会社から自宅に戻ると、玄関先に立つ女がいた。  
見覚えのある後姿。  
「……雨宮?」  
「ぶ、部長! おかえりなさい」  
振り返り、困ったような顔で叫ぶ。  
「おかえりなさいじゃないだろ。何してるんだ、もうここは君の家じゃない」  
「そ、そうなんですけど……あの…」  
口を噤み、うつむいて何やら言いにくそうにしている。ここで長話をするわけにもいかない。  
鍵を開け、玄関に入れる。  
「手嶋とうまくいかないのか」  
「……」  
図星なのか、蛍の頭はさらにうなだれてしまう。  
高野は、せり上がってくる感情を喉元で留め、浅くため息を吐いた。  
「だったら、戻って来なさい」  
できるだけ声色が変わらないように、さらりと口に出す。  
「……部長、今なんて言いました?」  
「だから、戻って来なさい、と言ったんだが」  
蛍は、一瞬ほうけたような表情をした後、はっとして疑いの色を目にうかべた。  
「……オチはどこですか?」  
「は?」  
「なんかこう、持ち上げといて落とす、いつものパターンなんでしょ!?  
わ、私は騙されませんよ…! 延滞料はちゃんと払ったし! 部長に借りはもう……」  
完全に疑心暗鬼モードに入ってしまっている。これは自分の責任でもあると  
高野は自覚していたので、すぐに目の前の手をとってやった。  
「え」  
そしてうろたえる唇に、キスをした。  
 
「……」  
「き、キスは……」  
「惚れた女にしかしない」  
少なくとも私は、と付け加える。  
もう、疑うことも忘れただ目を白黒させる目の前の女。頬はこの上なく赤い。面白い。  
「ぶ、ぶちょぉぉ」  
「なんだ」  
「私、ダメだったんです、マコト君と一緒に暮らすの、楽しまなきゃ、楽しまなきゃ、って  
思って息苦しくて、料理とかも頑張ったんですけどなんかうまくいかなくて」  
「……君が料理を…」  
「だってよく思われたかったんです、女らしいとこ見せたくて、でもダメで、  
なんか、疲れちゃって。ジャージでごろごろしててもなんか違って、  
部長と暮らしてたときはすごくラクで楽しかったのに。  
そう思ったらすごく部長に逢いたくなって、顔が見たくなってしょうがなくて」  
「…」  
「こ、これって恋ですか?」  
混乱した頭の中をそのまま素直に言葉にする蛍に、高野は今度は深くため息をついた。  
「……私にそれを否定しろと言うのか?」  
掴んだままだった手首をはなし、優しく抱きしめると、おずおずと背中に腕がまわされる。  
抱きしめたのは2回目だが、抱き合うのは初めてだった。  
一回りも年が離れた子どもみたいな女。保護者のような感覚だった。ずっと。  
この感情はただの親心に似たものだと思っていた。  
今はただの女にしか思えない。  
キスをして、抱きしめて、自分のものにしたい。  
「雨宮」  
「は、い」  
「戻ってきなさい」  
「……はい」  
涙がかった返事だった。  
「部長、たぶん、……好きです」  
「多分ってなんだ」  
 
 

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