羊のうた〜番外編〜  
 
 
「それ」は膨らませすぎた風船が破裂するように突然一砂の中に起こった・・・  
 
一砂が姉の千砂と暮らし出してから数日が過ぎた。はじめは慣れない他人の家(自分の家だが)と言う事や、病気の事、学校の事などが気がかりで余裕のない生活をしていたが、やっと落ち着いてきたある晩の事だった。  
夕飯を終え、一砂が自分の部屋で父の残した小説を読んでいる時だった。「お風呂空いたわよ。早く入りなさい。」千砂が閉じたふすま越しに一砂にそう言った。「ああ、わかったよ。」一砂はそう答え、読みかけの文庫本に栞を挟み机の上に置いた。  
長時間の読書でこった肩をほぐしながらふすまを開けた。そこには湯上りでほほを上気させた千砂が立っていた。・・・一砂は千砂を見た時、まるで誰もいない草原の真ん中で目覚めたような新鮮な驚きを感じた。  
千砂のロングの洗い髪、無邪気な子供のように少し傾けた顔、着物の襟からかすかに見える桜色の肌・・・  
一砂とて、大人の男である。江田夫婦の元にいた時も夜毎八重樫のことを思い、恥ずかしい行為にふけっていた。  
(何を考えているんだ、俺は!千砂は血のつながった実の姉じゃないか。)「そういうこと」がどれだけ問題か、一砂には考えるまでもなくわかっていた。  
だが、頭の中から「そういう」妄想を追い払おうとすればするほど、一砂の中には抑えがたい欲望があふれ返って来るのだった。  
「どうしたの?」そんな一砂の妄想を理解できるはずもなく、まるで父親に甘える子供のように千砂は上目づかいで一砂を見るのであった。  
 
一砂は頭を軽く振ると「いや、なんでもないよ。風呂に入ってくる。」と千砂に言い、微笑んだ。  
 
都会とは思えないほど静かな夜だ。  
一砂は浴槽につかりながら同級生や八重樫の事を考え、そして千砂のことを考えた。  
(そういえばもう何日もやってないな・・・)自然に膨張してくる「体の一部」を一砂は握り、目を閉じた・・・  
八重樫の足を持ち上げる自分、八重樫の苦悶の表情、八重樫のあえぎ声・・・  
千砂の白い足、細く折れそうな腕、黒目がちの瞳、以外と豊満な胸、そして千砂の・・・千砂の・・・  
ある一定の動きを始めた一砂の右手はだんだん加速して行く・・・  
 
(・・・いや、ダメだダメだ!こんな事をしてしまったら、俺は最低の人間になってしまう・・・)一砂はなんとか思いとどまり、手早く頭と体を洗い風呂から出た。  
千砂に風呂から上がったことを告げ、自分の部屋で読みかけの文庫本を読み始めた一砂だったが、「あのこと」が気にかかりどうも小説に集中できない。  
風呂上りの千砂に会う前のように小説の登場人物に感情移入しようとするのだが、すぐに気が千砂に散ってしまうのだ。  
(千砂はもう寝てしまったのだろうか?それとも父親のことでも考えているのだろうか?)本を畳に投げ捨てると一砂は千砂の事を考え始めた。  
姉弟とは言え、子供の頃以来会っていなかった他人のような姉弟である。姉に関する記憶もほとんどない。自分の手の平を見つめていると、本当に千砂と血がつながっているのだろうか?  
という疑問が一砂の中に生まれてくるのだった・・・気の強い千砂、母のような千砂、それでいて幼い一面もある千砂、着物の下の白く美しい肢体、なだらかな丘のような千砂の体、千砂の・・・千砂の・・・  
懲りずに膨張して行く「一砂の体の一部分」を見ながら、一砂は(病気だと言うのにお前は元気だな)と苦笑した。  
 
 
その夜、一砂は夢を見た・・・  
 
深夜、千砂の寝室に忍び込む夢だった。一砂はしばらくの間、眠っている千砂を見下ろしていたが、ついに我慢できなくなり服を脱ぎ、千砂の布団にもぐりこんだ。  
千砂の着物の帯にそっと手をかけほどいていく・・・千砂はやっと気づき「何をしているの!一砂!」と叫んだ。  
「千砂、好きだ!ずっと好きだったんだ。千砂を・・・千砂を、抱きたい。」「やめなさい!やめなさい、一砂。やめな・・・さい。やめ・・・や・・・めて。お願い・・・」  
一砂は林檎をむくように千砂の着物をはいでゆく。千砂は一砂の体を引き離そうとするが、所詮欲望の奴隷になった男の力の前には、非力な女の力などたかが知れている。  
長い髪を振り乱し生まれたままの姿になった千砂の体に一砂は自分の体をすりつけていく。千砂はなんとか身をかわそうと、体を右や左にひねるが一砂の欲望の前では、蛇ににらまれたカエルである。  
やがて抵抗をあきらめざるおえなかった・・・千砂の抵抗が止んだのを見ると一砂は千砂の白い足を持ち上げ、千砂の真ん中の部分に自分をゆっくり沈めた。  
「あっあ、あ」千砂は苦悶の表情を浮かべながら声とは言えない声をあげた。圧倒的な量の一砂が千砂を埋めて行く、そして千砂は一砂の首に手を回した・・・  
 
掛け布団の端から4つの足先がはみ出している、盛り上がった布団が静かに激しく揺れている・・・  
「あっ」「はっ」「あ」「はっ」「あ」「はっ」「あっ」「は」(もっと千砂を知りたいもっともっと千砂の中に入りたい)  
壊れたオモチャのように一砂は千砂を突く、突く、突く・・・  
「あ」「はっ」「あっ」「は」「あ」「はっ」「あ」「はっ」(もっともっと千砂を千砂を・・・壊したい!)  
一砂は何かに復讐するように千砂を突き上げる。  
「あ」「はっ」「あっ」「はっ」「・・・」「・・・」「・・・はあっ!」「・・・はあ・・・」  
一砂は荒い息を整えながら千砂の唇に自分の唇をはわせ、下半身の快感に酔いしれた。  
一砂は千砂と完全に一体になり、初めて本当の姉弟になったような気がした。  
 
 
 
・・・・・・一砂は長い夢から覚めた。  
 
穏やかな初夏の東京、世田谷の朝である。  
千砂を抱いた夢の残りをトランクスの中に感じながら、一砂は昨夜の夢を反芻していた。  
千砂と皮膚を合わせた時の感触・・・してはいけない事をする事ほど興奮することはない。  
背徳心が一砂の性欲に火をそそぐのだ。千砂と交わり、溶け、一つになる・・・それは一砂にとってこの上ない甘美な体験だった。  
 
千砂が朝食を作っている。一砂は割烹着を着た千砂の後姿を、新聞を読むふりをしながらチラチラ見ている。  
手を小刻みに揺らしている、何かを切っているのだろう。  
(後ろから抱きしめて、首筋に口づけをし、千砂の体に自分を突き立てたい。  
千砂の血だけではなく体も欲しい。千砂・千砂・千砂!)  
一砂は、飢えた肉食動物が獲物を見つけたような視線で千砂の背中を見つめた。  
一砂のそんな視線に気付かずに、千砂は朝食を作り続けている・・・  
 
「今日、水無瀬さんが往診に来るのよ。」  
いつものように口数も少なく朝食を取りながら、千砂はそう言った。  
「ああ、そうなの。」一砂は興味なさそうに答えた。  
水無瀬が様子見と診察のために定期的に家に往診に来るのは知っていた。  
(そういえば、八重樫に噛み付く夢を見たとき、水無瀬さんは「夢の本質は願望充足」と言っていたな。  
俺が千砂と交わる夢を見るのもそれなのだろうか・・・)  
膨らんでくる「前」を千砂に気付かれないように、一砂は座り直した。  
 
 
 
一砂は散歩をしていた。  
千砂に頼まれた夕食の材料の買い物がてら、近所を歩いてみたくなったのだ。  
この病気になって以来、滅多に外に出ていなかった。  
久しぶりの外出という事や、あまり来ることのなかった街という物珍しさも重なり、一砂の足ははずんだ。  
(おそらく)昔、自分が遊んだであろう公園、お菓子をねだったであろう駄菓子屋、そんなものを感慨深く見ている内に時間を忘れてしまうのだった。  
 
「千砂君、やはりあの薬は控えた方が良い。」「わかってるわ。だけど、あの薬がないと不安なの・・・」「・・・」  
水無瀬は、千砂の腕から点滴の注射針を抜きながら千砂の顔を見下ろした。普段は強気の千砂の顔が、何かを哀願するような顔になっている。  
幼い頃から見慣れた千砂だが、最近水無瀬は千砂を珍しい物を見るような気持ちで見つめる事が多くなった。少女から大人の女へと変化していく千砂・・・保護欲が支配欲へ、支配欲が性欲へと変化していく水無瀬・・・  
水無瀬はまだ、女を知らない。水無瀬にとって女とは「千砂とその他の女」に分けられている。「その他の女」との交わりは水無瀬にとっては所詮千砂の身代わりにすぎない。そしてそれは千砂に対する裏切りなのだ・・・  
だから水無瀬は夜毎妄想の中で千砂を求めた、千砂の着物を脱がせる、体を抱き寄せる、千砂にキスをし舌を絡ませる、ペニスを千砂の口に含ませる、千砂の胸に顔を埋める、千砂の性器に舌を這わせる、千砂の顔にペニスをすりつける・・・  
ズボンの中で水無瀬の欲望、いや欲棒は解放されるべく天を指した。  
だがしかし水無瀬は医者を職業としているだけあって理性的な男である。本来人間は本能を理性で抑えて生活をしている。理性が強いということは言い換えれば、抑えるべき本能が強いと言うことである。  
だから理性的な人間ほど、その理性のダムが決壊した時、暴走が止まらなくなるのだ。「お願い、あの薬を頂戴。」千砂の冷たい手が、股間を気にしながら立ち上がろうとした水無瀬の手を握った時、水無瀬はまるで自分のペニスを握られた気がした。  
そして・・・水無瀬は決壊した・・・  
 
水無瀬は千砂の手を握り返し、自分の方にきつく引き寄せた。「!!!!」千砂は驚きのあまり声も出ない。  
あれほど千砂の体を心配した水無瀬は、もうどこにもいない。水無瀬は千砂の着物の帯を無理矢理ほどくと着物を力任せに剥ぎ取った。「み、水無瀬さん!」事態を整理しきれない千砂はうわずった声で叫ぶ。  
幼い頃から兄とも思って慕ってきた男のこの狂態を理解できずに混乱する千砂を前に、水無瀬はズボンをすばやく下ろし、千砂にのしかかった。水無瀬の体を押し返そうとしてくる千砂の非力さと必死の顔つきが、水無瀬の性欲を刺激する。  
水無瀬は千砂の首筋にキスをし、そして幾度も妄想をしたように千砂の体を南下した。千砂のまだ膨らみきれていない乳房を口に含む。水無瀬の膨らみきったペニスは千砂を一途に求め続ける・・・  
 
「やめて。水無瀬さん!どうしてこんなことを・・・んっ・・・」水無瀬は千砂の性器に顔を擦り付け、舌で「そこ」をなぞった。千砂の尻に両手を回し、さらに千砂を味わう。「千砂君・・・好きだ、あの日、君が、僕の目を・・・傷つけた時から・・・ずっと・・・」  
「み、水無瀬さん、私はあなたを兄のように思ってきたわ。だけど、こんな・・・いや・・・助けて!一砂!」「!!!!」その一言は水無瀬がもっとも恐れていた一言だった。以前は志砂に対し、そして今は一砂に対し持っていた水無瀬の懸念が形を現したのだ。  
手に入らないと思えば余計欲しくなるものである。水無瀬は千砂が自分に愛情(恋愛感情)をまるで持っていないということを見せつけられ、より一層千砂を征服したくなった。怒り、悲しみ、性欲が渾然一体となって水無瀬を支配する。  
水無瀬は千砂と完全に一つになるため、体を起こした・・・その時。  
 
「ただいま」一砂が夕飯の材料を持って帰宅したのだ。しかし千砂を犯しきる事しか頭にない水無瀬には、その声がきこえるはずもない。  
(あれ?おかしいな、千砂は出かけたのかな?)一砂は、靴を脱ぎ夕飯の材料を台所に置いて、千砂の部屋のふすまを開けた・・・  
 
「千砂、いるのかい」ガラッ。  
「!!!!!!」「!!!!!!!!!」「!!!!!!!!!!!!」  
「な・・・・・み、え・・・・・?」「かず・・・・・あ・・・」「な、何・・・・・・・」  
一砂が我が目を疑ったのも無理はない。今、まさに牛乳瓶のようなペニスをふりたてた水無瀬が千砂を貫こうとしている寸前だったのだ。一砂は、とっさに幼い頃に見た江田夫婦のセックスシーンを思い出した。  
あの温厚な新さんが夏子さんに覆いかぶさり、波のように一定のリズムで夏子さんを攻めていたのだ。幼い一砂には「それ」が何を意味しているのかまるでわからなかった。だが、今はわかる。夏子さんの規則的なあえぎ声・・・新さんの獣のようなうなり声・・・その意味が。  
「い、いや、一砂君・・・こ、これは・・・」急いでトランクスを履きながら、水無瀬は動揺を隠し切れずに言った。「いや、つまり僕は前から千砂君のことが・・・」「帰ってください!」一砂はそれだけ言うと水無瀬をにらみつけた。  
 
千砂が風呂に入っている音が聞こえる。水無瀬は「しばらく来ない」の一言を言い残すと、逃げるように帰って行った。(水無瀬さんが、千砂を・・・)タンスに寄りかかりながら一砂は、さっきから「あの」事ばかり考えていた。  
千砂には、ふんわりと全体的に肉がついていた。白く美しい裸体に、なだらかな肩と、細いウエスト、少し濃い目の体毛を持っていた。(水無瀬さんが、千砂を・・・)一砂は全身になんともいえない感情が行き渡っていくのを感じた。  
(これは怒り?悲しみ?それとも喜び?いや違う、これは・・・)  
日はすでに暮れ、外は夜の帳が人々の生活を隠しているかのようだった。  
気がつくと一砂は何かに導かれるように風呂の前に立っていた・・・  
 
千砂は風呂に入っている・・・服を着て風呂に入る人間はいない。あの日夢みたように、生まれたままの姿で体を流している・・・  
一砂の頭の中にはもう完全に理性が消えていた。そこには全身性器と化した、ある種の性の虜が一匹いるだけだった。  
一砂は、着ていた服をすべて脱ぎ捨てると、まるでついさっき千砂の部屋を開けたときのように風呂場の扉を開けた・・・  
 
「!、一砂、何を・・・」一砂は驚く千砂を抱きしめると問答無用に自分を千砂の中心に埋め込んだ。「や、やめて一砂、か・・・」ふいに、飛び跳ねる魚のように千砂の腰がしなった。  
まるでジグソーパズルの最後の1ピースがパチンとはまるように、あっけないくらいに二人は一人になった。  
(俺は水無瀬だ、俺は江田新だ、俺は、俺は・・・)千砂は唇を半開きにして荒い息を漏らす。「千砂、千砂、千砂!」一砂は爆発的に律動する。千砂が大きくあえいだ。「あっあっあっあ〜あああああ!」(俺は、俺は、俺は・・・狼だ!)「一砂!あっああああ一砂!」  
一砂はその狼の牙で千砂に噛み付き、肉体をむさぼり、刺す。  
高城家の風呂場はさながら戦場のようだった。「あっ、いや、かずな・・・あっ、あっあああううう」すべての羞恥・理性・常識を失った一砂の精力は信じられないほどだった。(千砂を、俺の姉を、この女を孕ませたい!)ばねのように腰をしならせながら千砂を犯しに犯す。  
(まるで上半身と下半身が分離したみたいだ・・・・)  
薄れゆく意識の中で一砂はそう思った・・・  
 
「うっ!!」急に一砂の頭の中が真っ白になった。背中から全身へ快感が行き渡る・・・  
千砂の体を抱きしめ一砂は荒い息を吐きながら、千砂が言っていた事を思い出していた。「私の血があなたの血となり骨となる。これ以上の結びつきはないわ・・・」  
(千砂・・・たった一つあったよ・・・)  
 
空にはきれいな満月が架かっている・・・まるで羊をねらう狼が出そうなきれいな満月が・・・  
 
〜羊のうた・番外編、完〜  
 

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