昼過ぎに出かけた一砂は、小一時間ほどで戻ってきた。両手にかなり大きな段ボール箱を抱えて。ただ、かさばる割に重くはなさそうな。
「ちょっと一砂、何その大荷物?」
「借りてきた。」
居間に運び込むと、仮止めのテープを剥がして中に入っている物を千砂に披露する。
「どう、これ。友達が写真部で、と言っても幽霊部員だけど。女の子の写真撮る時に使う事があるんで備品で揃えてるんだって。休みの間は使う予定がないって言うんで、頼んで借りてきた。」
「で、これをどうするの? あなたが着るの?」
「…勘弁してください。千砂に着てみて欲しいなって。カメラも、一緒に借りてきた。」
一砂の手には、ポラロイドカメラがあった。
「…これを、着るの? 私が?」
柔らかな手触りの、真っ白いウェディングドレス。千砂はそれを手にして戸惑っていた。自分がそんなものを着る事など、想像もした事がなかったから。
誰かを人生の伴侶に選ぶなどあるはずもなく、そんな歳まで生きていられるとも思っていなかった。そう言えば、水無瀬ならそれを望んだかも知れない。
けれど千砂にそのつもりはなかった。そして、今一番大事な存在である一砂との関係は、人様に披露できるものではない。千砂はおずおずと一砂に尋ねる。
「あなたは、これを私に着て欲しいの?」
「いやでなければ。きっと、似合うよ。これを着た千砂を、写真に撮っておきたいんだ。」
「仕方ないわね、一砂がそう言うなら。」
千砂はしぶしぶと言った風情で承諾する。内心、どきどきしながら。ウェディングドレスと言う記号が示すもの。今も二人で暮らし、二人で愛し合っている。
けれど、その関係性を明示する証。不意打ちのように一砂がそれをもたらしてくれた事が嬉しかった。
自室で着替えて、千砂は居間に入ってきた。ドレスと一緒に入っていた、肘までの長いレースの手袋と顔の出るベールも身に着けて。
少しばかり時間がかかったのは、珍しく唇に紅をさしていたせいもあるだろう。白いドレスの中に赤い唇が一点。
「一砂、おかしくないかしら。これちょっと、肌が出過ぎな気もするけど。」
そのドレスは肩が剥き出しで、胸の膨らみもかなり露出していた。一砂は呆けたような顔で見ほれている。
「…一砂、聞いてる?」
「あ、ごめん。見とれてた。千砂、すごく綺麗だ。」
「そんなこと言っても何も出ないわよ。それにしてもこれ、歩きにくいわね。拘束服着てるみたい。」
照れ隠しのように文句を付けてみる。大きくふくらんだスカートはパニエが入っており、動きにくい。胴回りもかなり細く締めつけがある。
千砂はスリムな体形ではあるが、それでもきつそうだ。
「写真、何処で撮るの?」
「縁側に立ってみて。庭をバックにしよう。」
緑濃い庭、その光を背景に千砂の立ち姿が美しい。
「どんなポーズすればいいのかしら。」
一砂は、美術部の部室に通っていた時に目にした女性の肖像画を何枚か思い浮かべていた。頭の中で、選択肢を探す。
「取り敢えず、まっすぐこっち向いてみて。両手を降ろして、体の前で掌を重ねて。そう。で、こっちに目線向けて。」
ファインダ越しに千砂を見る。フィルムの装填は木ノ下にやってもらったから多分大丈夫。そう言えば、室内で撮るならストロボ使えって言ってたな。
教えてもらった設定を思い出して、ストロボ発光可能にする。特に女性を撮る時は光を多く、明るめに撮るのが良いって言ってたっけ。
ファインダの中で、ちょっとはにかんだ表情の千砂がうつむきがちにこちらを見つめる。シャッターボタンを半押しにして千砂の瞳にピントを合わせる。
「撮るよ。セイ、チーズ。」
カチリ。一枚目のシャッターが降りる。じーっと、印画紙が吐き出される。
「どうかな、上手く撮れたかな。」
二人が頭を寄せて一枚の写真に見入る。ゆっくりと、像が浮かび上がる。夏の光にさらされた庭木の濃い色合いを背景に。
逆光気味に千砂のまとうドレスは光に縁取られ、美しく描かれる。
「やだ、何だか自分じゃないみたい。」
「いや、モデルが良いとカメラマンの腕がどうでも奇麗に撮れるね。」
「何言ってるのよ、もう。」
「フィルム、全部で10枚あるから。もうちょっと撮るよ。」
千砂を元の立ち位置に戻す。
「じゃあ今度少し斜め向いてみて。そう、で胸から上はこっちに向けて。両手を胸の下で合わせてみて。そう、指を絡めて。」
一砂がファインダを見ながら指示を出す。少し体をひねる事で、千砂の背中から腰のラインが美しく写された一枚ができ上がる。
小さな台を持ってきて、座った姿勢でもう二枚撮ったところで千砂が言う。
「ねえ、一砂も一緒に写って。出来るでしょ?」
「あ、セルフタイマーはあるはず。でもこの格好じゃあ。」
「父さんの背広が、あなたの使ってる部屋にあるはずよ。上の、小さい押し入れに畳んで箱に入れてある。暑いけど、確か夏用のがあったと思うわ。
ちょっと樟脳くさいかも知れないけど。ごめんなさい、私これじゃあ歩けないから自分で用意してくれる?」
千砂がすっかり乗り気になっている。
白いシャツと、白に近い生成りのスーツ。一緒に仕舞ってあったらしい細身のタイを締めて一砂は戻ってきた。
「どう見てもカジュアルな格好だけど、Tシャツよりはましかな。」
千砂はくすくす笑う。
「あなたがネクタイ締めてるところ、そう言えば始めて見たわ。」
「どうせ七五三ですよ。」
「そんなことない、格好良いわよ。」
「じゃあもう一度さっきのところに立って。」
ちゃぶ台をずらし、その上に置いた段ボールにカメラを載せて構図を考える。自分の入る場所を考えてカメラの位置を決め、セルフタイマーを作動させる。
「一砂、そこでこけちゃ駄目よ。」
「そんなお約束、しないって。」
軽口を叩いて千砂の傍らに立ち、左手を千砂の腰に回す。千砂の右手も、一砂の腰に回される。二人肩を寄せ、寄り添った姿でカメラを見つめてシャッターが降りるのを待つ。
カメラが写真を吐き出しても、二人はしばらく離れがたくそのままの姿勢でいた。
「なんか駄目だな。千砂に触れてしまうと、離したくなくなる。」
「私も。…あ、キスは駄目よ。写真全部撮ってからじゃないと口紅が崩れちゃうでしょ。」
「ああそうか、残念。お楽しみはお預けなのね。」
もう一度、先ほど使った台に千砂に座らせる。
「今度は俺が後ろに立つから、そのままでいて。」
再びセルフタイマーを動かし、一砂は千砂の後ろに回り込む。その両肩に一砂が手を置くと、千砂の両手がそっと一砂の右の掌に重ねられた。
ストロボが光り、二人の姿を印画紙に留める。千砂も撮影に慣れたのか、少し大胆になれそうな気がしてきた。
「ねえ一砂。」
「何?」
「結婚式の時って、お約束の撮影シーンがあるでしょ。」
「ああ、ちょっと恥ずかしいあれ、ね。」
「撮ってみない?」
「撮りたい?」
「…うん。」
再び、セルフタイマーをセットする。座ったままの千砂に合わせて、一砂は膝立ちで顔を寄せる。カメラから隠れないように少し顔を傾けて、二人手を取り指を絡め。
更にもう一枚のキスシーン。今度は千砂は一砂の肩に手を伸ばし、一砂は千砂の腰を抱いて。
「一砂…。」
「ん?」
「もっと、キスして。」
「口紅乱れちゃうよ。」
既に千砂の口紅は一砂の唇にも移っている。二人は更に唇を重ね、舌を絡め、唾液が混じりあう。千砂の背中に一砂の手が伸び、ドレスのファスナーを下ろした。
そのまま、ドレスを引き下ろすと千砂の豊かな乳房が露出した。二つの膨らみを、一砂の両手が包み込み、愛撫する。
「ねえ千砂。」
「なに?」
「もう一度、口紅整えてくれる? まだフィルムあるんだ。」
「…この格好で撮るの?」
「駄目、かな。」
「…誰にも見せないって、約束してくれる?」
一砂は承諾し、千砂の部屋から手鏡とルージュを持ってきた。千砂はティッシュではみ出した紅を拭きとってから、一砂の持つ手鏡を覗いて口紅を引き直した。
「千砂、すごく綺麗だ。」
「何回言えば気が済むのかしら。」
「何回言っても言い足りない。」
「馬鹿。」
千砂は背筋を伸ばして立った。一砂はわずかに乱れたその髪を整え、ベールの位置を直す。千砂の染みひとつない真っ白な肌を見つめ、剥き出しの胸にそっと口づけた。
小さな乳首を愛撫し、更に勃起させる。
「かずな、なにするのよ。」
「だって、尖ってる方が格好良いし。」
「もう、エッチ。」
再び胸の下で両手を組む姿勢を取り、千砂は正面を向いた。一砂はファインダをのぞく。千砂の上半身をきっちり収めた構図を確認し、シャッターを押した。
「千砂、そのままでお願い。」
一砂は、腰にとどまっていた白いドレスを更に下ろし、剥ぎ取った。千砂の下半身までも露になる。千砂は、困ったような顔をするものの黙って一砂のするがままに任せている。
白いガーターベルトとストッキング、そして白いショーツ。一砂は千砂と目を合わせ、ショーツに手をかけた。
「…一砂、それも取る気?」
「もう一枚だけ、フィルムあるんだ。」
「絶対、人には見せちゃ駄目よ。」
「絶対。俺も、人には見せたくない。」
千砂は諦めた。一砂は止められない。白いベール、肘までの長いレースの手袋、白いストッキング、白いガーターベルトだけを身にまとって千砂はそこに立っていた。
胸も、一砂に剃られて無毛の恥部もむき出しで。それはすさまじく美しくも扇情的な姿。千砂は恥ずかしさに脚に力が入らなかった。座り込んでしまいたい。
昼の日の光の中で、一砂の前で大事なところを全てをさらけ出している。夜の営みで見られているはずなのに、こんなシチュエーションでこんな格好でいる事が信じられないくらい恥ずかしい。
手足を隠している事が、余計に恥ずかしさを増していた。
「かずな、おねがい。はやくして。」
カメラを持ったまま千砂に見とれていた一砂は我に返った。最後の一枚、誰にも撮る事の出来ない、一砂だけの、千砂の姿。それを今印画紙に焼き付ける。
シャッターが切られると、千砂はそこにへたり込んだ。胸と腰を手で隠して。
「千砂、ほら、奇麗に撮れた。」
一砂の差し出す最後の二枚。千砂は恥ずかしくてまともに見られない。
「だめ、そんなの恥ずかしいから見せないで。」
「こんなに綺麗なのに。」
「生身の私と、どっちが良いの?」
「そりゃ、言うまでもなく。」
「言葉だけじゃイヤ。」
一砂はそっと右手を伸ばした。千砂の頬に触れ、顎をなぞり、首筋を下る。胸を隠す千砂の手に触れると、力が抜けだすようにその手は降りた。
左手で乳房を愛撫し、右手は更に下へ進む。一砂の右手が触れると、そこは既に濡れそぼっていた。
「千砂、もうこんなにして。」
「…や、だめ。こんなところではずかしい。」
「じゃ、やめる?」
「…やめちゃ、だめ。」
「千砂、すっかり感じやすくなったね。」
「あなたの、せいよ。かずなのばか。いじわる。」
「そうだよ、意地悪だよ。だからもっと虐めてあげる。」
千砂の長い黒髪からより分けるように一本を手に取ると、少し下に引いた。ピンと張った髪を千砂の胸に添わせる。つんと尖った右の乳首にあてがい、それを弾いた。
「や、あ。」
千砂の小さな悲鳴。今度は反対側から再び弾く。
「かずな、だめ、そんなことしないで。」
今刺激した乳首に吸い付き、唇と舌で更に刺激を加える。堅く尖る突起。一砂はその乳房を軽く持ち上げると、尖った乳首に千砂の髪を2回、くるくると巻き付けた。
そのまま結わえる。手を放すと、自重で下がった乳房の先端に千砂の髪が食い込む。
「だめ、やだ、やめて、かずなぁあ。」
「ほら、こっちもしてあげる。」
一砂は容赦なく反対側の乳首も千砂自身の髪で縛った。千砂が身をよじる度、食い込んで刺激する。
「こんなのだめ、おねがい、かずな、ほどいて、ねえ、かずなぁ。」
「後でね。」
一砂はそっけない。衣服を脱ぎ捨てると、座り込んだ千砂の前に立った。千砂を促す。
「ん…。」
赤い口紅を塗った千砂の唇が、一砂の怒張した逸物に触れる。赤い唇、赤い舌が日の光の下で一砂を愛撫する。千砂は大きく息を吸い込むと、思い切り良く一砂のペニスを口に収めた。
苦しげな呼吸をしながら懸命に頬張る。千砂の口腔が一砂を圧迫し、まとわりつく舌が柔らかく刺激する。そしてくわえ込む真っ赤な紅に彩られた唇。
千砂がここまで口でしてくれるのは初めてだった。一砂は手を伸ばし、ピンと張った先に釣られた千砂の乳首に触れる。口を塞がれた千砂は、鼻腔を開いて息を漏らす。
一砂の手の動きに合わせるように、千砂の口は強く一砂を刺激する。
「千砂、もう、駄目だ我慢出来ない…。」
一砂は千砂の頭を押さえた。わずかに呻いて千砂の口にほとばしらせる。千砂は口いっぱい、奥まで含んだ一砂の先端から放たれるそれを感じた。
そのまま千砂の喉が動き、最後の一滴まで飲み込む。
「んふぅ。」
口から出したそれはわずかに力を失っている。それでも、千砂が両手で支えて更に舌を絡みつかせると復活は早い。
「かずな、おねがい。わたしもう…。」
一砂は千砂をそっと押し倒す。
「自分で、膝かかえてごらん。」
「やだ、はずかしい…。」
それでも千砂は素直に従う。白いレースの手袋に包まれた千砂の両手が、白いストッキングの両足をかかえる。千砂の蜜壺が口を開き、光る雫がこぼれる。
手早く避妊具を付けた一砂はそこにあてがい、静かに沈める。
「ほら、今度は下のお口に食べられちゃった。美味しい?」
千砂は言葉を発する事が出来ず、あえぎ声で答える。一砂がゆっくり腰を動かすと、その都度千砂の体が揺れる。
その動きにつれて二つの乳房がゆすられると、己の髪に縛られた乳首が締めつけられて、千砂は痛いのか気持ち良いのか分からなくなっていた。
千砂の中に奥深く侵入した一砂と、その動きに揺すぶられて締めつけられる乳房の先端。千砂は喘ぎ、悶え、一砂と一つに融け合っていった。
「一砂、あなたどんどん意地悪になって行くのね。」
「だって千砂が可愛いから。いっぱい虐めたくなる。」
「可愛いから虐めるって、小学生じゃないんだからやめてよ。」
「俺に虐められるのはイヤ?」
「…そんなこと訊かないで。イヤじゃない、イヤじゃないけど恥ずかしいのよ。」
「でも千砂、恥ずかしいと気持ち良くなるんだよね。」
「一砂の馬鹿。」
千砂が一砂の胸に爪を立てようとして、手袋をしたままなのに気付く。手袋を外しかけて思い直し、一砂の首筋に歯を立てた。
血が出るほど強くはなく、歯形が付くほどにはきつく。しばらくそのままの姿勢でいたが、やがて千砂はゆっくりと一砂の首から口を放し、くっきりとついた自分の歯形を舐めた。
「千砂、そのまま噛みついてくれていいのに。俺の血を、飲んでくれていいのに。」
「それは、だめ。それだけは。前にも言ったでしょ。あなたは父さんにの身代りはなんかじゃない。私はあなたを、あなたとして愛したいの。」
「だったら余計に。父さんへのこだわりを捨てればいい。千砂が生きるために。俺のために千砂が生きるために、俺の血を飲んで欲しいんだ。」
「やめましょ、この話は。お腹が空いたでしょ、そろそろ夕飯の支度をするわ。ここ、片付けお願い。」
千砂は一砂から体を放すと、手袋を外して一砂に押し付けた。いつもの部屋着を着るため、自室に戻って行く。
一砂は冷たさを感じた。それは、暮れかけた日差し、夕方の涼しい風のせいだけではないような気がした。
- しゅうりょ -