熾烈な暑気が去って、仄かに吹きつける風が汗ばんだ肌に心地よい晩夏の夕暮れ。凶々  
しいまでに鮮やかな赤い光が街並みを覆っている。眼前の、時代を重ねて煤けた門や表札  
にも。  
 どうしてだろう。何故ここに足が向いてしまったんだろう。何故一度しか歩んでいない  
道程を、こうも鮮明に体は覚えてしまったんだろう。  
 解らない。解ってはいるけど、そうとは思いたくない。あの人の匂いが、ここには澱の  
ようにこびりついているからとは。あまつさえ、私の中に数え切れぬ程焼きつけられてい  
るそれと引き合っているからなぞとは。  
 私の中の女の性は、会えなくなって数年を経ても、あの人が自ら命を絶ったと知ってさ  
え、今日まで鎮火を果たせずに燻っているのだ。  
 否、むしろ、それはふいごを踏んだように嘗ての浅ましい盛りを取り戻しつつあった。  
自殺の事実と共に、あの人に生き写しの人間の存在を知ってしまってからは。端整な容姿  
のどこかに鋭敏で繊細な陰を漂わせる少年、高城一砂の存在を。  
 この扉の向こうに彼がいると思うだけで、思春期の少女のような埒もない昂揚を抑え切  
れなくなる。その姿を正面に見据えて冷静沈着に振る舞えるか否か、甚だ心許ない。訳も  
なく喉が渇いて唇が震える。  
 無論、気懸かりなことはそれだけではない。  
 再びここに踏み込めば、高城の、謎と云うには生易しい、得体の知れぬ闇から二度と後  
戻りはできなくなるだろう。示し合わせたような人々の沈黙。血を欲する病。そして、あ  
の人の妻の失踪。  
 意を決して、強張った腕を懸命に振り上げて扉をノックする。一切の疑懼一切の怯心こ  
こに棄つべく滅ぼすべし。そう自分に云い聴かせながら。  
 乾燥し切った板がこつこつと軽い音を立てる。間をおいて再度。  
 一分一秒がその数倍にも感じられる時間の流れだった。  
 
 やがて、壁越しに足音が近づいてくるのが耳に届く。それに共鳴したかのように鼓動が  
速まっていく。  
 ああ、そう云えば、私が訪れるのに明確な理由なんてないんだ。何て云い訳すればいい  
んだろう? 近くに寄ったものだから? お父様の話を訊きたかったから?  
「どちら様でしょうか…」  
 扉がかすかな唸りを上げて開いた。  
「あ…」  
 彼の容貌を視界に捉えるだけで全身が硬直してしまう。襟を大きく開いたワイシャツに  
ジーンズのラフな服装。  
「? 風見、さん…ですね」  
「は、はい、風見です」  
 その目には警戒の色が窺える。しかし、それは彼の姉やあの人と交友していた人間たち  
のそれとは趣きが異なって、人見知りに近いものであることに安堵させられる。  
「…今日は、どうしました?」  
「は、いえ、あの、先生の奥様の墓前にもお参りさせて戴きたく思ったのですけど、生憎、  
先日訊きそびれていたことに気づきまして…」  
 何と稚拙な物云いなのだろう。本心を偽れない性癖は、よく云えば美徳だが、悪く云え  
ば不器用なだけだ。  
 彼は、眉間に皺を刻みながら視線を横に逸らして、困ったような苦笑いを浮かべる。そ  
れは、看護婦時代に私がミスをする度にあの人が押し黙ったまま見せた、叱責や罵倒を浴  
びせられるよりも堪えた表情そのものだった。  
 改めて、あの人の存在はこの少年の中に脈々と受け継がれていることを確認する。  
「そうですか。それは僕も知らなくて…」  
「そう、なのですか」  
「…宜しければ、千砂、姉が帰ってくるまで、少し中で待たれますか?」  
 
 そう云われて初めて、私は彼の姉の存在が思考からすっかりと抜け落ちていたことに気  
づく。  
 厭世と云う訳でもなく、ただ、俗世から身を離した感のある少女。その傲然とした眼差  
しは、メドゥーサのように対峙する者を凍てつかせる。  
 彼女の不在と云う天の配剤に、そっと胸を撫で下ろす。  
「そうさせて戴ければ幸いですが…」  
 彼はぎこちない微笑みを浮かべながら、門を開け放って中に招き入れる。  
 初めて訪れた際には気に留めなかったが、家屋も庭も時流から隔世しているかのように  
質素に朴訥に整えられていて、郷愁を覚える。あの人の人となりそのものに思えるのは、  
私の偏見ではないだろう。  
「あの樹は桜ですか?」  
「ええ、あれだけ大きいのは、普通の家には滅多にありませんよね」  
 彼は私を縁台に腰掛けるようにと手を差し出す。  
「今、冷たい物持ってきますから。麦茶で宜しいですか?」  
「え、はい、ありがとうございます」  
 サンダルを脱いで部屋の奥に消えていく後ろ姿を見送る。逞しい背が衣服越しにも見て  
取れる。嘗て私が爪を深く突き立てた、あの人譲りの。  
 あの時は、また私は何も解ってない子供だったんだ。男と云う存在も。自分が女である  
と云う事実についても。  
 忘れようもないその記憶を露に思い起こすにつれて、心と体の底の疼きが庇の影で冷め  
ていく筈の肌を再び火照らせていく。  
 
 その日、時刻は夜半に差し掛かっていたが、私はまだ書類をまとめるのに必死だった。  
入れ替わりに去った前任の人間から注意点を細々と聞かされてはいたが、所詮は新米に毛  
の生えた程度の私には、それら全てを業務時間内にこなすこと自体に無理があった。  
 総合病院と個人医院の差は、設備や員数だけではなく、何もかも想像以上のものなのだ。  
 手と足を絶えず動かしながら、幾度も同じ疑問を脳裏で唱えてしまったものだ。なぜ、  
よりにもよって私がここに招かれたのか。  
 背後でかちりとドアが開いた。  
「忍布くん? まだいたのかね」  
 白衣からスーツに着替えた高城先生は、手に車のキーを提げている。  
「あ、先生。これを片付けてから帰らせて戴きますから」  
 先生は苦笑いを浮かべていた。事務に詳しくない人間であっても、私の机に散乱する大  
量の紙の束を一瞥すれば、これから更にどれ程の時間が費やされるのかは容易に推し量れ  
るだろう。  
「少し休憩しないか。私も腹が減っててね」  
「え、でも…」  
「根をつめるばかりじゃ能率は上がらないよ。息抜きも必要だ」  
 私の肩に手が置かれる。乾いて暖かく大きな掌。今から顧みればスキンシップにも当た  
らない程の仕草だったが、私は過敏に身を震わせてしまう。  
 大層な貞操観念があった訳ではない。女子高通いで異性関係の派手な友人も持たなかっ  
た私は、自然とそう云う親交の遣り取りにも縁遠くなっていたのだ。  
「あ、いや、キリのいいところで一旦終わらせますから。先生は、どうぞお帰りになって  
ください」  
 たちまちに紅潮する肌を窺われたくなくて、背を向けたまま残務の片づけに没入する素  
振りを見せる。無愛想に思われるかも知れないが、他になす術も思い当たらなかった。  
「明日は休業日だからね。ゆっくりできるんだよ」  
 そうだったと気づく。初日から過酷な業務にうろたえるばかりだった私は、そのような  
計算ができる余裕すらなかった。その言葉の裏に隠されたもう一つの意味を読み取ること  
なぞは尚更だった。  
 
 置かれたままの掌に、力が込められていくのが判る。  
「忍布くんは、彼氏はいないのかい?」  
「…は、あ、…はい」  
 耳元でそっと囁かれた言葉は、先生の普段の物腰からは想像もできない浮ついた内容だ  
った。誠実で落ち着いていて、超がつく程に生真面目な性格からは。  
 そうでも云って、私を仕事から無理にでも解放しようとする先生なりの心遣いなのだと  
思い込もうとした。若いと云うだけでは済まされぬ浅はかさだった。  
「そう、か」  
 途端に、背後から二本の腕が回されて抱き締められる。  
「ひゃっ!」  
 誰だろう。この部屋には私と先生の二人きりの筈だ。どこからか暴漢が侵入していたの  
だろうか。入口にも裏口にもきちんと鍵はかけていたのに。  
 しどろもどろな思考にはまっている裡に、力強い腕は私の胸をまさぐる一方で股間に侵  
入を試みてくる。護身術なぞはまるで身につけていない故に、背後の人間の獰猛な劣情に  
されるがままだ。  
「あっ、んんっ、やあっ」  
 乳房を揉み込まれながら乳首を指先で押し潰されつつ、はだけさせた裾に手が滑り込ん  
でショーツの上から陰唇を丹念に撫でつけられる。それだけではなく、首筋に柔らかい唇  
が這わされる。  
 全てが的確な愛撫行為だったが、男性経験が一度もない私には単なる暴虐としか感じら  
れず、全身を巡る体液が恐怖と恥辱で沸騰しそうになる。  
「やめて、や、やだ」  
 なり振り構わずに体をくねらせて脱出を試みた。運任せに手足を振った。すると、思わ  
ぬ肘打ちが相手の腹に当たったのだろう。力が緩んだ隙に体を翻す。  
「先、生…!」  
 当然と云えば当然なのだ。床に尻もちをつきながら鳩尾をさすっている男は、高城先生  
に他ならなかった。  
 
「先生、なんで、どうして」  
 頭の中がパニックになりながらも思わず助け起こそうとする。しかし、差し伸べた手を  
逆に握られて、その懐に引き込まれてしまう。膝をついた私は抱き留められて、その勢い  
のまま、顔を引き寄せられる。  
 唇と唇が重なる。生涯で初めてのキスだった。  
 確かに私には貞操観念はなかったが、少女特有の幻想はあった。恋人と二人きり、他に  
は誰もいない夕暮れの浜辺でロマンティックに。そんな小説や漫画の中で暖められてきた  
甘ったるいものが。  
「きみは、私が嫌いか?」  
「そ、それは…」  
 何と云う問いだろうか。医師と看護婦としては、嫌悪の感情なぞは微塵も持たずに、信  
頼と尊敬の念を抱いて接していた。けれども、男と女としてはどうだろうか。年齢の違い  
もあってか、そのような意識は持たなかったし、持たれてもいないと思っていた。  
 止めどなく困惑する私に再度のキス。しかし、全身が麻痺したようになって拒むことが  
できない。  
「いいだろう?」  
 肩口をおもむろに掴まれる。空いていた片手で襟も掴まれて、一気に引き裂かれる。  
「いやっ!」  
 肉親以外には見せたこともない肌が、ブラが照明の下で露出される。咄嗟に両手で覆い  
隠そうとしたが、先生の手に阻まれてしまった。男と女の腕力の差は歴然だ。頭上に掲げ  
る形で固定される。  
「ああ、綺麗だよ。素敵だよ」  
 自分の卑しさに目をつぶってしまう。大きさに自信がなかった乳房を誉められて、恥ず  
かしいながらも嬉しさを覚える自分がいたのだ。  
 
「先生、いや、だめです。こんなこと…ひゃあっ!」  
 乳房の谷間に暖かくぬめる柔らかいものが挿し込まれた。違和感に驚愕して瞼を開くと、  
首を傾けた先生が私のそこに舌を伸ばしていた。  
「い、いや、そんな」  
 ふくよかさの足りない稜線を舌先でなぞっては唇で吸いついて、白い肌が透明な唾液と  
紅で描いたようなキスマークで埋め尽くされていく。焼き印を押されるような心持ち。  
 そればかりではなかった。先生の歯がブラの縁を器用に挟んでずり上げていった。余り  
にも手慣れた動作に、隠されていた裏の顔を覗く思いだ。  
「あ、あ、いや、先生、そこは」  
 剥き出された乳首にむしゃぶりつかれる。  
「だめ、やめて、あ、ああっ」  
 自分で慰めることすら知識ではあっても体験したことはないそこが、過敏に愛撫を受け  
入れて反応していた。甘く切ない電流が体の隅々にまで浸透していった。  
 信じられなかった。このように粗暴に扱われながらも悦びを覚えてしまうはしたない自  
分を。気づけば、正座の格好で胸を突き出すような姿勢を取っているのだ。  
「あっ、それ、いやっ」  
 悪戯っ子のように乳首を軽く噛まれた。全身を駆け巡る白い閃きにがくがくと震える。  
 いつしか両腕は解放されていたが、最早抗うことすら考えられずに垂れ下げたまま、嵐  
に身を任せることしかできなかった。  
 自由になった手をも使って、先生は執拗に私の乳房を蹂躙していく。否、そこは既に触  
れる指先や舌先と融合したかのようになって、私を快楽の淵に追いつめている。  
「気持ちいいかい?」  
 引きつったような笑みを浮かべて訊いてくる。  
 何も答えられる訳がなかった。それが、私が辛うじて守るべき節度だと思ったからだ。  
 
 不意に先生が立ち上がるや否や、スラックスのベルトを手早く外し始める。  
 私はどうすることもできなかった。今ならここから逃げ出せる筈なのに、脚が金縛りに  
遭ったように動かない。頭の中で構築していた先生の理想像と眼前で私を嬲っている現実  
の姿が余りにも懸け離れていて、思考も判断も停止してしまったのだ。  
 円錐のように盛り上がったブリーフが引き下ろされると、壮年のものとは思えない程に  
力強く勃起したペニスが現れた。このような状態になったものを間近で見たことなぞない。  
鉄鎚に殴られたような衝撃が脳髄から脊髄へと走った。  
「まず、口でするんだ」  
「口で、するって、何を?」  
 私の問いを無視して側頭部に両手が添えられて、そそり立つペニスを私の唇に狙いを定  
めて近づけてくる。その先端の鈴口が唇に触れる。  
「んんむっ」  
 反射的に顎を噛み締めながら、充血して濃褐色に凝固したそれの感触は、やはり肉であ  
って意外に柔らかいものだと知る。  
「きゃあっ!」  
 刹那、頬に平手打ちが飛んだ。鞭で打たれたような痛撃。  
「素直に云うことを聞いてくれ」  
 ショックでだらしなく開いてしまった唇に目掛けてペニスが突き込まれる。頭を前後に  
振られて、節くれ立つそれが口腔を幾度も往復する。顎が外れそうに痛い。  
 暴漢のものなら、遠慮なく噛みついていただろう。しかし、くわえさせられているのは  
間違いなく先生のものだ。このように扱われながらも、まだ先生を慕う気持ちが、魔が差  
したのではないかと云う思いがそれを躊躇わせていた。  
「今たっぷり濡らしておかないと、後で苦しいのは忍布くんだよ」  
 濡らしておくとはどう云うことだろうか。苦しいとはどう云うことだろうか。喉の奥ま  
で届くと吐き出しそうになってしまうのを堪えながら、私は先生が云い放った言葉の意味  
を考えていた。  
 
「ほら、頬を窄めて。そう。それから、舌も使うんだ」  
 次第に朦朧としてくる意識の中で、セックスの四文字が脳裏に浮かび上がる。  
 ここでするのだろうか。事務机と戸棚があるだけの殺風景なここで。  
「もうそろそろかな」  
 漸くペニスが引き抜かれる。ぬらぬらと光るそれは、私の唾液を吸い込んだかのように、  
先刻よりもその威容を逞しいものにしていた。  
 肩口を掴まれて、そのまま仰向けに押し倒されていく。  
「や、先生、だめ、これ以上は…」  
 しかし、先生の形相は真っ赤に昂奮していて、何かに取り憑かれたかのようだった。  
 素早く股間に差し込まれた手で裾を捲り上げられる。私の陰部をささやかに覆い隠すシ  
ョーツが露にされてしまう。  
 私はそれだけは脱がされまいと両手で引き上げながら、必死に両脚に力を込めて閉じた。  
 無知とは哀しいものだ。先生は嘲笑うかのように、膝裏を持ち上げて私をくの字に折り  
曲げながらショーツの二重底の部分を捲られる。この態勢でもできるのだと気づいた刹那  
には、先生の体が覆い被さってきた。  
「やだ、やめて!」  
 叫んだのと同時に、ペニスの先端が膣口に触れていた。  
「いくぞ」  
 腰が打ちつけられて、引き裂かれるような激痛が走る。犯されてしまった、処女を奪わ  
れてしまったと云う事実がどす黒い絶望感を伴って私の意識を圧し潰していく。  
「ああっ! やっ、やあああっ!」  
 未だ何も侵入させたことのない通路が傲然と押し拡げられて蹂躙されていった。先刻は  
柔らかいと思えたペニスがやすりに変わったようだ。わずかでも進む度に駆け巡る断続的  
な痛みに、膣内の肉襞が削られていく錯覚に陥る。そこは充分に濡れてもいないのだ。  
「くうっ、や、痛っ、痛いっ」  
「ああ、初めてなのか、きみは。そうか」  
 
 流れ出る泪に滲んでしまう視界の中で、先生は満足そうに表情を崩している。荒い息遣  
いはけだもののようだ。  
 一方がこうも苦痛に苛まれる中で、一方はこうも愉悦に浸れる。男女とは何と不公平に  
創られた生き物なのだろう。否、女は男に凌辱されて快楽を与える為だけに創られた性な  
のか。  
 或いは、これが女になると云うことであって、その通過儀礼なのか。私も今の先生のよ  
うなけだものに変わっていくのか。到底信じられない。  
 脚が割られて正常位の態勢になってしまった。何とか抽送を留まらせようと腕を突き出  
すものの、難なくかわされる。律動が速められて、神経が悉く焼き切れてしまうような痛  
みに身悶える。堪らずに宙を彷徨う手は先生の背に回って爪を突き立ててしまう。  
「うむうっ、ひっ、ひあああっ、や、やめっ」  
「おうっ、いい、いいぞ」  
 膣の奥を突き上げられる毎に、私がどうしようもなく壊される。惨めだ。残酷だ。  
 頭の中が麻痺していく。もう何も感じることも考えることもできなかった。ただ本能だ  
けが、射精が間近であることを悟らせていた。  
「あっ、やっ、せんせ、中はだめぇっ!」  
 そう告げるのが精一杯だった。  
 先生の体が感電したように痙攣しながら私から離れる。膣から抜き取られたペニスが蠢  
動して、白濁の粘液を噴き上げた。熱く滾るほとばしりが私の胸や顔にまで撒き散らされ  
ていく。  
 それは、無垢だった私が、高城先生の色に染め上げられた瞬間だった。  
 
 
「風見…さん?」  
 背後からの呼び掛けに、唐突に記憶の底から現実に引き戻される。振り向くと、庇の影  
の中にお盆を携えた少年が佇んでいる。  
「宜しかったら」  
「あ、ご免なさい。ありがとう」  
 手渡されたグラスはきりりと冷たく、僅かな回想にさえ疼き始める私の肉体を鎮めるか  
のようだ。彼の無自覚な労わりにすら思える。  
「ん、美味しい」  
 私が一口飲み干すのを待って、彼ももう一つのグラスに口をつける、伏せた眼差しに気  
恥ずかしさを湛えている。  
 この優しく穏やかな気性も、やがてその深奥に、あの人と同じ悪魔を棲みつかせること  
になるのだろうか。  
 強引に一線を越えられたあの瞬間から、私は慰みものとして貪り尽くされていった。休  
憩時間には口で精を受け止めさせられた。その日の業務が済んだ後には、場所を選ばず、  
更衣室で、シャワー室で、診療室ですら淫行の舞台と化した。  
 あの人の暴虐と私自身の浅ましさを、ひたすら堪える他に術はなかった。無理矢理に侵  
犯された筈の肉体は、回数を重ねる毎に、自ら進んで交わりを求めるようになっていった  
のだから。その姿は性の虜だった。  
 ただ、その過程で一つの疑問が生じていた。一ヶ月の決まった期間は、あの人は餓狼の  
変貌しなかったのだ。始めは束の間の休息と感じられていたそれが、いつしか焦燥で身を  
悶えさせていた。理性に苛まれながらも、自ら黒い下着を身につけて媚を売ったことすら  
あった。  
 高城の闇の瀬戸際に立った今なら、その理由はぼんやりとだけど判る。私は実の娘の代  
用品に過ぎなかったのだ、そして、あの人はそんな誤魔化しで自らを慰めていくことに堪  
えられなかったのだ。  
 不意に、視界の外から白いハンカチーフが音も立てずに飛び込んでくる。気づくと、彼  
が不安な面持ちを見せている。  
 
「やだ、私」  
 思わず泪が零れていた。指の腹で拭ってみせる。  
 裏切られた事実が哀しいのではない。ただ切ないのだ。自分自身を偽ることのできなか  
った誠実さが。妥協とは云いたくないけれど、そんなあの人だったからこそ、私は心も体  
も許してあげられたと云うのに。  
「あの…」  
「ううん。ちょっと先生のこと思い出して。ご免なさい。大丈夫だから」  
「…そうですか」  
 その言葉は紛れもなく本当だ。しかし、その裏に潜む澱んだ感情を悟られたくはない。  
否、悟られてはならない。それが、あの人の息子に私ができるせめてもの務めではないか。  
「本当にご免なさい。私の我が侭でしかないのに、あなたにとっては思い出したくないこ  
とにつき合わせてしまって」  
「いえ、いいんですよ。ずっと離れて暮らしてて、顔も覚えてない父親なんですから」  
 私を気遣うつもりだけではないだろう。浮かべる作り笑いに鬱屈さは感じ取れない。彼も  
高城の人間として、尋常ではない環境に身を置いてきたに違いなかった。  
「…でも、姉弟二人だけになって、寂しいでしょうに」  
「そう…ですね」  
 彼だけが、幼い頃からあの人の友人夫妻に預けられていたと聞いている。父親のみなら  
ず、今日同じ屋根の下で暮らす姉に対しても、肉親としての絆は容易には深いものになら  
ないだろう。  
 そんな寂寥を抱えていながらおくびにも出さない、子供らしい素直さと大人びた物腰を  
備えた少年の姿は、大変好ましいものに映る。  
「何か?」  
「否、千砂さん、どうしたのかしら」  
「…ええ、普段だったら、もうとっくに帰ってきてる筈なんですけど」  
 
 気がつけば太陽は、暗室の灯火のように陰気な光を放ちながら、身をビル街に遮られて  
しまっている地平線の下に埋めつつあった。ここからその模様を眺めていると、孤島に置  
き去りにされたような錯覚に襲われる。  
 ぱしゃんと硬い亀裂音が耳を突く。  
「…一砂…くん…?」  
 彼が、手に持っていたグラスを落としていた。それだけではない。その瞳はわなわなと  
震えながら陽射しを一直線に凝視していた。癲癇の発作に似てどこか異なる行状だ。  
「一砂くん!? きゃっ!」  
 咄嗟に靴を脱いで寄り添おうとした私の体が、信じられない程の腕力で突き返されて、  
縁台に尻もちをついてしまう。  
「風見さん! …風見、さん。何でも、ないですから。…大丈夫、ですから」  
 その強がりの言葉とは裏腹に息は荒く、声が掠れている。額には滝のように汗が吹き出  
て、顔色は薄暗い中でも判る程みるみる青ざめていく。  
「ちょっと、気分が悪くなった、だけですから。少し休めば、…治ります、から」  
「そんな…」  
「済みませんが、今日の、ところは、お帰り…頂けませんか」  
 私の前で立ち上がるものの、その足元は頼りなくふらついて、直ぐにでも崩れ落ちてし  
まいそうだ。  
「診るわ。これでも看護婦だったんだから」  
 首を横に振ってみせながら、彼は家屋の奥に去ろうとする。  
「いつものこと…なんです。だから、平気ですから」  
「いつもって、一砂くん、…あなた、まさか」  
 まさかであってほしい。勘違いであってほしい。彼もまた、高城の奇病に取り憑かれてしまって  
いるだなんて。  
「はぁっ」  
 限界なのだろう。彼は膝をついて、そのまま畳の上に突っ伏してしまう。  
 
 慌てて駆け寄って、その傍らにひざまずく。こんな時の対処法はどうだっただろうか、  
反射的に看護婦時代の習性で脳内の抽斗を開けてしまうが、無論、何の意味もなさない。  
そう、必要なのは血だから。辺りをぐるりと見回す。  
 襖。箪笥。卓袱台。縁台には、砕けたガラスの破片が。  
 息を呑みながらそこに近づいて、宝石のように光を照り返す中の一つを摘み上げる。  
「…風見、さん?」  
 自分で自分の身を傷つけるなぞ、未だなかったことだ。予想される痛みに怯むものの、  
何かそうしなければならない責任感、義務感のような烈しい衝動が、鋭い切断面を間断  
なく左の薬指に突き立てさせていた。  
「つうっ」  
 深紅色の小さな珠が生じて、掌中に垂れていく。  
「駄目です、それは、…駄目だ」  
 彼の表情に、絶望に似た影が懸かっている。  
 何が駄目なのかは判断できないが、今はこれをいち早く口腔に含ませることが先決だ。  
再び駆け寄って、彼の眼前に滴りを差し出す。  
「いけない、あぁ、止めて、下さい。駄目だ」  
「今はそんなこと云ってる場合じゃないでしょう。さあ、早く」  
 それでも険しい顔つきで拒む彼の口端に、私は指先を力任せに捻じ入れていた。それは、  
泣いて空腹を訴える赤子に乳首を含ませる感覚に近いだろう。  
「はあっ、んっ、ふう」  
 血を少しずつ嚥下させる毎に、荒い息遣いや体の震えが治まっていく。彼は、周囲から  
の孤立の中で、こんなに恐ろしい病魔との闘いを余儀なくされていたのだ。この奇病の概  
容を知った際、吸血鬼のようだと思ってしまった自分の感性をひたすら恥じる。  
「んんっ、はぁ、ん」  
 脱力する彼の頭を持ち上げて膝枕に載せる。私の中の女の本能が充足していくのが自覚  
できた。  
 
 夕陽は残照を立ち消えさせて、部屋には隣家の照明と街灯の反射光だけがぼんやりと差  
し込んでいる。  
「大丈夫。治まった?」  
「…え、ええ…」  
 私を見返す目には動揺と逡巡の色が入り混じって漂っている。それは至極当然だろう。  
暴かれてはならない筈の高城の内情を、見ず知らずに等しい私が知っているのだから。  
「何故、どうして」  
「ご免なさい。先生の医院で、知ってしまったの。でも、誰にも云うつもりはないから安心して」  
「…そうですか。でも、今日のところは帰って頂けませんか」  
 彼がおもむろに上体を起こす。  
「きっとまた直ぐに発作が出ます。今度は、あなたに危害を加えるかも知れません」  
「そんな…。どうして?」  
「あなたの血じゃ駄目なんです」  
 そう云い放った彼が、悔恨の表情を顔に浮かべて背ける。  
「私の血じゃ…。それなら、一体誰の血だったら…」  
 彼は、口はおろか体も微動だにさせない。しかし、その頑なな沈黙が、反って私に言葉  
の意味と悔恨の理由を悟らせていた。  
「千砂さんの血でないといけないのね」  
 何とおぞましく忌まわしい血脈だろうか。父は娘に血を与えることで、互いの肉体も精  
神も縛りつけ合った。そして、その娘も同じく今、弟に血を与えることで縛りつけ合わせ  
つつあるのだ。  
 私の中でどろどろとした苦く重い感情が生じて、あの少女に向けられていく。あの人も  
あの人の面影を遺す彼も自らの掌中に捕らえて、私が僅かにも触れることすら許さない彼  
女、高城千砂に。  
 これは辱めではないか。蔑みではないか。  
 
 静かに彼の肩に手を置く。広く大きく私を包み込んだあの人そのままの肩だ。  
「一砂くん…、私ができることって云ったら、これくらい…」  
 彼が振り返ったのと私がその胸に飛び込んだのは同時だった。  
 これは彼の為なのだ。高城の底知れぬ闇を共有してくれる人間が姉以外の他人にもいる  
ことを示してあげなければならないのだ。孤立の果ての近親愛から救ってあげなければな  
らないのだ。そう自分に云い聴かせる。  
「風見さん?」  
 目を閉じながら彼の上体を引きつけて、その唇に私のそれを寄せていく。  
「そんな、ん、んっ」  
 柔らかな粘膜同士がぴったりと密着し合う。それだけで、脳髄に真っ白な閃きが走る。  
長い間味わっていなかった、甘く切ない衝撃だった。  
「いけません!」  
 肩を掴まれて引き剥がされてしまう。瞼を上げると、余程動転したのだろう、黒目が小  
刻みに震えて焦点を定められない彼がいる。  
「な、どうしてこんなこと…」  
「いけない?」  
「いけないも何も、あなたは」  
 たどたどしい反論を、また自らの唇で塞ぐ。両腕を彼の背に回してぐっと抱き締める。  
シャツ越しに伝わってくる体温と体臭と心臓の鼓動に、全身がそそけ立つような感動が心  
を満たしていく。  
「止めてください、風見さん!」  
 それでも、彼は力任せに振り払いはしない。何とか説得を試みようと云うのだろう。好  
都合とばかりに全体重を彼の上体に浴びせ掛けて、馬乗りになって押し倒す。  
「一砂くんは、私のこと、嫌い?」  
 乳房を厚い胸板に押しつけると、瞬時に彼の頬に赤みが点した。  
 
「ま、待って。風見さん」  
 私を制しようとする声も、おどおどと裏返ってしまっている。如何にも十六歳の、うぶ  
で可愛らしい反応だ。女性経験も乏しい、或いはないのだろう。それが、私を自分でも信  
じられない大胆な行動に駆り立てていく。  
 女性の扱いに戸惑って宙を踊る彼の左手を握って私の乳房に沿わせる。  
「あなた、こう云うことって初めてでしょ?」  
「こ、困ります。こんなこと」  
「こうするのよ、こう」  
 彼の手の甲に私の掌を重ねて、ゆっくりと揉み込ませる。自分が導いているとは云って  
も久しぶりの、他人の手でそこを愛撫される悦びだ。微弱な電流がちりちりと全身を駆け  
巡って、甘美な官能に痺れさせていく。  
「なんで、どうしてこんなことを…」  
 未体験の少年には解らないだろう。女もまた、男と同様に異性の肉体を求める欲望を潜  
ませていることなぞは。  
 再々度口づけする。きつく閉じられた彼の唇の間に、舌を尖らせて侵入させる。  
「ん、んぬっ」  
 口腔への侵入を塞ぎ止めている硬い前歯が震えてかたかたと鳴っているのが舌先で感じ  
取れる。熱く荒い鼻息が頬や口先に吹き掛けられる。曲がりなりにも、彼も昂奮している  
のだ。  
 嘗てあの人に開発された体が、今、あの人の息子を開発しようとしている。何と云う因  
縁だろうか。  
 頬の裏の肉を舐め上げながら甘い唾液を強く啜り込んでいると、互いの粘膜が融け合う  
ような錯覚に陥っていく。  
 不意に、彼の両手が私の肩を掴んで上体を押し上げられる。苦しくなったのだろう。胸  
を上下にして激しく息衝いている。  
「風見…さん、はあっ、止しましょう。僕には、…できません」  
 
 彼の中で情欲と理性が鬩ぎ合っているのが感じ取れる。  
「そう、じゃあ、これはどう云うこと?」  
 臀部を揺り動かして、彼の臍の下をなぞってみせる。そこは先刻から、前者にあまりに  
も正直に反応して、猛々しく勃起していたのだ。  
 改めて私に自覚させられて、彼の顔がこれ以上ない程紅潮する。羞恥や屈辱を感じてい  
るのだろうか。  
「全然恥ずかしいことじゃないわ。女は誰だって嬉しいのよ。だって、嫌われてるならこ  
うはならないもの」  
 諭しながら、同時にさりげなく、腿の間に盛り上がるペニスを挟んで刺戟する。それは  
布地越しにも判る、若さの発露と云うべき硬度と熱量を秘めている。  
「そんな、風見さんが、こんなことするから」  
「女に恥をかかせちゃ駄目よ」  
 馬乗りの体勢のままで自分のブラウスのボタンを外していく。もっと扇情的な下着を、  
あの人の前で見せつけていたものを身につけてくればよかったとも思うが、それは仕方な  
いことだ。  
「止めて、脱がないでください! いけません」  
 顔を背ける仕草のいとおしさに、つい言葉で翻弄してしまいたくなる。  
「ちゃんと見て。そんなに私、醜い体してる?」  
「そうじゃなくて…」  
「なら、見て、触って。男だったら、ね、一砂くん」  
 ブラジャーのフロントホックも外してしまう。あの人の丹念な愛撫で、自慢できる程ふ  
くよかに育まれた乳房が露になる。それは烈しく揉みしだかれることを期待して疼いてい  
るのだ。  
「んんっ」  
 どうやら観念したらしい。彼の両腕から力が抜けていく。その手首を掴んで、肩から鎖  
骨を過ぎて乳房へとゆっくり誘っていく。  
「そう、さっきしたように、始めは優しくね」  
 
 彼の指先から伝わる温もりは、夏季にあっても熱くて、触れられたところから焦げてい  
きそうに感じる。  
「ああ、そう、一砂くん、いい、んんっ、はあっ」  
 包み込んだ掌に、やがて、侘しい夜想曲を奏でるように慎重に繊細に力が加えられる。  
五指が独立した生き物となって蠢いて、緩やかにたわませられる。  
 乾ききったスポンジに水を一滴ずつ染み込ませていくような充足感、女の性の象徴を男  
の手のなすがままに任せる安堵感に、私の体は止め処なくはしたない喝采を挙げてしまう  
のだ。  
「ああっ、上手よ。そう、そこも、んっ」  
 乳房をほぐしながら、指の間に挟んで捉えられた乳首が右に左に転がされる。私の敏感  
なところを的確に攻めていくその業は、産まれ持った男の本能なのだろうか。あの人から  
秘かに血脈の中で受け継がれていたのだろうか。ゆっくりと乳首が隆起して芯がしこって  
いく。  
「あんっ、いいわ、ねえ、あなたも気持ちいい?」  
 数秒の間ためらって、彼は首を小さく縦に振る。  
「気持ちいいなら、気持ちいいってちゃんと口で云うものよ。ねえ、一砂くん、どこがど  
う云う風にいい?」  
「…いい、です…。柔らかくって、温かくって」  
 その拙い言葉一つ一つが私の性欲に油を注いで、過激な痴態を採らせる。  
「あ、そ、そこは」  
 彼の下半身に手を滑らせて、精悍な威容を掴む。それは、撫でるだけで、ひくひくと敏  
感に躍動してしまう。  
 片手でのベルトの外し方もジッパーの降ろし方も慣れている。あの人に数え切れない程  
してきたから。開いたところからの、真っ赤に腫れ上がった男の象徴の露出の仕方も。  
「止めてください! そんなこと、駄目です!」  
「私が見せてるのに、あなただけ見せないのは狡いわよ」  
 体重を掛けて彼の抵抗を抑えつける。乳房から離れた手が私の指を止めようとするもの  
の、それよりも早く天上に向けてそそり立つペニスを握ってしまう。  
 
「ああっ、そんな」  
 屈辱を堪えるように、彼の眉間に皴が浮かぶ。この状態を他人に見せることなど嘗てな  
かっただろう。増して、それに触れられることなぞ。  
 私が始めての人間なのだと云う思いが名誉のように感じられる。  
「凄く熱くて硬くて、逞しい。ここ」  
 この強張りは、あの人以上だ。感嘆しながら形相を掌全体で把握しようとさすり上げる  
と、血液が流れ込んで、ふるふると痙攣しながら更なる膨張を遂げていく。それに共鳴し  
て、私の子宮も疼き出し始めていく。  
「風見さん、ああ、放してください。そんなこと、そんなこと」  
「これで五分五分じゃない? ねえ、また揉んで」  
 蚊の鳴くようなか細い訴えを無視して愛撫の続行を促しながら、鈴口から零れるカウパ  
ー腺液をペニス全体に塗りつけて刺戟を与えていく。私も昂奮に冷静さを失っていたのか  
もしれない。  
「うっ!」  
 彼の低い呻きと共にペニスが大きく脈打って、粘る白濁液を噴き上げた。夥しいそれは  
掌のみならず、私や彼の衣服にも降り掛かって濡らしていく。  
「凄い…量」  
 もっと長引かせながら快感を与えようと思っていたのに。視線を移すと、彼は心許ない、  
幼児が泣き出しそうな表情をしている。理解できることだ。私もあの人に犯されながらも  
初めて絶頂を味わわされた際には、穴があったら入りたい心境になったものだから。  
 その面目を繕わせようと、彼の顔の上に掌を差し出して、一杯にこびりついた精液を舌  
で舐め取ってみせる。  
「あ…」  
「汚くなんかないのよ。あなたが私に感じて出してくれたんだもの。嬉しいわ」  
 驚愕に目を丸くする彼を前に音を立てて啜り込み終えると、立ち上がって部屋の常夜灯  
を点す。  
 
 私の口腔だけでなく、八畳の応接室にも牡のエッセンスと云うべき匂いが立ち込めてい  
る。初めは汚されたと思えたものが、何時しか、濯がれるように感じられてならなかった  
それだ。  
 黄色く濁った光に照らされる彼は、射精後の気怠さの中で懸命に手を動かして、萎えか  
けた性器をジーンズの奥に仕舞い込もうとしている。女と肌を合わせたことのない少年に  
は、他に為す術が思いつかないのだろう。  
「ねえ、一砂くん」  
 乱れきったブラウスとブラジャーを見せつけながら床に脱ぎ捨てる。嘗て看護婦だった  
自分が娼婦にでもなったかのような行為に、倒錯的な快感を覚えてしまう。医院に勤めて  
いた際にも、職場と云う意識が障壁となって、ここまではできなかった。  
「あ、…な」  
 ただ絶句するばかりのあどけない顔は、思わず頬擦りしてやりたくなる程だ。目は口程  
に物を云うの例え通り、彼の視線は、露にされていく私に痛いくらいに突き刺さって離れ  
ないのだから。  
 上半身に続いて、パンツも手早く脱ぎ降ろす。ショーツ一枚になった私の肉体はじっと  
りと汗ばみつつあった。これは、決して夏の大気の所為だけではない。  
「さっきも云ったわ。醜くないんだったら、ちゃんと私を見て」  
「でも…、そんなこと、僕には」  
「そりゃ、私にも羞恥心はあるわ。でもね、見てくれることが嬉しいって思う気持ちもあ  
るのよ。好きな男性になら、特にね」  
 そう口にして、私は今あからさまに誘ったと気づく。彼の精神と肉体を、あの少女から  
引き剥がす為に。血の束縛から解放してやる為に。  
「そ、それはどう云う…」  
 一歩ずつ彼に躙り寄る。年頃なのだから、グラビア誌などでこのようなセミヌードを目  
にしたことは少なからずあるだろう。十代の少女たちに劣っていると思いたくはないが、  
眼前の実体はそれを差し引いても、抗し難い魔力となって少年の肉欲を把握することがで  
きるに違いない。  
 
 その賭けに、私は勝ったようだ。彼の腰元にひざまづくと、長い両手が躊躇いながらも  
伸びて、私を受け止めようと構えたのだ。  
「ああ、一砂くん」  
 その胸に上体を傾けると、ゆっくりと背にうなじに腕が回されていく。何と官能的な抱  
擁。全ての流れが逆行して、数年前のあの至福の時間に戻ったようだ。  
 顔を正面で向き合わせても、微かにはにかみを残しながらも、その視線は私の眼球の底  
まで達するばかりに覗き込んでいる。  
 唇を寄せると、今度は向こうからも首を上げて応えてくれる。甘いキスの瞬間、彼の腕  
に力が籠められるのが判った。彼も倒錯の中に身を沈める決意をしたのだと確信する。  
「ねえ、私だけじゃなくて、あなたも脱いでくれない?」  
「え、…ええ、風見さん」  
「こんな時って、忍布って呼んでくれた方がいいな」  
 微笑む私の肩を掴んで引き上げると、彼も上体を起こしてシャツのボタンを外し始める。  
焦っているのか、ぎこちない指遣いを見て、私もそれを手伝う。ところどころに染みにな  
っている精液が冷たい。  
 ベルトを外してジーンズも降ろしていくと、そこに瞠目させられてしまう。下のトラン  
クスは、精を迸らせて間もない筈のペニスによって大きく盛り上げられていたのだ。  
 知識で解ってはいたものの、思春期の量り知れぬ性欲に思わず感心させられてしまう。  
「そんなに見つめないでください」  
「じゃあ、横になって」  
 仰向けになった彼の体の上で前後逆にして四つん這いになる。あの人に教えられた、シ  
ックスナインの態勢だ。そのまま、彼の顔に触れる寸前まで、吐息が掠める寸前まで腰を  
落としていく。  
「一砂くんも好きにしていいのよ。私も好きなようにするから」  
 そこは恐らく、膣口から蜜を零している。ショーツは湿り気を帯びているだろう。それ  
を彼はどう感じてくれるだろうか。そんな処女のような期待と不安に駆られる私も、心の  
どこかが彼に感化されているのかも知れない。  
 
 そんな自分を払拭するように、トランクスをずり降ろしてペニスを再び露出させる。そ  
れは、ばね仕掛けのようにぴんと跳ね上がる。その威容と、ところどころにこびりついて  
いる精液の濃厚な匂いは、私をときめかせる麻薬だ。  
「ああ、し、忍布さん」  
 おあいこと云うばかりに、彼の鼻先と唇がショーツに押しつけられる。技巧も配慮ない、  
童貞少年の荒々しい性衝動そのものだが、それはあの人では決して味わえなかった異種の  
悦楽をもたらすのだ。  
 弾力に富んだ舌が、布地越しに私の陰唇を丹念になぞっている。浮き立ってしまったに  
違いない楕円の窪みに湛えられるぬめりは、しゃぶりつく彼の唾液だけによるものではな  
い筈だ。  
「…いい匂い。甘くて、いやらしくて」  
「こら、もう」  
 荒い息が断続的に股間に吹き掛けられる。早くも、女を辱めていたぶる術と余裕を身に  
つけたのだろうか。否、こんなにも特異な空気の中で、あの人から受け継がれた資質が無  
自覚に開花し始めているのかも知れない。  
 自分が仕向けたこととは云いながら微かな驚愕を覚えつつ、腰を動かして愛撫の鉾先を  
クリトリスに誘わせる。開発され尽くした私の肉体が稚拙な前戯にも敏感に反応して、覆  
う包皮はすっかり捲れているだろう。  
「あん、そこ、そう」  
 尖らせた舌で、性感の集中する突起をぐりぐりと刺戟されると、めくるめく快感が生じ  
て全身がわなないてしまう。  
「いいわ、あん、あ、はあっ」  
 舌だけではなかった。左右の指先が、陰唇の形状や感触を一つ一つ確かめるように弄っ  
ている。熱い視線がそこをじっくりと観察しているに違いない。  
 負けてはいられないとばかりに、眼前のペニスに舌を這わせる。掌でその基部を包み上  
げて、ゆっくりと上下に律動させる。  
「え、あ、舐める、だなんて」  
「云ったでしょ。汚くなんかないわ。だって…」  
 
 不意に言葉に詰まってしまう。それに例えようもない悦びを感じているのは、彼のもの  
だからなのか、あの人にそっくりの息子のものと云う認識があるからこそなのか。私も、  
燃え盛っていく性欲に、理性や判断力を早くも焼け爛れさせてしまっている。  
 ちろちろと過敏なくびれに舌を回しながら唾液を纏わりつかせて、胴を摩擦して陰嚢を  
揉み出していくと、自分の手以外に慰められることのなかったペニスはたちまち完全な回  
復を遂げるのだ。  
「ああ、凄い。忍布さん、んんっ」  
 うねる腰を制しながら、充血して震える亀頭を口に含む。あやすように、嬲るように口  
腔の中に転がして、強く吸い上げる。塗っていたピンクのルージュが剥がれて、可愛らし  
くデコレーションされる。  
「凄い。溶けそうだ…」  
「ん、ねえ、一砂くんも、手を休めないで」  
 愛撫を促して、ペニスを口一杯に咥え込む。あの人以上の長大さに思わず咳き込そうに  
なりながら頬をすぼめて首を上下に振ると、粘膜が一体化したような錯覚に陶然としてし  
まう。  
 彼も同様なのだろう。膣に挿入したかのように腰を上下にリズミカルに動かして、より  
烈しい刺戟を求めている。  
 二人の荒い息遣いとお互いの性器を啜り合う音が、妙なる四重奏となって部屋中に響き  
渡っていた。それは、高城家の忌まわしい狂気を見守り続けてきたこの家屋に相応しいラ  
プソディーだ。  
「忍布さん、ああ、もう、また、駄目だ」  
 呻きながら、彼が限界を訴える。鈴口から兆しを知らせる粘液が漏れているのが判る。  
 しかし、放しはしない。頬を締めつけて舌を裏筋や雁首に蛇のように絡める。唇で胴を  
洗い上げながら縮こまる陰嚢を指で転がして、二度目の射精へ追い込んでいく。  
「うおっ、おおっ!」  
 けだものが吼えたような喘ぎと共にペニスが脈打って、噴き上がった灼熱の溶岩が私の  
口腔を満たしていった。  
 

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