古寺への山道を、たった一人で歩く老人がいる。  
齢七十を超えているのに、足取りは壮年のものとしか見えない。  
高名な絵師の弟子として、長く貢献したその男は、ある日唐突に暇を願い出ていた。  
訳を問われても答えず、老人はただ頭を深く下げ、美しい尼の絵姿を師に見せた。  
 
描かれた尼僧は、武家で生まれ男として教育された、かつての主人、八儀佐近介。  
老人は、その昔佐近介が幼少の頃から長く仕えた従者、名を加平という。  
── 佐近介さま、…どうか、どうかご無事で!  
嵐の夜に泣く泣く別れた、慕わしい主人の名を心中で呼びながら、加平は足を速めた。  
 
 
時は、六十年ほど前に遡る。  
それが因果の小車であるのも知らず、古寺で佐近介は恐ろしい決断を果たしてしまった。  
不可思議な現象が続いたのは、その直後からだった。  
手段を講じても城に帰ることはかなわず、加平と佐近介は古寺に半ば軟禁される。  
どうやら此処は、普通の世界とは違うらしい。苛立ちと憔悴の日々が、無為に過ぎていった。  
 
それでも城へ戻りたいと願う佐近介を嘲笑うように、信じられない事実が明らかになる。  
外界は、自分が生まれるずっと以前に戻ったとの証拠を得て、佐近介は一時錯乱した。  
そこへ怪我人や病人が、古寺にある「光る鳥の尾羽」の功徳を求め、次々とやって来る。  
快癒を喜び帰っていく人々の姿を見ながら、いつか自分も外へ出て自由になることを望んでいた。  
 
幽閉の身とはいえ、食材の調達に行くことは可能だった。  
武芸を仕込まれた佐近介には、小動物を捕らえるくらい難儀ではない。  
ただ、遠くまで足をのばすことを決して許さない力が、その地を支配していた。  
 
よく晴れた日、寺の裏手にある梅が満開となった。そこには枝の合間を忙しなく飛び交う、二羽のメジロ。  
今を盛りと咲き誇る花の蜜を吸っては、ちょいちょいと動く姿に、佐近介は我知らず微笑んでいた。  
「ふふ、可愛らしい…皮肉だね加平、こうした中で知ることもあるとは」  
加平にとって、それは久しぶりに見る、主人の安穏とした笑顔だった。  
 
「ええ本当に、綺麗なものですなぁ」  
加平の言葉は、梅や小鳥ではなく佐近介に向けられていた。  
すらりとした立ち姿にすずしい目元、垂髪に結い上げた凛々しい横顔は、青年剣士さながら。  
 
しかし男の身なりをしているだけに、女人の優しい肩の線、まろやかな胸元は逆に際立つ。  
花鳥を愛でるその姿を、加平は丁寧に絵筆で写し取り、せめてもの慰めになればと描き上げた。  
佐近介は絵を見て、(そちは絵心があるのだな)、そう言って楽しげに目を細めた。  
 
 
狩りを終えて、佐近介が帰ってきた。  
濡れ縁に腰を降ろし、薪を割っていた加平に弓と山鳥を手渡す。  
「お疲れでしょう、さ、どうぞ」  
加平は湯を汲んだ桶を置き、せかせかと桃の枝を持ってきた。  
 
手甲を外し、草鞋と足袋を脱いだ佐近介は、それに気付くと顔色を一変させた。  
「何故、…いったい何のつもりだ」  
 
「陽当たりの良い所に、見つけたので。蕾が咲きそろえば、見事ではないかと…」  
てっきり喜んでもらえると思っていた加平は、主人の青い顔を見てたじろいだ。  
佐近介は、用意された濯ぎに素足を浸して、ふっと笑った。  
 
「外界では、上巳節句の頃か。…そちも聞いたことがあろう」  
「はあ、お公家様の慣わしでしたっけ?」  
「風雅を好む武人の間でも流行ってきておるらしい、雛遊びに似たもので、  
 男女揃いの人形や能人形、小さな御膳を並べ、祝宴を催すそうだ」  
 
心配そうな加平に目を向けず、佐近介は、放心の表情で話し続けた。  
「昔、ある人がこう言っていた。その宴に飾る桃の花は、男子が手折ってくるものだと。  
 花桶に、山吹や椿と一緒に活けるそうな…わたしにも、きっと花を持参すると約束してくれた」  
伏せた顔のまなじりに、みるみる暗い色が重なった。加平は、“ある人”のことを、すぐ察した。  
 
佐近介が十六歳になった頃、互いに心を通わせた相手がいた。  
一番家老の嫡子で、文武両道に秀でたその御仁は、戦地で横死したという。  
 
「……季節が過ぎても、その人は帰って来なかったが」  
ぬるい湯の中で動きを止める佐近介の足指に、ぎゅっと力がこもった。  
「諦めるものか、わたしは必ずここを出てみせる!」  
── 裏目に出た。  
加平は自分の短慮を悔いたが、佐近介は足を拭きあげもせず、さっさと居室に入っていった。  
夕餉に呼びかけても、閉ざされた襖は動かず、物音さえ聞こえなかった。  
 
 
宵闇が濃くなり、梟が獲物を追いはじめる時刻。  
なかなか寝付けない加平の耳に、佐近介の居室から、かん高い叫び声が届いた。  
「どうなさいましたッ、……!?」走り込んだ加平を背に、佐近介は既に抜き身を上段に構えている。  
 
「加平、下がっておれ!ええい、何もかも…斬り捨ててくれるわ!」  
尋常ではない様子に、肝を潰した加平が止める間もなく、佐近介は妖気こもる太刀を振り下ろした。  
斜に割れた障子が音を立てて畳に倒れ、朽ちた雨戸の合間に、夜の闇が広がるばかり。  
 
朧月を見上げ、手から太刀を落とした佐近介は、そのままがくりと膝をついた。  
加平は腰が抜けそうになりながらも、捨てられた鞘を拾い、震える手で太刀を収めた。  
 
脱力し、うなだれる佐近介は、自分を怖々眺める目に気付き、小さく吐き捨てた。  
「……父上の影が、見えたのだ」  
血の気の無い顔には、冷や汗がじっとりと滲んでいる。  
 
「あの、…別の部屋の障子と取り替えましょう、その後、お召し替えを」  
加平の言葉に、佐近介は何も答えなかった。  
 
加平が戻ってくると、佐近介は床に端座し、大小が飾られた刀掛けを眺めていた。  
「あれも、作ってくれたのだったな。そちは手先が器用で羨ましい」  
灯火を置いた加平は、へえ、と間の抜けた返事をして、障子を替えると手拭いを固く絞った。  
 
「わたしなど、刃物の扱いを誤るばかりだ。幻に斬りかかるとは…、これも血筋か」  
いつの間にか、朧な雲は消え、部屋の中に月明かりが差し込んできていた。  
 
「自業自得とはこのこと、加平…、嗤うがいい、そちの言葉の通りかもしれぬ」  
「私の?…はて、何を…」  
「あの非情な父の死を願っていた事を、わたしが告げたとき、 本気で抗弁したではないか。  
 ……“どんな乱世であっても、人の情が無ければ生きていけない”、とな」  
加平はハッとして身を小さくした。自分のひと言が左近介の胸に、まだ深く残っていたとは。  
 
「だ、大それた事を申しました、ご無礼を…」  
「よいのだ、それより背の汗を拭いておくれ」  
ゆるりと帯を解いていく佐近介の言葉には、いつもにはない湿り気があった。  
 
そのせいだろうか、見慣れたはずの白い首筋が、怖い程なまめいて加平の目に映る。  
着替えは勿論、湯を使うとき介添えするのも全て「仕事」であったというのに。  
じくじくと湧き上がる感覚に追い打ちをかけるように、佐近介が嘆く。  
「女になれぬ悔しさなど、誰にも分かるまい」  
 
立てた片膝に肘をつき、長く嘆息する佐近介は、自分の艶な姿に気付いていない。  
めくれ上がった裾から、夜着より白い脚がむき出し、練り絹のような内腿まで見えている。  
解けた帯が細腰に巻き付き、大きく開いた襟は、かろうじて胸の膨らみを覆っていた。  
 
「いいえ、分かりますとも」  
汗を拭く手を止め、加平は呟いた。佐近介が、肩越しにその顔を見やる。  
「……分かると言うのなら、この化け物を抱くことができるか?」  
 
絶句した加平の手から、手拭いが落ちる。  
「ふ、そちには無理であろう? わたしは、尼の首を斬った鬼なのだからな」  
自嘲と挑発を含んだ声音が、人の良い男の心をぐらぐらと揺さぶる。  
覚悟を決めた加平が、背後から強く抱き締める。佐近介はぎくりと身をこわばらせた。  
 
「加平、…」  
「私は何があっても、あなた様に従ってまいるだけで」加平は弱々しい声で続ける。  
「おいたわしいと、思っておりました。ですが邪心を持って主人の肌に触れるのは、不義であります」  
 
夜着が、背から腰へ滑り落ちた。加平の腕に、佐近介の豊かな乳房が直に体温を伝える。  
「ここは城ではない、今のわたしを主人だと、おまえはまだ申すのか」  
 
向き直った佐近介の目顔は穏やかで、身分を離れた信頼以上のものがあった。  
動揺する加平に、佐近介は身を寄せ、その腕をからませる。化粧を知らない唇が押し当てられる。  
柔らかなその感触は、閉ざされてはおらず、薄く隙間が開いて、中へと招き入れるようだった。  
 
従者としての加平の節度は無用となった。真綿よりも柔らかな左近介の裸体に、下帯だけの体が重なる。  
睦み合う中、結われた髪は解け、夜具の上で黒々と流れ広がっていく。  
「加平や」 佐近介は、恥じらいに頬を紅潮させて小声で尋ねた。  
「わたしの体は…何処か、おかしくないか?」  
 
「おかしい?」 加平は顔を上げた。  
「普通の女子とは違っておらぬか、ずっと男のなりをしてきたのでな」  
「はあ、何処も…おかしいと思った事など」  
ねっとりする程きめ細かい肌、大きく弧を描く腰の肉付き、静かに波打つ腹も、女のものに違いない。  
 
加平は首をひねり、指先で熱い内腿の合間を探ると、佐近介が跳ね起きようとした。  
「そんなところは、触らないでもよい!」  
「へっ?いやその、そりゃぁ無茶ですよ」  
「…それは、理にかなったことか?」  
睨むような佐近介の目を見て、加平は、どうも厄介なことになりそうだと案じた。  
 
「あのですね、ここに湿り気が無いと、女人は痛みがひどいと聞いております」  
「それくらい知っておるわ」  
「つまり、隠戸をしっかり濡らしておかないと」  
不満そうに聞いていた佐近介は、いきなり加平の股間に手を伸ばした。  
「ひえぇっ!」 既に硬くなっている男根は、少しの刺激にも敏感に反応し、つい加平は大声を出した。  
「おや、痛かったか」  
澄ました顔でのぞき込む佐近介は、悪戯を楽しむ子のように笑った。  
 
「いいえ、ちっとも痛かァありません!」  
このままでは引っ込みがつかない。加平は佐近介を押さえつけ、ぐいと太腿を開かせた。  
うっ、と佐近介が身を捩るのにも加減せず、力任せに開放した谷間をまじまじと見やる。  
下草が隠し損ねた肉の割れ目は丸く膨らみ、赤みを帯びた花びらと、その奥の潤みをのぞかせていた。  
 
「フーム、これは…いけませんね」  
加平はわざと佐近介の不安を煽った。白い内腿に緊張が走り、割れ目がきゅっと締まる。  
 
「ど…どのように、いけないのだ?」 佐近介は言葉を素直に受け取った。  
「ひと言では、申せませんなあ」  
加平の手が下腹から上に滑り、乳房をすくうように揉み上げる。  
 
「あぅ、……っ」 汗で湿る肌が火照り、こねまわされる乳肉の尖端がしこり立つ。  
口中に含むと、ぷっくりした乳首の細かな粒立ち、その弾力までを吟味できる。  
佐近介の息は次第に掠れて、甘く苦しげに加平の頭の中を満たした。  
 
恐る恐る舌先をずらし、徐々に下へ向かっていく。  
汗の溜まった乳房の麓を一舐めして、腹の中心で小さく窪んだ臍の周りを、ちょいと突つく。  
払おうとする佐近介の手を留め、加平は目的の場所へと進もうと脚を上げさせた。  
 
ふっくらした割れ目の奥は、先刻見たのと様子を違えていた。  
「どうやら、大丈夫です」  
縦に開いた肉の合間は、花弁を潤わせ、ひくつく柔肉の中には滴りが増えている。  
光沢を放つ肉豆に、加平は吸い付いた。と、思った通りに佐近介は内股で加平の顔をぐっと挟んだ。  
 
「な、何をするか!」 本心から狼狽えている声だ。  
「少しお静かになさって下さい、これじゃどうにも……」  
動きがとれない加平は、ぬめる女陰の上で悲鳴を上げた。  
「あさましい真似を…、うぅ」 羞恥よりも屈辱を感じているのか、佐近介は抗い続けた。  
「佐近介さま、私はもう限界なので」  
解けた下帯から、加平の我慢の証拠が急な角度で顔を出す。  
 
「小柄な割に、なかなか…、大きいのだな」 佐近介は眉をひそめた。  
「滅相もない、いわゆる標準サイズで」  
「訳の分からないことを」   
「あの、ですからそろそろ」  
「うむ、よかろう」  
 
「いいですか、入りますよ…、うっ」  
「……あ、あぁッ!い、痛…くなどないぞ」  
「よ、余裕でございますな、佐近介さま」  
「台詞ばかりでは、……うぅっ、ん…、どっちが男か分からぬな」  
「なる程、ごもっとも…それでは失礼して」 今更のように加平は腰の律動を始めた。  
 
「くうぅっ、…あ、もうよい、やっ!…」  
押し退ける程の力で、佐近介は体を緊張させた。ぐっと狭まる肉襞の中で、加平も握り潰されそうになる。  
「そんなに、お辛いのですか」  
「わたしは、辛いとは言っておらぬ…、案ずるな」  
 
強気な言葉とは裏腹に、涙目で答える佐近介のいじらしさを、加平は今まで見た事がない。  
腰を止めて肌を合わせると、豊かな乳の先が接吻するように吸い付く。  
 
「あ、あぁっ、中で…、まだ動いておるぞ」  
「そっ、そんな声出されますと…、ううっ、たまらなく…」  
熱いぬめりにしごかれて、下腹から膝まで、強くきばった限界は弾けそうになった。  
 
加平の腰は躍り、脈打つ肉胴から白い迸りが送られた後も、痙攣は続く。  
ようやく緩んだ密着の隙間から、混ざり合った粘液が敷布の上に滴る。  
ほう、と同時に大きな溜息が重なり、二人の体はゆっくりと弛緩した。  
 
加平が乱れた敷布を直していると、眠ったと見えた佐近介が、そっと手を伸ばし腕に触れる。  
「一つの夜具では狭かろうが…、このまま隣で寝てはもらえないか」  
加平は幾度か頷いて、佐近介の手を握り締めた。   
 
──ありがとう。  
そう言うように目を細めた佐近介は、身をすり寄せて加平を抱きかかえ、静かな眠りについた。  
たっぷりした乳房の暖かさに、加平も目を閉じ、心の中で呟いた。  
(私は、あなた様にお仕えできるだけでいいのです)  
 
夜が明けた。  
まだ呪縛の影は残っていても、重い時間はほんの少し動き、閉塞感を凌ぐ何かが二人の間に生じていた。  
加平はいつも通り朝餉の支度を整え、佐近介の起床を待った。  
 
なんという表情も見せず、食事を終えた佐近介は箸を置くとこう言った。  
「久しぶりに味が分かるようになったよ、加平」  
「それは、本当に良うございました」  
 
加平の弾んだ声に、佐近介もつられるように口元を緩めた。  
「昼から兎でも仕留めてこよう、おまえも精をつけて頑張っておくれ」  
「はい、今日は……どのように頑張れば?」  
 
二人は、しばし顔を見合わせた。  
平静を装っていた佐近介は、加平の勘違いに気付くと、耳まで真っ赤になった。  
「たわけッ!…怪我人が来るから治療を手伝えと、申しておるのだ!」  
「し、失礼いたしました…」  
フンと鼻を鳴らし、横を向いた佐近介は、本気で怒ってなどいない。加平は安堵した。  
 
「独りでは心もとないが、」 自分に言い聞かせるように、ゆっくりと佐近介は言葉を続けた。  
「…おまえがいるから、堪えることができよう」  
佐近介は静かに食膳から離れ、昨日と同じに弓の手入れを始めた。  
 
── 自分は、頼られている。加平には、それが何より嬉しかった。  
二人はそうやって、閉ざされた世界で奇妙な生活を続けたのだった。  
 
 
「わたしは残ります、おまえ一人でお逃げなさい」  
共に下山しようと切願する加平にかまわず、佐近介は頑として動かなかった。  
三十年にたった一日、寺からの出入りが許されるという、その日のことだった。  
 
佐近介の説明を納得できないまま、追い出されるように加平は雷雨に荒れる山を下りた。  
時折衝突もしたが、寄り添い支えた主人を置いて逃げた過去を、ひたすら悔やんで生きてきた。  
 
だが深い後悔の念が、絵の道を進んだ加平に、再びこの地へと足を運ばせたのも事実。  
今まで大病を知らず、年老いても体が軽い理由は、あの不思議な羽の霊験か。  
夢裡にも忘れぬ面影は、またも過酷な時を迎えるのだろうか。  
 
追憶に耽る加平の頭上で稲光が閃き、轟音とともに杉の巨木がなぎ倒される。  
上がってきた道は塞がれた。もう後戻りは出来ない。それは見覚えのある光景。  
加平は確信した。六十年前と全く同じだ、やはり今日が「その日」に間違いない。  
この老いぼれに、陰惨な対峙を止めることは可能だろうか。  
 
しかし、繰り返す業を断ち切ることが出来るのは、刃ではなく人の真心。  
歪んだ時間には、真っ直ぐな意志こそ何よりの武器。  
加平が目指す古寺まで、あともう少し。  
 
 

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