全てを彼が思い出した時……私は彼女に勝てるだろうか
「高城くん」「八重樫」、以前はそう呼び合っていた。
江田の籍に入って、江田くんって何だか呼びにくいねと言う八重樫に、
じゃあ名前で呼んでよと一砂が言った。
それがきっかけで二人とも名前で呼びあうようになり。
そのことが二人の親密さを増す結果にもなった。
一砂と葉は、軽いキスまでは経験していた。
人気のない公園や親の気配の遠ざかった一砂の部屋で。
そして次の週末、言葉にはしていないけれど二人とも期待と予感をしていた。
誰もいない、二人だけの時間と空間で。
もう一歩先へ進む。
前日の夜、一砂は微妙な気分に陥っていた。
明日、この部屋に葉がいる。
自分と二人きりで。
さてどうやってどういう状態に持ち込めばいいのか。
その時を想像すると、頭に血が上って血が上って心臓がバクバクしだすのが分かる。
妄想の中で、事前のステップを全部省略して何も身にまとっていない葉を抱きしめてみる。
(八重樫の匂い…… 微かに甘い……)
唇を重ねた時の葉の体から立ち上るそれを思い出していた。
その時、一砂の記憶に別の匂いが立ち上った。
長い髪から流れる、干し草のような懐かしい匂い。
一瞬のその匂いはしかしすぐにかき消され。
その夜一砂は妄想の中の葉を抱きしめて眠りについた。
梅雨入りしたその日、朝から雨が降っていた。
駅まで迎えに行った葉と共に一砂は玄関のドアを開ける。
「結構濡れちゃったね。」
足を踏み入れて少し濡れた薄いジャケットを脱ぐと、
ノースリーブのブラウスからむき出しの葉の二の腕。
肩から露出する白い肌にどきりとした一砂は、慌てて目をそらす。
「上がって待ってて。温かいもの持ってくるから。」
湯気の立ち上るコーヒーカップを二つ、自室に運び込む。
一砂はブラック、葉は砂糖なしでミルクをたっぷり。
カップを載せたお盆を床に置いて視線を葉に向け、改めて一砂の心臓が躍る。
(ブラウスのボタンがさっきより多く外れてないか?)
(座るとスカートからこんなに足見えるのか?)
一砂の表情に気が付くと、葉も顔を赤らめてうつむいてしまう。
「ごめん、変だよね。」
「あ、いや、変じゃない、全然変じゃない。
て言うか、ちょっと嬉しいかも。」
「ホントに? あたしはこんな格好似合わないって言ったんだけど、
エミちゃんに色々言われてつい…。」
道理で、普段はおしゃれに気を使わない葉が妙にフェミニンな格好をしている訳だ。
しかしその意外性が効果的に一砂を刺激している。
改めて正面にどっかりと座り込み、断言する。
「大丈夫、可愛い、すごく。」
「ホントに?」
「ホントに。もう食べちゃいたいくらい。」
「えと、いきなり食べられるんですかあたし? コーヒー冷めるよ?」
結局CDを聴きながらコーヒーを飲み、他愛の無い話に興じることになる。
並んでベッドにもたれ、一砂の左手は葉の肩に回されて。
CDの演奏が終わる頃、くだらない馬鹿話が途切れて沈黙が流れた。
静かな雨音だけが外から忍び込む。
葉の視線が一砂を見上げる。
左手で肩を抱いたまま右手をあごの下に入れ、少し持ち上げる。
無言のまま葉が目を閉じ、一砂のくちづけを受け入れる。
ここまでは二人とも経験済のコース。
これからどうすればいいのか、一砂は昨晩散々悩んで結局結論を得ていない。
そのはずなのに、一砂の体は既に分かっているかのように動いた。
一砂の舌が、葉の唇を味わうようになぞる。
僅かに開いた唇の間に割り込み、舌先が葉の歯の付け根を舐める。
一度撤退し、もう一度口唇に侵入した一砂の先兵は歯を割って差し込まれ、葉の舌を求めてうごめく。
葉は吸い出されたように舌を突き出し、二人の粘膜が絡み合う。
それだけで葉はもう何も考えられなくなっていた。
それで良い、と思っていた。
一砂に全部任せてしまう。
一砂のしたいように。
一砂がきっと、あの人にしたのと同じように。
葉は、一砂の知らない覚悟を決めていた。
ブラウスの上から、一砂の右手が葉の胸を柔らかく揉み上げる。
左手は肩を抱いたまま、唇は移動して耳たぶを甘く噛む。
葉は目を閉じたまま静かにあえぎ声を漏らしている。
一砂の右手がいつの間にかブラウスのボタンを外し、中にもぐり込んでいた。
今度は掌ではなく、下着の上から指先で敏感な先端をまさぐる。
探し当てた小さな乳首を、強過ぎない力で人差指と中指が挟みこむ。
くうん、と子犬の鳴くような声が葉の口から漏れた。
堅くなった乳首を今度は下着の下に差し入れた中指でこねる。
柔らかな乳房が一砂の手で潰されて、乳首だけが尖る。
左手が葉の背中に回り込み、ホックをつまんで外す。
ブラジャーの外し方を何故知っているのか、一砂には分からない。
ブラウスのボタンを更に外し、下着のストラップごと肩から外して胸をはだけた。
「綺麗だ。」
「やだ、恥ずかしいからあんまり見ちゃだめ。」
「ちょっとなら見ていいの?」
「一砂くん、えっち。」
うるんだ瞳で、うつむきがちに一砂をにらんでいた。
すねたような口元。
(唇は少し厚い。)
「えっちだよ。」
言いながら再び唇を重ね、両手で2つの乳房を包み込むように柔らかく愛撫する。
(少し、小さい。)
舌先で軽く触れながら、首筋をついばむ。
(張りのある肌、触れると強く押し返す。)
右手が胸を離れ、葉の脚を割って太ももに触れる。
(少し、肉付きがいい。)
スカートをずり上げて脚の付け根まで露出させ、下着の上から掌で恥丘を撫でる。
(声、押し殺すんだ。)
指先が伸びて、そこにあるはずの敏感な突起を刺激する。
(脚、開いてくれるから、触ってあげやすい。)
行為に没入しながら、一砂は違和感を感じていた。
知らないはずなのに知っている。
知っているのに違う。
胸元をはだけ、短いスカートがまくれ上がっている。
小さなフリルの付いた薄いブルーの下着は上下でお揃い。
多分、一砂のために選んだ。
一砂は違和感を振り払い、葉を愛する行為に自分をのめり込ませていった。
「ここ、どうしたのこの染み?」
ショーツの上からそこを撫でる。
「知らない。」
葉は両の掌で顔を覆う。
けれど足は閉じず、一砂のなすがままにゆだねている。
「ほら、いっぱい溢れてきたよ。」
ベッドの上でブラウスもスカートも脱がされて、ショーツ一枚の姿で葉は一砂に翻弄されている。
「やだもう、恥ずかしいから言わないで。」
「恥ずかしいとこんなになっちゃうの、葉はいやらしい子だね。」
「ばかぁ。」
「こんないやらしい子にはお仕置きだな。」
「やだ、だめ。」
下着の中に一砂の右手がもぐり込み、迷う事なく葉の割れ目をまさぐる。
我慢し切れずに脚を閉じようとするが、一砂の膝が割り込んでいて果たせない。
思わずのけ反って悲鳴のような声があふれたのは、
一砂の指があふれる雫をまといつかせて敏感な突起に触れたせい。
優しくこねまわすように、少し勃起したクリトリスを愛撫する。
「だめ、お願い、おかしくなっちゃう。」
「いいよ、いっぱいおかしくなって。いっぱい気持ちよくしてあげる。」
「いやぁ、ホントにだめ、だめ、ああぁ。」
葉は泣いていた。
あの人にもこんな風に触れたのか。
あの人もこんな風に愛されたのか。
ぬるり、と一砂の指が入ってきた。
初めて迎える異物。
葉のカラダが緊張で固くなる。
「大丈夫だから、力抜いて。」
気遣いに満ちた一砂の声。
「初めてなんだから、そんなの無理だよぉ。」
一砂の胸にすがりつきながら、泣くような声を押し付ける。
覚悟を決めたはずなのに、やっぱり怖い。
怖いけれど、今更止められない。
「いいから、して。もっといっぱい、好きなだけ。」
するり、と最後の一枚がはぎ取られた。
一砂自身は既に全裸で、股間の逸物がそそり立っている。
いきなり来るかと思ったが、一砂はまだ落ち着いていた。
「下のお口にも、キスしてあげるね。」
「ちょっと、待って、だめ、そこは。」
何も聞こえない風に、一砂の顔が葉の股間に埋もれる。
葉の全身の感覚が彼女の女性自身に集中した。
一砂の舌が割れ目をまさぐり、広げられた中にもぐり込み、なめ上げてクリトリスをこねる。
指で左右に引くと包皮が剥かれ、小さなピンク色の突起が顔を出す。
尖らせた舌先でつつき、むき出しのそれを押しつぶすように刺激する。
繰り返し繰り返し、身もだえる葉の懇願を無視して一砂の愛撫は執拗だった。
快感の波に押し流され、身じろぎもできない葉の傍ら。
一砂が避妊具を付けている。
「いい? 入れるよ。」
「…うん。」
一砂が葉の肩を抱き、胸を合わせる。
葉は身動き出来ず、待ち受ける。
脚を押し広げ、一砂の腰が押し付けられる。
一砂の先端が葉のぬるみを押し広げ、ゆっくりと侵入する。
どれほど潤っていても、初めて迎える痛みは避けられず。
葉の眉間にしわが寄り、苦痛の声が漏れる。
「痛い? ごめん。」
「いいの、いいから、もっとして。」
あの人だって、この痛みを耐えたはず。
あの人だって、自分の中にこれを迎え入れたはず。
葉は一砂の背中に手を回し、その先を促す。
肉体の苦痛と、愛する人と一つになる幸福。
これで、あの人と同じになれた。
一砂は葉を抱きしめ、彼女と一つになっている事を実感していた。
一砂自身を受け止めている葉の中に、一砂がいる。
その時、一砂の脳裏に、目の前の葉に重なってフラッシュバックの様に見えた映像。
あどけなさの残るふっくらした葉。
(少し大人びてほっそりした少女。)
乱雑に切りそろえたショートカットの髪。
(枕元に寝乱れた長い碧の黒髪。)
触れれば押し返す張りのある肌。
(爪を立てると破れてしまいそうな繊細な肌。)
おおきく丸い瞳。
(少しつり目で、左目の下の2つの泣きぼくろ。)
首の付け根、右側に獣に噛まれたような傷の跡。
(左側に、同じような傷の跡。)
一砂は今、同時に二人の少女を抱いていた。
葉と、知らないはずの少女。
二人とも、一砂を愛し、一砂が愛している。
愛する葉を初めて抱いた喜び。
愛する人ともう二度と逢えない哀しみ。
喜びと哀しみの絶頂で、一砂は精を放った。
少し呼吸を調えた葉は、ベッドの端に座り込む一砂の手を伸ばした。
何か、様子がおかしい。
シーツを握りしめる一砂の手に自分の手を重ねる。
「葉、初めてだったんだろ、ごめん。」
「…ううん、大丈夫。ちょっと痛かったけど。
でも好きな人にしてもらったから。それが一番嬉しいの。」
「俺も、葉のことが好きだよ。大好きだ。でも…。」
葉の心臓が、どきり、と大きな音を立てた。
「別に好きな人がいるんだ、いやいたんだ。て言うか、よく分かんないけど。
何も思い出せないけど、別にすごく大事な人がいて…。
だからごめん。
葉のことが好きなのに、その人のことがさっきから頭の中から離れない。
どうしたんだ俺…。」
また葉を傷つけた、また泣かせてしまう。そう思った。
けれど葉は、意思を込めた強い瞳で一砂を見つめた。
「分かってる。その人のことを一砂くんは一番深いところに大事にしまってるって。
その人がいちばんで、わたしはその次でも構わない。
でもその人はもういないの。だからわたしがそばにいるの。
お願い、わたしにそばにいさせて。」
一砂の腕を抱いて、視線を外さずに葉は続けた。
「あなたがその人のことを思い出そうとするなら手伝う。
思い出したくないならそれでもいい。
その人とあなたは命をかけて互いを大事にしてた。
だから、その人が亡くなった時、あなたも一緒に逝こうとしたの。
でもあなたは生き残った。
彼女は、あなたが生きることを望んだのよ。
あなたが生きる為に、きっと彼女が自分のことを忘れさせたの。
でも、わたしがいるから。
わたしはずっとそばにいるから、あの人のことを思い出してもいいの。」
言い終えて、葉は静かに一砂に身を寄せた。
一砂は、ゆっくりと彼女を抱きしめた。
何があっても、二人でならば。
その決意をもって。
- しゅうりょ -
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