たま新部長「えーっと、今日の定期公演、みんなお疲れ様でした。 まだまだ未熟だけれど、私たちにしてはよく出来たと思います。
榊元部長も、わざわざ見に来てくれてありがとうございました。 それでは、カンパ〜イ!」
部員一同じ「カンパ〜イ!」
ざわ……ざわ……ざわ……
演劇部部室の長机の上には所狭しとお菓子やジュースが並べられ、みんな思い思いにそれらを摘んでいる。
何でも、元部長の美麗が自腹を切って用意してくれたからこんなに多くなったとか。
とあるテーブルの一角では。
さちえ「「♪ララーラ ラ〜〜」
たま新部長「……さち、なにやってんの?」
さちえ「え、決まってるじゃない? 二次会のカラオケのために今から喉のエンジンをかけてるのよ ♪ララーラ ラ〜〜」
たま新部長「……さいですか」
また、とあるテーブルの一角では。
オリナル「響ちゃん、グッジョブ! 今日の選曲も凄くキまってたよ! タイミングばっちりだしすんごく雰囲気出てた!」
麦「わ、私もそう思うよ、響さん。 ギリギリまで曲選んだかいがあったね?」
響「……」
美麗(あー…‥このパターンだときっと響鬼さんは……)
響「そうですか。 それは良かったです」
オリナル&麦「…………」
美麗(やっぱりねぇ……)
そこで、空気の読む力にやや問題のある副部長が乱入。
持ち前の強引さで、部内の潤滑油になろうと果敢に努力するが……
さちえ「ほら〜、今はせっかくの打ち上げなんだから、響さんももっとハシゃぎなよ? ね!?」
その問いに間髪入れず、物静かな少女は答える。
響「遠慮しておきます」
幸枝は少しムカッと感じたが、それを隠して続ける。
さちえ「はは、前と変わらずちっともつれないな〜!」
カチッカチッ……
響「私、こういうのあんまり好きじゃないですから」
響は幸枝からおもむろに視線を逸らすと、ジュースの入った紙コップを手で取って中身を少し飲む。
あんまりな響の反応に、幸枝はショックを隠せない。
さちえ「ううっ……!」
麦(……部長さん‥‥)
オリナル(響のポニテがカチカチ鳴り始めちゃったよ〜)
美麗(さて、どうするのかしら?)
カチッカチッ……
さちえ「もうっ、こうなったら……!」
幸枝は何かに取り憑かれたように長机の上に乗っていた袋から少し大きめ瓶をサッと取り出すと、パキュッと飲み口を開ける。
そして、響の口にそれを半ば強引に押しつける。瓶の中身が、見る見る内に響鬼の白い喉を通って減っていく。
響「むぅっ………!! ん、ぅっうっ……」
その事態に驚いたのは近くのちとせ達だった。
しかも悪いことに缶の銘柄を見ると、それはどう見ても未成年は飲んではいけないタイプのアルコール飲料だった。
オリナル「さ、幸枝先輩! そんなの飲ませたら色々とマズイじゃないですかっ!?」
麦「お、お酒……?」
耐性など皆無だろうに、いきなり呑まされてしまった響はだいぶ酔ってしまっていた。
響「うぅぅ……んっ…… せんぱぁい、わたしに、ナニ、ヒック! 飲ませたんで、すかっ!? 」
きめ細かい白い肌の顔が見る見る内に赤く染まり、彼女の感情のバロメーターであるポーニーテールがフラフラと揺れる。
そんな危険なやりとりを見ていた元部長は、威厳を発揮して副部長を叱咤する。
美麗「バカッ!部を軽く潰すつもりなの!? しかもなんでそんなの持ってたのよ!?」
さちえ「だって……こういうのもスキンシップの一環だと思って…… ちなみにコレは持参品です」
美麗「んなもん持参するなぁーっ!!!」
当の被害者である響は、クルクルと目を回して激しく気分が悪そうだ。普段の彼女からは考えられない表情の乱れよう。
響「あうううっ……わたし、気分が、ウップッ……」
美麗「ほら、いわんこっちゃない! さちえ、あんたがトイレかどっかに連れてって!」
自分が引き起こした事態の重さに気づいた幸枝は、慌てながらも響を最寄りの女子トイレに連れて行く。
さちえ「ごめんなさい響さん! もうちょっとだからね、頑張って〜!」
響「も、もうらめですっ……ぅっ!」
バタン!と、勢いよくドアを開けられて二人の足音が遠ざかっていくなか、そんな二人のやりとりが聞こえた。
美麗+部員一同「……………」
残された部員達は、自分たちの目の前で新しい伝説が生まれた感触をじっくりと噛みしめていましたとさ。
オマケ
名無しの女子演劇部員「ああはっ!! そういえばきょーちゃん、この後カラオケ来る?」
きょーちゃん「いや〜、打ち上げって楽しいなぁ。 うん、カラオケ? もちろん行く行く!」
不能の甲斐「……俺ら、こういう時にはちょっと浮いてるよな」
チビメガネ「僕なんて、あだ名が悲惨なことになってますよ。……脚本あっての演劇だというのにどいつもこいつも……!」
不能の甲斐「俺も、だよ。 お互い、頑張ろうな……」
放課後、演劇部から最寄りの女子トイレにて……
洋式の便座を両手で掴み、中腰で必死に嘔吐の感覚に耐える黒髪のポニーテールの少女がいる。
彼女のチャームポイントのポニーテールは今や重力に引かれているせいか、それとも彼女自身の体調が悪いせいかグッタリと斜めに背中にかかっていた。
響「くぅっ、はぁっ、はぁんっ…………」
つい先ほど、悪乗りした先輩……幸枝に無理矢理お酒を飲まされてしまった響である。
基本的にかなり真面目で、お酒など飲まないからそれへの耐性もない彼女は相当に辛そうだ。
さっきまで紅潮していた肌は青くなり、唇までも変色していた。
響「ううぅっ…………ぐっ!」
彼女の声が一層苦しそうになると、次の瞬間にあまり綺麗でない水音が辺りに響く。
さちえ「だ、だいじょうぶ!? 響さん、しっかりして……!」
苦しそうな響の肩や背中を、まるで母親のようにさすったりトントンと叩いているのは他でもない、彼女にお酒を飲ませてしまった幸枝本人である。
お調子者な感の強い幸枝も、今回は響に付きっきりになりながら深刻な気分になっていた。
さちえ(ああああ……! ど、どうしよ! どうしたもんか! そもそも、元はと言えば私のせいでこんな‥‥ことに……)
……響が本当はこういう手荒なこと慣れていなくて、普段は音楽を聴いているのが趣味の物静かな、
部活以外ではあまり周りと関わりを持たないタイプの女子だとは知っていた。けれど、自分が悪い癖で先輩風を吹かせたばっかりに……
他人との距離の取り方を違えて自分が恥をかくならまだしも、こんなに相手を目に見える形で傷つけてしまった経験は幸枝にはほとんど無かった。
幸枝はなんだか、どう謝って良いかわからなくなってしまって、ただただ響に謝った。
さちえ「ご、ごめんね……響さん」
幸枝は申し訳ない気持ちで一杯で、響の背を優しく撫で続けていた―――