ある日。ちとせちゃんに、放課後遊びに誘われました。  
 
「む〜ぎ〜チョコっ!今から帰るの?」  
授業が終わって、かばんを纏めていると。  
教室の外で、ちとせちゃんが手を振っていた。  
私が振り向いたのに気づくと、そのまま遠慮なく中に入ってくる。  
ここまでは、毎日のことだったんだけど…  
「オリナル、あんたまた麦を演劇部に誘いに来たの?」  
演劇研究会が解散になって、私はまた、無所属…帰宅部、っていうのかな?になった。  
演劇部に移籍して、そのまま演劇を続ける…そういう選択肢も確かにあった。  
でも私はそうしなかった。これでよかったのかな…?とは、今でも時折思うけど。  
それでも、ちとせちゃんは、今でも何かあると、私に声をかけに来る。  
その度に、断っては、いるのだけど。  
「あはは、違うよ〜。今日は、ちょっと別件」  
「そっか…私としても、麦がこのままやめちゃうのは勿体無いと思うんだけどね」  
もう、佳代ちゃんまで、そんなこと言って…  
「向いて無いよっ、私には」  
「またまたぁ」  
そう言いつつ、パシャリと一枚、佳代ちゃんが私たちをファインダーの中に収めた。  
「…ところで佳代ちん、写真部は?」  
「今日は自由課題。だからこうして、麦を撮りまくってるのだよ。  
 オリナルも写れ写れー」  
「ちょっ…どうせ写すなら、綺麗に写してくれないと困るなぁ」  
「……素材次第かなぁ」  
「そっ、それは、どういう意味!?」  
あ、あはは…カメラ片手に、生き生きとしてる佳代ちゃん。  
ちとせちゃんも演劇部で頑張ってるし……それに比べて私、なにやってるのかなぁ…。  
ん?ところで。  
「あ、あの、ちとせちゃん……」  
私が口を挟むように発言すると、ちとせちゃんはきょとんとしたように振り返った。  
「さっき、いってた、別件って……そ、それにちとせちゃん、部活はどう、したの?」  
「あー、部活?部活、ねぇ……今日は休み」  
「休みぃ?珍しいねオリナル、あんたがサボリだなんて」  
「サボリじゃないよ!  
 演劇部自体が休みなの。…元・部長が、風邪で学校休んでて」  
「榊部長が?」  
 
 
「…はい、タオル絞ってきたわよ。それと、お粥」  
「……野乃」  
「ん?」  
「あんた……学校どうしたのよ」  
「早退、してきたわ。出席足りてるから、一日ぐらいは問題ないでしょう」  
「そうじゃなくて!……何で、わざわざ」  
「あら。友達の心配をして、何か悪いの?……ほら、じっとしてて」  
「……〜〜〜〜っ」  
「まだ、顔が赤いようね。ちゃんと薬は飲んだの?」  
「飲んだわよっ!!……これは、あの…その……」  
「そう。……お粥食べたら、ちゃんと安静にしているのよ」  
ぱた、ぱた、ぱた……  
「……の、野乃ッ」  
「何?」  
「……あ、あ……ありがとう」  
「ふふん。そんなに照れてる美麗、久しぶりに見たわ。……やっぱり、可愛い」  
「なっ……ぁ、え!?ちょ、そんなに、ちか、づい、たら……ん、く、ぷ、ちゅ……」  
「ん、んぅ、ぅ……く、ぱ」  
「はぁ、はぁ……い、いきなり、何するのよッ!!?」  
「あんまりにも可愛いから、キスしちゃった」  
「そうじゃないわよっ!!?」  
「ほら、昔から言うじゃない…ひとに伝染した方が、風邪は治りが早いって」  
「そういうコトじゃないッ!!……あんたには、伝染すわけにいかないじゃない」  
「私は出席足りてるから平気。それに、貴女がもし風邪をこじらせて、受験に響いたりしたら…  
 …私も一ランク、志望校落とさなきゃいけなくなるでしょ?」  
「……何であんたはそういちいち、恥ずかしくなることばかり、言うのよ……」  
 
 
「……それでさ、新副部長のさっちー先輩が力説したわけよ。  
 『元とはいえ、部長が病欠するとは由々しき事態。役者達の健康を防衛するため、ここは全員で天敵に備えねば』って」  
「なるほど……まさに『鬼の居ぬ間に命の洗濯を』って奴か」  
う…なんだか演劇部、新体制になってから、ちょっぴりいい加減になってる気が……。  
「そんなわけでさぁ。放課後暇になっちゃったし、  
 まっすぐ帰るのもアレだから、こうして麦チョコを誘いに来たの」  
「誘いに…って?」  
「きまってんじゃーん?寄り道、寄り道っ」  
ちとせちゃんは悪戯っぽく笑うと、ポケットから何かの会員証を取り出した。  
「カラオケ……BOX?」  
「新規開店なんだって。今なら30分100円。安いと思わない?」  
うーん…確かに安いなぁ…それに最近、研究会がなくなってから  
なんだか心にぽっかり穴が開いた気がして、毎日まっすぐ帰ってたような気がする。  
こういう寄り道って、久しぶり…かも?  
「オリナルぅ、麦を誘うのは良いんだけどさ」  
「はにゃ?」  
「…当然、私も誘ってくれるんでしょうね?ハブったら承知しないんだから」  
「や、やだなぁ、そんなことしないよ!三人で行こっ!」  
「おっけー!そうと決まったら、早速行こっか、麦」  
「う、うん…わかった」  
 
そのときの私は、まさかあんな展開になろうとは、予想だにしていなかったのです……  
 
 
「ここかぁ」  
市街地のほぼ中心、駅の近く。  
新しく建てられたらしい綺麗なビル。入り口の真上に、派手な看板が取り付けてある。  
その前に、私たち三人は立っていた。  
「ね、ねぇ…ここって、制服で入っても、いいのかなぁ……」  
「だいじょぶだいじょぶ!マッハで入っちゃえば、あとはどーにかなるって」  
「そうそう。ほれぇ」  
ちとせちゃんと佳代ちゃんが、二人がかりで私を中に引きずりこむ。  
確かにカウンターの近くには、順番待ちらしい熊鷹や他の学校の生徒の  
制服姿がちらほらと見られた。  
「まったく麦ってば、そういうところ今でも臆病だよね」  
「お、臆病とか、そういう問題じゃあ……」  
カウンターでは、ちとせちゃんが慣れた様子で手続きをしていた。  
やっぱり、演劇部の人たちとかと、こういうところ何回も来てるのかなぁ…  
…榊部長が厳しそうだし、それはないか……  
そういえば、研究会のひと達とも、そういう風に遊んだことってなかった。  
文化祭までは毎日練習練習だったし、それが終わってからは、あんまり、会う機会も……  
「…どーしたの、麦?淋しそうな顔して」  
「う、うぅん…何でもない」  
甲斐くんはともかく、野乃先輩たちは、受験も近いし……  
あんまり無理も言えないけど…せめてまた、会いたいなぁ。  
「むぎチョコっ?順番、来たよ」  
「え、えぇぇ?」  
もう!?…早っ。  
…そんなに長く、考え込んでたかなぁ?私。  
 
「さぁ〜て、一番手はこの私、神奈ちとせから行かせてもらいましょうかねぇ!」  
びりびりびり。マイク無しでも部屋中に響く大声。マイクごしだからさらに振動が…  
「オリナル、ちょっとうるさい」  
「ごめんごめん。…これでよしと。そんじゃ、いっくよー」  
画面から軽妙な曲調の曲が流れ始める。ちとせちゃんが予約していた曲が呼び出されたようだ。  
流行のガールズポップ。私も何度かラジオで聞いたことある。ちとせちゃんこういうの歌うんだ。  
「おー、ぱちぱち。オリナルけっこう上手いじゃんっ」  
「てっへっへ〜、それほどでも」  
「スキあり!それ一枚」  
ぱしゃ。  
「うっわ、不意打ちなんて卑怯なりぃ〜!」  
「ひっひっひ、シャッターチャンスを逃さないのが、真の写真家ってもんよ。  
 ……げ、フラッシュ焚いてなかった」  
いいなぁ……二人とも、楽しそう。  
私は、といえば…正直、ノリきれてない。  
もちろん、盛り上がる二人を見てるだけで、楽しいんだけど…なんというか、  
心に何かが引っ掛かってるせいで、はしゃぎきれないのだ。  
「む〜ぎっ」  
え?不意に真横から声をかけられる。  
パシャ!フラッシュの音。  
「あ……」  
「へへへ、麦の呆け顔ゲット」  
「……もぉ〜、佳代ちゃんたらぁ」  
「これ、甲斐君に見せたら、いくら積むかな」  
「ちょ…ちょ、売る気なの!?」  
ゆさゆさと佳代ちゃんの身体を揺らすが、彼女はそ知らぬ顔。むぅ〜〜……っ。  
「麦チョコも盛り上がってきた頃っしょ?ここらで一曲!」  
そこで、ちとせちゃんからマイクを差し出された。  
二人が目配せし、笑いあう。……もしかして、ハメられた?  
く、くぅ……二人とも、策士なんだからぁっ。  
 
「ぁ……ぅ……」  
マイク片手に、機械の呼び出し情報を凝視する。  
…なんだか、二人の視線を、びんびん感じます…。  
あぁぁ、このまま永遠に選曲が再生されなければいいのにぃ。  
そんな私のささやかな願いも空しく、程なく選曲の再生が始まった。  
「あ、この曲!確か私が聴かせた曲だったっけ。挫けそうな時に聞いてみな、って」  
ぅ、そんなエピソード披露しなくても、いいですってばぁ佳代ちゃぁん……  
「……さかせ、よぉ、この、むねぇ、に、…わた、し…だけのいろぉを」  
「むーぎーちょーこー、声小さぁい」  
そ、そんなこと、いったって……だめだよぉ、そんなに視線が集中すると。  
体中ががちがち。口もうまく動かない、もちろん声なんて出ない……  
「こりゃあオリナル、アレ、やるしかないですな」  
「ん。そうだね、佳代ちゃん」  
二人が目配せをしあって、にやりと笑いあう。…ぅ、なんだかやな予感が……  
「ちょ、ちょっと、…二人とも?」  
佳代ちゃんもちとせちゃんも、両手をわきわきさせながら近づいてくる。  
やな予感は…どうやら、的中したらしい。  
「ちょ、ちょっと…やめて、おねがい、ね?」  
「む〜ぅぎ〜ぃ」  
「むぅ〜ぎぃ〜ちょぉ〜こぉ〜」  
「ひ……ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」  
 
……部屋を揺るがすほどの、壮絶な私の笑い声……。  
 
……。  
「ごめん麦チョコ!正直やりすぎた」  
……ぷん。  
「しかしあそこまでものすごい声が出るとはねぇ。  
 緊張が解けたのか、歌の後半も良い声出てたし。上手かったよ?  
 さすが研究会での半年は無駄じゃなかった、って感じ」  
「佳代ちゃん、おだてたってだめです」  
「そ、そうか……てへへ、本当ゴメン、麦」  
うぅ、当分許してあげないもん……本当に、恥ずかしかったんだからね。  
「大丈夫大丈夫。防音効果はばっちりだし、外に声なんて漏れてないよ!  
 もし漏れてたって、他の部屋の人も歌うのに夢中で、聞いてなんていないってば」  
ちとせちゃん…そういう問題じゃないんだってば……。  
「……当に…ここまで、よく………麦」  
……え?  
佳代ちゃんが、何か呟いていたようだった……けど、よく、聞こえなかった。  
その表情を覗き込もうとして、かがみこむと…それを避けるように、佳代ちゃんは勢いよく立ち上がる。  
「佳代ちゃん?」  
「さって、次は私の番かな。麦、悪いけどカメラ持ってて」  
ひょい、と佳代ちゃんにカメラを渡される。  
彼女は手にマイクを持ちかえ、歌い始めた。…しっとりとしたバラード。  
「う…上手い。それに、なんだか胸に、じーん、と来る……」  
真横でちとせちゃんが涙ぐんでる。私も意外だった。なんだか、引き込まれるような感じ。  
遠くへ旅立つ私。会えなくなるけど、頑張って。私は遠くから、ずっとあなたのことを応援してるから……  
そんな歌詞。確かにありきたりなバラードのように思える。  
でも、佳代ちゃんの歌い方も相まって……私も、なんだか胸を打たれた。  
知らず知らずのうちに、目尻に涙が滲む。  
……ふと。佳代ちゃんが、私を見ていたような気がした。  
その視線に、なんだか、寂しさ……のようなものを感じたのは、私の気のせいだったのだろうか?  
 

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