この感情には収まる場所がない。  
 うなだれた千砂の白いうなじを見た瞬間に、俺の中に湧き上がったのは、欲望だった。  
 ――存在すら記憶になかった姉。それは血のつながりという確かな絆を持っているはず  
なのに、ひどく不確かで、ただ、その美しさだけが、俺の中に残った。  
 まるで今にも散ってしまいそうな、そんな桜の花のような彼女。  
 喪失する事が怖くて、抱きしめていた。  
「一砂……?」  
 荒い吐息の中で、俺を訝しげに呼ぶ。俺の中の獣が、その声に惹かれるように、ゆっく  
りと鎌首を持ち上げるのが分かった。  
「千砂」  
 陶酔した声。どこか他人のような声を聞きながら、俺は千砂の襟元に顔を埋めた。  
「一砂……発作なの……?」  
 俺の乱暴な行動に対して与えられる回答はそれだけだったのか、千砂が荒い呼吸の中か  
ら、それだけを口にする。けれど、俺のこれは発作なんかとは違う。  
 ――発作の引き金ともなった、あの何もかも壊してしまいたいという破壊衝動とも似た、  
けれど、絶対的に違う感情。  
「かず……!」  
 千砂も気づいたのだろうか。首筋に強く押し当てた唇で、つけた跡に。  
「ん……」  
 今までの、ただ重ねるだけの口付けとは違う。貪るように俺は千砂の唇を割り、小さな  
口の中に舌を侵入させた。無論、彼女のほうが経験が豊富であり、俺は情けないことに童  
貞であるという事実がある。  
 俺が攻勢にあったのは、この一瞬だけだったろう。  
 千砂の細い体を布団に押し倒して、上に乗る。  
「一砂、いったい……」  
 千砂の目は戸惑っていた。必死の形相を浮かべた俺を見て、もしかしたら彼女は怯えて  
いたのかも知れない。  
 荒い息を吐いたまま、彼女を見下ろす。浴衣の襟元が乱れ、白い胸元があらわになって  
いた。  
 
「俺は……」  
 それ以上は言えなかった。これはただの獣性。男の欲望が暴発しているだけなのだと、  
俺は理解していた。  
 千砂はそんな俺を見上げ、そして、微笑んだ。  
「私が欲しいのね?」  
 それはとても露骨な言葉だった。一瞬で劣情が冷め、俺は真っ赤になって体を離そうと  
する。だが、できなかった。  
 千砂の白く細い腕が俺の腕を掴み、それを止めた。  
「ち……」  
「なんで逃げるの? ここまでしておいて」  
 挑発するかのような、強気の表情。見慣れた顔だ。彼女はいつも、俺の前ではこうして  
強い顔をする。  
 乱れた襟元から、白いふくらみがちらりと見える。  
「お……俺、どうかしてたんだ。だから……」  
「私は嫌がってるわけじゃないのよ、一砂」  
 目を逸らした俺を前に、千砂が笑う。  
「むしろ嬉しいわ。あなたが私を求めてくれる。その事実が、私を癒してくれる」  
「――でも、こんなの、変だ」  
「異常であるという事が嫌? でも、私たちはすでに正常ではないのよ。私たちは異端。  
この世界の片隅でひっそりと生きて、ひっそりと死んでいく。ただ、それだけ。あなたが  
得る筈だった、平穏で普通な生活はもう手に入らないのよ。なら――異端として生きてい  
く他は無いの」  
 フッと微笑むと、千砂は俺の襟元を掴んだ。  
 ぐい、と引っ張られ、俺の体は重力と千砂の力によって、落ちていく。  
 硬質なイメージのある千砂にあるとは信じられないくらい、その唇は柔らかかった。  
「……ちずな」  
「嬉しいわ。こうしてあなたが私を求めてくれるという事実が」  
 不敵とすら評せる笑顔で、千砂は笑っていた。  
 
「あなたを癒せるのは私だけ。あなたの“渇き”を止める事ができるのも私だけ」  
 千砂は歌うように囁く。  
「だから、いいのよ。私はあなたを受け入れているの」  
「……姉弟なんだぞ」  
「だから?」  
 それは嘲笑だったかも知れない。千砂は俺を見上げ、ゆっくりと唇の端を持ち上げる。  
「この世に遺伝子を残すつもりはないわ。高城の血も、高城の奇病も、ここでおしまい。  
私たちは何も残さず、この世界から消えていくのよ」  
 笑った千砂は、肩をすくめて見せた。  
「でも、独りで生きていくのは嫌。以前なら違ってた。あなたが悪いのよ、一砂」  
「俺……が?」  
「あなたは私の前に現れた。何もかもを捨てたはずの私の前に。――滑稽な話よ。何もか  
も捨てたつもりの私が、あなたにこんなに固執してる」  
 千砂の切れ長の瞳の端から、何かがこぼれ落ちた。  
「千砂……泣いてるの?」  
「本当。滑稽な話よ。こんな風に誰かを求めるなんて、思わなかった。父さんが死んでし  
まってから、こんな風に思うなんて!」  
 細い腕が俺の首に回る。  
 もう一度、唇が重なる。  
 目を閉じる千砂の表情が、まるで迷子の子供のようだった。  
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!