「はぁ?」
部長のあんまりな言葉に、思わず声に出してしまう。
漸く気持ちが伝わりあって、また二人でこの縁側に座っているのに。
これからもずっと、私は部長と一緒の時間を過ごしていくつもりでいるのに。
私が同じような反応を返すのが面白いのか、部長はどんどん酷い言葉を口にする。
その度に何度も同じ反応を返してしまう私。
そんなやり取りすら楽しいと思えてしまうから、少し悔しい。
けれど。
「私が新しい恋を見つけたら、今度は君が応援する番だ」
流石にその言葉には、私もかちんときた。
何も反応しない私を不思議に思ったのか、庭を見ていた部長は私の方へと視線を向ける。
「――雨宮?」
部長は戸惑ったような表情で、私の名前を口にする。
そんな部長に私は何も言わず、ただじっと見つめ続けた。
「……どうした?」
浮かべる表情と同じように、困惑したような声で部長は尋ねてくる。
「さっきの、本気で言ってるんですか?」
私のその言葉に、部長はしまった、といった気まずげな表情になった。
「……冗談だ、私が悪かった」
本当に反省したような表情で口にした部長に、もう許してしまいそうになるけど。
それでも。
「本当に冗談ですか? ……信じられません」
私は憮然とした表情を崩さないようにしたまま、そう続けた。
そんな私に、部長はますます困ったように頭を掻く。
「だったら、どうしたら信じて貰える?」
本当は、部長の事信じてるけど、でも。
「キス、して下さい」
私の言葉に、部長は驚いたように片眉を上げる。
でもそれも一瞬の事で、さっきの言葉を言ったっきり黙っていた私の顔を、
意を決したように見つめると、部長は私へと顔を近づけた。
重なり合う唇。
そのまま何度も口付けを交わす。
不意に感じた息苦しさに空気を求めるように小さく開けた唇から、
まるで押し入るかのように部長の舌が入ってくる。
部長の舌は私の歯を舐め、やがて触れ合った舌に絡みつく。
くちゅくちゅと粘り気のある水音が静かな縁側に響く。
「ぷはぁっ」
今度こそ息苦しくなって、唇を離す。
離れた二人の唇に、銀色の橋が掛かる。
ぷつり、と互いを繋いだ唾液の線が切れるのを待って、
私は部長の瞳を見つめて、口を開く。
「部長……好きです」
私の本心からの言葉に、部長は少し気恥ずかしげに笑みを浮かべた。
「私もだ、雨宮」
今度は意地悪な事を言わずに、そう言ってくれる部長に思わず口元が緩みそうになる。
「部長……」
そんな自分の顔を見られないように、今度は私から口付けた。
「――雨宮、おい、雨宮!」
「……う、うん、はぇ?」
ゆさゆさと肩を揺すられる心地よい振動に瞼を開くと、そこには部長の顔。
私の顔を上から覗き込むように――覗き込むように?
あまり上手く働かない頭で、自分の姿を確認すれば、
そこには新聞紙を身体にかけて縁側で横たわっている自分。
……もしかしなくても寝てた? さっきのは、夢?
「こんな所で寝るな、いくら夏だと言っても風邪を引く」
「……はぁ」
やはり寝ていたらしい。
それにしても、部長の口から出た『風邪を引く』
そんな些細な言葉が妙に嬉しくて仕方が無い。
部長に心配されるのが、気にして貰えるのがすごく嬉しかった。
「それと、だ」
まだ何かあるのだろうか、
私はついつい緩んでしまいそうになる顔に気をつけながら、部長の顔を見る。
「涎垂らして人の名前を何度も呼ぶな、気色悪い」
その言葉に、自分の口元へと手を伸ばす。
指に感じるのは、確かに自分の涎。
不意にその感触に、先程の夢を思い出す。
重なり合った唇。
絡み合う舌。
お互いの唇を繋ぐ唾液。
そこまで鮮明に思い出して、かあっと頬が熱くなる。
きっと私の顔は真っ赤に違いない、そんな私を部長は訝しげな瞳で見つめる。
そんな部長から顔を逸らして。
さっきまでの事が夢で残念とか、
自分がこんなに恥ずかしい気持ちなのに、部長が澄ました顔でいるのが悔しいとか。
色々な気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃになって。
「……部長の馬鹿」
夏の夜の縁側で小さく呟いた私の声は、部長に届く事無く消えていった――
END