「…っ、たく…これで、いいのかよ」
ぐるん、と一回転すると、着慣れないロングスカートがふわりとなびく。
「おー、いいじゃん!なんか、本当に妹が出来たみたいだわよー。
このままずっと、女装してても良いんじゃないの?」
「するかいっ!!」
…あの悪夢の(俺にとっては、悪夢の)5月公演が終わって数日後。
俺は何故かこうして、姉…西田理咲の自室で、女装をさせられている。
公演の時着ていた衣装とは別の服。なんでも、姉貴がわざわざ調達してきたらしい。
…いや、もちろん断ったんだよ?最初にこの話を持ちかけられたときには。
でも。
「断ったら、こないだの公演の時の写真、大学でばら撒くよ?
自慢の『弟』の晴れ姿なんだよ〜、って」
……そんな風に脅迫されたら、やるしかないじゃないか。
まさに外道だ、この姉貴は。
「しっかしアレだねぇ〜、本格派っつぅか、なんというか」
姉貴が俺の周りをうろうろ動き回る。
やめてくれ、そういう、隅々まで嘗め回すような視線は……どんどん、恥ずかしくなってくる。
「やっぱり、あたしと同じ遺伝子を継いでるだけあるんだねぇ。
改めてじっくり見ると、あんたって可愛いね!ちょっぴり嫉妬」
「そんな風に褒められても嬉しくねぇよ!!」
「またまたぁ。悪い気しなかったんでしょ?さちえやたまに、最初に女装させられたときも」
……ぐっ。
不意に思い出す。5月公演の、役柄が決まって、衣装合わせをした、あの日のことを…
「きゃー!甲斐君、理咲先輩の弟だけあるわ!まさかこんなに可愛く仕上がるだなんて」
「本当、すっごい!ほらほら、このへんとか、理咲先輩そっくり」
「い、いや、わかったから、そんなに触りまわらないで下さいよ…って、ちょっ!?」
ぎゅむぎゅむ。
「いやーしかし、最近のシリコンはよくできてますなー?触り心地も本物のムネとまるで変わらないし」
「実はちゃんと、理咲先輩とサイズを合わせちゃったりしたんだよー?良い感じっしょ」
「だ、だから、そんなに、体押し付けないで下さいってばァァァァーー!!?」
…あぁいかん。あんときのさちえ先輩やたま先輩のスキンシップが、頭に甦って……
「甲斐ー、何真っ赤になって固まってんのよー」
ぎゅむ!突然、不意打ちのタイミングで姉貴が背中から抱きついてきやがった!
「ちょ、ちょ!姉貴、やめろ!やめろっての!!」
「いいじゃん姉弟なんだしー。…うわ、このシリコンよく出来てる。あたしのよりデカイんじゃない?嫉妬」
っつ、つぅか背中に姉貴のムネあたってるって!!
…やっぱ姉貴って、胸でけぇなぁ……じゃなくって!!
勘弁勘弁、これ以上はマジ勘弁っ!!このままじゃ、ほんとにやべぇ(いろんな意味で!!)
「…姉貴、そろそろ離せよッ!!」
無造作に、背後から抱きついて俺の(人工)胸を揉みしだく姉貴の身体を跳ね除ける……と。
「ぎゃっ!!」
「うわぁっ!!」
身体がぐらりとふらついて……二人もろとも、こけた。
「……」
「……」
俺たちは倒れていた。
…尻餅をついた、俺の股ぐらの上に、姉貴の顔が来るような位置で。
……よりにもよって、こんなタイミングで!最悪だ!!
「……う、わ」
姉貴が凝視しているのは、俺の股の真ん中で、ロングスカートを持ち上げているモノ。
さっきのスキンシップやらなんやらで、不覚にも、勃っちまってた、ところだったのに……
……最悪だ。こんな、こんなの……
「…甲斐」
「なんだよ!じろじろ見んなよ!!」
「……」
ごくり。姉貴が、息を呑む音が聞こえて。その次の瞬間。
…ぎゅ。
「ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁ!?」
スカートの上からであるが、突然姉貴が、隆起したモノを、両手で掴んだのだ。
「な、なにしてんだ!?離せ、は、離せよ!!」
「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃなしぃ」
「減るよ!!減るから頼むよ!!離してくれよ!!
…何でこんなことすんだよ!!俺たち、姉弟だろっ!?」
「…いいじゃないのよぉ、別に、セックスするわけじゃないんだしさぁ」
「せ、セッ……!!?」
姉貴の刺激的な言葉に、更に顔が真っ赤になる。
「あはは、免疫無いんだねぇ」
「免疫無くて悪かったなぁ!!」
「…ねぇ、麦ちゃんと、まだセックスしてないの?」
「ぶぶぅぅ!!!」
吹いた。壮大に吹いた。
言うにことかいて、なんてことを口走るんだ、この姉貴は……
「なんだてっきり、あんた達もう付き合ってるんだと思ってたから。
そっかぁ〜、あんたたちまだ未経験なんだ」
「未経験も何も、そんなんじゃねぇんだって!!」
「ふむふむ。我が弟は、まだ童貞……と」
「童貞で悪かったなぁ!!童貞をなめんじゃねーぞ!!
男はなぁ、30まで純潔を守ると、魔法が使えるようになるんだぞ!!すげぇだろ!!」
我ながら何を力説しているのかわからなくなってくる。
完全に、頭に血が上っていたから。
「……だったらさ、甲斐」
そのあとの、姉のセリフを、瞬時には理解できなかった。
「……お姉ちゃんが、筆おろし、してあげようか」