『憂鬱なる古城の夢(羊のうた外伝補章)』  
 
 八重樫葉は夢を見ていた。悲痛な想いが見せる夢を。  
 古ぼけた洋館で木の椅子に後ろ手で縛り付けられている。窓の外は夜の闇。  
薄暗い部屋を照らすのは壁に埋め込まれメッキの剥げかかった二つのランプと  
机上にある三本の蝋燭を立てた小さな燭台。  
そして年季のいった同じ赤黒い絨毯の上には千砂と一砂が立っている。  
 千砂は黒地に華の柄が入った着物を羽織って葉に背を向けていた。  
「羽織っていた」と書いたのは彼女がその裾をはだけていたからだ。  
もっとも千砂の白い体は葉からは影になって見えない。  
そして千砂の向こうに一砂が寄り添うように佇んでいるのだった。  
 解かれた幅のある金色の飾り帯が絨毯の上に無造作に投げ出されている。  
細い腰帯もまたその上に折り重なって擲たれていた。  
そして千砂と一砂の足元には薄絹のような布が落ちている。  
それは女性の腰周りを覆うのにちょうどの大きさで微かな湿りを帯びていた。  
 狭くもなく広くもない骨董品のような部屋の中には三人しかいない。  
葉は黙って視線を伏せて自分の膝頭を見つめていた。  
 葉からは直接には見えなかったが千砂と一砂が互いにその身を交えている  
ことが気配から見て取れた。  
しなやかなまでに糸を引く千砂の吐息と一砂のやや乱れた呼吸が交じり合い  
少し黴臭い静寂に浮き上がって葉の耳に聞こえてくる。  
「ちゃんと…見てなさい…どうしてあなたでは一砂を守れないのか…」  
 その声に葉はびくりとして思わず顔を上げる。見たくないものを見てしまう。  
千砂はやや横目に振り返って冷ややかな視線で葉を見ていた。綺麗な横顔だった。  
整いすぎてどこか浮世離れした印象さえ与える。  
しかし千砂は時おりその鼻筋の通った眉間に皺を寄せて目元を潤ませた。  
無意識に目を凝らせばうなじや頬が微かに紅潮していることが見て取れる。  
 そのとき葉は自分の急に鼓動が高まるのを感じた。わだかまりは嫉妬心だろうか。  
千砂が生身の女であることを実感してしまったからだ。  
人ならざるものでありながら生身の女でさえある者がその本質を曝け出している。  
「っ…」  
 千砂は微かに喘いだのは葉に聞かせるためだろうか。葉は呆然として見守っている。  
もう自分の視線を忌まわしい光景から逸らす気力さえもなかった。  
一砂との交わりは着物に阻まれて見えなかったがその濡れた目元が全てを語っている。  
解けた着物が揺れるたびに浮かび上がる千砂の体のシルエットはあまりにも妖艶で  
全ての動きが美しいまでに病的な爛れを示している。  
「ッ!…ぅ……」  
 千砂のはだけた白い肩が硬直し一砂の首に回された腕に力が籠められるのが分かる。  
そして千砂は葉に向かってひどく満足げな夢見がちな視線を横目に送ってくる。  
しかし葉にとって何よりも耐えられないのは一砂の呆けたような目だった。  
葉は自分の愛する高城一砂はもはやこの麗しくも禍々しいドラキュリーナ(女吸血鬼)  
の所有物になってしまったのだと思い知らされる。  
 視界が涙で滲んでいく。葉は再び顔を伏せ、そのスカートには大粒の涙が滴った。  
 
 
「高城君…!!」  
 まだ陽が昇る前に葉はそう叫んで目を覚ました。涙で枕元のシーツが濡れている。  
葉は痛む胸を抱えて何度も「高城くん」と繰り返しながら枕に顔を埋めて泣いた。  
(以降、848灰氏の羊外伝本編へ)  
 

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