしおらしさに胸を打たれ、みるみる顔面に血が昇ってきた。  
 
「……殷雷、顔、まっ赤だよ」  
「うっ、うるせえ! 納得したのなら続けるぞ!」  
「あっ、やん!」  
和穂に揶揄された殷雷は、照れ隠しに彼女の肢体を引き寄せると、少し乱暴に寝台の上へ押し倒した。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「下らん事ばかり言うのは、この口か?」  
「あっ……ぅん! んふ……、むっ、ちゅ……」  
仰向けに寝かせた和穂に覆い被さると、殷雷は三度、彼女の唇に吸い付いた。  
それと同時に、道服の上から和穂の胸に手を添えて、掌でこねるように優しく愛撫し始めた。  
和穂も、今度は自分から小さく舌を突き出して、ぎこちないながらも懸命に、殷雷の動きに合わせようとする。  
殷雷の手が布地越しに隆起し始めた先端を擦り、じぃんと痺れるような快感がそこから湧き上がる。  
沸き立つ悦びの波濤に、和穂の頭からは、余計な思考がさらさらと砂のように零れ落ちていった。  
「和穂、脱がすぞ。いいか?」  
「……ん」  
唇を充分に堪能した殷雷は、糸を引いて和穂の顎に垂れた唾液を拭ってやりながら、静かに尋ねた。  
初めて異性に肌を晒す期待と羞恥に、和穂は胸を高鳴らせながらも、こっくりと頷く。  
上体を起こした和穂の了承を得て、殷雷はしゅるしゅると帯を解き、道服の襟元を左右にはだけさせる。  
するりと上着が滑り落ちると、和穂の腕を袖から抜き、寝台の脇に押しやった。  
「ほら、腕を挙げろ」  
「ん、……こう?」  
続けて肌着に手を掛けた殷雷に促され、和穂は言われるままに、両腕を肩まで持ち上げた。  
 
殷雷によって最後の一枚を脱がされると、瑞々しい小振りな乳房が、ふるんとかすかに弾む。  
飾り布でまとめられた髪を軽く振ると、和穂は交差させた両腕で身体の前を隠し、寝台にとすんと横たわった。  
「あっ……!」  
しかし殷雷は、即座に身体を隠す和穂の手首を掴むと、脇にどけて寝台の上に押し付けた。  
和穂は小さく声を上げるものの、殷雷の望みを理解して、彼が手を離しても、そのままの姿勢を保つ。  
細い鎖骨の線と、なだらかな二つの膨らみ、そしてちょんと腹部に付いた臍の辺りまでが、殷雷の目に映った。  
「…………」  
殷雷は無言のまま、和穂の初々しい裸身に見入った。  
完全に熟し切っていない肢体は、女らしさと子供っぽさが入り混じり、絶妙な危うい美しさを秘めている。  
触れれば壊れそうな、それでいて堪らなく触れたくなる造形は、この年代特有の張りと艶の均衡から成り立つ。  
半ば放心してしばらく見詰め続けていると、目元を朱に染めた和穂が、遠慮がちに呟いた。  
「……殷雷。私の身体、どこかおかしい?」  
「え、うあ? な、なんだいきなり?」  
和穂の声に意識を引き戻された殷雷は、奇妙な声を上げて彼女の身体を凝視するのを止めた。  
和穂は胸を隠したがっているのか、先程から身体をもじもじと動かしている。  
軽く腕を挙げては、思い直したように寝台の上へ戻す様が、和穂の純情を表して、何ともいじらしい。  
殷雷が顔に疑問符を浮かべると、和穂はどことなく不安げな表情をして続けた。  
「だって殷雷、ずっとあたしの身体を睨んだまま、黙ってるんだもん。だから変な処でもあるのかと思って」  
「あ、いや、そういう訳ではない。単なるこちらの都合だ、気にするな」  
どうやら視線の意味を取り違えたらしい和穂に対して、殷雷はあいまいに言葉を濁した。  
堅物で口下手の殷雷に、『お前の美しさに見惚れていた』などと、正直な理由を話せるはずもない。  
 
「気にするなって言われても、やっぱり気になるよ。ねえ、都合ってなに?」  
「ええい、俺の口からこれ以上言えるか。少しは察しろ」  
「あっ、ふぅん!?」  
尚も問い詰める和穂にそう言い捨てると、殷雷は彼女の艶やかな肌に指を這わせた。  
胸の輪郭をさわさわと撫で、流れるような動きで和穂の感覚を引き出す。  
素肌を伝う殷雷の指先に、和穂の疼きは鎮められ、代わりに燃えるような快楽が支配していった。  
「ずる……い、殷雷ってば……。誤魔化さないで、答えて……んっ、ふあっ!」  
殷雷の愛撫から、何となく理由を悟りながらも、はっきりとした言葉が聞きたくて、和穂は駄々をこねた。  
けれど、殷雷が与えてくる快感のあまりの甘美さに、和穂の問いは飲み込まれていった。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「やっ、だめ……! それ、すごく、響くの……っ!」  
殷雷は鎖骨の線に唇を滑らせ、胸の頂きを指先で軽く弾いた。  
波紋のように全身へ広がってゆく快感に、和穂はぎゅっと目を瞑り、跳ね上がるように背筋を反らした。  
和穂が大きく反応したのを確認すると、殷雷は小豆大の突起を指先でこね、掌で周りの柔肉を揉み解す。  
胸の奥が苦しくなる感覚に、和穂は寝台の上でずりずりと逃げ出そうとした。  
だが、ろくに進まないうちに、殷雷の手が背中に回され、その肩を抱きとめた。  
「それ以上動くと、壁に頭をぶつけるぞ」  
「だっ、だって! あたし、こんなの、初めてでっ……!」  
快楽に戸惑う和穂の足が、じたじたと寝台の敷き布を蹴り、その上を何度も滑った。  
殷雷にしっかりと抱えられ、逃げる術を無くした和穂は、逆手に掴んだ敷き布へ、しかと指を絡める。  
白い肌にうっすらと浮き始めた汗を、殷雷の舌がそっと舐め取った。  
 
「んふぅ! やっ、変な……変な、気分に、なっちゃう……よっ……!」  
殷雷はそのまま和穂の胸元に唇を寄せると、つんと突き立った乳首を唇で挟み、舌先をちろちろと動かした。  
体の芯に直接響くような刺激に、和穂は激しく首を振り、白い珠のついた耳飾りが小さく音を立てた。  
「ちゅっ……それでいい。もっとその感覚に集中しろ」  
「んんっ! あっ、殷雷……っくぅん!? あっ、ん、やっ……!」  
和穂の様子から、単に未知の快感に怯えているだけだと悟った殷雷は、構わず愛撫を続ける事にした。  
双丘の先端を交互に吸っては舌で押し潰し、指先で和穂の滑らかな肌を撫で回す。  
軽やかな指使いに、和穂はくすぐったがるどころか、艶を含んだ甘い喘ぎを洩らす。  
これも仙香の効果なのか、全く経験が無いはずの和穂の肢体は、早くも開花し始めていた。  
「……まだ、切ないか?」  
「ううんっ……。何だか、どんどん、身体が、熱く、なってっ……!」  
和穂の白い肌はうっすらと紅潮し、汗の匂いと混じって芳しい香りを放っていった。  
酒に酔った時のように目の焦点を失った和穂は、殷雷の与えてくる快楽を積極的に受け入れている。  
殷雷に悟られまいとしてか、時折そっと内股を擦り合わせ、興奮に乾いてきた唇を小さく舌を出して舐める。  
しかし、殷雷の眼は、和穂のそんな物慣れない様子から、何を求められているのか察していた。  
「ここが疼くのか、和穂?」  
「あっ、や、だめっ!」  
殷雷が袴の中に手を忍ばせ、乙女の秘所へ触れようとすると、和穂はとっさにその手首を押さえつけた。  
自分のそこがどうなっているか、殷雷に知られてしまうと思っただけで、猛烈な恥ずかしさを覚えたのだ。  
同時にぎゅっと太股を重ね合わせて、湿っているのが自分でも分かるそこを、殷雷の指先から守る。  
わななく和穂の手足はいかにもか弱く、殷雷が軽く振り払える程度の力しか残っていない。  
 
だが、殷雷はあえて手を止めて、代わりに和穂の耳元へと顔を寄せた。  
「駄目、か。どうしてだ、和穂?」  
「だって……、だって……」  
「俺に触られるのは、いやか?」  
「違うのっ! いやじゃないけど、でも、だめっ……だめなのっ!」  
あくまで優しく問い掛ける殷雷に、和穂はどうしたらいいか分からず、ただ首を左右に振った。  
殷雷に触られるのは、とても気持ち良いし、嬉しい。  
けれど、自分の身体の反応が堪らなく恥ずかしく、また、これ以上の快楽に対するかすかな慄きもある。  
複雑に絡み合うそれらの感情に翻弄され、筋道立って話せるような冷静さは既に無い。  
とても理解して貰えるとは思えなかったが、和穂はそう返すのが精一杯だった。  
「済まん、愚問だったな。恥ずかしくて怖くて、自分ではどうしようもないのだろう?」  
「え……? 殷雷、なんで……?」  
しかし、和穂が言葉に出来なかった想いを、殷雷は的確に言い当てた。  
心の全てを見通したかのような殷雷の顔を、和穂は半ば呆然として見上げた。  
目の焦点を合わせると、殷雷は羞恥と興奮と恐れと戸惑いの入り混じった、複雑な表情をしている。  
和穂には分かるはずも無かったが、その表情は先程の彼女の顔を鏡に映したように、良く似通っていた。  
「俺も同じだ。抑制の効かない己を恥じているし、お前との関係を壊してしまいそうで、少し怖い」  
「殷雷も……あたしと、同じ気持ち?」  
滅多に心情を語らない殷雷の呟きに、和穂は驚きよりもむしろ喜びを覚えていた。  
多少意味合いは異なるが、殷雷が自分と同じ感情を抱いていたという事実に、胸の奥がじんわりと暖かくなる。  
 
ゆっくりと手の力を緩めていく和穂に、殷雷は自嘲ぎみに囁いた。  
「だが、それ以上に、お前の身体に触れていたい、全てを知りたいという気持ちが抑え切れんのだ」  
「あた、あたしも……。殷雷に、もっと触れて欲しい……。全部、知って欲しい……」  
殷雷の言葉につられるように、和穂は心の奥底にあった欲求を無意識のうちに洩らした。  
取り縋るように殷雷の手首を押さえていた腕はとすんと寝台に落ち、閉じていた膝からは力が抜けていく。  
解放された手を、殷雷は更に奥へ進め、和穂の股間にふわりと被せるように添えた。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「んっ!?」  
殷雷の手が下腹部に当たると、和穂は鋭く息を吐き、ぴくんと肩を竦ませた。  
綿毛のような下草に覆われたそこは、火照った肌よりもなお熱をはらみ、早朝の草葉のように露を含んでいた。  
ちょうど中指のあたりにある幼い女陰は、零れた蜜でぴったりと吸い付き、その感触が殷雷の興奮をそそる。  
殷雷は猛り狂う獣欲を抑えつけて、生まれたばかりの小猫を撫でる慎重さで、そっと掌を動かした。  
「んんっ!? んっ、くぅっ!」  
しなやかな殷雷の指で最も敏感な場所を撫でられ、和穂はきつく唇を噛み締めた。  
胸に触れられた時の快楽を小さな鐘の音とするなら、今度のそれはまるで特大の銅鑼を鳴らしたに等しい。  
包皮に守られた小さな肉芽を擦られる度、想像を絶する快感が一気に頭の芯まで響く。  
特徴的な太めの眉を切なげに歪め、和穂はぎゅっと目を瞑った。  
「和穂……」  
「ぅんっ、ふっ、くぅん! んっ、や、いんら、いっ、みないでっ……!」  
殷雷は和穂の乱れる様を見下ろしながら、一定の速度を保って、同じ場所を繰り返しなぞった。  
声を掛けられた拍子に薄目を開いた和穂は、殷雷の熱のこもった視線を受けて、思わず顔を逸らした。  
 
首を限界までひねって寝台に顔の半ばを埋め、幼げな風貌に浮かぶ歓喜の表情を、必死で隠そうとする。  
しかし、殷雷は和穂の懇願を無視して、彼女のそういった可憐な仕草を、食い入るように見詰め続けた。  
「和穂……。んっ、ちゅ……。和穂……」  
「んくぅっ! んっ、はっ……っく、や、ふっ……んぅ!」  
和穂の名を何度も呼びながら、殷雷は時折、細い首筋やふっくらとした頬、火照った耳朶へと口付けた。  
秘所を撫でる殷雷の手は、徐々にその動きを早め、和穂の快楽を上へ上へと押し上げていく。  
和穂の女陰からは堰を切ったように愛液が溢れ、それが殷雷の指に絡んで、愛撫を更に滑らかなものにした。  
「くっ! ふ! あ! ああっ、あっ!」  
やがて和穂の瞼の裏には、目の奥が痛くなるほどの極彩色の火花が乱れ飛び始めた。  
深い谷底を覗き込んだ時のような、ふうっと吸い込まれていく感覚が、腰から全身に広がっていく。  
上体を横にひねり、その感覚に引き摺られまいと、和穂は指が白くなるほどに敷き布を握り締めた。  
和穂の痴態に心を奪われた殷雷は、その変化にますます興奮を深め、手の動きを速めた。  
快楽に翻弄される和穂も、迫り来る限界を殷雷に伝えることすら出来ず、折れそうなほど首を反らして喘ぐ。  
「ああっ、あっ……ああぁっ!!」  
極みに達した和穂は甲高い声で鳴き、指を丸めた足の爪先をピンと張り、ガクガクとおこりのように震えた。  
一瞬こわばった身体はすぐに力尽き、糸の切れた操り人形さながらに、四肢が寝台の上に投げ出された。  
「和穂、気をやった……のか?」  
「はぁっ……! はぁ、んっ、はぁっ……!」  
殷雷はぐったりとした和穂へ、気遣わしげに問い掛けた。  
和穂の胸は激しく上下し、乱れた前髪の掛かった額には、珠のような汗がいくつも浮かんでいる。  
殷雷が髪を掻き分けつつ汗を拭ってやると、和穂はうっすらと目を開けて、小さく何度か頷いた。  
どうやら、意識こそ失わなかったものの、言葉が紡げないほどに余韻が響いているらしい。  
袴の中で動きを止めた殷雷の指先に、とろりと粘り気のある、和穂の絶頂の証がまとわりついた。  
 
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「和穂っ……!」  
殷雷は和穂の股間から手を抜き取ると、逸る気持ちに任せて、己の着衣を乱雑に脱ぎ出した。  
息を切らした和穂がぼんやりと眺める中、殷雷の無駄無く引き締まった肉体が、すぐに露わになってゆく。  
もどかしげに袴を下ろすと、すでに張り詰めていた剛直が、バネ仕掛けのように跳ねて天を指す。  
殷雷のそこは、まるで本来の刀の姿を模したかの如く、硬く鋭く反り返っていた。  
「和穂、俺は……っ!」  
全てを脱ぎ捨てた殷雷は、和穂の腰紐を手早く解くと、袴をするすると剥ぎ取っていった。  
和穂は抵抗するそぶりすら見せず、興奮した殷雷に身を任せ、生まれたままの姿にさせられてゆく。  
そして一気に事を進めようと、殷雷は和穂の膝を割り、両足の間に膝を突く。  
しかしその時、殷雷の目に和穂の幼い女陰が映り、燃え盛る熱情に理性が冷水を浴びせた。  
和穂の男を知らない秘唇は、充分に濡れてはいるものの、花の蕾のようにしっかりと口を閉じていたのだ。  
「くっ……!」  
ここから先に進めば、和穂の身体を傷付けてしまうという事実が、今更ながら殷雷の胸に重く圧し掛かってきた。  
以前にも、ある宝貝使いに意思の自由を奪われ、和穂を殴ってしまった事はある。  
だが今度の場合は、仙香の後押しがあるとは言え、紛れも無く殷雷自身の欲求。  
武器の宝貝として、折れ砕けるまで和穂の守護をせんと、自らに任じた戒めが、ほんの僅かに欲望を上回る。  
殷雷は奥歯を強く噛み締め、和穂の肢体から目を逸らした。  
「ん、はぁ……。殷雷、どうしたの……?」  
「やはり駄目だ、俺は……いや、何でもない。これ以上はやはりするべきじゃない」  
ようやく息を整えた和穂が尋ねると、殷雷は何かを言いかけて、すぐにそれを打ち消した。  
 
「殷雷……もうっ」  
殷雷の意固地なまでの頑なさに、和穂は仕方がないなといった感じの苦笑を洩らした。  
和穂は持ち上げた手を殷雷の頬に当て、そっと彼の顔を正面に戻させた。  
「な、何だ、和穂?」  
「殷雷はいつもそうだね。自分の事は後回しにして、あたしが出来るだけ傷つかないように、って。  
 でもね、たまにはさっきまでみたいに、素直に本当の気持ちを表に出して欲しいな。  
 あたしは最初に言ったでしょ? 殷雷じゃなくちゃ、いやだって」  
優しく頬を撫でながら諭す和穂の声に、殷雷は目が覚める思いだった。  
理性は和穂の心情を分析し、ここで拒む方が、むしろ彼女の心を深く傷つける所業であると結論付けた。  
和穂の慈母のような微笑みに、殷雷の躊躇いが朝日を受けた霜のように溶け崩れてゆく。  
「お願い、来て……殷雷。あたし、殷雷と、一つになりたいよ……」  
「かず……ほ……」  
和穂は無防備に心も身体も全てを晒しながら、両手を広げて殷雷を招いた。  
その無垢なまでの求めに、殷雷は半ば引き寄せられるようにして、和穂の上に重なっていった。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「和穂……」  
「んっ、く……」  
殷雷は慎重に挿入の角度を見極めると、小さな入り口に先端を添え、静々と腰を進めた。  
自身の中を分け入ってくる剛直を鮮明に感じながら、和穂は内心、殆ど痛みを覚えない事に驚いた。  
微かな痛みや異物感も、殷雷と結ばれた喜びに比べれば、ほんのささいな事に思えた。  
 
一方、ぬめりを帯びた肉襞の感触に引き込まれつつ、殷雷は和穂の華奢な体に覆い被さった。  
あるべき場所にぴったりと収まってゆく感覚は、刀の宝貝である殷雷にとっては、馴染みのものである。  
だが、胸に込み上げる無上の一体感は、かつて感じた事のない、充実した安らぎであった。  
「やはりつらいか、和穂?」  
剛直の全てを和穂の中に埋めた殷雷は、彼女の目尻に零れ落ちそうな涙の粒を見つけ、済まなそうに呟いた。  
唇でそれを吸い取ってやると、しかし和穂はふるふると首を振り、花開くような笑顔を浮かべた。  
「違うよ、嬉しいの……。殷雷と、身体だけじゃなくて、心まで繋がってる気がして……」  
和穂はそう言いながら殷雷の背中に回した両腕に力を込め、心優しい刀の化身をきゅっと抱き締めた。  
そうすると、触れた肌から互いの体温が伝わり合って、胸の鼓動までが和音を奏でるように重なっていく。  
初めて知った一人の女としての喜びに打ち震え、和穂は情感を込めた声で囁いた。  
「大丈夫だから、動いて……。もっと、殷雷の気持ち、感じたい……」  
「あっ、ああ……」  
和穂に負担をかけないよう、殷雷は虎伏(腕立て伏せ)の要領で己の身体を支えながら、ゆっくりと動いた。  
指二本分ほど引いては、再び奥へ進むという小さな動作を、寄せては返す波のように、緩やかに繰り返す。  
大半は和穂の痛みを気遣っての事だが、残りはすぐにも達しかねない、自分の快楽を抑え込む為でもある。  
激しく動けばたちまち弾けてしまうほど、和穂の中は心地良く、そして温かかった。  
「くっ、ふ……。平気か、和穂……」  
「んっ、うんっ、だいじょぶ……。殷雷の優しさ、伝わってくる、から……」  
最奥を突かれるたびにピクンと身体を震わせながら、和穂は殷雷の姿をじっと目に焼き付けていた。  
指さえ入れた事のない膣内は、痛みこそ殆ど無いとは言え、流石に奥深い快感を得るまでには至らない。  
触れ合った殷雷の肌が、動く拍子に和穂の乳房や陰核を軽く撫でるが、指先での愛撫に比べれば微かな刺激だ。  
 
だが、殷雷に求められ、愛されているという実感は、穏やかな肉の快楽を補って余りある。  
和穂の胸は愛しさでいっぱいになり、膣内の肉襞は彼女の想いを反映し、剛直に強く絡み付いていった。  
「うっ、和穂……。俺は、俺はお前を……」  
「いいよ、無理に言わなくても……。こうしてるだけで、全部分かるから……」  
殷雷は、両肘を和穂の身体の脇に突くと、細い肩を背中から抱き寄せ、律動を早めていった。  
次第に余裕が無くなってくるにつれ、和穂を守り、抱いているはずの自分が、逆に彼女に寄り掛かっていく。  
自分の気持ちを上手く口に出せずにいると、和穂は包み込むような口調で、殷雷の耳にそっと囁く。  
厳しく自己を律してきた殷雷にとって、他人に甘えるような軟弱な気持ちは、否定するべきものでしかない。  
けれど今だけは、和穂の言葉と身体に縋り、頼りたいという気持ちを抑え切れなかった。  
「和穂っ……! 済まん、俺はもうっ……!」  
「んんっ、んっ、く、あっ……、いん、らいっ……!」  
殷雷は和穂に対する気遣いを捨てて、彼女の中を強く掻き回した。  
湿った肉のぶつかり合う音が高まり、殷雷の衝動が急速に高みへ昇ってゆく。  
和穂は走る痛みさえも悦びに変え、両脚をぎゅっと殷雷の腰に回し、彼の動きを受け入れた。  
きゅくきゅくと締め付けてくる和穂の膣内に、殷雷は剛直が溶け合ってゆくような感覚を受ける。  
「くっ……、和穂っ!」  
「ん、あ! はぁ……殷雷……」  
最後に強く突き入れたところで、殷雷は腰を震わせて、和穂の中に全てを解き放った。  
どくん、どくん、と膣内で跳ねる剛直の感触に、和穂は言い様のない充実感を覚え、満足げな吐息をつく。  
疲れ切った様子の殷雷は、それでも和穂に負担を掛けないよう、懸命に自分の体重を両腕で支えている。  
そんな殷雷を労わるように、和穂は荒い息に波打つ彼の背中を、優しく撫でさすってやった。  
 
              ◇  ◇  ◇  
 
「ん……あれ、殷雷?」  
翌朝、和穂は隣で寝ていたはずの殷雷がいない事に気付き、もぞもぞと起き出した。  
あの後、「今夜はこのままで寝たい」という和穂の求めに応じ、殷雷は腕枕をしてくれたのだ。  
布団に温もりが残っていることから見て、殷雷が離れていってから、そう時間が経ったとも思えない。  
和穂が上着を羽織りながら見回すと、殷雷は刀の姿に戻って、部屋の隅にぽつねんと寄り掛かっていた。  
「ねえ殷雷、どうしたの? そんなところで……」  
裸足でぺたぺたと歩み寄り、和穂は鞘に納まった殷雷を両手で捧げ持った。  
刀の形態では言葉を発する事は出来ないが、こうして触れていれば、心話で意思の疎通をする事は出来る。  
しかし、和穂が呼び掛けても、殷雷の方からは一向に返事が返ってこない。  
「ねえったら。無視しないでよ、殷雷。答えてくれてもいいじゃない」  
『……うるせえ。まずはちゃんと服を着ろ』  
「あ」  
鞘を小さく揺すりながら、繰り返し何度も尋ねると、殷雷は渋々といった感じで心話を返してきた。  
不機嫌そうな殷雷の思念を受けて、和穂はようやく、自分がはしたない姿のままである事に気が付いた。  
「……いいもん。どうせ殷雷には、夕べ全部見られちゃったんだし」  
『そう言う問題ではないっ! 慎みという物を考えろと言ってるんだ!』  
「何でそんなに怒ってるのよ。それに、どうせなら顔を見て話したいんだけどな」  
『そうはいかん! 次の宝貝の近くに行くまで、俺はしばらくこのままの姿でいる事に決めたのだ!』  
「え、どうしてよ?」  
怒鳴りつけるような殷雷の心話に、和穂はぱちくりと目をしばたかせた。  
 
『忘れたのか! 俺たちは、人間界に散らばった宝貝を、一刻も早く回収せねばならんのだぞ!』  
「忘れてなんかないよ。だけど、それとこれとがどういう……」  
『だと言うのに、色恋にうつつを抜かしていたら、とてもじゃないが回収など覚束ないだろう!  
 だからしばらくこの姿のままで、あのくそ忌々しい香の効果が切れるまで過ごそうというのだ!  
 分かったら、お前もさっさと服を着て、夕べの事はなるべく早く忘れるようにしろ!』  
「……ふぅん、何だ、そういう事か」  
最初は少し不満げに口を尖らせていた和穂は、殷雷の真意に気付いて、嬉しげな微笑を洩らした。  
殷雷の言っている事はもっともだが、殊更ぶっきらぼうなのは、単にそれだけの理由ではない。  
要するに、正気を取り戻した状態で、和穂と顔を合わせるのが、気恥ずかしくて堪らないのだ。  
普段は冷静な殷雷が、自分の事を意識して動揺している様が、何とも可愛らしく感じられる。  
しかし、それを指摘すれば、殷雷は今度こそ臍を曲げて、しばらく口を利いてくれなくなるだろう。  
殷雷の照れには気付かなかったふりをして、和穂は小さく頷いた。  
「うん、分かったよ。確かに旅はまだこれからだもんね。出来るだけ気にしないようにするよ」  
『そ、そうか、分かってくれたか』  
何とか取り繕えたと思ったのか、殷雷は安堵を込めて、どもり気味の思念を返した。  
その時、和穂の胸に、ちらりと悪戯心が芽生える。  
「その代わり、一回だけ言っていい?」  
『な、なんだ!?』  
隙を突かれてうろたえる殷雷刀をきゅっと胸に抱き、和穂は万感の想いを込めて、そっと囁く。  
「殷雷……大好きだよ」  
冷たいはずの刀身が、黒鞘の中でポッと熱を帯びた。  
 
 
『衾和炉』  
香炉の宝貝。中年女性の姿も取る。  
異性間の情愛を高める働きのある香を焚く。本来は神馬の交配時に使用する為のもの。  
欠陥は、男女の仲を見るなり強引に結び付けたがる、そのお節介な性格。  
護玄との間を勝手に取り持たれた龍華が、事の終わった後で逆上して封印したらしい。  
 
〜END〜  
 

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