夜の暗がりの中、白い肉体が艶めかしくうごめいていた。千砂はうつ伏せの上半身を布団に押し付け、豊かな乳房を潰されてもがいている。  
横を向いた顔は苦しげに、そして切なげに喘いでいた。両肩は後ろに反り、背中に回された両手は腰の辺りで交差している。  
その腕は手首と肘の間で縛られ、自由を奪われていた。下半身は膝を立てて腰を持ち上げ、白い尻を一砂に抱え込まれている。  
一砂は獲物を屠る肉食獣のように千砂をむさぼっていた。喰らわれる千砂は、苦悶の表情とは裏腹に蜜壺から熱い雫を滴らせ、太ももの内側は溢れたものでぬらぬらと光っていた。  
「かずな、かずなぁ、もうだめ、もうだめ、いや、ゆるして、ゆるして…。」  
一砂は指が食い込むほどに千砂の尻を抱き、腰を振っている。その都度肉を打つ音が響き、千砂の声が漏れる。  
一砂の堅いペニスに抉られる度、湿った音と共に千砂からはぬるぬるした液体があふれ出していた。  
「かず、な、いや、いやぁ、ほんとに、もう、だめ…。」  
不自由な上半身をねじり、千砂が尻を喰らわれたまま上体を横に向けて一砂を見つめる。  
「い…やぁああああ。」  
千砂の叫びが部屋の暗がりに響く。それでも憑かれたように一砂は収まらない。更に激しくその腰が動く。  
一度絶頂に達した千砂は全身の感度が高まったまま。ピークを維持し続けて言葉にならない喘ぎだけを漏らし続ける。  
「あっ、あっ、あっ、あっ…。」  
一砂が腰を振る度、ひたすら声が漏れる。そして一砂がひときわ深く奥まで突き上げて放った時、千砂も痙攣したように腰を震わせた。  
 
一砂は荒い呼吸の千砂に強引にくちづけし、舌を侵入させる。苦しげな千砂の舌を吸い、むさぼりながら抱きしめた。  
しばらくしてようやく解放された口から、千砂の懇願が漏れる。  
「かずな、おねがい、もうゆるして。ほどいて、これ。」  
一砂は答えない。いつか千砂の首筋に噛みついた時を思わせて、その目は理性を失ったかのように強くうつろに光る。  
千砂の両足を担ぎ上げるようにかかえ、尻を持ち上げて浮かせた。  
「あ、や、ちょっと一砂、それは、だめ!」  
一砂のペニスは一度放ってもその力強さを維持したままだった。  
たっぷりと精液を受け入れてふくらんだ避妊具を千切り捨てるように外すと、生身の刀身が千砂の菊の門にあてがわれた。  
千砂のそこは愛液が溢れこんでいるとは言え、唐突な侵入に備えているとは言い難い。むしろ緊張で堅く閉ざされていた。  
「や、あ、あ、いやあぁ!!…。」  
強引に一砂が挿入する。括約筋の締めつける入り口は堅く、しかしそれを越えると柔らかく暖かい。千砂の肉体は初めて一砂を受け入れた時より激しく抵抗した。  
意思とは無関係に全身が硬直し、一砂にかかえられた両足も頑なに強張る。その堅さを感じて一砂はようやく我を取り戻す。  
「あ、ちず、な。俺…。」  
「い、いの、かずな。いい、から、つづけて。このまま。」  
千砂は荒い呼吸の元で囁く。一砂の声を聞き、ようやく自分の緊張がほぐれて行くのを感じる。後ろを貫かれたまま自分の足をもう少し体に寄せ、一砂が動きやすいようお尻を上げてみせた。  
一砂がゆっくりと動き出すと、更に千砂の喘ぎがこぼれる。痛みではない。お腹が苦しい。けれどそれだけではない。体に力が入らず、腰が抜けてしまいそうな感覚。  
手を縛られて体の自由を奪われたまま、後ろの穴まで一砂に犯され、侵入されている。一砂に、全部あげたい。一砂の望むもの、欲しがるものを全部。  
 
呻きながら千砂の中に直接射精し、一砂はがっくりとうなだれた。それでもまず千砂の手を解放する。ゆっくりと千砂の中から抜き出すと、ごぼり、と湿った音がした。  
引き抜かれた逸物と共に、千砂のお尻の穴からいくらか白い精液が漏れこぼれる。一砂はそのまま千砂の傍らに体を横たえた。  
 
「ひどい人。かよわい女を縛り上げて、こんなに嬲り者にするなんて。」  
まだ息が整わない千砂は、仰向けのまま自分の両手を見つめている。さっきまで縛られていた両手には、その跡がくっきりと残っていた。千砂は仰向けになっている一砂に体を預け、その胸に頭を乗せる。  
「自由を奪って、いたぶって、慰み物にして、玩具にして、こんなに辱めて。それが楽しいの、あなたは。」  
言葉ほど口調に刺はなく、むしろ甘えるように。千砂は一砂の胸に爪を立てた。そのままゆっくりと滑らせ、赤い爪痕の直線を引く。  
「吸血鬼というよりケダモノね。私はあなたに疵物にされてしまったわ。どう責任を取ってくれるのかしら。」  
千砂は、一砂の胸をキャンバスに見立てるかのように、更に交差する爪痕を刻む。  
「痛い痛い、ちょっと待って。言い出したのは千砂だよ。」  
「だって一砂、色んなことをしたがるから。こんな事もしたいのかなと思って言ってみたけど。だけどあんなに乱暴にするなんて。おまけにお尻にまで入れるなんてひどい。そう思わないの?」  
確かに、一砂は普段以上に興奮してしまった。後ろを向いた千砂が背中に回した両手。千砂が用意した手ぬぐいでそれを縛る時、既に頭に血が上っていた。  
普段の一砂ならもう少し気を使えるであろうに、千砂に言われるまできつく縛り過ぎている事にすら気が付かなかった。慌てて縛り直したものの、そのまま押し倒して桃のような千砂の尻にむしゃぶりつき、愛撫もそこそこに貫いた。  
もっとも、千砂も一砂に縛られながら反応してしまい、触れられるまでもなく潤んだぬかるみは容易に一砂を受け入れたのではあるが。  
 
一砂は千砂の手をとって縛られた跡をさする。  
「ごめん、乱暴にして。痛かった?」  
「嘘よ、平気。」  
千砂は一砂に自分の体を押し付けて続けた。  
「いいの、私は。全部をあなたのものして欲しいの。だから、一砂のしたいようにして。私が駄目だって言っても、どんなにいやがっても。  
あなたの好きなように、思うままを私にして。そうすれば、私はあなたのものになれるから。」  
「千砂…。」  
一砂は、千砂の重みを抱きしめた。けれど、二人とも分かっていた。千砂が受け入れない唯一の事がある限り、それは果たされない。  
千砂は一砂の発作を押さえるために血を与える事をいとわない。けれど、千砂は一砂の血を飲む事を拒み、自らの肉体をむしばむ薬を飲み続けている。  
「千砂、じゃあ俺がもし千砂に俺の血を飲ませようとしたら、どうする。」  
「それは…一砂、それだけはやめて。」  
 
しばし、沈黙の帳が下りた。二人とも、互いを何より大事にするがゆえに生じるすれ違い。言葉では埋める事の出来ない深い溝。  
「…千砂、俺がたまたま発病して、昔の記憶を辿ってこの家に来たから今俺達はこうしてるけど。そうじゃなかったらどうなってたのかな。」  
「なに、どうしたの急に。何が言いたいの?」  
「俺が父さんに似てるから傍にいて欲しい、前にそう言ったよね。でも結局、千砂は俺を父さんの身代りにすらしていない。俺の血を飲まないってことはそういう事だよね。」  
「それは…。」  
「じゃあ千砂、本当は俺でなくても良かったんじゃないの。父さんのいない寂しさを埋めてくれるなら。  
父さんのように千砂を置いてきぼりにせず、ただ千砂だけを求めてくれるなら。そうだね、水無瀬さんなんて丁度良いんじゃない。ずっと千砂のナイト役だったんでしょ。」  
「一砂、何てことを言うの。」  
一砂は横を向いて目を背けたまま話し続ける。千砂は、一砂の言葉に動揺し、その顔を見られなかった。それ故、一砂の硬い表情に気付く事も出来ず。  
「それに、俺としていると千砂はどんどん敏感になって反応が良くなって行くけど、それにしても俺なんかより水無瀬さんの方が経験豊富だろうし、もっと気持ち良くしてくれるんじゃないの。千砂をもっといっぱい満足させてくれるかもね。」  
千砂は激しくうろたえた。一砂は、目を合わせないまま振り絞るような声で続けた。その言葉は鋭利な諸刃の剣。  
「俺にしてもそうだけどね。千砂を姉だなんて思ってない。初めて会った時から綺麗だと思った。そんな人に誘われたから一緒に暮らしてる。  
発作を起こしたら血をくれるのもあるけど。でも俺の周りの人たちなら、病気の事を話したらそうしてくれたかも知れないんだし。千砂でなくても良かったのかも知れない。」  
一砂が、そんな風に思っていたのか。哀しみと、裏切られた思い。そうだ、一砂の周囲には優しい人たちがいた。自分でなくとも、暖かく支えてくれたであろう人たちが。  
自分が一砂を彼らから引き剥がしたのだ。けれど、それを分かった上で、一砂は自分との生活を選んでくれたのではなかったのか。千砂の瞳から涙がこぼれた。  
 
「一砂、あなたはそんなこと…。」  
激情が千砂を襲う。発作的に、千砂の手は一砂に掴みかかっていた。一砂にかかった爪が突き立てられるようにその胸を引き毟る。  
千砂の爪が一砂の皮膚を抉り、既に付けていた爪痕に深く食い込んだ。一砂は、皮膚を破り筋肉に食い込む爪の痛みに耐えて身じろぎもしなかった。その傷口から、血が玉となってあふれても。  
 
あふれ出す、赤い血。その色を見て千砂は我に返った。私は、なんてことを。  
「一砂、すぐ手当てするから待ってて。」  
一砂は、身を翻そうとする千砂の手を取って押さえた。  
「待って千砂。良いから。」  
「何が良いの、駄目よそんな。」  
「千砂、ごめん。さっき言ったことは全部嘘だ。千砂を怒らせたくて、全部嘘ついた。」  
千砂の手を握り、ようやく千砂と目を合わせて一砂は続ける。  
「前に言ったよね、俺は千砂を傷つけてでもその血が欲しかったって。そうして千砂の血を飲んだ。千砂が大事で、大切にしたくて、傷つけたくなんて無いのに。  
さっき千砂を抱いたときもそうだ。俺は千砂が全部欲しい。千砂の何もかもが。でもそれで千砂を傷つけてしまう自分がイヤだ。だからいっそ、千砂に俺を傷つけて欲しくて。  
それで、嘘ついて、千砂の気持ちを傷つけてでも俺を傷つけて欲しかったんだ。ごめん、こんなのおかしいよね。自分でも分からなくなる。  
一番大事な人なのに、こんなに大切なのに、傷つけてしまうなんて。でもそれでも、千砂の手で俺を罰して欲しかった。この傷が、その証だ。」  
「一砂、あなたを傷つけるなんて、私だっていや。そんなことしたくないのに、させないで。」  
「ごめん千砂。でも千砂、前に言ってくれたよね。俺を癒せるのは千砂だけだって。」  
「それは…そうよ。」  
「この傷は千砂がくれたもの。だから余計に、千砂にしか癒せない。千砂がこの血を飲んでくれる事でしか。お願いだ、千砂。」  
 
千砂は動けなかった。一砂の血を飲む事は一砂を父親と同じにしてしまう事。ずっとそう思ってきた。千砂が発作を起こす度、父は自分で自分の腕に傷を付けて血を飲ませてくれた。一砂にはそんなことをして欲しくなかった。  
けれどこの傷は、これは違う。一砂に導かれたとは言え、千砂が千砂の手で一砂に傷を付けた。千砂が呼んだ血。刃物傷でなく、鈍い爪で付けられた切り口は汚く、塞がりにくい。一度付けた爪痕を更に抉った傷口は意外に深く、放っておけば血は止まりそうになかった。  
「千砂が飲んでくれないなら、手当てはしない。このまま血が止まらなくても構わない。千砂がくれたこの傷は、治さない。」  
「かずなの、ばか。」  
諦めた千砂は目を閉じて、一砂の傷に口づけた。舌先でそっと触れ、傷の痛みを刺激しないようその血を舐め取った。暖かく、甘く、優しい味がする。父のそれとは違う。  
ああそうか。その時千砂は理解した。自分は、本当はずっとこうしたかったのだ。父の事を忘れて良かったんだ。一砂の血を飲む事は一砂を父の身代りにする事ではなかった。  
一砂を一砂として受け入れ、一砂として愛する事だったんだ。その時千砂は、彼女を縛り続けた父親の影から解放された。  
 
「私は、人生なんてくだらないと思ってた。ただ、自分で死ぬのは父さんに負けた事になるような気がして、それが悔しくてだらだらと生き長らえてきた。  
けれどいつ死んでも構わないから、発作を押さえられるならあの薬だって飲むのはいやじゃなかった。  
一砂、あなたと再会して、あなたと暮らすようになってそれが変わったの。あなたの傍にいたい、あなたに傍にいて欲しい。そう思うようになった。それでも、いずれ私はあなたをおいて逝くつもりでいたの。」  
一砂の胸の傷に手当てをしてから、揃えた両の膝に一砂の頭を乗せてその顔を見つめながら千砂は語る。  
「でもね、一砂。さっきあなたの血を飲んで分かったの。私は今までずっと、父さんの影から逃げだそうとしながら出来なかった。  
ううん、ほんとうは逃げるふりだけしていたのかも知れない。死んだ父さんに縛られていることに甘んじていたような気がする。それは独りよがりなこだわりでしかなかったのに。」  
千砂は身をかがめ、そっと一砂にくちづけした。  
「一砂、あなたの血を飲んで分かった。父さんと同じにしたくないとか、父さんの身代りだとか、そんなことはどうでも良かったの。ただ、私の傍にいてくれるあなただけを思えば良かった。  
私はあなたと共に生きたい、ずっと一緒に生きていたい。さっき初めて、ホントに死にたくないって、思った。だから一砂、必要な時にはあなたの血を頂戴。あなたが欲しい時は私の血を飲んで。  
そうすればきっと、私たちは二人で生きて行ける。ね、一砂。」  
 
一砂は、傍らで眠りについた千砂の背をそっと撫でる。また俺は千砂を傷つけた。いっぱい、いっぱい。とても大切な人なのに。自分が護ると決めたはずの人なのに。  
けれど、千砂も一砂に傷を付けてくれた。文字通り、互いに傷つけ合い、互いの傷をなめ合う二人。それでいいと思った。  
全ての世界に背を向けてでも、この先の未来がなくても。二人の進む道に選択肢が限られ、その先に断崖しかないとしても。  
 
- しゅうりょ -  
 

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