改めて、手元のものに目を向けてみる。  
…いままでじっくり見たことなかったけど、佳代ちゃんのカメラ、すごいなぁ……  
私、使い捨てカメラや、デジカメぐらいしか触ったこと無いから…佳代ちゃんのカメラは  
見るからに本格的で、よくわからないいろいろなツマミなどがたくさん付いてる。  
「…なんだか、下手に弄ると、壊しちゃいそう…」  
諦めて、持っているだけにした。  
「麦、次の曲選んだ?」  
隣に佳代ちゃんが腰を下ろしてきた。もう歌うのはたくさんだよ、と首を振りつつ  
佳代ちゃんにカメラを返す。  
「えー?1曲しか歌わないなんて、つまんないじゃん」  
そんなこと言われても、無理なものは無理なんですー。…理咲先輩の口癖がうつってきたかなぁ。  
「ねーねー、麦チョコー、佳代ちゃーん」  
そこにちとせちゃんの声が割って入る。何を見つけたのだろう、とっても楽しそうな声だ。  
…私、なんだかものすごい、いやな予感がするんですけど……。  
恐る恐る振り返ると。  
「わー、何コレ。クローゼットだねぇ。それも、すごく大きい」  
「へへー。実はコレこそが、このお店の最大のウリなんだよ。  
 名づけて、『コスプレし放題BOX』!!」  
こ……こ、こ、こ、コスプレぇ!!?  
その単語と、ちとせちゃんが開け広げたクローゼットの中身を見て、私は絶句せずにはいられなかった。  
文化祭で着たようなメイド服や、看護師さんの制服、はてやスクール水着まで…  
さまざまな衣装が、クローゼットの中に所狭しと並べられていたのだから。  
「更衣室まで付いてるんだね。こりゃ親切だわ」  
クローゼットの隣のドアをパカパカさせながら、佳代ちゃんもなんだかノリノリだ。  
「そのへんはヌカリないってことよー。監視カメラも更衣室の中にまではつけられて無いから  
 麦チョコみたいな、恥ずかしがり屋で心配性なひとも安心。ねーー?」  
なんだか、このぶんじゃ……とっても、アレな展開に、なってしまいそうです。  
に…逃げたい、よぉ。  
「逃げたい、なんて思っても無駄だよん。なにせ、ここは密室だもんねぇ」  
よ、読まれてた。…ひぃぃぃ〜〜〜〜〜っ!!  
 
「おぉぉ〜〜。麦、文化祭の時のミニスカメイドもよかったけど、  
 このロングスカートのも、なんだか本場西洋のメイドって感じでいいねぇ」  
数分後。三人だけのコスプレパーティーが始まっていた。  
みてる人が少ないとはいえ…やっぱり普段しないような格好をするのは、ちょっと、恥ずかしい…。  
でもまだ、身体を覆う範囲が広い衣装なだけ、いいかな…  
「なんだか、麦チョコがそういう格好してると、  
 転んで大量にお皿割って、『申し訳ございません、ご主人様…』って、半べそかいてる様が  
 容易に思い浮かぶよねー」  
「アンタもドジなほうのくせに何をいうか。  
 …むーぎー、どうせ私たちしか見てないし、ガチガチになってないで笑って、笑ってー?」  
佳代ちゃんがカメラを構える。すでに撮影会を開催する気は満々みたい…  
そんなこと言われたって、そうそうすぐには、む、無理、だよぉ……  
ぱしゃ、ぱしゃ。戸惑っている間にも、佳代ちゃんは次々にシャッターを切っていった。  
ちなみに、佳代ちゃんは婦警さんの格好をしている。その格好で写真撮りまくるのって、なんだか絵的に、アレだなぁ…  
「麦チョコばっかりずるいーっ。私のことも撮って、撮って!」  
チャイナドレスを着たちとせちゃんが、ソファーにもたれかかって、扇情的なポーズをとる。  
ち、ちとせちゃん、ノリすぎ…スリットから太股、見えてるよぉ…  
それに、ぴったりフィットした衣装だから、身体のラインが、はっきり浮き出てるし…  
「いいねー、オリナルも。いいよいいよー、セクシーっ!  
 …でも、同じチャイナドレスだと、文化祭の舞台のときの理咲先輩に比べて、やっぱり貧相かなぁ」  
「貧相いうなー!!…どうせ、理咲先輩にはかなわないもん。胸の大きさとか……」  
自分の胸に手を当てて、ひとりごちるちとせちゃん。  
確かに、理咲先輩はスタイルいいよねぇ…背も高いし、胸も大きいし……  
…で、でも、自分がそうなりたいか、って言うのとは別問題かも。やっぱり、目立っちゃう、し。  
「あ、そうだ、胸といえば」  
佳代ちゃんが撮影する手を止め、何かを思いついたように、私の方を振り返る。  
「…麦もここ最近、急激に成長してきたような、気がするんだよね……」  
え…え、えぇーー!?  
「え、えぇーー!?そいつぁ初耳だ……コレはなんとしても、確かめねばなりませんな、佳代さん」  
「そうですな、オリナルさん」  
…ちょ、ちょっ……?二人してその企み顔……や、やめて、近寄ってこないでぇぇぇ!??  
 
……数分後、私は二人がかりでメイド服を剥ぎ取られていた。  
 
「う、うぉぉぉぉぉ。本当だ、コレは、なんともはや…」  
「…何つぅか、麦のあどけない顔立ちでこれは、犯罪だね……」  
は、犯罪…そこまでいいますか。  
二人がかりで組み敷かれ、強制的に着替えさせられたのは……露出度の高い、バニーガールの衣装。  
さっきのちとせちゃんのチャイナドレスとは、比べ物にならないくらい、身体のラインがくっきり出てて……  
…もう、恥ずかしくて恥ずかしくて、顔面から発火してしまいそう。  
そんな私を嬉しそうに佳代ちゃんは、パシャパシャとファインダーに収めていく。  
お、お願いだからその写真、他の人には、見せないでぇ……  
「ねぇオリナルぅ。甲斐君に見せたら、いくら積むと思う?」  
!!??くぁwせdrftgyふじこいlp;  
「そうだねぇ…アイツのことだから、だいたいこん」  
「ダメ、ダメ!!やめてぇぇぇぇーーーー!!!!!」  
「…ふふ、冗談、冗談だよ、麦。安心して」  
い、今のは本気で、冗談に聞こえなかったんですけど……  
「それはそうと、麦チョコぉ〜〜っ」  
「え…きゃぁっ!!?」  
ぎゅむ。佳代ちゃんに気を取られている隙を狙うように、ちとせちゃんが背後から抱きついてきた。  
ちょ、ちょっと…ど、何処触ってるのぉっ!?  
「うっひひひ♪女同士なんだから、いいじゃ〜ん?  
 うんうん、確かに良いカラダしてますなぁ♪直接触ってみると、なおさらっ」  
やっ…そ、そんな、まさぐるように……お願い、や、やめてぇぇ…  
「オリナル、その調子!あんた、時たまいい仕事するよ…!  
 なんというか、至福の光景だね……」  
佳代ちゃんまで…すごく恍惚とした表情。鼻血!鼻血、垂れてる……っ!  
「麦チョコ…私、なんだか、変な気分になってきちゃったよ……」  
さっ、触ってる側なのに、なんでそうなるの…っ!?  
……あぁ、私もなんだか、どうでも、よく…なって、き、ちゃっ……っっ  
 
 
……。  
「…ねぇ〜、麦チョコ〜〜」  
……。  
「そ、そろそろ機嫌直そうよ……ね?」  
……。  
「あちゃぁ。マジ怒ってるよ、麦チョコ」  
「オリナルがやりすぎるから…」  
「えぇっ!?やれって言ったの、佳代ちゃんじゃん!?」  
「そ、そうだっけ?えへへ……」  
……。  
なんだか、もう、疲れた……。  
あれから程なく時間が来て、BOXを出た私たちは家路へ向かっている。  
体中をものすごい脱力感が覆っている。早く、帰って休みたい……。  
「それにしても、麦チョコの感触、最高だったなぁ…うひひ。  
 …私も、麦チョコみたいに彼氏がいれば、もっとふくよかになれるのかなぁ」  
ちょ…ちょっ!?か、彼氏、って……  
「ち、ちとっ、っちゃ!?」  
「やだなぁ麦チョコ、気づかないはずが無いじゃん?  
 文化祭前後あたりから、甲斐くんと一緒にいること多いもん、ねぇ…?」  
「そ、そんなっ、私、そんな、じゃっ」  
「麦ぃ、呂律、回ってないよ?  
 …しかし、麦もとうとう大人の女になってしまったかぁ。  
 嬉しくもあり、寂しくもあり…だねぇ」  
か、佳代ちゃんまでっ、そ、そんなこと……  
そ、それに、私、まだ……た、たしかに、甲斐くんとは一度、ああいうことに…なったけどっ。  
でも、まだ未遂だし……あぁぁぁぁ、思い出すだけで、顔から火が……っ。  
「いいなぁ麦チョコ、うらやましぃー。  
 …私も、桂木先輩と……でも、桂木先輩は、きっと……」  
「既成事実、作っちゃえば良いんじゃない?」  
「え、えぇぇぇ!?」  
佳代ちゃん、さりげに爆弾発言……  
「桂木先輩みたいなタイプは、結構押しが強い女に弱いと見たね。  
 オリナルもさぁ、一度強引に押し倒して、既成事実作っちゃえば」  
「……な、なるほど、そういう手もあり、かぁ……  
 ありがとう佳代ちゃん!近いうちに、試してみる!」  
えぇぇぇ!?さ、さすがにそれは、まずいんじゃないかなぁ……?  
……そ、そもそも、往来の真ん中で、こんな話をしてる、私たちって……。  
 
そんな、ちょっとヒワイな話をしているうちに。  
気づくと、私の家の玄関が見えてきていた。  
「あ、もう…家の前まで着いちゃってたのか……」  
「なぁんか、話してるとあっという間だね」  
「そだねぇ。…そういえば、私意外にも麦チョコの家に来るのはじめてだった!  
 …ねぇねぇ、ついでに上がっちゃっていっていい??」  
「う、うん、そうしたいのはヤマヤマだけど……もう、時間も遅いし」  
腕時計の短い針は、すでに7の位置を過ぎていた。  
話に夢中になると、完全に時間の経過を忘れてしまう。  
何だかんだで、それだけ充実してた、ってことかな…貴重な体験も出来たし。大半恥ずかしかったけど…。  
「まぁ、仕方ないか。んじゃ、また今度遊びに来るよ!  
 佳代ちゃんも、ね!」  
「……う、うん、あ、そうだね」  
同意を求めるちとせちゃんに、佳代ちゃんはなんだか慌てたように答えた。  
…?どうしたんだろ、佳代ちゃん……なにか、考え事でもしてたのかな?  
さすがにこんな時間だし、いろいろ心配になるのも当然かな。あんまり引き止めすぎるのはよくないかも。  
「そ、それじゃ、佳代ちゃん、ちとせちゃん、このへんで。また、明日ね」  
「う、うん……また、明日」  
「ばいばい、麦チョコ!!」  
 
玄関をくぐり、ぱたん、とドアを閉める。  
「……」  
…さっきの佳代ちゃん、妙に歯切れが悪かった。  
何か、言いたいことでもあったのかな……?  
「……まぁ、気にしてても、仕方ない、か」  
そうだよね。気になることがあったら、明日聞けば良い。  
明日だって明後日だって、佳代ちゃんには会えるのだから。  
なんだったら、夜に電話したっていい。  
今までずっと、変わりなかった関係。そしてこれからもずっと、きっと変わらない。  
そんなこと、当たり前すぎて、今まで…考えることもなかった。はずなのに。  
「…どうしてこんなに、気になるんだろ」  
…どうしてこんなに、胸が締め付けられるの?  
わけもわからない不安に、全身が、震えていた。  
 
「…今日は、誘ってくれて、本当にありがとね、オリナル」  
「…?  
 突然、なんでまた」  
「ん、別に。深い意味はないよ?」  
「…本当?  
 …ねぇ佳代ちゃん。…隠し事、してない?」  
「オリナル」  
「…!?」  
「頼みたいことがあるの。  
 ……麦と、ずっと…友達でいてあげて」  
「え?…急に真剣な顔して、何をいうかと思ったら…  
 …麦チョコは、私が認めた唯一のライバルだよ?そう簡単に、縁が切れるわけ、無いじゃん」  
「そっか……よかった」  
「ねぇ、佳代ちゃ」  
「じゃあね、オリナル。また明日……学校でね」  
 

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