水が溢れるように全てを吐き出した千砂はいつもよりひとまわり小さく見えた。  
 
「俺が側に居る」  
繰り返しつぶやくと一砂はそっと右手を伸ばした。  
掌で包み込むように千砂の右肩を抱く。  
 
一砂が引き寄せたのか、千砂が身を寄せたのか。  
一砂の胸に千砂がもたれかかっていた。  
こぼれる涙の熱さが胸に染み通り、一砂は思わず抱きしめる腕に力を込めていた。  
 
「…痛い。」  
「ご、ごめん。」  
 
ゆるんだ腕の中から、千砂の濡れた瞳が見上げていた。  
その瞳が閉じられると、誘われるように一砂は顔を寄せる。  
再びのくちづけ。  
一砂はついばむように千砂のうえしたの唇を交互に挟み込んだ。  
柔らかい感触をじっくりと味わうように。  
目を閉じた千砂がかすかに体を震わせ、熱い吐息を漏らす。  
 
「ん…。」  
 
開いた唇の間に、一砂の舌が割り込む。  
僅かに千砂が体を固くし、しかしすぐに溶けていく。  
軟体動物のように互いの舌が絡み合い、甘い唾液の交換。  
 
一砂の右手は、千砂の肩から移動していた。  
その細い頤、繊細な首を伝い、指先が鎖骨のくぼみに触れる。  
ためらうように更に指はゆっくりと動き、千砂の寝巻きの襟をなぞっていた。  
 
惜しむように二人は顔を離す。  
二人とも唇の周りを互いの唾液で濡らし、窓から差し込む僅かな月明かりを反射していた。  
千砂の瞳はさっきまでの哀しみの涙とは違う色に光る。  
千砂が一砂の首筋に顔をうずめ、静かに息を吹きかける。  
 
ためらいがちだった一砂の右手が下がり、寝巻き越しに千砂の胸に触れた。  
うすい生地越しにもその柔らかさ、暖かさは分かる。  
愛おしむようにゆっくりと、包み込むように触れる。  
何度も何度も、やがてその先端が固く小さくなる頃、千砂の吐く息に声にならない声が混じり始めた。  
 
そのあえぎ声に促されるように、一砂のもう一方の手が千砂の体をまさぐる。  
脇から下へ細くびれたライン、腰へと流れる一砂の左手。  
そこから更に下がる途中で手はとどまり、掌から指先に換えて今度は外から内へ。  
寝巻きの裾を割り、千砂の太股に直接触れた。  
千砂の素肌。  
しっとりと、冷たく熱い。  
 
閉じられた足の合わせた線をなぞり、下から上へ。  
千砂の体から力が抜け、すっと足がずれる。  
うっすらと汗ばんだ膝から上、足の内側の透けるように薄い肌があらわになる。  
 
「かず…なぁ。」  
 
懇願するようにか細く自分を呼ぶ声に、一砂はたまらなく愛おしさを覚える。  
 
「千砂…、もっとしていい?」  
「あなたの、好きなようにして。」  
 
自分にもたれていた千砂の上体をゆっくりと寝かせた。  
僅かな瞬間でも、その体温から離れるのが惜しい。  
そう感じながら立ち上がった一砂は自分の寝巻きを脱ぎ捨てた。  
 
千砂の帯を解くと、彼女も腰を浮かせて協力する。  
はにかむように笑みを浮かべながら言う。  
 
「パジャマの方が脱がせやすかったかしら?」  
「いやまあ、脱いじゃえば一緒だし。」  
「情緒の無いのは嫌いよ。」  
「あ、いや、ごめん。」  
 
顔を見合わせて、何となくくすくす笑い出す二人。  
 
しばらくして笑いやんだ二人は、営みを再開した。  
一砂の両手が千砂の両頬を挟み、その輪郭をなぞるように下へ滑る。  
あごを伝い、首筋を伝い、襟の内へ入って寝巻きをはだけた。  
 
「綺麗だ。」  
「…馬鹿。」  
 
照れたように言う千砂の細い肩を抱き、一砂の唇が千砂の唇に重なる。  
右手があらわになった千砂の胸を愛撫し、唇はをゆっくりと味わうように千砂の首筋をなぞる。  
やがてもう一方の乳房に到達し、強く吸う。  
 
「あ、だめ。跡が付いちゃう。」  
「俺のものだって、しるし。」  
「そんなことしなくても、あなたのものよ。あなただけの。」  
 
千砂の名を呼びながら、敏感な先端を口に含んだ。  
唇に挟み、舌先で転がし、軽く甘噛みする。  
その都度千砂は身をよじり、一砂の名を呼ぶ。  
 
一砂の右手が千砂の胸を離れ、下に滑って行く。  
まといつく寝巻きを更にはだけながら。  
しとやかな千砂の肌。  
象牙の様に滑らかで、ビロウドの様に柔らかく。  
わずかに湿り気を帯びて、けれど炎のような熱さを秘めて。  
 
やがて千砂の腰を覆う僅かな布に到達した。  
一度その上を触れながら躊躇いがちに通り過ぎて、両の足の間に一砂の右手が入り込む。  
ほっそりとした千砂の太もも、その内側の肌は薄く、爪を立てると破れてしまいそうに繊細で。  
掌と指先でその柔らかな感触を一砂は味わっている。  
 
千砂は頭をのけ反らせ、喘ぎながら胸元で一砂の頭を抱いている。  
一砂が触れる脚を広げ、片膝を立てて手の動きを妨げないようにしながら。  
 
千砂の脚はその付け根に近づくほど柔らかい。  
そう思いながら一砂の手は動きを止めない。  
再び千砂の下着に触れ、今度は大胆に、けれど優しく掌をあてがう。  
下着越しでも、熱い。  
 
「千砂?」  
「な…に?」  
「こんなに、熱い。」  
「だって、一砂がそんな風にさわるから。」  
「感じやすいんだ。」  
「知らない。」  
 
ぷいと顔を背ける千砂。  
 
すねたような仕草を愛おしく思いながら、一砂は右手の指でそっと千砂の股間をなぞる。  
下着の上まで熱いしずくが溢れてきている。  
指先を前から後ろへ、もう一度後ろから前へ。  
一番敏感な突起を、布地越しに刺激する。  
ぴくり、と千砂の体が震え、顔を背けたままで堪え切れない声が漏れる。  
思いがけず強い力で千砂の脚が閉じられ、一砂の右手が挟み込まれた。  
 
そのままゆっくりと指先だけを動かし、クリトリスへの愛撫を続ける。  
 
「ああ、あ、駄目。」  
 
我慢出来ない声が溢れる。  
力の緩んだ脚から手を抜いて、下着の中に手を滑り込ませた。  
直接、触りたい。  
千砂の中に。  
恥丘を覆う繁みを越えて、その先へ。  
濡れそぼった千砂自身に一砂は触れた。  
 
熱い雫のあふれたその感覚を一砂はこれまで知らなかった。  
千砂のそこは初めて男に触れられる事を知った。  
ぬるみに指をあてがい、割れ目を広げながらなぞる。  
やがてそこを探し当て、ぬるり、と指先を沈める。  
ゆっくりと、優しく。  
 
「ん!」  
 
一砂は指の動きを止める。  
 
「痛い? 大丈夫?」  
「いいの、続けて。」  
 
千砂は右手で顔を隠すようにしながら言った。  
恥ずかしくて、一砂の顔が見られない。  
痛い、でも嬉しい。  
一砂に触れられる事が。  
もっと、触れて欲しい。  
もっと、一砂が欲しい。  
そう思う自分が恥ずかしい。  
このまま消えてしまいたいくらい恥ずかしい。  
けれど消えるのはいやだ。  
もっと、もっと一砂を感じたい。  
 
やがて千砂は、腰から下着を脱がされるのを感じた。  
寝巻きは両腕にからんだまま大きくはだけられている。  
一砂も下着を脱ぎ捨てる気配がする。  
 
両足の間に一砂の両膝が割り込んだ。  
荒い呼吸が聞こえる。  
かざしていた自分の右腕をどけると、目の前に一砂の顔があった。  
 
「千砂、俺もう、我慢できない。」  
 
千砂は、つと手を伸ばして一砂の頬に触れた。  
 
「私も、ひとつになりたい。」  
 
そのまま一砂の頭を抱き寄せる。  
一砂は両腕を千砂の脇から差し入れ、抱きしめる。  
怒張した一砂自身が、対になる千砂自身を探してまさぐる。  
(あれ、どこだよ。)  
一砂の焦りが伝わる。  
千砂ももどかしく、迎えるように腰をずらして受け入れようとする。  
 
「あ…。」  
 
それはどちらの口からか。  
ようやく見つけた入り口に、僅かな抵抗を破って入り込んだ刹那に漏れ出た声。  
耐え切れない一砂は更に深く浸入し。  
破瓜の痛みを堪えて千砂は一砂の首にしがみつく。  
 
一砂は無我夢中だった。  
自分が今千砂の中にいる。  
自分が今千砂と重なりあっている。  
 
遠く離れていた十数年、  
同じ家に暮らした短い時間。  
今二人の距離は0を越えてマイナスになった。  
肌を重ね、舌を絡め、指を絡め、二人の体液が混じりあう。  
 
やがて千砂の奥深くに解き放った一砂は、脱力して動きを止めた。  
 
まだ息が整わない一砂は千砂の傍らで仰向けに横たわっている。  
枕元、薬と水差しを置いたお盆の横にあったティッシュを抜き取り、千砂が後始末を始めた。  
何枚かを一砂に渡す。  
 
「自分で綺麗になさい。」  
「ああ、うん。」  
 
落ち着いた逸物にまとわりついた粘液を拭きとりながら、一砂はそこに赤い血が混じっているのに気が付く。  
はたと千砂を見ると、やはり手には赤い物が付着した汚物がある。  
今は何故かその色に渇きを覚えない。  
 
「…ごめん。」  
「なにを謝るの?」  
「だって、初めてだろ。痛くなかった?」  
「痛みには慣れてるわ。それに、最初だけだって言うじゃない。」  
 
自分で言ってから気が付いた千砂は、今更ながら頬を赤く染めた。  
 
「じゃあ、次からは…。」  
「ぶつわよ?」  
「手を出してから言うなよ。」  
 
千砂の右手が軽く一砂の頭をこずいていた。  
 
ほう、と息を吐いて一砂は仰向けに布団に倒れ込んだ。  
その傍らに、するりと千砂が滑り込む。  
昔からそうであったかのように、自然に二人は肌を触れ合わせる。  
一砂の左肩に千砂が顔を乗せ、半身を預ける。  
一砂の左手が千砂の背中に回り込み、肩を抱く。  
千砂の左手は一砂の胸に置かれ、その指が一筆書きを描くようにさまよう。  
 
独り言のように千砂がつぶやく。  
 
「始めてよ、こんな気持ち。  
 生きていて良かったと思えるなんて。  
 一砂に抱かれて、自分が幸せだと思えるなんて。」  
 
一砂は答えられなかった。  
自分の中にあるものが、言葉にすると空しくなりそうで。  
 
千砂の吐息が一砂の胸を刺激する。  
千砂の胸の膨らみが一砂に押し付けられる。  
千砂の両足が一砂の太ももを挟み付ける。  
 
一砂は再び勃起する自分を自覚した。  
ごくり、と喉を鳴らす。  
 
「千砂、あの、もうい…。」  
 
千砂の細い指先が、敏感な一砂の乳首に鋭く爪を立てた。  
 
「いっ…。」  
 
たいと言うより先に一砂の耳元で千砂がささやく。  
 
「かずな、でも次からはちゃんと避妊してね?」  
 
流れるように身をほどくと、掛け布団を二人にかかるよう整えて千砂はすぐに寝息を立て始めた。  
一砂の左の二の腕を枕に、その手をお守りのように抱えて。  
 
赤子のような寝顔の千砂、その体温を感じながら一砂はぽつねんと取り残された気分で考え続ける。  
(避妊って、あれ、コンドームで良いのか?)  
(どこで買えばいいんだ? 薬局? あ、コンビにでも売ってたような。)  
(どんな顔して買えばいいんだよ、誰かに見られたらどうすんだ。)  
 
最愛の人を抱きながら、じんじんと痺れる左腕、まとまらぬ考え。  
まんじりとも出来ずにその日の朝を迎える一砂であった。  
 
- しゅうりょ -  
 

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