グレゴリー・ロウランドは今日も不機嫌そうに眉間に  
しわを寄せながら私室の片付けをしていた。  
 
久方ぶりに屋敷に戻ってみれば、部屋の中の物の位置が微妙に変わっており、  
棚にしまってある本の位置も変わっていた。  
確認してみればいくつか足りない本もある。  
どうやら誰かが留守の間に勝手に人の部屋に入り、本を持って行ったか何か  
したらしいようだった。  
 
そういった事をしそうなのは……。  
グレゴリーは怒りをかみ締めながら、兄弟たちの顔を一人ひとり思い浮かべて考えた。  
次兄ウィリアムは元々自分の蔵書に興味はない。  
アイザックはあれで律義な弟だ。物を借りた時は自分に声くらいかけるだろう。  
そしてその他の弟たちは基本的に自分の私室には近づかない。  
つまりは……  
「アルバートか」  
そう呟くとグレゴリーは眉間のしわをますます深くした。  
 
(大体アルバートは自分であれだけ大きな本棚をもっているくせに、  
何故わざわざ私の部屋から持っていく必要があるのだ。)  
 
父の後、爵位を継いでもう何年も経つというのに、今だにどこか軽薄な所が  
見られる長兄を、グレゴリーは心の中で悪し様に罵った。  
そしてばさばさと音を立てながら机上の書類を整えていたためか、何度かの小さな  
ノックの後、扉が開いて誰かが部屋の中に入ってきた事にグレゴリーは気がつかなかった。  
 
「あ、あの……。グレゴリーおにいさん」  
背後から控え目にかけられたその声で、ようやくグレゴリーは来訪者に気がついた。  
振り向いたその先には小柄な少女が所在なげに立っている。  
彼女はグレゴリーの庶妹、フィオナ・ロザリンドであった。  
フィオナは前に組んだ手をもじもじとさせながらグレゴリーをちら、と見て言った。  
「ノック……したのだけれどお返事がなかったので……わたし」  
 
(ああ……そういえば弟だけではなかったな)  
ぼんやりとそう思っていたせいか「何だ」と返したその言葉は普段よりも低く不機嫌に聞こえた。  
その響きに、彼の妹はびくりと身を震わせると傍目にもわかるほどにおどおどし始めた。  
普段から気弱な言動の目立つ娘だ。  
正式に自分たち兄弟の妹として迎えた後、多少は改善されたもののやはり性根の部分では変わらないらしい。  
「……用件は?」  
グレゴリーは苛々とする心を静めながら言った。  
ロウランドに迎えられた以上、それに相応しい振る舞いが必要だとグレゴリーは強く感じていた。  
その思いが彼のただでさえ厳しく見える目つきを剣呑なものにさせていた。  
 
「あ、あ、あの…。アルバートおにいさんが、グレゴリーおにいさんにこれを…」  
かすかに涙ぐみながらフィオナは手にしたものをグレゴリーへと手渡した。  
それは艶やかな黒い革で装丁された分厚い本だった。  
(これは……)  
「アルバートおにいさんが、わたしに返して来て欲しいって」  
黙って受け取ってみればやはりそれはグレゴリーが「無い」と思い探していた本だった。  
先月ロンドンに行った際に購ってきた、新たな司法論の本だ。  
フィオナはグレゴリーの様子に何かを感じたのか、すぐさま慌てた様子で  
何やら書きつけのようなものと小さな袋を取り出してグレゴリーへと渡してきた。  
「これも、おにいさんが……」  
 
渡された書きつけには長兄の筆跡でこう書かれていた。  
 
『 親愛なるグレゴリーへ  
偉大なお兄様からの忠告だがもう少し堅くない本も増やしなさい。  
暇つぶしにと借りてみたらうっかり眠ってしまったよ。 』  
 
そして書きつけには小さな袋に関しても言及がしてあった。  
 
『 アイザックがこの間、下町で面白いものを買ってきた。お前にも一つやる。  
 気になる女性にでもあげれば否応なく仲良くなれる魔法の菓子だそうだ。  
 お前にやるのも惜しいのだが、お前の本を見る限り相変わらずの堅物のようだから…… 』  
 
他にも何か書いてあったようだが、グレゴリーはそこまで読むと  
ぐしゃっ、と勢い良くその紙を握りつぶした。  
その音と兄の剣幕に、フィオナはびくっ! と身を引くとそのまま  
固まったように縮こまってしまった。  
そんなフィオナの様子にグレゴリーは不快気に片眉をあげた。  
 
彼は、フィオナの事が正直苦手であった。  
おどおどした態度が苛々する、という事を差し引いてもこの年代の少女の相手をする  
という事に、グレゴリーは慣れていないのだった。  
アルバートやライナスはよくもまぁ彼女と楽しそうに振る舞えるものだと思った。  
だが、それでも目の前で年少の少女が自分の言動にうろたえ、涙ぐむのを見れば  
何やら自分が悪者になったようで気分はけして良くは無い。  
そして今もまた、無視をするというのも大人気ないような気がして、珍しく  
グレゴリーはフィオナへと話しかけた。  
 
「これは菓子だそうだが、私はいらん。……お前にやろう。いらなければ捨てろ」  
吐き捨てるような口調だったが、それでもフィオナはグレゴリーが自分に  
話しかけてくれたという事実と、目の前の綺麗な袋に入ったお菓子に、  
ぱぁっと花が咲いたような笑みを見せた。  
 
(…………)  
今に至るまでフィオナがグレゴリーに対してそのような笑みを見せたことはなかった。  
年若い娘の邪気のない笑顔は無条件で輝かしいものだ。  
グレゴリーでさえも少したじろいだような表情を見せた。  
そしてフィオナは袋から菓子を取り出すとそのままパクリと口に入れた。  
(またこの娘は……)  
貴族の子女が人前で、しかも異性の前でぱくぱく物を食べるなど言語道断だ。  
だが、あえて冷たく注意する気もおきずグレゴリーとフィオナの二人は珍しく  
静かな時間を過ごしていた。  
 
フィオナは結局袋の中に入っていた菓子を全て食べてしまった。  
特に全部食べなくても良かったのだろうが、フィオナはグレゴリーとの  
好意的な雰囲気をずっと守っていたくて、彼の顔をちらちらと眺めながら菓子を食べていた。  
その菓子は、何となく不思議な味がしたが都会の菓子はこんなものなのかと  
フィオナはぼんやり考えていた。  
だが菓子を食べ終わった途端、突然胸がどくんと大きく鼓動を打ち、フィオナは思わずよろめいた。  
「う……」  
そしてうめくような声をあげるとフィオナはその場にしゃがみこんでしまった。  
その様子にさすがのグレゴリーも慌ててフィオナの傍に寄って尋ねた。  
「おい、どうした」  
グレゴリーの問いにフィオナは弱々しく顔をあげると、ささやくような声で答えた。  
「わから、ない……。なんだか胸が急に苦しくなって……わたし、どうしたのかしら……」  
そのフィオナの顔は、ずいぶんと紅潮しており、目もまた熱病の時のように潤んでいた。  
「どう考えてもアルバートの菓子が原因だろう。……少しの間待て。スタンリーを呼ばせる」  
医術を嗜む異母弟を呼び寄せようとグレゴリーは立ち上がろうとした。  
だが、ふいにフィオナに裾を掴まれて彼は、怪訝そうに彼女の顔を見た。  
「や……おにいさん、行かないで……。なんだかわたし……、変なの…」  
フィオナはそう訴えながら何度もみじろぎをした。彼女がしきりに気にしているのは……。  
足と足の間、身じろぎをする度に太腿の間にスカートが挟まれていく、その奥のようであった。  
段々と浅く、早くなっていく呼吸。乱れた髪。紅い頬。そして体の変化。  
(…………!)  
遅まきながらグレゴリーはアルバートが渡した菓子の効用を理解した。  
そのような菓子を自分に渡すというのは、彼の好みそうな冗談だ。  
どうやら、あの菓子には怪しげなものがふんだんに使われていたらしい。  
それは耐性もなく、まだ成熟しきっていないフィオナにとっては刺激が強すぎたようであった  
 
うろたえながらも、グレゴリーはここに新たに人を呼ぶ事は、フィオナにいらぬ恥をかかせ  
事態を泥沼にさせるだけだと判断した。  
そしてしばらくの間大真面目に考え、とある結論に達した。  
「その……何だ。こういったものは放置すればするほど辛いものらしい」  
そう言うなりグレゴリーは無言で私室の扉をきっちりと閉め、鍵をかけた。  
そして、立ち上がることのできないフィオナを抱きかかえると私室の奥に進み、  
寝台へとそっと横たえた。  
 
「わたしが楽にしてやる」  
 

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