あれから――アホ宮が人生の階段を二段だけ上って夏がやって来て、そしてまた二人の  
共同生活が始まってから半月が経った。  
一年余りのブランクも何のその。まるで変わらない生活が始まった。  
 
会社から帰るなりヤツはすっぴんにジャージにちょんまげ姿で、ビールとスルメを手に縁側で  
「極楽、極楽。」  
とゴロ寝を決め込んでいる。  
全く変わりがない。進歩も成長もない。  
これはデジャブかナイトメアか?  
 
そして、未だ彼女と私の間は男女の仲ではない。  
さりとて赤の他人という程距離がある訳でもなく、いわゆる『微妙な関係』を保ったままだ。  
これは一体全体どういう事なのか??  
ここに私は多少の引っかかりを覚える。  
 
そもそも、  
『どうしてかなぁ?』  
という彼女の疑問を  
『私の事が好きだからだ』  
と(多少自分に都合よく)翻訳したのは私で、肝心の彼女からは  
『ぶちょおが一番!』  
という、どうとでも解釈出来る言葉を言われただけで決定的な愛の言葉を彼女の口からは  
聞いていないという事実に、最近はたと気が付いた。  
 
恋愛にあれだけ鈍くて疎くてどんくさいあのアホ宮が、果たして本当に私の事を男として  
好きだという気持ちで戻ってきたのか?  
それとも雛が親鳥を慕う気持ちで戻って来たのか?実はそこの処が私にもはっきりしない。  
考えれば考える程、心の中にどす黒いものが沸き上がってきて毎日もんもんと過ごしている。  
 
 
「ぶちょお~。」  
「なんだ?」  
「さっきから何ブツブツ言ってるんですか~?」  
「五月蝿いっ。考え事だ、考え事。」  
「ふ~ん、なんか、独り言って寂しいですよ~。」  
「なにを!?どの口がそう言う!」  
「あだっ!いたひれす~ぶちょほぉお~。はなひてくらさひよ~。」  
私はアホ宮の両頬をつねり、捻り上げる。  
顔を捻っても可愛いらしさが損なわれないどころか増すのは、私の視神経が破壊されて  
いるせいなのか?  
「ヤだもんねー。離さないもんねー。」  
「はなひれ…あ、そーら、ぶひょおに、ききたひころがあるんすよー。」  
「なに?」  
「はなひれくれなひゃいとま、いえまふぇ~ん。」  
「仕方ないな…なんだ?言ってみろ。」  
「あー痛かった。ぶちょお、ヒドイですよ~。」  
 
私につねられた頬をさすりながらアホ宮がこちらを軽く睨んでいる。  
なんだ、アホ宮のくせに上目使いが、可愛いじゃないか。  
それに、若いせいか色が白くて肌のきめが細かくて手に吸い付くような感触は、正直離し  
難かった。  
「なんだ?」  
化粧せずとも影が出来る程長い睫をパチパチさせながら、アホ宮がこう言った。  
「ぶちょおって40前ですよね? 」  
「…まだ39だ。」  
「そんな睨まないで下さいよ~。」  
「それがどうした?」  
「んーと、どうしようかなー。」  
「言いかけたなら、言いなさい。」  
「んー怒りませんか、ぶちょお?」  
「…あぁ(多分)。」  
「じゃ、思いきって訊いちゃおっかなぁ…あの、ぶちょおって」  
「なんだ?早く言え。」  
「……×××なんですか?」  
「!!」  
アホ宮の最後の言葉に、私は思わず口に含んだビールを彼女の顔目がけて吹いた。  
「うわっ!何するんですか、ぶちょお!もったいない!!」  
「勿体無い…じゃないだろ!アホ宮!!貴様、それは仮にも干物とはいえ、妙齢の女の子  
が言う言葉じゃないだろ!」  
「だって、ぶちょお……だって…」  
「だって、何だ!?言ってみろ!このアホ宮!!」  
私は赤くなりながらもイライラと言った。  
 
振りかかったビールをちょんまげの毛先から滴らせながら、信じられないことにあのアホ宮  
が震える声でこう言った。  
「だって…だって…一度もお誘いがないから、そりゃあ確かに私は干物です。でも仮にも  
『好き』って言ってもらって、一つ屋根の下で暮らしながらただの一度も何にもないのは、  
どうしてかなぁって…また私の勝手な解釈でぶちょおの『好き』は親鳥が雛を慈しむ様な  
気持ちなのかなぁって、思ったりして。」  
「……」  
「それに、『私に好きな人が出来たら家を出てけ』って言われたし。」  
「……」  
「そうじゃなかったら――なのかなぁって思って…ってぶちょお?」  
「いいから、こちらに来なさい。」  
気が付くと私は彼女の腕をを掴み、手を握り締めて、自分の部屋に向かっていた。  
「ぶちょお…?」  
「しっ、黙ってついて来なさい。」  
 
私は音を立てて部屋の扉を開けると、彼女をそのままベッドに押し倒した。  
勢いでベッド脇のゴミ箱が倒れたが、構うものか。  
「ちょ!ちょ!タンマ!」  
「だーめ、待たない。君が言うように、私が親鳥でも――うむ、そのナントカでもない事  
を実地で証明してあげよう。」  
「嬉しいけれど、あの、展開がきゅう、急過ぎます!それに…あ、あのジャージ越しに、  
当たってます。」  
「仕方ないだろ。君が戻って来てから、私はずっと我慢していたんだから。」  
「……それはそれは大変申し訳、ありやせんでした。」  
「本当だよ。君には責任を取ってもらわないと……全く…可愛いよ…ホタル。」  
「ぶちょおぉ~~。」  
「分かったから、泣くな。泣くな。それにこの体勢で部長、じゃないだろ?」  
「はい……そう、そうですよね。」  
「…ってまさか、君。」  
「ええと…部長って、下の名前何でしたっけ?えへっ。」  
「えへっ、じゃないこのアホタルが!仮にも好きな男の名前くらい覚えておけ!!」  
「ひーん、ごめんなさいまし~。」  
 
 
 
 
おしまい  
 
 
 

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