私は、かつてない緊張を保って保健室の中のベッドに腰掛けていた。  
 
 普段見慣れているはずの場所はほとんど目に入らないでいて、  
 普段聞きなれているはずの運動部の声はそのまま耳に入らずにいて、  
 ただ、一人の足音を私は待っていた。  
 
 走ることなく、焦ることなく、きっと背筋をぴんと伸ばす彼。  
 私の緊張もこれからすることも何も知らずに『友人』との待ち合わせにやってくる彼。  
 
 ノックが二回。一拍置いて「失礼します」の声。そして私は彼――御代天也の前に立った。  
 
 
 
***  
 
 天也が自分の『影』を失いかけて、私はまたあの気魂挿入の術を行った。  
 それでも、天也の影は薄くしか戻らずに自分の力不足を痛感させられていた。  
 
『君のせいじゃないよ、要。僕は大丈夫』  
 
 天也はそう言って笑ってくれた。でも、異常な状態をすんなり受け入れられるほどヒトは強くない。  
 それに私は今まで剣以外での勉強から逃げ回っていたんだ。  
 結果としてそれが、大切な彼を守れないだなんて……。  
 
 
「こんなんじゃ、駄目だよね」  
 マンションの一室での一人反省会中。思わず独り言を言ってしまう。  
 
 ――彼に触れた唇を指で押してみる。  
 
 もう一度だけ触れた天也の唇はやっぱりすべすべで、ミントの香りがして……  
 って違う! 剣術以外での何か術を……。そう、この気魂挿入みたいな!  
「コレだって、先生のヒントが無きゃ……」  
 彼に安息を与えられなかった。結果として、刹那の時間でしかなかったけれど。  
 それでもこれは房中術からのアレンジだけど立派に使うことが出来た技だし……  
 
 ……ん?  
 
「え? いやいやいやいや! でも!?」  
 今やっているのは私が天也に『陰の気』を注ぎ込む行為。でも、それは房中術のアレンジでしかないし。  
 そもそも本当の房中術っていうのは……その……  
 
 あの挿絵が思い浮かんでくる。思わず手元にある枕を投げそうになってしまう。  
 確かにそれは効果があるかもしれない。天也の暴走する『陽の気』を出しつつ私の『陰の気』も渡せる。  
 でもデスよ!? 私だってそんな経験ある訳じゃないし天也だって! ……もしかしたらあるかもだけど。  
「ももも、もしかしたら他に方法あるかもしれないし!」  
 浮かんできた不埒な考えを払うように、私は綾乃さんから手渡されたお勉強用の書を広げる。  
 いくら広げても、自分に出来る術は一番最初に浮かんだソレしか無いと知らされるばかりだった。  
 
 
 そう。房中術。つまりは――男女の交わりにおいて気をめぐらせるその方法しか無いと。  
 
***  
 
「ごめんね、こんな所に呼んじゃって」  
「いや、こちらこそ仕事で遅くなって済まない。……日下先生は?」  
「用事があって外しているみたいなんだ」  
 言いづらい。どう切り出せばいいのか分からない。  
「要、どうしたんだその隈は」  
「へ?」  
「寝不足なのか?」  
 保健室にある鏡に視線を移すそこにははっきり分かるくらいの隈が一対。  
「ああ、ちょっとね」  
「まさか、また無理をしたのか?」  
「うー……無理っていうか、悩んでたっていうか」  
 今日、天也を呼び出す覚悟を決めるにも何にしても悩みまくった。知恵熱が出るかと思うくらいに。  
 
 覚悟を決めさせたのは、限られたこの時間。  
 神楽坂家からの援軍が来て私のお役が御免になる。その前に、せめて天也の身体だけでも。  
 
「だから保健室に呼んだのか?」  
「だからって訳じゃないんだけどさ」  
「随分と歯切れが悪いな」  
 あからさまに可笑しな私の態度に天也は気遣うような視線を向けてくれる。  
 ……罪悪感がチクチクとくる。駄目だ、これ以上黙っていると天也にまで心配をかけてしまう。  
「あのね、昨日も天也に協力してもらったアレなんだけどさ」  
「……ああ、それがどうかしたのか?」  
「あれね。実はとある術を私がアレンジしたもので完全な術じゃないの」  
「アレンジ、というと?」  
 言いづらいことをズバっと聞いてくるなあ。まああんな言い方したっら当然だよね。  
「その、そのね。本当の術っていうのは房中術っていって中国の道教とかの流れを汲んでいる術であってその……」  
「随分と耳慣れない言葉なんだが……その、あの術というとつまり……」  
「うん。なんというか天也の協力が必要になるっていうか……」  
 やっぱりここまで来て何だけど、躊躇ってしまう。  
 それは本当なら思春期の男女が幸せな思いを重ねながらするような行為のはずだ。  
 放課後の保健室で学ラン同士の私たちが沈黙の中でするようなモノじゃない。  
「と、とりあえずココ座ってもらってもいい、かな?」  
 白く、清潔に保たれたベッド。私が座る隣を指す。訝しげな表情をする天也。  
 彼が隣に腰をかける。その姿を見て私は腹を括った。  
 
「――ごめんね、天也」  
 
 嫌われる、覚悟を。キミさえ元に戻るなら。  
 
 華奢なように見えて意外に鍛えているのか、彼の身体はほどよく筋肉がついている。  
 天也の肩を押して、私はそんなことを考えていた。  
 
「か……なめ?」  
「今からやるのは、本来の房中術。本当はキスだけで済ませられれば良かったんだけど……」  
 天也の上に馬乗りの状態になった。多分、こんな状況じゃなきゃ説明なんて出来ない。  
「別の方法で、天也の『陽の気』を出しながら『陰の気』を注ぎ込まなきゃいけなくなったの」  
 出来るだけ天也の顔を見ないように。だって私は、これしか見つけられなかったから。  
「その、そのですね。いわゆる褥を共にするというか夜伽というか……」  
「な……!? 何でそんな必要があるんだ!?」  
「そういう術だからなの! 男女の結びつきで気をめぐらせて長生きするっていうか……」  
「いや、理屈はいい。だがキミは……」  
「だから、男女の結びつきだから私と天也なら大丈夫……」  
「それは知っているよ。そう、キミが女性なんだ」  
 眼鏡越しに見る天也の瞳は真摯なものだった。思わず、吸い込まれそうになるくらい。  
「それならば、もっと自分を大切にすべきだ。僕なんかのために……その……」  
「『僕なんかって』!」  
 
 私は、天也だからこんなにいっぱい悩んだのに。天也にだから、出来ることなのに。  
 
「……要?」  
 話しかけられる。ああ、まただ。最初に時と同じようなことしようとしてる。  
「嫌なら、犬にでも噛まれたと思ってくれていいから」  
 天也の呼びかけに応えず、私は学ランのボタンを外しにかかる。きっちりと止められた天也の制服が今だけ憎い。  
「でも、私は天也じゃなきゃこんなことしなかった。それだけは信じて」  
 手が震えて上手くボタンが外せない。  
 さっき、嫌われてもいいって思ったばかりなのに。でも、視界は悪くなる一方。  
 
 泣いちゃ駄目だ。むしろ全面的に被害者なのは天也なわけだし。  
 そうだ――たとえこの事件を私の手で解決出来なくても、せめて天也だけは……  
 
 そっと、前髪が梳かれた。そこには、天也の困ったような顔が見える  
「参ったな……。どちらかといえば、そんな顔をするのは僕の方だ」  
 そして次に、その指は目尻に移動して、零れ落ちそうな涙を拭ってくれる。  
「そんな顔をされて、そんな殺し文句を言われたら耐えられるはずも無いよ」  
「へ? 殺し、文句?」  
「自覚が無いのか」  
 天也の不思議な言葉についていけずに軽くパニック。そんな私を見て彼は穏やかに微笑む。  
 何だか今まで見たこともないような穏やかな表情に心臓が早くなった。  
 
 
「協力、させてくれないか?」  
 天也の顔はいつものように真面目なものになった。けれど、顔は少しだけ赤く照れているようにも見える。  
「……いいの?」  
 間を置いて私は問いかける。さっきまで押し倒していた私が聞くのも今更な感じがするけど。  
「ああ」  
「う、うん。それじゃあ……はじめよっか」  
 そう言った途端、この状況が急に恥ずかしくなってきた。  
 何というか私が見た少女漫画とかそういうのだとポジションが逆というか、そんなだった気がするし。  
 それに何よりこの先どうすれば良いの!? どうしよう!?  
「その、要、こんなこと聞くのも失礼かと思うんだが……」  
「へ!? ああ、うん。何?」  
「……やはり、コレも……」  
「うん。その……初めて……」  
 最後の方は、声になっていなかったかもしれない。それでも天也は分かってくれたみたいで。  
 お互い何だか顔が真赤になってた。初めて気魂挿入をし終えた後の空気に似ている。  
 
 でもあの時との決定的な違いはこれからが始まりな訳でして……。  
 
「とりあえず、う、後ろ向いててくれないかな!」  
「あ、ああ」  
 天也に後ろを向いていてもらう。息を一つ吐き私は集中する。  
 
 そう、これは甘やかな艶事なんかじゃない。あくまでも術、お役目なんだ。  
 ひどく煩く鳴る心臓を沈めるように気の流れを意識し、呼吸を整えた。  
 
***  
 
 誰かに見られたら色々マズいので鍵をしめてから、自分の学ランのボタンに手をかける。  
 衣擦れの音がする。ゆるゆるとシャツのボタンを外していく。  
 
 サラシにオトコノコのズボンってすごくアンバランスだ。なんとういかその……えっちぃ気がする。  
 とりあえず、サイズ的な意味だけじゃなくって羞恥的な意味もあってそのまま振り返る。  
 天也は学ランの上だけを脱いですごーくその場に居づらそうに座っている。  
 
 でも、どうすれば良いんだっけ? あの本は一応軽く目は通したんだけど挿絵までしっかり見てなかったしな。  
 ええと、とりあえずぬ、脱がせなきゃ話が進まないよね。  
「ご、ごめん天也! 失礼します!」  
 第一ボタンまで閉められたシャツに手をかける。あのナイフが刺さった時は無我夢中だったけどよく考えると……  
「こうされていると……あの時のことを思い出すな」  
 どうやら天也も同じ場面を思い出していたらしく、私にも笑みが浮かんでくる。  
「あの時は感じなかったけど……私、相当大胆なことしてたんだね」  
「……僕もあの時は何も感じていなかったけど、キミにそんなことをさせたかと思うと済まないことをしたな」  
「緊急事態だったし、そう思わなくても……」  
 シャツを開くと、傷一つない天也の身体。あんな風に鋭利な刃物が刺さったとは思えないほどに。  
 そのナイフの後を思い出しながら、指で触れる。多分、今同じことがおこっても天也には傷一つつかない。  
 ……って、ちょっと何思い出にひたっちゃってるの私!? で、でも確かこういうのも必要なんだよね。  
「い、嫌だったり気持ち悪かったりしたら言ってよね!」  
「あ、ああ」  
 保健室のベッドの上で、二人で向き合いながらこんなことしてるなんてよくよく考えると凄くアレだ。  
 な、なるべく早く終わらせるべきなのかな? ええい、考えてても仕方無い!  
「し、失礼シマスっ!」  
 天也の首筋に唇を当てる。付けた時には自分の気を押し流すように。離れる前に天也の気を吸い取るように。  
 漫画みたいに跡が付くのかと思ったら、一瞬だけついてまたすぐに戻った。まるで、雪が降り積もるみたいに隠して。  
 それでも、何度も何度も口付けずにはいられなかった。  
 
 冷たい、というのが印象。それは体温じゃなくって感覚的な意味で。  
 傷もつかず痛みも無いのが今の天也の状態だ。もしかしたら、という考えが頭をよぎる。  
「ひょっとしてさ、くすぐったくも何とも……無い?」  
「……そうだな。指やその……触れている感覚はあるんだが」  
 今の天也は気の流れの暴走で『変化』をしない、っていう状態になっているみたいだ。  
 やっぱり、ある程度は流れを作ってからじゃないと駄目なのかな。うう、何だか今更後悔。  
「えと、目! 目つむって!」  
 私の言葉に天也は従ってくれる。そしていつもみたいに天也にキスをする。  
 相変わらずのミントの香り。そしてその奥には底冷えしそうなほど冷たい気の淀み。  
 
 少しでも、この寒さやわらげば良いと思う。私の気を混ぜて、天也の恐怖を消せれば良いのに。  
 絡まって、混ぜあって、解けて。全部、元通りになって――  
 
「……っん」  
 舌が絡み合う。右手にそっと天也の指が絡まる。左手は、天也の肩にかかるシャツを落とすようにそっとなぞる。  
 唇が離れる。でも指だけは解かないでそのままでいて。私は傷跡のあった場所に舌を這わせる。  
 あの時、側に居たのに守ってあげられなかった代わりに。懺悔するみたいに、何度も何度も。  
「……っ」  
 押し殺すような声が聞こえる。少し見上げてみると天也に表情の変化がある。  
 ほっぺたが赤くなって、我慢するように目を瞑って眉を寄せて……可愛いかもしれない。  
「だいじょう、ぶ?」  
「……ある意味、大丈夫では無いかもしれないな。初めてのことで、当惑している」  
 表情を悟られまい、というように私から顔を逸らしてしまう。  
「私もすごくドキドキしてるんだよ。天也と同じように、さ」  
 肌に触れると、心音が伝わってくる気がする。高鳴ってくる心音と、高まる官能。  
 目が合う。初めて見つめられたあの視線とは違う、穏やかさに満ちたものだった。  
 
 この部屋を借りると決めた時、私は正直に天也の現状と今行っている術について綾乃さんに話した。  
 最初はびっくりして、次には呆れられたけど、最後は協力をOKしてくれた。  
 その時に教わった房中術のひとつがいわゆる、口とかでするアレだった。  
 
 綾乃さんの部分だけ伏せて説明したら、今度こそ天也に渋られた。というか思いっきり拒否られた。  
 でも何というか……逃げられると追いたくなる私の悪いクセが出てきてしまった。  
 
「要! だからその……そういうことは……」  
 ベルトを取るのには手間取ったけど、それ以降は私が普段着慣れている制服と要領は同じだった。  
 流石に羞恥で顔が沸騰しそうになったけどやるって決めたからには曲げられない。  
 たとえソレが初めてみるオトコノコのだったり、むしろ相手の方が恥らっていて申し訳ない気持ちになったとしても。  
「い……嫌なら、その、目とか瞑っててくれていいから」  
 冷静でいられるようにこれは術の一環とか言い聞かせているけど、いざ本番になるとそうもいかない。  
 どれくらい力を込めたらいいか分からないからおそるおそる指を絡めてみる。  
 天也の反応を見ながら、指を動かしたり弱めたりする。声を押し殺しているけど、明らかに息が荒くなっている。  
「んっ……やめ……」  
「今更……だって……」  
 止められない。どちらにせよ、今までの関係には戻れない。  
 それに、もうすぐ私はここを去らなきゃいけない。その前に、少しでも天也の心にある負担を軽くしたい。  
 思いが迸って、衝動になって私を突き動かしている。そして舌先でそろりと舐めた。  
 
 くぐもり声が、徐々にはっきりと聞こえてくる。切なく喘ぐ声に足先は震えている。  
「苦しかったり、する?」  
「ん……そう、だな。でも……」  
 大丈夫、と続くはずだったのかもしれない。でも私は思い切ってソレを含む。  
 包むように、でもゆるやかに刺激を与えていく。そこにも自分の気を与えて、余分は天也の気を出しすように促しながら。  
 私の頭を離そうとしているのか、私の髪に天也の指が滑る。  
 上目遣いに天也を見ると、頬を染めて余裕を無くしたような顔をしている。  
「辛いなら、出しちゃっても大丈夫だから……」  
 一旦口を離して私は言う。天也は小さく否定をしながら私の髪を撫でる。  
「そういう訳じゃないんだ。その……立場が逆だろうと、そう思っただけだ」  
「……それこそ、今更じゃない」  
 確かに。女の子が積極的に『そういう事』をしているっていう構図はあまり無かったかもしれない。  
 でも、それでも――ちょっと恥ずかしいの我慢すれば助かる可能性があるなら。やるしかないじゃない。  
 
 段々と熱を帯びてくるそこから流れ出してくる天也の気。高まってくるそれらを、受け止める準備をする。  
「やめ……それ、以上……はっ」  
 途切れ途切れの天也の声。息が荒い、頂点はもうすぐなのかもしれない。  
 構わずに促す。寒くすらあるその気を、少しでも減らすために。  
「……っうぁ」  
 震える天也の身体と同時に開放される熱と気。それを受け止めると軽く咳き込んでしまう。  
「その……何といえばいいのかは分からないが、済まない」  
「う、ううん。何と言うか私も結構ノリっていうか……そんな感じになってて」  
 改めて向き合うと、すごーく恥ずかしくなってくる。ああ、でも取り合えず綾乃さんに教わった手はずは出来たし!  
「これで一応は『陽の気』が出せたし『陰の気』も混ぜられたから大丈夫……」  
「いや、これで終わりにすると僕の矜持にも関わる」  
「……キョウジ?」  
「プライドということだ。要はその……情けないじゃないか」  
「情けない……って。私が術者だしそれを受けてるのは天也なんだから別に」  
「そうじゃない」  
 近くに引き寄せられる。何かを言おうとするとそのまま天也に塞がれる。最初に私がしたように。  
 
「キミが何と言おうと、男としての沽券に関わるんだ」  
 
 攻め立てられて、何かがこみ上げてくる感覚。頭が真っ白になるような、切なくなるような感覚。  
「んっ……」  
「退魔師という職業は、やはり大変なんだな」  
 今脱いでいる身体に残る細かい傷に一つ一つ口付けられる。剣術の修行で出来た手のひらの剣ダコには特に長く。  
 まるで、恋人同士が睦みあうみたいに優しい行動。目尻がら浮かぶ涙は天也がそっと拭って、そのまま下に手が伸びてくる。  
「あ、そこは。自分で……」  
「いや、僕にやらせてくれ」  
 反則的に耳元でそう囁かれると私は逆らえなくなってしまう。  
 そのままあっという間に立場が逆転する。色々な場所を触られて、口付けられて。  
 天也が言っていた『ある意味大丈夫じゃない』という言葉が浮かんでくる。  
 
 自分じゃないみたいな声が出る。抜けるような甘い声。そんな声を出す度に天也は満足そうに笑う。  
 一度離れた右手は再び繋がる。さっきとは違う、暖かい気の巡り。  
 生きている鼓動を感じる。血流が流れて、天也がここに居るのが分かる。  
 
 少しだけ躊躇った後に天也の同意を求める声が聞こえた。小さく頷きながら小さな包みを渡す。  
 ソレを見た天也は一瞬面喰らった顔になった後に、私のほっぺたに口付けてくれた。  
 
 
 衝動が、伝わってくる。私と天也が混ざり合って溶け合う。ひとつになる感覚。  
 あまりに強い気にあてられてぼやけそうになる意識の中で、天也の意識の底が見えてくる。  
 
 ひどく濃い闇。その中で膝を抱えている子供が居る。  
 全てを取り上げられ、周りに何も無く、泣きもせずに笑いもせずに動かない子供。  
 おそらくこのコは天也なんだ。望みを取り上げられて、ただ指示をされて、諦めることに慣れた天也。  
 
 この意識下で抱きしめてあげるなんて出来ない。それでも、少しでも明るい光を見せてあげられたら。  
 私が今の天也に希望をあげられたように。心の奥底で、本当はひどく傷ついている天也を助けたい。  
 
 
「かな、め……一緒に……」  
 私を呼ぶ天也の声。意識が霞んでいく中段々と声が遠くなる。  
「んっ……ふぁ……」  
 同意の言葉すら伝えられないもどかしさ。返事の代わりに繋いだ手に力を込める。  
 もう一度、天也が近づいて。冷たい眼鏡が顔に触れるのを感じて、私は顔を上げた。  
 
 
 
 私は陰。象徴は月。  
 せめてこの深い夜の中で傷つく天也を照らす月になれたら――  
 
***  
 
 目を覚ますと、もう窓の外は暗くなりかけていた。  
 天也は眼鏡を外して寝息を立てている。軽くシャツを羽織っている姿といいとても新鮮だ。  
 
「……うん、大丈夫みたいだね」  
 天也の『影』はまだ私より薄い。でもこれ位ならバレないだろう。  
 そろそろ学校内で『魔』が活動をし出す。今日こそ、全てに決着を。  
 
 天也がこうなった原因は、十馬に殴られた後に『塞の石』にぶつかったから。  
 ならば封印をして、事件を解決させる。そして私は、ここを去る。  
 きっと私がこんな手段に出たのもどこかで、天也の思い出になりたかったからだと思う。  
 
 何も言わずに出て行く私を許して欲しい。多分、これからのことを話したら決心が鈍る。  
 それに自ら危険な場所に行く私を止めてくれるだろう。だから、何も言えない。  
 
 刀の入った竹刀袋を担ぐ。ここからは退魔師としての神楽坂要にならなくちゃいけない。  
 けれど、その前に。ただの私で居られるうちに。  
 
 
「ごめんね、天也。大好きだよ」  
 
 
 きっと届くことのない告白。気づかれることのない口付け。それを終えて私は保健室から中庭へと向かった。  
 
【 終 】  
 

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