え、えっと……麻井、麦、です……  
 
…演劇研究会に入部して、はや半年以上…  
いろいろ、あったけど、今のところなんとか、やれてます。  
 
…秋の文化祭公演で、なんと主役をやることになってしまって。  
今からどきどき、ビクビクの毎日、なのですが…  
 
野乃先輩や理咲先輩、桂木先輩の、厳しくも暖かい指導、  
佳代ちゃんやちとせちゃんの励まし…そして、  
甲斐君、が、背中を支えていてくれる、おかげで…何とかやれてる、感じです。  
 
今日も練習、がんばらないと!  
 
 
「こん、にち、は……?」  
からからから。研究会部室の、ちょっと立て付けの悪い扉をあけて、  
いつものように恐る恐る挨拶。  
こういう態度、改めないとなぁ、とは思ってるんだけど、どうしても、無理、だよぉ……。  
 
「…あ…れ?」  
いつもだったら、野乃先輩が真っ先に来てて。  
『こんにちは、麻井さん。さ、練習始めましょうか』  
と、他の人たちも集まっていないのに、早速始めようとしちゃうくらいなんだけど。  
「…今日は、誰もまだ、来てないのか…な?」  
 
静まりかえった部室。  
窓の外から差し込む、夕焼けの赤が、目に眩しいくらいで。  
…ひゅぉぉ。隙間から吹き込んだ風が、すこし肌寒く感じられて。  
窓の外を見やると、風がばさばさと紅く染まった樹の葉を揺らしていた。  
もう、すっかり秋、なんだなぁ……。  
「そういえば、文化祭まで、あと1週間ぐらいしかないんだよね」  
自分でそうひとりごちてみて、改めて本番が近いことを実感し、身が固まる。  
 
……わ、私、ちゃんと……やれる、のかなぁ……  
 
ふるふる。首を振った。  
逃げちゃいたい、と思ったことも一度や二度じゃない。  
でも、その度に、野乃先輩や、他の先輩たちが、今までどれだけ頑張ってきたか。  
それを思い直して、踏ん張ってきた。  
それに……  
ここにはいない、いつも支えてくれる、彼。  
その彼のことを想い、少し胸に手を当てて。  
 
「……あ、め、ん、ぼ、あ、か、い、な、あ、い、う、え、お」  
まだ私しか来てないけど、自主トレ、始めちゃおう。  
 
「…わかった、わよ」  
……。  
「そんなに、いうなら、やってみせてよ」  
……みんな、来ないなぁ…。  
「わたし、だって、こんなせいかく、いや、だもの。  
 ほんとうに、かえれるなら、こっちからおねがい、してらるわよ」  
うわわ。とちった……もう一回。  
「わたしだって、こんな性格、嫌だもの。  
 ほんとうに変えれるなら、こっちからお願いしてやるわよ」  
…ん、少し、上達した、かな?  
「さぁ、あなたたちの力で、私を変えてみせて」  
 
……私、変われた…のかなぁ?  
練習中は、少しは声が、出るようになったけど……  
ほかのときは、全然ダメだし……。  
佳代ちゃんは、「最近麦、変わったね。成長した。うんうん」って  
時々頭を撫でながら言ってくれるけど(あれちょっとやめてほしいな。さすがに人前では)  
自分ではあんまり、実感できない…。  
 
……えぇい。考えてる暇なんてないない。練習練習……  
 
……そ、それにしても、誰も、来ないなぁ…。  
携帯の時計を見た。甲斐君はともかく、先輩たちがこんなに遅れるなんて珍しいかもしれない。  
どうしたのかな…呼びにいったほうがいいのかな?  
で、でも…3年の教室なんて、めったに行った事ないし……行っても多分、固まっちゃうし。  
…やっぱりひとりで、練習してよう。  
 
…次は結構、大事な場面だな…。  
どうせ誰も来ないし…よぉし、度胸つけるために、少し大声を出してみよう。  
「……わ…わた、し……」  
すこし…ううん、とんでもなく、恥ずかしい台詞だけど……  
「……私、あなたが……」  
思い切って、大声でっ!!  
「…あなたが、好きですッ!!」  
「ど、どわわわわッ!!?」  
 
……え?  
「あ…あさ、い……」  
目の前には。顔を真っ赤に染めて、甲斐君が立っていた。  
 
「………〜〜〜〜〜〜〜〜ッッっ!!?」  
やだ、恥ずかしい。顔が、真っ赤に染まる。体温が、どんどん上がってく。  
うそ。いつのまに、入ってきてたの?私、全然気づかなかった。  
気づかずに、私、こんなに大声で……一番恥ずかしい台詞を……  
ど、どぉしよぉ……立って、られないよぉ……。  
 
「え…えぇと……」  
ぽりぽり。頭を掻いて、頬を赤らめている甲斐君。  
今のは台詞の練習だったんだけど、と一言告げればいいのに、  
その言葉がどうしても出てこない。身体が、固まってしまう。  
部室を沈黙が包む。膝ががくがく震えてきた。このままじゃ、腰を抜かしちゃうかも。  
 
気が遠くなりかけた瞬間、目の前の甲斐君が、突然あははと笑った。  
「…あ、そっかそうか。そうだったよな、台本にあったもんな、そのセリフ。  
 麻井、早めに部室きて、ひとりで練習してたのか。すげぇなぁ。俺には真似できねぇ。あはは」  
「そ、そう、そう、なんだ……うん。  
 で、でも、べつに、早く来たわけじゃ、なかったんだけど……」  
「だ、だよなぁ。  
 よく見たらこんな時間じゃねぇか!姉貴たち、どうしたんだ?珍しいよな!」  
緊張が緩んだ。でもまだどこか、会話がぎこちない。  
嘘をついてる、わけじゃないのに……ううん、やっぱり、嘘、ついてる?  
「俺たちが一番乗りだなんて。こりゃ明日は大雨だな」  
「か、甲斐君……それ、自分で言っちゃ駄目だよ……」  
「そ、そりゃ、そう、だよな」  
 
また、会話が途切れた。  
甲斐君は、こちらをちらちらと見つつ……なんとなく、目を逸らしてる。  
私も、甲斐君のほうを、まっすぐ見ることができない。  
うぅ……この微妙な空気……いったい、どうすればいいの……?  
 
「……あぁもぉ、姉貴も先輩たちも遅ぇなぁ!  
 麻井、ちょっと待ってろ、俺が皆を呼んでくる!」  
耐え難い沈黙を切り裂くように、甲斐君が扉を振り返った。  
そして、扉に手をかける……  
 
……より先に、私は、甲斐君の制服の裾を握り締めていた。  
「…あ…さい……?」  
「…ない、で」  
私の方を振り向き、固まる甲斐君。  
「……いか、ないで、かい、く…ん」  
「…麻井」  
「まだ……ふたりきりで、いたい、よ」  
ぼそぼそと、おそるおそる。私は怖々言葉を紡いだ。  
さっきの台詞は台本の台詞だけど、その言葉の意味は嘘じゃない。  
私が、彼に寄せる気持ちは、嘘じゃない……と、思う。  
「……麻井っ」  
扉の方に向けていた身体を反転させ、彼が私をぎゅうと抱き寄せた。  
同時に、脱力感がどっと押し寄せる。  
がくり……腰が抜け、膝が折り曲がるのを感じた。  
そして、私は彼の胸の中に崩れ落ちる。  
その暖かいぬくもりを感じながら。  
 
「……麻井」  
首筋に手を当てられ、伏せていた顔を持ち上げられた。  
そして、唇を奪われる。  
「……んっ…ん、ぅぅぅ……ッ」  
男の子のらしい、骨ばった感触。不慣れな、たどたどしい動き。  
でも、その未知の味わいに、頭の中がたちまち、とろけてゆく。  
咥内に舌を差し込まれて。私の中で、彼がめちゃくちゃに動いた。  
「ふ、ッ、く、きゅ、む……む、ぷ、はァ」  
唐突に……離れた。私と彼の間に、余韻のような、白い唾液の筋が走る。  
「はぁ、はぁ、はァ」  
「…………ッ」  
ダメだ、顔が真っ赤に紅潮する。動悸が止まらない。  
「……ご、ごめ、ん、麻井」  
「どうして、謝るの?」  
彼が目を丸めた。  
「へっ……?」  
「謝る、くらいなら、どうして、急にこんなこと、したの」  
「……そっ、それ、は……」  
甲斐君を、まっすぐに見つめた。射抜くような眼差しで。  
……彼は、しばらく考え込むと、拳を握り唇を噛み締めて。答えた。  
「好きだからだよ!止められなかったんだよ!  
 俺、若いから……バカだから!麻井に、あんなこと言われて、舞い上がっちゃって!  
 止めらんなかったんだ!あぁぁぁ、俺のバカ!!」  
バカバカバカ!と自分で自分の頭を殴りつける甲斐君。  
その手をとって、静止し。そのまま両手で握り締めた。  
「あ、謝られても……こまる、よ……そんなに、自分を、責めないで、よ」  
「……あ、あさ、い」  
「…だって、私、だって、嬉しかったんだから……。  
 でも、場所と時間、は、考えて、欲しかったか、な」  
「……う、嬉し、かった、って……」  
「…私、だって……甲斐君と、そういうこと、したかっ、たんだから」  
もののはずみで言った、その自分の一言。  
とたんに恥ずかしさが押し寄せ。つま先から頭の先まで、真っ赤に茹で上がるのを感じた。  
なんで、こんなこと言っちゃったんだろう……あまりの恥ずかしさに、気が遠くなった。  
 
「…それって」  
気が遠くなり、身体がふらつく。倒れかけた上体を、何かが支えた。  
「…ぇ……」  
「それって、いい、ってことだよな、麻井」  
「な、……なに、って、きゃぁぁっ!?」  
私の上体を支えた両腕が、そのまま重しとなって圧し掛かってくる。  
静かに、優しくだけど、私は甲斐君に、押し倒されてしまった。思いのほか、強い力で。  
「ぇ、ぁ、ぁ……だ、だ、めぇ……皆、来ちゃう」  
「姉貴たちが来たら、俺がどうにかするよ」  
「そ、それ、にぃ……っ、がっ、学校、で、そんな、こと、だめぇ」  
まさか、こんなことまでされるとは思ってなかったから。  
混乱と、恥ずかしさで頭が真っ白になり、何も考えられなくなっていく。  
「…もう、我慢できないんだ……ごめん、麻井」  
「ちょ、ちょっ、ちょ、と、ま、ま、ぁぁあ…………ぁ、あぁっ」  
のしかかられ、手足の自由を奪われて。  
首筋に、口付けを浴びせられ。今まで発したことも無い、変な声が、漏れた。  
「麻井の肌…すべすべ」  
「だめ、だよぉぉ……みつかっ、ちゃう、よぉ」  
声を絞り出して、抗議するけど。彼は聞き入れてくれない。  
舌が首筋に沿って、鎖骨まで這う。どんどん、からだから力がぬけてく。  
抵抗、できなくなっていってしまう。  
どうしよう……このままじゃ、流されちゃう、よ。  
 
こういうこと、知らないわけじゃない。  
好きあった男女が、自然に至る行為。  
でも、私にはまだまだ先のことだと思ってた。  
だって、まだ学生だし。取り返しの付かないことになったら、大変だし。  
甲斐君のことは好きだし、いつかは、そういうことになるのかな、とも  
ぼんやりと思っていたけれど……でも、いくらなんでも、早すぎる、よぉ……  
 
ぱち、ぱち、ぷちん。  
制服のボタンを外される音、そして衣擦れの音が、私の意識を思考から呼び戻した。  
いつの間にか、制服をはだけられ、下着姿を晒されている。  
「……だっ、だ、めぇ」  
胸を隠そうとするけど、彼の肘で両腕を固定されてて、動かせない。  
おねがい……そんなに間近で、じっくりと、見ないでよぉぉ……  
「…ぃひっ、や……あ、ぁぁッ」  
腕を固定されたままで。彼の両手がやんわりと、私の胸を掴む。  
「麻井……胸、やわらけぇ……それに、思いのほか、大きいや」  
「や……だっ、だめぇ……だめ、だよ甲斐君、このままじゃ…」  
後戻り、出来なくなる。  
このまま、ずるずると、最後まで……しちゃう、の?  
「……俺は、やめない」  
「ここじゃ、だめ……皆、きちゃう、ょ」  
「それでも、もう、……やめられねぇよ」  
 
彼の、決意を込めた眼差し…その顔が不意に近づき。  
また唇を、吸われた。  
「んぅ……く、ちゅっ……く、く」  
今までよりも、もっと深い口付け。脳まで溶かされるような。  
思考がマヒしてゆく。背中にぴりぴりと刺激。  
不思議と不快に感じない。むしろ、きもちいい……?  
駄目、だって、懸命に私の頭の裏側が告げる。このまま流されちゃ駄目だって。  
でも。手も動かない、足も動かない。されるがまま。  
 
ホックをはずされ、下着をずらされても。  
「……ん、は、うっ……い、いぃぃぁ」  
晒された胸の頂点を、舌で弄りまわされても。  
「ぅ…ふ、ゥ……く、ぅぅぅッ」  
動け、ない。動か、ない…?  
……やっぱり、私も、望んでる、の……?  
「はァ、はァ……あさ、い…あさい」  
熱に浮かされたように、甲斐君が私の名を連呼し、しがみついてくる。  
その手のひらが、私の下半身に移動し、太股を這い回って…、……!  
「だ、メ、かいく、ん、そこは、だめ、ぇぇぇぇ!」  
生唾をごくんと飲み込む音。そして、スカートが撥ね上げられて。  
「い……やっ」  
地味めの白いぱんつ。その中央、見られちゃ恥ずかしい場所をまじまじと見られて。  
両手で顔を包み込むように覆った。恥ずかしい。熱を帯びた頬の温度が、どんどんあがっていく…!  
「…もう、染みになってる…」  
「おねがい…みないで、よぉ……」  
恥ずかしさに泣きそうになりながら、抗議しても。  
「……っ」  
彼は、それを聞き入れることなく。  
「……は、ぁ…や、だ、ぁぁぁぁぁ!!」  
顔面を私の股の間に埋めるように突き出し、唇を開いて、  
私の熱を持っている場所に、あてがったのだ。  
びりり、と強い刺激が、全身をかけめぐる。感電したように、身体が痺れ、反り返る。  
下着に浮き出た筋に沿うように、彼の舌が、水音を立てながら動き回った。  
頭が、真っ白になる。意識を保っていられなかった。  
もう、だめ。わたし、だめになっちゃう。もう、いっちゃう……!!  
 
「……っっうぅぅ……ぁぁぁあぁ……!!!」  
 
…自分でも驚くほど、つんざくような嬌声が、部室内に響いた……。  
 
「や、やべぇ!」  
甲斐君は素早く身を起こし、私を抱きかかえると、  
手近な押入れの扉を開け、そこに私を押し込めた。  
「麻井、そこでじっとしてろ!俺がなんとかして誤魔化すから!」  
こ、こくこくこく。私は頷くしか出来なかった。  
は、恥ずかしいよぉ……まさか、あんな大声が出ちゃうなんて……っ。  
なんか校内中に響いちゃった気がする。  
もしばれちゃったら、私たち、どうなっちゃうのかな……。  
そ、それよりも!まずは野乃先輩たちに、どうやって誤魔化せばいいんだろう!  
なんだか、もう部室の外からバタバタって足音がするし!!  
「い、今の変な声、ここからだよね!何かあったの!?誰かっ……」  
あ、今の理咲先輩の声……え?どうしたの?  
数人の足音が、部室の中に響いたと思うと、また室内に沈黙が到来した。  
一体、何が……押入れの扉をわずかに開けて、室内をのぞき見た。  
「……」  
「…甲斐、君?これは、いったい…」  
表情を変えず(変えて無いように見えるだけで、額には汗が浮かんでいる…)野乃先輩。  
冷静を装いつつも、口をぱくぱくしている桂木先輩と…  
「……」  
「…あ、あはは…やぁ、麗しき姉貴」  
「何が麗しき姉貴じゃこのボケがァァァァァァァ!!  
 とうとうここまで堕ちたか、この馬鹿弟がァァァァァァ!!」  
ドタバタバタン!!恐ろしい形相を浮かべた理咲先輩が、甲斐君を羽交い絞めにした。  
あ、あぁぁぁぁ……骨が、きしむ音がはっきり聞こえる…。  
「ま、まさか、誰も来ていないことをいいことに、部室内でアダルトビデオ鑑賞とはね…」  
室内の真ん中には、いつのまに出現したのかポータブルDVDプレーヤーが動いていて、  
その画面には、えっちな場面がはっきり映し出されていた……。  
「しかもそのプレーヤー、私のじゃないのよ!!  
 一体いつのまに持ち出したのよ!この色ボケ愚弟めぇぇぇぇ!!」  
「ギ、ギブ、ギブ、!!マジで死ぬ、死んでしまいます!!」  
「いっぺん、マジで死ねぇぇぇぇぇ!!リサキ・ブレーカー!!!」  
ぼぎぼぎぼぎ。折れてる、折れてます……  
 
ちーん。  
 
「しかし、甲斐君は、なんでまた、ワザワザ部室で……?」  
とりあえずこれは没収ね、とプレーヤーからDVDを取り出し懐にしまう桂木先輩。  
「知らないわよ!おおかた若い性を抑えられなくなったんでしょ!!  
 まったく、そんなに溜まってるんだったら、この私が…」  
「え!?まさか西田…近親相姦はよくないぞ?」  
「私が毎晩、48の殺人ワザをかけて、性欲を発散させてやるって言ってるのよ」  
「…そ、それは。甲斐君の命がいくつあっても足りないなぁ」  
「はぁ?何か言った、たかし」  
「い、いや…別に何も。  
 しかし…麦ちゃんはどうしたんだ?最近早く来ていたのに、今日は遅いなぁ」  
びくっ。  
「そうね…クラスの用事とはいえ遅れてきた私たちにいえた話じゃないけど、  
 麦ちゃん、遅いわねぇ」  
びくびくっ。  
「……」  
うぅ…なんだか、こっちを見られてる、気がする…  
で、でも、しっかり隠れてるし、見つかるわけ、無いよね……  
「……」  
…見つかるわけ、無いよね?  
「……」  
部室の隅で考え込んでいた野乃先輩が、突然身を起こし……  
……え!?押入れのほう……つまりこっちに、近づいてくる!?  
「……麻井さん。スカートの裾、押入れの隙間からはみ出てるわよ」  
「え!?」  
…しまった。反射的に、声、出しちゃった……  
間髪いれずに、野乃先輩が押入れを開け放つ。  
「……ふふん」  
……見つかっちゃった。  
 
「…それで、何故わざわざ、押入れに隠れていたの?」  
野乃先輩の正面に座らされ、じっとまっすぐ見つめられる。  
…怒られてる、わけじゃ、ないんだけど……すべて見透かされてるようで、なんだか、怖い、よぉ……  
「確かにねぇ。別に演劇部への潜入スパイミッションでも無いんだし、  
 ワザワザここの押入れに隠れてる理由なんて……」  
「潜入ミッションかぁ……思い出すな、9ヶ月前のあの日」  
桂木先輩が何やら思い出に浸り始めた。  
「クリスマス特別公演を間近に控えたあの日、俺は西田に昼食を人質にとられ、  
 演劇部の部室にとある用具を拝借しに潜入した。  
 その日はタイミングが悪いことに、演劇部の衣装合わせの日で……」  
「そうそう。たかし、連中の着替え中に運悪く出くわしちゃってさ。  
 数日間、覗き魔扱いされたんだよねぇ。誤解を解くのが大変だったわ」  
「そもそも西田に命令されなきゃ、あんなことにならなかったんだけどね……」  
桂木先輩の目尻に涙が浮かぶ。先輩もいろいろ、大変な経験してるんだなぁ…  
…ふと悪寒を感じて、野乃先輩に視線を戻すと。  
「…その話、後で詳しく聞かせてもらうわ」  
瞳にものすごい眼光を走らせ、野乃先輩は二人を睨みつけていました。あくまで、静かに。  
理咲先輩と桂木先輩は、たまらず石のように固まっちゃいました……口は災いのもと、って言葉の意味が、よくわかったよ。  
 
「……それで、麻井さん?」  
有無を言わさぬ視線。ど、どうすれば、いいのぉ……?  
部室の隅で転がっている甲斐君に助け舟を求めようとすると。  
横になって瀕死の状態のまま、甲斐君が何やらジェスチャーをした。  
…ごりごりと、すり鉢で何かを擦るような…胡麻?  
胸の前で、両腕をくっつけて…手錠?いや違う…枷?  
あぁそうかわかった!ごま、かせ…ってことね?  
……って、どうやって誤魔化すのよぉぉぉぉ!!  
「正直に言ってくれればいいのよ。怒りはしないから」  
それは、「正直に言っても言わなくても、私は怒るわよ」っていうフラグですかぁぁぁぁ!!?  
麻井麦、一世一代の大ピンチ……って、これで何度めなのよぉぉぉぉ!!?  
 
……考えに考え。私は正直に白状することにした。  
 
「……えっ、と…今日、早めに部室にきたら…誰も来ていなかったので、  
 よく部室を見渡したら、少し散らかっていたので、軽く片付けをすることにしたんです」  
「そう、良い心がけね。でも掃除なんて、文化祭が終わってからでもできるわよね」  
うぅ、突っ込み厳しい……  
「たしかに、そうですけど…それで、不要なものを片付けようと、押入れを開けたら、  
 そこに甲斐君が慌てて入ってきて……私、驚いて反射的に押入れに隠れちゃったんです」  
「かなり、無理がある言い訳だと思うけど…一応最後まで聞くわ。それで?」  
見透かされてる……でも負けるわけにはっ。  
「そ、れで……隠れて、たら……甲斐君、部室内に誰もいないのを確認して、  
 自分の荷物の中から、DVDプレーヤーを取り出して…えっちなビデオを見始めたんです。  
 それで、私、出るに出られなくなって……っ」  
よし完璧。これで前後は繋がったよね??  
部室の隅に転がっている甲斐君を見やる。甲斐君は、目から大量の涙を流しながら  
無言で「GJ!」とサムズアップをしてくれていた。  
甲斐君、本当にごめんなさい……でも、ある意味、自業自得、なのかな……?  
「そう…」  
野乃先輩は、一度目を瞑って、少し考え込むと。  
「……まぁ、そういうことにして置いてあげるわ。一応つじつまは合っているし。  
 …と、いうわけらしいわね、理咲」  
「OK。……さぁて甲斐。明日の日の出は拝めないと、覚悟することね」  
ぼぎりぼぎり……腕を鳴らし、甲斐君ににじり寄っていく理咲先輩。  
これからどんな地獄絵図が展開されることだろう……私は心の中で涙するのでした。  
 
 
その日の練習が終わり、帰ろうとカバンをまとめていると。  
「……麻井さん」  
背後から、野乃先輩に呼び止められた。  
「はっ、はい…はに、えしょう」  
「気づかない振り、しようと思ってたんだけど……着衣、乱れてるわよ」  
え、えぇぇぇぇぇぇ!!?  
顔が真っ赤になる。そういえば、押入れに隠れたあと、制服の乱れ、直したっけ…!?  
大慌てで、胸元に手を当てると。……あれ?直ってる?  
あ、そうか、隠れた直後、真っ先に直したんだったっけ。いけないいけない。  
……って、あれ?  
正面の野乃さんを見やると。彼女はふふん、と意味深な笑顔を向け。  
「嘘よ。麻井さん、騙されやすいのね」  
「な、なんだ……ひ、引っ掛けないで下さい」  
で、でも、おかしいな……どうして?  
「本当はね」  
野乃先輩の顔が、ずいっと間近に寄る。  
ち、近い、近いよぉ……吐息が、直接顔にかかる。  
知らず知らず、頬が紅潮していく。  
「本当はね……匂い。匂いで、わかったの」  
「え……?」  
「今の麻井さんからは……そうね、女の、匂いがする。  
 美麗のものとも違う……とてもかぐわしく、扇情的な香り」  
野乃先輩は私の頬に手のひらをあて、更に顔を近づけてきた。  
あとわずかで、口付けをされてしまいそうな、そんな間近な距離……。  
「……野乃、さん……?」  
「……麦は、甲斐君に、『女』にされてしまったのね。  
 残念だわ……本当は私が、貴女を『女』にしてあげたかった」  
ちょっ、野乃せんぱ、それは、どういう……  
……はもっ。私の頬に顔を寄せた野乃先輩が、耳たぶを甘噛みしてくる。  
その感触は、こそばゆくて、背徳的で……背筋に、びりびりと刺激が走る。  
「……は、ぁぁぁぁ……んッ」  
「良い声……その表情も、凄く素敵」  
すっ……余韻を残したまま、先輩は私から離れた。  
「それじゃあね。校内での不純異性交遊も、ほどほどにね」  
 
優雅に去っていく先輩の後姿を見つめながら、私は心の中で叫んだ。  
…それじゃ、校内での不純同姓交遊はどうなんですか、野乃せんぱぁぁぁい!?  
 

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