「えーと…、一つ聞いて良いかな?」
「何かな、神の御遣い殿?」
「何で俺は荒縄でぐるんぐるんに縛られてるのかな」
「私が部下に捕らえさせたからです」
耶牟原城を水底に沈めた上に築かれた征西都督府。
そこで都督補佐を任されてる天目の眼前で、耶麻台国復興のために遣わされた―――とされる男がげんなりとした様子で項垂れていた。
まあ、堅苦しくせずぶっちゃけてしまうと、前章の小説10巻における清瑞誘拐が、何の手違いか九峪誘拐になってしまったわけである。
そのため九峪は冷や汗だらだら、天目は心の底から満足そうな笑顔、部屋の隅では虎桃が苦笑いを浮かべている、という構図が出来上がってるわけだ。
天目は九峪を捕らえた誘拐実行犯の虎桃に労いの声をかけた。
「ふふふふ、でかしたな、虎桃。よもや神の御遣い殿御本人を捕らえるとは」
その言葉に虎桃はぽりぽりと頬を掻きながら締りのない笑顔で答えた。
「い〜え〜、当初の予定では護衛の女乱波を捕らえるはずだったんですけどね〜。たまたま近くの木陰で呑気に用を足していたりしてたので…」
「…………」
「…………」
虎桃の説明に流石の天目もつい言葉を失ってしまう。
案埜津をはじめとする周りにいる親衛隊の隊員達も押し黙ってしまう。
「…………」
そんな周囲の視線を浴びた九峪は、居心地悪そうに咳払いを一つして、
「手、洗ってきていい?」
間抜けだった。
で、気を取り直して。
「ふむ、ではその『でんしゃ』とやらは方術ではない人為的な雷で動くのですかな?」
「ああ、俺の世界ではそもそも方術なんてないしなぁ」
九峪は天目と現代科学談義に花を咲かせていた。
毎度のことだが、敵だろうと何だろうとこの時代の人間にとって九峪の話は摩訶不思議で興味深いものであるらしい。
最初は開放しろと喚いていた九峪と、それを余裕の笑顔(九峪の破天荒さに少々引いていたが)で宥める天目という状態が続いたのだったが、いつの間にか二人の前には茶まで出され、呑気に雑談していた。くつろぎ過ぎだ。
九峪を含めたその場にいる全員が心の中で、こんなに和んでていいのかなあ、と考えていたがなんとなく緊張した雰囲気が持続しそうになかったので、その場の流れで現在に至っている。
……案埜津が興味津々に九峪の話に食らい付きまくりなのはこの際置いておく。
「う〜む…一度九峪殿の居られた世界へ行ってみたいものだな」
一通り話を聞いて満足したのか、天目は天井を見上げながら漏らした。
「いや、無理だろ。そんな簡単なもんじゃないって」
天目の独り言にそう返す九峪。天目にもそんなことは分かっていたし、当然のことなので口元を緩めて「ええ、そうでしょうね」と同意しようとしたが、次の九峪の言葉による衝撃でそれは消し飛んでしまった。
「ま、天界の扉でも開けば話は別なんだろうけどぬぁぶぐゥアぁ!?」
台詞の途中でいきなり胸倉を掴まれた九峪は咳き込みながら目の前の天目を見遣る。
「…ぐ…げほ…っ―――、い、いきなり…何しやが―――!」
「今、何と言った」
「―――あ?」
先程までの優雅さなど見せず、天目は九峪を引き寄せ再度問う。
「今、何と、言った」
その射殺さんばかり殺気の籠もった視線に、九峪はかすれた声で答えた。
「え、えーと、だから、天界の扉でも開けば話は別なんだろうけどォぅっ!?」
「天界の扉は…実在するのか、実在するのだな!?」
「が…ぐえ…」
「御身は天界の扉の何を知っている!?包み隠さず洗いざらい喋って―――」
「天目様、天目様」
「…ッ、ええいっ、なんだ!」
鬼気迫る天目を、遠慮がちに呼ぶ声がする。
邪魔をするなと忌々しそうに天目が振り向くと、案埜津が困ったように眉を寄せ、天目の前を指差していた。
その示す先では。
「……あ」
九峪が身体を痙攣させ、天界の扉…もとい黄泉之国の門を叩いていた。
合掌。
「先程は失礼しました。いや、お見苦しいところをお見せしてしまいましたな」
「……いや、いいんだけどね。で、何であんな取り乱したのかな、天目」
頭を冷やし、だいぶ落ち着いた様子の天目は、未だ自分の喉をさすっている九峪に詫び、その九峪は仏頂面のまま質問で返した。
すると天目はその問いに再び真剣な貌で九峪に詰め寄った。
「おお、そうです、それです。さて、九峪殿は天界の扉について御存知のようだが」
「ああ、まあ…ね。少し…」
なにせそれは九峪が元の時代に変える手段の一つなのだ。もっとも天界の扉の在り処は不明なため、今のところ耶麻台国の復興しか帰還の手立てはないのだが。
「では…天界の扉は実在するのですね?」
「…みたいだな」
「その在り処は?」
「知らないよ。…ってか、天目は天界の扉を探してたりするのか?」
「―――ええ」
僅かに言い淀み、されど答える天目
「その様子だと手掛かりは掴んでないみたいだけど」
「いえ、全く掴んでないわけではありません」
「え?」
驚く九峪に、天目は不敵な笑みで返す。
「あなたですよ、九峪殿」
「…は?」
何がなんだか分からない。
呆ける九峪に構わず、天目は案埜津を手招き耳打ちする。
(案埜津、秋葉のジジイから取り上げた薬があっただろう。アレを使え)
(え…。し、しかし、アレは忌瀬が面白がって手を加えたので、効力が半端でなくなってしまってますよ)
(ククク…、半端でないか。大いに結構。その位のほうがかえって好都合だ)
(は、はあ…)
(九峪殿の寝所を用意させ、そこにあの薬を焚け)
(それはいいんですが……誰が『お相手』するんですか?)
(何を言っている、お前に決まってるだろう)
(え゛)
(なに、安心しろ、お前だけではない。後で虎桃のほか数名を寄越してやる。私もな)
(天目様もですか!?)
(ああ、なにしろ即効性の媚薬、しかも秋葉のエロ爺御用達の物に忌瀬の改良付きだ。その上今回は紫香楽のような愚物ではなく、久々にそこそこ良い男が相手だ。神の遣いの割にはなかなかに助平のようだしな。このような戯れ、参加しておかなくては損だろう)
(う……)
(ククククク…、さあ、肉欲の楽園、快楽の果てで洗いざらい吐いてもらおうか、神の御使い殿)
(……ついでに、味方に引き込みます…?)
で、九峪は寝室を用意したと天目に言われ、半ば強制的に押し込められた。
(ま、捕虜にしちゃ破格の待遇だし、天目の態度がちょっと気になるけど、この際多少の事は我慢するさ。……さて、それにしても、だ)
そこまで考えを巡らせた九峪は、部屋の入り口で直立不動の体勢で佇む案埜津へと視線を向けた。
「…………え〜と…案埜津さん、だったかな?そこで何してんのかな」
「私のことはお気になさらず、神の御使い様」
問われた案埜津は無表情のまま素っ気無く答えた。だが、その心中は、
(あ〜〜〜も〜〜〜、なんで私がこの男に抱かれなきゃいけないのかしら。そりゃ顔はまあまあだけど、なんか好色そうだし。っていうか、神の遣いよ?神の遣い!天目様の洒落もここまでくれば笑えない上に呆けるしかないわね。……あ〜、もう腹括るしかないかな〜)
結構切羽詰ってたりする。
だが、そんなことは知らないし分かるわけのない九峪は、口元を引きつらせながら、尚も話しかける。
「えっと、気にするなって言われてもさ、滅っ茶気になるんだけど」
(っつーか、なんかこの部屋に入ったときから、背筋ゾクゾクするんですけど)
天目が焚かせた媚薬の効果だ。かなり特殊な物で、無色無臭なので、九峪に感付かれることはない。
「いえ、ですから気にしないで下さって結構ですので」
「いや、でも、ねえ」
(その胸とか生脚とか、何故かすっごくそそるんですけど〜)
案埜津は九峪の自分を見る視線に、妙な熱が篭ってきているのに気が付いていた。
(そろそろね)
そう呟き、覚悟を決めた案埜津は、ゆっくりと九峪に近付いていった。
「あ?ど、どうしたの、案埜津さん」
エロい目で見過ぎたか、とちょっとビビル九峪。小さいぞ。
そんな九峪に構わず、九峪の傍に寄り、耳元で囁く案埜津。
「九峪様は我が主の客人です。今宵は僭越ながら私めが閨の相手を勤めさせて頂きます」
「ブハッッ!?」
案埜津の言葉に噴き出してしまった九峪。
「な、な、な、な、な、な……」
最早壊れかけの人形だ。
だが、その様子に案埜津は内心首を傾げる。
(あら?この男、経験はそんなに無いのかしら。てっきり、反乱軍では神の遣いの名を使って好き放題やっているとばかり思ってたんだけど)
その考えはある意味正解で、ある意味不正解だ。
補足になるが、この話は直接小説とは重なっていない。
なので、九峪は反乱軍にいたときに、結構いろんな女性と関係を持ってしまっている。
しかしその殆どは九峪のほうからアタックしており、相手から誘ってくるようなことはあまり無かった。ちなみに全部合意だ。例外として、星華や亜衣、藤那、といった面々は寝床を襲撃したのだが、返り討ちにあっている。
まあ何が言いたいかというと、九峪は受けに回るのに耐性が無いのである。
(ふむ、この様子ならば簡単に篭絡できそうだ)
だが、案埜津のその考えは甘かった。
先程『星華達が九峪の寝床を襲撃したが、返り討ちにあった』と述べた。
そう、『返り討ちにあった』のだ。襲われなれていないため、最初は躊躇えてしまう九峪なのだが、色香に狂って一度理性を失えば、その反撃には物凄いものがあるのだ。
―――何を隠そう九峪雅比古は、
"S≠セった。
あと、調教の才能なんかも備わってた。
知識も無駄に充実してたりする。
となると当然、
「…え、あれ、く、九峪様?え、ねえ、あ、ちょっ……あのっ、くた―――」
それから半刻程経った頃。
九峪に用意された寝所―――実質、閨だが―――へ向かう女性がいた。
天目である。
(あれから虎桃達も送ってやった。流石の神の遣いもそろそろ女体の海で溺れているだろう)
そうして、笑いを噛み殺しながら、天目は目的の部屋に到着した。
口元に妖艶な笑みを浮かべながら、部屋へと足を踏み入れた天目は、部屋の中央で蠢くカタマリを見て、満足そうに更にその笑みを深めた。
そこでは天目親衛隊の隊員である女性達が、神の御使いの身体を覆っていた。
「ぃうあ…っ、案埜津さん…そこ、は」
「あら、ここ、弱いのですか、九峪様」
そう言って九峪の男根を根元から舐め上げ、裏筋で舌を絡める案埜津。
その顔は唾液やそれ以外の汁でべたべたになっている。
「は…むぅ…」
「うひゃ、ちょ、虎桃…」
虎桃は耳を攻めていた。甘噛みし、内側に舌を這わせ、荒く熱い息を吹き、こちらも顔中べたべただ。
いや、よく見ると案埜津も虎桃も顔に限らず、体中いろいろなもので汚れていた。
それは他の隊員たちも例外ではない。
九峪の右脚に体を擦り付け舌を這わせているのは、真那満と右真だった。
二人はさほど胸が豊かとはいえないが、その瑞々しい四肢は柔らかく、上等の絹布団のようだった。
左脚は杏香を含む四人の隊員が唇を擦り付け、舌で舐め上げていた。
室内には濃厚な肉欲と汗の匂いが立ち込め、クチュクチュ、二チャニチャと湿った音が耳障りだった。
一歩踏み込んだだけの天目の身体にも狂った香りが纏わり付く。
が、天目はむしろ進んでその狂気の中へ自身を埋没させた。
「ぅあ…っ」
どう見ても、九峪は溺れていた。
女達に体中を貪られ、あらゆる絶頂を与えられ、快楽の渦に飲まれていた。
その姿を見て天目は、クスリ、と嗤った。
「御気分は如何かな、九峪殿」
その言葉に、視線だけを天目に向ける九峪。
「…あ、あ。天も、く、か」
「ええ、そうです。さて、お楽しみ頂いてますか?御満足頂いてますか?」
圧倒的有利な立場の中での愉悦。
天目は酷薄な笑みを浮かべ、九峪のペニスへ手を伸ばし握った。
「ぐぅあっ…!」
かなり強く握り締めたのだろう。九峪はあまりの苦痛に喉を反らした。
「おお、これは失礼。少しばかり力を入れ過ぎたようだ。しかし、今の反応はまるで生娘のようだ。なかなかそそられましたよ、九峪殿」
そうして、握った手を緩め、上下に動かしだした。
「う…」
「お詫びに擦って差し上げましょう」
九峪の耳元に唇を寄せ、そう囁く天目。
一方、遊び道具を取り上げられた案埜津は、不服そうな顔をしたがそれも一瞬で、直ぐに九峪の胸に舌を這わせ出した。
既にさまざまな体液に塗れた九峪のペニスは、天目の手の動きに合わせてヌチャヌチャと淫猥な音を響かせていた。
「ふ、う。…は…くぅ」
そして、その亀頭が赤く膨らみ、九峪が息を詰めた瞬間、天目は再びその手にあるものを握り締めた。今度はカリの部分を締め上げるようにだ。
「―――っぐぁ…っ…!」
絶頂を迎えようとすると同時に、出口を押さえられたため、九峪は悲鳴を上げた。
目を見開き、口をパクパクと開閉する様は餌を食べる鯉のようだった。
そんな九峪の様子に、天目は口元を吊り上げ、心底楽しそうに笑った。
「ククククク…。まだ果てて貰っては困ります。まだまだ楽しませて頂きますよ」
九峪の股間から手を引き、その指を咥え舐める。
そしてそのまま九峪に覆いかぶさろうとして、
天目は、
首を締め上げられ、
その勢いのまま地面に叩きつけられた。
「―――が―――ぁ」
天目は目を剥き、自分を組み伏せた相手を見た。その顔からは、先程までの余裕は消え去ってしまっていた。
対する九峪は、天目の首を絞め、その身体を自身の体重で押さえつけている。そこには一瞬前までの無様な姿は微塵も無かった。
「おっと、黒き泉の力とやらで凄え怪力なんだってな。これでも引っ被って大人しくしててくれ」
そう言って天目の口に何やら詰め込み、更にその頭から水のような物を浴びせた。
そうしてようやく天目を開放した九峪は直ぐに彼女と間合いを取った。
一方、天目は突然のことで反撃できなかった。流石にこの状況で九峪がこのような暴挙に出るとは夢にも思わなかったのだ。
喉を押さえ咳き込みながら立ち上がり、、九峪を睨み付ける。
「けほ…っ。貴様…!」
だが、そこまでだった。
再び天目は床に寝そべることになった。
なんと親衛隊の隊員達が、あろうことか、上司である天目を羽交い絞めにし、床に押さえつけたのだ。
彼女達は皆、妖艶な貌で自分達の主を見下ろしていた。
「な、お前達―――!?」
流石に驚く天目。
なんとか彼女達を振りほどこうとするが、どうしたことか、身体に全く力が入らなかった。
いや、それどころか、これは―――
「火照ってきただろ」
天目を見下ろしながら九峪は言った。
「間合いを取るまでも無かったか……。ああ、さっきあんたに咥えさせたのはあんたが俺に使おうとしていた…じゃなかった、使った媚薬の粉末の結晶さ。
で、頭から引っ被って、……って、あ〜あ。もう全身びしょ濡れだな。それは、焚いて使うために粉末を水に溶かした香だよ。しっかし、水に溶かして使う香って…?行灯の油みたいなもんか?」
のんびりと近づき、天目の頭の横にしゃがみ込んで、九峪は一人で首を傾げた。
天目はそんな九峪を見て憤った。
「き、さまぁ…何故…」
その問いに、九峪は少し困ったように頭を掻きながら答えた。
「ああ、媚薬を使って俺を篭絡しようとしたらしいけど、その手の薬は復興軍に居た時にも散々ね…(主に星華、藤那、亜衣が)。大体、こっちには忌瀬もいたんだぜ?お陰である程度は耐性が付いちまったみたいで」
そこで一呼吸。
「で、まあ、悪いとは思ったけど、あんたの思惑に嵌って快楽に溺れたように見せ掛けて、あんたを組み伏せる、その一瞬の隙を作ったわけだ。……にしてもさっきのは、マジで痛かったぜ?」
そして今度は、隣で天目の肩を抑えている案埜津に視線を移し、
「え〜と、この人達は、その、なんか俺に従順になっちまって」
勢いだけで調教してしまったらしい。
九峪の言葉を案埜津が引き継いだ。
「最初に私が九峪様の性巧に魅了されて…その後虎桃達が部屋に入った瞬間に媚薬を浴びせて、皆九峪様の虜になったのです」
「…ん…ぁ、き、貴様の主は…」
本当は怒鳴りたいのだろう。しかし、もうだいぶ媚薬が効いてきたのか、苦しげな、されど艶のある息を吐いて、天目は呟いた。
その言葉にも案埜津が陶然とした表情で応えた。
「ええ、私達の主は、天目様です。けれど、私達の『飼い主』は、九峪様なのです」
しかし天目は案埜津の言葉を理解するよりも、身体の疼きに耐え、狂わぬよう抑えるのに必死だった。
「さあ、案埜津さん達―――いや、『案埜津』達もそろそろ我慢できなくなってるだろうしな。俺もさっきので中途半端になっちまったし。―――さあ、天目。今度はお前が溺れる番だ」
果たして、その言葉は天目には、聞き取ることができただろうか。