「…ちょお!ぶちょお!起きて下さい!いい天気ですよっ!」
「……何だ雨宮…私は昨夜は接待で帰って来たのが一時を回ってたんだ…
今日は十時まで朝寝する予定だ…」
高野は毛布を頭からすっぽりかぶった。
「お出かけしましょーよお。せっかくぶちょおにワンピース買って
もらったんですもん。これ着てデートしたいです!」
蛍はベッドに乗って毛布を引きはがそうとした。
「やだもん。起きないもん。」
「明日は雨の予報なんです!晴れてるのは今日だけなんです!」
蛍は食い下がった。
「…しつこいぞ君は…大体買ってやったわけじゃないだろう。リサイクルに
出した代金で買ったんだから私の金は一円も出してない。」
根負けしたように高野は起き上がった。
「でもぶちょおが生地とデザインを選んでくれたんですもん。私に一番
似合うのを選んでくれたんですよね?だったらプレゼントしてくれたのと
同じじゃないですか。」
「…いや、一番安い生地を選んだだけ。デザインは何パターンかある中から
一番シンプルなのにしただけだ。」
「え……」
蛍はみるみるうちに落ち込んだ。
(やっぱりこいつの百面相は見てて飽きないな。)
高野がくすっと笑ったのを見て蛍は抗議した。
「ひどいじゃないですか…すごく嬉しかったのに!」
「悪かった。デートに付き合うから許してくれ。」
「やった!映画でしょ、それから新しくできたカフェでケーキ食べて…
服も見たいし…」
「全部付き合うから降りろ。顔洗ってくる。トーストとコーヒーくらいは
用意しとけよ。」
「ラッシャー板前!!!」
蛍は慌ただしくキッチンへ向かった。
「デートか…しばらくしてなかったなぁ…」
数時間後。
蛍と高野は新作の映画を観終わって新しくできたカフェへ向かっていた。
セルフスタイルながらコーヒーもスイーツも美味しいことで評判らしい。
「じゃあ、私買って来ますからぶちょおは座って待ってて下さい。」
「私はエスプレッソを頼む。」
「はーい。」
高野は暖かい日差しの差し込むテラス席に腰を下ろしてパンフレットを
ぱらぱらとめくっていた。
一方、屋内席には偶然にも蛍の同僚が同じカフェにいた。
「ねえ、あのテラス席にいるの高野部長じゃない?」
「ホントだ〜!」
「私服もステキー!」
「誰かと一緒かしら?映画のパンフ見てるわよ。」
「一人なら声かけちゃわない?」
「二ツ木さんが一緒だったらどうする?」
「まさかー!あれはウワサでしょ?」
「ぶちょお、お待たせしました。はい、エスプレッソ。」
「ほ、ホタルーーーーーー?!」
「どうして?!」
「偶然よ、たまたま部下に会ったからお茶でもーってなっただけよ。
そうに決まってる!きっと仕事の話とかあるのよ!」
「面白かったですね。SFってあんまり見たことなかったんですけど
ハマりそう。」
「だろ?私の一番好きな監督なんだ。ところでそのケーキ美味そうだな。
ちょっと貰っていいか?」
「フォンダンショコラっていうんですよ。中からチョコレートがとろ〜っと
流れてくるんです。どーぞ。」
「楽しそうに話してるわよ…どうみても仕事じゃないっぽい。」
「パンフレット一緒に見てる。」
「あー!ホタルのケーキ食べたわよ!ホタルのフォーク使って!」
「さて、次はどこへ行くんだ?」
「次はですねえ…」
二人は席を立ち上がりかけた。
「あ!出るみたいよ!」
「ありがとうございましたー。」
「ホタル!」
急に声をかけられた蛍は振り返ってぎょっとした。「例の話」をした三人が
不審げな表情で睨んでいたからだ。
「え…ええ?!」
「誰だ?」
高野がそっと尋ねた。
「営業部にいた頃の同僚なんです。あのウワサ…たぶん流したのは…」
蛍が怯えた表情をしている。
「高野部長!こんにちはっ!ちょっとホタル借りますねえ。」
三人は愛想笑いをしながら蛍を少し離れた所へ連れ出した。
「ちょっとどういうこと?!」
「高野部長は付き合ってる人なんかいないって言ってたじゃない!」
「偶然会ったなんて言い訳は通用しないんだから。ずっと見てたんだから!」
「えっと…その…」
蛍はどう答えたら良いのかわからずオロオロしていた。
(どうしよう…私…東京湾に浮かんじゃう…!)
その時、高野が四人に近づいた。
「営業部の子達だね?いつもご苦労様。」
極上のスマイルで蛍の同期三人はぽわんとなってしまった。
「別に隠していた訳ではないんだが、私と雨宮は付き合っている。」
高野は蛍の肩に手を置いた。
同期三人は信じられないと言いたげな顔をした。
「ぶちょお…!」
「彼女に嘘をつかせてしまったのは私の責任なんだ。仕事とプライベートとは
分ける主義なものでね。雨宮に余計な気を遣わせてしまったんだ。
わかってくれるかな?」
「は…はい…」
三人はうっとりとした眼差しで頷いた。
「じゃ、先を急ぐので失礼するよ。また月曜日に。」
蛍を促して歩き出した。
「じゃ、じゃあね。またね…」
「ぶちょお、良かったんですか?噂が広まるのは嫌だったんじゃないんですか?」
「嫌なのは訳のわからない噂が広まることで、君と付き合ってるのは事実
なんだから構わないだろう。どうせいずれバレることなんだからそれが
早いか遅いかだけのことだろう?」
「ぶちょおおおおお!」
蛍は高野に抱きついた。
「こらくっつくな!人が見てるだろうが!」
「嬉しいんですもん!!ワンピースよりずっと嬉しいです!」
「何だ、今から服見に行くんじゃなかったのか?買ってやろうと思って
たんだがな…」
「ええっ!いります!欲しいです!」
「どうしようかな〜。」
月曜日
蛍はいつもより早く出勤していた。どうせ土曜日の噂が広がっているだろうと
思うと憂鬱な気分になってしまい、なるべく同期と会わないようにしていた
のだった。
高野はいつも通りの時間に出勤すると、エレベーターホール前で二ツ木に
声をかけられた。
「おーっす。」
「おはよqう。」
だが、周囲の様子がいつもと違っていた。周囲の女子社員達が二人を見て
ヒソヒソと何か話していた。
「なんかあったのか?」
「また私の噂が広がってるらしいんだ。雨宮といたのを見られてね。」
「それでどうしたのよ?」
二ツ木がニヤニヤしながら聞いてきた。
「認めたよ。別に悪いことしてるわけじゃないしな。」
「潔いねえ。」
エレベーターのドアが開いて廊下を歩いていると、ますます二人を見て
ヒソヒソ話をする女子社員が増えた。
「天下の高野部長様のハートを射止めた女出現てかぁ。」
「面白がるなよ。」
「おはよう。」
「おはようございまーす。」
インテリア事業部内から口々に挨拶の声がした。ここでは二人の仲は
知れ渡っているので高野はやっと落ち着いた気分になった。なぜか二ツ木
まで一緒にやって来ている。
「ちょっとちょっとお〜、蛍大変よぉ!」
曽野美奈子が賑やかに駆け込んできた。始業前なので蛍は休憩スペースで
早智子達とコーヒーを飲んでいた。
「大変なの!すんごい噂が広がってるわよ!蛍と二ツ木さんが高野部長を
巡って決闘するんですって!!」
蛍は危うくコーヒーが鼻に入りかけた。
「ええ?!」
「あははは!俺はいいぞ!雨宮、屋上で決闘するか?」
二ツ木が爆笑していた。
(やはり女というものは恐ろしい…)
高野はデスクで頭を抱えていた。
END