最早、指を動かすのすら気怠さの付き纏う千砂の身、それは誰より自分自身が一番良く知っている。
しかも、一晩中身体を貫かれた今とあっては――…五感も鈍りかけてはいるが、だからと言いこの状況を安穏と、唯々諾々と受け止められぬ、性。
気力を削りながらも保ち続ける聴覚に、近づく足音が網にかかる。無様な姿を見せまいと、大地に伏せていた影が重たげにその身を持ち上げて、扉を開く元担当医を神代の蛇女もかくやという眼光で睨み上げた。
「驚いたな。まだ、そんな余力が残っていたのか」
その声は常の如く感情を乗せていなかった。だというのに、それはいつもの彼とはまるで違う声音だった。
――違う。
千砂は思う。
確かに彼は感情を表に出すのが苦手だったけれど、かといってこんな、無機質な瞳をしている人ではなかった。
貫き、犯しているのに喜色も怒気も、情欲の欠片すらも覗かせない、そんな精神の御し方を知っている男ではなかったのに。
「何が、あったの?」
「男は悪魔にも心を売れるのさ。好きな女を胸に抱く為なら――」
「三文小説の世界では、でしょう?」
のろ、り。
立ち上がり腕を伸ばしてくる彼。
――気持ち悪い。
かといってそれから逃げる余力も無い。
抱かれ、舌を這わせられる。緩く帯で留められただけの白襦袢は彼の手に簡単に引き降ろされ、冷たい空気に肌が震える。
「………は…っ、お生憎様ね―…待ち望んだ女がこんな女で」
精一杯の虚勢、釣り上げられる唇が笑みの形を作り。
けれど彼は何もその瞳に映さない。機械的に乳房を揉み、機械的に秘所を弄り、ただ子種を吐く為に屹立を己の中に差し入れるのだ。
身体を奪われる事にも穢される事にも、それこそ死ぬ事にだってもう磨耗した感情は反応を示さないけれど。
ただ、性交の道具にされる――しかも其処らのダッチワイフのような扱いには屈辱が胸を走る。
「放して」
愛撫の手は続く。
「……ッ、つ、ぅ………」
差し込まれる。穿たれる。律動が開始する。
数度の律動。
彼の身体が震えた数瞬のあと、胎内に広がる吐き出したい程の熱を感じた。
「……」
瞳に昏い憎悪の色を揺らめかせながら、射抜くような眼差しだけを向けていた。