なぜかしら気怠い土曜日の放課後だった。  
 キャンヴァスを眼前に集中していた訳ではない。ただ呆けていた。ずっと黒炭を転がし  
続けていたのだろう。掌中が粉で煤けているのがのぞき見える。  
「八重樫さん」  
 ドアが開いたことも、歩み寄ってくるなじんだ人の気配も、まるで気がつかなかった。  
「…木ノ下くん」  
 おもむろに愛想笑いを浮かべる。何ともぎこちない。しかし、それは彼も同じことだ。  
 すらりとした長身が、かたわらの空いている机に腰を下ろす。がらんとした美術室は窓  
を開け放ってもまだ夏の残滓が執拗にこびりついていて、彼は、浮き出るひたいの汗を指  
の腹で拭う。そのしぐさに長髪が揺れる。  
「頑張ってるじゃない」  
「うん。…あとちょっとで文化祭だし」  
「今日は独りなんだ?」  
「うん。上級生は講習があるし…」  
 まただ。何とももどかしい会話。理由は充分過ぎるほど解っている。だからこそ、互い  
に云いたいこと、訊きたいことがあるのに切り出せない。  
 高城くんは大丈夫なの? どうしてるの? なんでここにきてくれないの? 私のこと  
気に懸けてくれてるの?  
 …あのお姉さんと一緒なの…?  
 すがるような視線が彼のそれと合うものの、堪えられずに目を伏せる。  
 そんな問いをぶつけてみたところで無駄なことも解っている。彼と高城くんは無二の親  
友なのだから。  
 
 再びキャンヴァスに向かって黒炭を握る。何もかも忘れたかった。なかんずく、同性と  
して羨望に価する女性、高城千砂。その端整でいて儚げな空気をかもし出す姿を思い起こ  
す度、苦く重い敗北感に苛まれてしまう。  
「八重樫さん。ごめん」  
 唐突な言葉だった。振り返ると、彼もまた俯いて視線をどこか遠くに向けている。  
「俺、高城から聞いたんだ。アイツの病気のこと」  
「…」  
「俺、八重樫さんが気遣ってくれてんの判んなくて。だから、ごめん」  
「…木ノ下くん」  
 私は今どんな表情をしているのだろう。そればかりか、いつ椅子から立ち上がっていた  
のかも判らない。  
「アイツは今スゲェ苦しんでる。八重樫さんも辛いだろうけど、高城の気持ち、解ってや  
って欲しいんだ」  
 彼は苦渋をにじませた微笑みを浮かべる。無理からぬことだ。決して口外してはならな  
い事情を知ってしまった彼自身もまた苦しんでいるのだ。私と同じように。  
「解ってるよ。…うん、解ってる」  
 自分自身に云い聞かせるような偽りの言葉。  
 ふと窓辺へ足を向ける。湿気をたっぷりと含んだ風が、蝉の声を伴って穏やかに吹きつ  
ける。望むべくもないことだけど、この遣り切れない想いまでも押し流してくれたらいい。  
 
「…八重樫さんはさ」  
「えっ?」  
「八重樫さんはさ、アイツのこと、ずっと待ってるの?」  
 その問いが刃のように胸に突き刺さる。解っていながら、考えが及ばぬ振りをしていた。  
 高城くんがどうしてくれるのかではなくて、私がどうしてあげればいいのか。  
 私は未熟な子供だと云う哀しい自覚。目頭が熱くなっていくのが判って、顔を彼から背  
ける。  
「剛いんだな」  
 そんなことない。ホントはどうしていいのか全然わからない。怖い。高城くんも。お姉  
さんも。  
 あの二人に私は介在していいの? できるの?  
 その場にひざを抱えてうずくまりたい衝動を必死に堪える。  
「俺は、…そんなに剛くなれない」  
 上履きの底が床を蹴る音に続いて、靭やかな腕が素早く肩と腹に回り込んだ。  
「八重樫さん」  
 背後から抱きすくめられているのだと判断するのに五六秒を要した。その間にも、右の  
耳朶を彼の長髪がくすぐって、生温い息吹きが断続的に打ちつける。白衣越しに背筋に密  
着する男の体は大きく逞しくて、私を覆いつくしてしまうのではないかと思えるほどだ。  
 
「木ノ下くん!」  
 一喝した筈が、瞬時に喉の奥が凍りついてしまって声にすらならなかった。  
「俺、怖いんだ。高城があんなに変わっちまって。だから、だから、…八重樫さんは変わってほしくないんだ」  
 絞り出てくるような彼の哀願と共に、両の腕に一層力が籠るのが判る。女の力ではとて  
も振りほどけるものではない。それでも抵抗を試みて、壁と男の体の間で身をくねらせる。  
「やだ、こんなところで、皆んなに見られるよ」  
 私は何を口走っているのだろう。そうではない。問題はそんなところにあるのではない  
のに。  
 その思考が隙となって、腰を落として重心を下げた私の体を器用に仰向けに押し倒して、  
彼が覆い被さってくる。襲われているのだと認識する。なのに、なぜか爪で引っかくこと  
もできない。噛みつくこともできない。  
 彼が、木ノ下くんが高城くんの友だちだから?  
 視界に彼の顔が広がる。けれども、その目の色は獰猛と云うよりも怯懦に近い。  
「俺、ずっと八重樫さんを見てたんだ。でも、八重樫さんは高城のことしか見てなくて。  
…それでも良かったんだ。良かったのに」  
 ずるずるとのし掛かかられて、乳房が厚い胸板に押し潰される。そこで男を感じるのは  
初めてだ。苦しくはなく、寧ろ、甘酸っぱい感情が心の底から滲んでくる。  
 
「…今の八重樫さんは、見てられないんだ」  
 その拙いながらも切実な訴えに、全身の力がふっと抜けてしまう。何かを的確に云い当  
てられていた。  
 その様子を見逃さずに、彼の左腕が床と背中の間にねじ込まれていく。右腕で頭を抱え  
られる。かすかに震える唇が近づいてくる。  
 同じなんだ。不安を何かで打ち消したいんだ。  
 そんな同類意識が、一点の錐となって心の壁を穿つ。それは妥協と呼べるものかも知れ  
ない。  
 咄嗟に目をつむる。それと同時に、彼の唇が荒々しく私のそれに押しつけられる。激し  
い鼻息とブラウス越しに伝わる鼓動は獣を思わせる。  
「…葉!」  
 熱いキスが唇から頬に顎に、そして乱れた白衣を除けて、汗ばむ首筋にうなじにつぶさ  
に浴びせ掛けられる。いつの間にか私の腕が彼の広い背中に回っていた。  
 激流になぶられる笹舟のようだ。それでいい。全て押し流してしまってほしい。夜空に  
光る恒星のように遠くて大きな高城一砂と云う存在を、私の中から。  
「あぁ、好きだ。好きだったんだ」  
 その告白を免罪符として、頭を支えてくれていた掌が側頭から首へと下を目指して這っ  
ていく。拒まない。もう拒めない。鎖骨を通り過ぎて胸に到達してしまう。  
 自信を持てずにいたその薄い膨らみを慈しむように幾度もなぞってはさすられる。そこ  
が信じられぬほど敏感に彼の動作に応えながら、甘美なさざなみを私の体の隅々にまで送  
り込んでいく。  
 
「硬くなってきた」  
「…やっ」  
その頂点を指の間に挟みながら巧みに揉み上げられていくと、それに合わせて吐息が胸  
の奥から溢れ出す。  
ふと掌がそこから離れて目を開ける。彼が片手で一つ一つブラウスのボタンを丁寧に外  
しているのがうかがえた。鳩尾の辺りまで開かれて、堰を切ったようにその狭間に腕が差  
し入れられる。  
 直に触れ合う肌はさほど熱く感じられない。私の全身も火照っているからだ。  
彼は強引にブラをたくし上げて乳房を露にすると、身をかがめてそこにしゃぶりつく。  
舌を這い回らせる。左に続いて右。乳呑み児のように必死な姿に、思わず彼の頭を抱える。  
…これが愛撫なんだ…。  
全てが初めての経験。想像もできなかった、あまりに生々しく刺戟的な男女の交わり。  
けれども、決して心地悪いものではない。それどころか、安堵感すら覚える。  
どうしてだろう? このまま続けられたら、私、どうなっちゃうんだろう?  
彼の掌が胸から更に下に、誰にも見られたことのない、触れられたことのないところに  
滑っていく。反射的に封じようとしても、手足には最早力が入らない。難なくスカートを  
めくられて、ショーツに隠されたそこに指先が届いてしまう.  
「ふうっ」  
 その刹那、頭の中を電流が一閃する。  
 
「ゴメン。痛かった?」  
 乳房の上から私を労わる眼差しが見えて、咄嗟に頭を横に振ってみせる。肌の一枚下で  
ちりちりと粟立つ、恐怖を上回る期待がそうさせた。  
「優しく、するから」  
「…うん」  
 その真摯な口調のまま、今度は腫れ物を扱うように慎重にあてがわれて蠢く。その入り  
口の形に沿って小さな楕円を繰り返して描く。自分自身でさえもそんな風に触れたことは  
なかった。  
 快い痺れが私を蝕んでいく。唇を噛み締めても、喘ぎがその端からこぼれてしまう。腰  
が別の生き物にでもなったようにはしたなくわなないてしまう。  
 ふと疑問符と感嘆符が頭の中に点った。同時に彼が低くうめいた。そこが濡れていたの  
だ。湿り気どころではなく、ショーツに染みを造っている。  
「よ…」  
 彼の口を塞ぎたくて、これ以上ないほど紅潮した頬や耳朶を見られたくなくて、その頭  
を腕に力を込めて胸に埋める。それは続行の合図と受け取られたらしい。一旦止められた  
指先が、力と速さを加えられて走り始める。  
「ん、うっ、ふっ、んふっ」  
 言葉にならない言葉の羅列。私も既に獣だ。  
 
 不意に彼の上体も下へずり落ちていく。ところどころを唾液で光らせる、触れ合う肌を  
失った胸元が曝されてひんやりと涼しく、心許ない。  
私の両足の間にひざまずく形になった彼が手を伸ばして、ショーツに指を掛ける。  
「脱がすよ」  
「やっ、だめ、だって」  
 抵抗の声とは裏腹に、体は勝手に腰をわずかに上げて彼の求めに協力した。それでもさ  
すがに顔の前で手を組む。心臓が壊れそうなほど脈打ちを早めている。  
 するすると覆いが降ろされて露になるそこを、燃えるような目で凝視される。  
「…綺麗だ」  
 自分では抱いたこともない感慨のつぶやきに、嬉しさと恥ずかしさが交互に込み上げて  
くる。  
 ホントはどっちなんだろう? 彼に見て欲しい? 見て欲しくない?  
 戸惑いを振り払う息遣いを内股に感じる。彼の視界は今、私の秘密の部分、泉のように  
しとどに液を漏らすそこで一杯になっているだろう。そこを囲んでいる襞を指先でなぞら  
れる。  
「ふあっ、んっ」  
 稲妻そのものが全身の神経を駆け巡る。  
「柔らかい。あったかいよ」  
 もうそれ以上何も口にして欲しくなかった。体と心が揺すぶられる間で、頭の中が焼き  
切れてしまいそうだから。  
 そんな私の願いが伝わってしまったのか。何か生温かいものがそこを捉える。  
 
「やっ、そんなとこ、汚い、よ、はあああっ」  
 手と頬の隙間から、彼の唇がそこを貪っている光景に目を見張って、形容できない衝撃  
に襲われる。私と云う存在が余さず喰い尽くされていくようだ。  
 粘膜同士が密着しては名残り惜しそうに離れて、その度にぴちゃぴちゃと淫らな水音を  
立てている。  
「やあっ、んんっ、ひゃあっ! あ、あああああっ!」  
 彼の仕業がエスカレートしていく。体表で最も敏感な芯を剥き出されて、指先で転がさ  
れる。柔らかくてざらざらな舌を泉に突き入れられる。初めての、そそけ立つほどの快楽  
に全身が引きつりながらのたうつ。  
 …私って、女って、こんなに凄いものを持ってたんだ…。  
 手を伸ばして彼の長髪を掴む。腿で頭を挟み込む。けれども、そこからどうしたらいい  
のか判らない。  
 体が細胞の一つ一つにまで分解されていく。心が一点の曇りなく漂白されていく。私が  
私でなくなっていく。彼によって。戦慄するべき事態なのに、それは堪らない解放感につ  
ながっている。  
 押し流される。遥か彼方へ吹き飛ばされる。これでいい。いいんだ。  
「はあっ、んああああああああ!!」  
 頭の中が炸裂した。  
 
「葉?」  
 どれほど時間が経ったのだろう。まだ呼吸が荒い。手足が鉛になったように重い。  
 視界に神妙な面持ちをした彼が映って、顔を背けてしまう。私だけが気持ちよくなって、  
そう、イッてしまったことが申し訳なかったから。  
「なぁ、よかった?」  
「…バカ」  
 デリカシーのない人だ。けれども、彼でよかった。この絶頂を与えよこしたのが、眠っ  
ていた性を目醒めさせたのが見も知らぬ男だったら、そのあさましさに発狂したかも知れ  
ない。  
 かえりみれば、同級生たちの、彼とやった、恋人としたと云う会話にはいつも無関心を  
装って聞き流すばかりだった。怪訝な顔をみせることすらあった。それは人間の、そして  
自分の業の深さを許し切れない私の弱さ故なのだ。  
 足許で聞き慣れない音がして淀んだ視線を向ける。息を呑み込んでしまう。  
 彼がズボンのベルトを忙しく外している。間もなくそれはひざまでトランクスごとずり  
落ちる。  
「ひっ」  
 目が釘付けになる。彼のそれ、分身が屹立している。いつか保健の授業でスクリーン上  
に見せられた図解のそれとはまるで違う形相だった。充血して張り詰めた肉の塊そのもの  
だ。  
 女だけでなく、男も凄いものを隠し持っているのだと思い知らされる。  
 
「いい?」  
 黙ってうなづいてみせる。いいも悪いも、最早そんな言葉には何の説得力もない。その  
長さと太さに逡巡を覚えるものの、私のそこは彼の分身を受け入れるために、今こんなに  
も熱くぬかるんでいるのだ。  
 ひざの裏を持ち上げられて大きく割られる。刃物を突きつけられるような威圧感がそこ  
に迫っていく。  
 プールの水面に足を浸す瞬間のように、目をつむって深呼吸する。話に聞く破瓜の痛み  
だけを覚悟しながら。  
「いくよ」  
 ぴたりと押し当てられる。震えてしまう腰を掴まれる。それでも、彼に身を任せる他に  
術はない。  
「んっ、んぐぅ!」  
 入り口がぐっと大きく拡げられた刹那、引き裂かれたと錯覚するほど激痛が走った。  
 破られたんだ。挿入されたんだ。私、女になっちゃったんだ。  
「大丈夫?」  
「んんっ、んっ」  
 歯をくい縛った。一度でも開けば、拒否の言葉が吐いて出てしまうから。  
 彼の分身が、私の中の未到の路を開拓していく。視界を自ら遮った分だけ、その過程が  
如実に感じとれる。  
 削られてる。ひしゃげられてる。薙ぎ倒されてる。押し潰されてる。  
 
「ふっ、ひいっ、くはっ」  
 未だかつて、皮相的な遣りとりに終始するばかりだった私は、体でも心でもここまで正  
面から他人の存在を受容したことはなかった。そして、それにはこんなにも大きな代償が  
伴うことも解らなかった。  
 堪えられるだろうか。堪えなければならない。誰もが超克していくことだから。  
「ああっ、葉の、熱い、熱いよ」  
 彼の上体が羽根のように私の腹を、胸を、顔を包み込んでくる。私も彼を抱き締める。  
しがみつく。今度はこちらが稚児のようだ。  
「動くから、ちょっと、我慢して」  
「あはあっ、ん、んうんっ」  
 何も応えられない。それどころか、彼の背中に爪を突き立ててしまう。  
小刻みな律動と共に、すれ合うそこから渦巻く激痛とそれに反してくちゅくちゅと水音  
が生じる。凌辱の二文字が頭の中をよぎる。  
「ああ、スゲェ、いい、いいよ」  
 耳元でささやかれる声はところどころ裏返ってこっけいだ。先刻とは逆に、小さな私の  
体が彼に途方もない快楽を授けているのだ。そんな自分が誇らしい。  
 どれほどの間続けられただろうか。泪と鼻水と彼から滴り落ちる汗に私の顔はまみれて、  
それらを拭うようにキスが降り注がれる。堪え切れずに開いた唇にも。  
 
「ふうっ、うむっ」  
 そればかりではなく、舌が歯の間から口腔に突き立てられる。突然の侵入に驚くものの、  
噛まないようにするには、私のそれで抑えるしかない。蛇のように絡ませる。唾液を吸わ  
れては吸い返す。  
「むんっ、ふうんっ」  
 目くるめく悦びと苦しみを交えて、二人がどろどろに融け合っていく。その一体感だけ  
を支えとして、辛うじて熾烈な躍動を受け止める。けれども、それももう限界だ。  
「んっ、んはあっ、も、もう、私」  
「あっ、オレもイク、駄目だ、イクよ」  
 溺れたように五感が歪んでいく。意識が遠のいていく。最後に私の名が叫ばれた。そん  
な気がした。  
 彼の全身が引きつったのと同時に、彼の分身が私の奥で弾けた。熱いしぶきが子宮にほ  
とばしっている。  
……これが、羽化、だ……。  
 

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