「……っ」  
じりっ、じりっ…  
短剣を両手でしっかり持って構え、相手との距離を測る。  
私の目の前の敵…不定形生物は、にゅらりにゅらりと不気味な動きをしながら  
私の近くへとにじり寄ってきていた。  
額に汗が流れる。呼吸も忘れるぐらいの、緊張感……  
 
「大丈夫大丈夫!もっと楽にして、ムギー」  
斜め後方から、カイ君が励ましの声をかけてくれる。  
…そんな、もっと楽にして、といわれても……  
……  
 
「…むっ、無理ですー!!」  
「ちょ、ちょっ…ムギぃぃぃぃ!!?」  
だっ!押しつぶされるような緊張感に耐えられず、私はその場を逃げ出した……。  
 
--------------------------------  
 
「やれやれ……まーた逃げちまったか…」  
ふぅ、と深い溜息をつくのは、騎士の鎧に身を包む少年。  
まだまだ若造、といったあどけない顔立ちだが、それ相応に経験を積んだらしく  
鎧の継ぎ目からは、鍛えて引き締まった身体が見え隠れしている。  
「ぽ〜りんっ、ぽ〜りんっ」  
「仕方ない、こいつは俺が処理しますか……」  
彼は、目の前に取り残された、不定形生物に向き直り、じゃらりと剣を抜き放つ、が…  
 
びしゅっ!!  
目の前の生物に、飛来した矢が突き刺さる。  
不気味な動きをしていた生物は動かなくなり、やがて地面に溶けて消えた。  
「まったくぅ、何してんのよぉ」  
「姉貴?」  
少年が、矢の飛来した方向に目を向ける。  
…小高い丘の上で、構えた弓を下ろし、深い溜息をついたのは、  
さらりと長い髪を風に流されるままにする、若い女性。  
半袖ジャケットとショートパンツ中心の軽装は、彼女の豊満な肉体を隠そうともしていない。  
「なんでアンタがひとりでモンスターと戦ってんの?ムギちゃんはどうしたのよ」  
「ムギ、は…えーと、その」  
「また逃げられちゃったんじゃないでしょうね」  
女性は身軽に丘から飛び降りると、素早く少年騎士に駆け寄り、手持ちの弓で彼を小突いた。  
「い、いってぇぇ!」  
「アンタが狩りに誘っといて、だらしないったらありゃしない。とっとと探してきなさいよ」  
「へーい……」  
 
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怖い。怖い。怖い…  
親友のカヨちゃんの代わりに、世界を旅して見聞を広める、と誓って  
田舎の村から、王国首都まで上京してきて早1ヶ月…  
冒険者になるには、魔物と戦って経験を積まなきゃならない。  
でも、魔物と戦うなんて、やっぱり私には、無理、だよぉ…。  
 
…だけど。  
数日前に知り合って、快く協力を承諾してくれた、騎士のカイくん達。  
その親切心を、無駄には出来ないし…  
…はぁ、どうしよう……  
 
…どどどどど……  
 
…あれ?舞台袖……じゃなかった。平原の向こうから、何か壮絶な音が…?  
怪訝に思った私は、音のする方向に視線を向けた。  
 
……って、えぇぇぇぇぇぇ!?  
 
こちら側に向かって、まっしぐらに走ってくる、一人の女性。  
首すじくらいまでのちょっと癖の入った髪、すらっとした身体に、よくフィットした神官の法衣。  
「……ノノ、さん…?」  
私は小声で彼女の名前を呼び、その直後驚愕した。  
彼女は、その背後に、大量の魔物を引き連れていたのだ。  
さっき私が対峙した不定形の魔物とか、その色違いとか、  
あんまり見たことのない巨大な蛾とか……!?  
「…え、ちょ、ちょっ……ノノ、さ…!?」  
そのままノノさんは、まっすぐ私のそばまで走り寄り…  
 
…直前で方向転換して、走り去っていった。  
 
当然、後続の魔物は、そのまま私に向かって、突っ込んでくるわけで。  
「……うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」  
…意識が途切れた。  
 
……気が付くと。  
目の前には、微笑みをたたえるノノさんが。  
「…ノノ、さ…」  
私はがばりと飛び起きる。気を失っていた間、彼女に膝枕されていたらしい。  
…ちょっと、気持ちよかったかも……じゃなくて。  
「ノノさんっ!どうして、あんなこと、したんですか…」  
精一杯、声を張り上げて抗議した。何故、魔物を集めて、けしかけるような真似を…。  
疑問の表情を浮かべる私…  
 
…すると、私の両手を、ノノさんが両手の平に包み込み、捧げ持った。  
あたたかい、手…  
「……」  
ノノさんは何も言葉を発さない。しかし、にこり、とこちらに笑いかける。  
 
『大丈夫よ、貴女なら、出来る』  
…そう、諭されているような気がした。  
何かが心に、じんわりにじんでくる。何だか、安心、する……  
自信がわき上がってくるような、そんな感じがして。  
「……はいっ」  
私は、思わず頷いた。それに呼応するように、彼女も頷き……  
 
……ぐいっ。ぶんっ。  
 
「……ぇ」  
私は瞬時のうちに、ノノさんに身体を持ち上げられ。  
たむろしていた魔物の群れの中に、投げ込まれた。  
「……ひぇ…ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜!!?」  
これって、やっぱり……アレ、なんですかぁぁぁ!?  
『この魔物を全部倒せ』って、ことなんですかぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!?  
「……」  
神官の少女は何も言わず。ただ、意味ありげな微笑みを浮かべているばかりだった……。  
 
「……ぜー、はー、ぜーはー……」  
息が切れる。激しく深呼吸。  
結局あれから、私は死ぬ気で頑張り、襲い掛かる魔物の群れをなんとか撃退した。  
途中、ノノさんの回復魔法による援護はあったものの、基本的にはひとりで。  
本当に、疲れた……。  
「あ、いたいた!!」  
そこに、走り寄ってくる二人。騎士のカイくんと、そのお姉さんの狩人、リサキさんだ。  
リサキさんは私の姿を認めると、ものすごい勢いで抱きつき、大きな胸に私の顔を埋めさせた…。  
「大丈夫?ムギちゃん〜?怪我とか、してない?」  
「け、怪我は何度もしましたけど、ノノさんがその都度回復してくれて…  
 …それはともかく、ムネが、その、苦しいです」  
窒息しそうだった。  
「あ、あの…ム、ムギ、お疲れ」  
「う、うん……カイくんも、お疲れ様」  
「お疲れ、って言うほど、カイは何もしてないと思うけどね〜。  
 コイツがボスモブなんかに遭遇したりするから、ムギちゃん達を探すのに  
 余計な時間がかかっちゃったわよ」  
「ちょっ……あれは不可抗力だろうがっ。つーかムギにボスモブとか言って解るのかよ!?」  
な、なんとなくわかるような、わからないような…強力な魔物、のことだよね?  
「まぁ、気にしない、気にしない。それはともかく……あれ」  
リサキさんが、私の首に下がったプレートに注目する。  
「…おぉぉ!おめでとーっ!レベルあがってんじゃん!!」  
リサキさんの嬉しそうな言葉、同時にカイくんの表情も明るくなる。  
促されて、プレートの内容を見てみる。  
魔法文字で内容が書かれたプレートには、こう書いてあった…  
 
『初心者 レベル10 MAX!!』  
 
う……わっ。  
ほんとだ…レベル、あがってる……。  
さっきは無我夢中で戦ってたから、気づかなかったんだ……。  
 
「ムギちゃん、頑張ったんだね!よくやったよ」  
ぐにっ、ぐにっ。私の頭をぐしゃぐしゃに撫で回すリサキさん。  
「頑張れば、出来んじゃねぇか!お疲れ、ムギ」  
カイくんも、我が事のように、喜んでくれている。  
…少し離れたところに座っていた、ノノさんに視線を向けてみると。  
「……」  
ノノさんは何も言葉を発しなかったけど。  
…にっこりと微笑んで、小さくガッツポーズを作ってくれた。  
 
……頑張る、って、こんなに気分がいいこと、だったんだ。  
村にいるころは、こんなに死ぬ気で頑張ったことって、なかったから…。  
胸を満たす充足感。そうか、頑張るって、こういうことだったんだ……。  
 
「これで初心者も卒業だねっ!これからもあたし達と一緒に、頑張っていこうね?」  
リサキさんが私の顔を覗き込み、満面の笑みを浮かべる。  
……それに応じて、私も。  
「……はいっ!」  
…素直に、今の気持ちを、顔に表して、応えた。  
 
 
「よぉしっ、これで正式パーティーメンバーさらに一人確保ッ!!  
 ……よかったじゃないの、カイ〜?」  
「ベ、別にッ!?そんなんじゃねぇよッ!!」  
「思いっきり照れてんじゃねぇかっ。素直になりなさいよ〜」  
「そんなんじゃねぇって!!」  
「あはは〜。……ところでムギちゃん、初心者レベルMAXになったから  
 もう転職できるじゃない?…次の職業、何にするか決めてる?」  
「え……ええと、その……忍、者?」  
「……へ、っ」  
 
…その瞬間、なんだか、空気が凍りついたような気がした。  
 
「(初心者で、いきなり忍者って……なんつー微妙なチョイスするんだか、この子わ)」  
 
「(……)」  
 
「(…忍者……ムギの、忍者衣装か……  
  ……って、何想像してるんだ俺わ!?だ、断じてエロい妄想とかしてませんよ!?)」  
 

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