“慈恋魔”〜〜母と女の間に……〜〜(仮題)
“ドゥッ!”
魏服を纏った女の子が見えない壁に弾かれて宙を舞う。受身も取れず、そのまま頭から落ちた。
下が砂地でなければ、そして香蘭じゃなければ、死んでいたかもしれない。もっとも、一般人なら吹き飛ばされた瞬間に即死だろうが。
「立ちなさい…… 敵は待ってはくれませんよ……」
香蘭はぷるぷると震える身体を起こすと、慎重に構えをとる。
だが、周りを囲んでいる一般兵の目から見ても、その姿は悲壮感が漂っていた。声すら出せず、皆固唾を呑んで香蘭を見ている。
……よい傾向です……
香蘭、そして紅玉の預かるこの薩摩は、おそらくは九洲一国力の低い県だろう。人口、生産力で他の県と肩を並べるには、
きっと何十年も掛かる。いや、それでも無理かもしれない。それは軍隊の規模にも表われる。
こんどの戦争で、おそらく火魅子候補、それぞれの力関係がはっきりするはずだ。
では薩摩の、香蘭の立場を確保する為にはどうしたらいいのか? 紅玉の出した結論は少数精鋭だ。というよりも、それしかない。
しかし、精鋭を育てるには時間が掛かる。さっき香蘭に言ったセリフではないが、敵は待ってはくれない。
だから、紅玉は短期間で強くなれる唯一の手段を取った。人には、自分で限界だと思った先にもう一つ力がある。それを出させるのだ。
死の淵ギリギリまで追い込んで……。
いきなりそれを一般兵に行えば、ほとんどの者は逃げてしまうだろう。だから、まずは香蘭である。
火魅子候補である香蘭が、倒れても倒れても起き上がる。その姿を見ても逃げ出すような者なら、それはもう仕方ないだろうが、
残った者は香蘭に対して忠誠を誓ってくれるかもしれない。強い心と忠誠、一石二鳥である。
「来ないんですか?」
紅玉が散歩でもするように近づくと、香蘭は気圧されたように後ろに後ずさった。スキだらけに見えてスキがない。
達人だけが可能とする練達の歩法だ。
「そんなことでは、九峪様のお役には立てませんよ」
「!?」
瞬間、香蘭が砂を蹴る。風を薙ぎ、刹那で間合いを詰めると、
「はッ!!」
気合い一閃、拳を突き出すが……
“ドゥッ!”
またしても紅玉の見えない壁に弾き飛ばされる。優雅に魏服の裾を直してるところからみると、どうやら蹴りのようだ。
香蘭は再現映像のように砂地に叩きつけられ……そうになったとき、くるくると身体を回転させると見事に着地、すぐに構えを取った。
それを見て、紅玉は満足しように微笑むと、チラリッと兵士の輪の中に流し目を送る。
「これなら、少しはお役に立てそうです」
「香蘭はずっと役に立ってるよ」
皆の視線が、紅玉に対して馴れ馴れしい口を利くその男へと一斉に向けられた。
その男は可笑しな身なりをしている。紅玉・香蘭 親子の魏服も相当珍しいが、それ以上に珍妙な格好である。
耶麻台幹部はその珍妙な服の正体を知っていた。“ブレザー”と言うのだ。九洲広しといえども、これを着ているのはただ一人……
「……九峪様」
誰かがポツリッと呟いた。
「九た……!? えぇええええ〜〜!! は、ははぁ〜〜〜〜〜〜〜っ」
まさか自分達の輪の中に、なんのオーラも感じさせず立っていた男が、いまや尊敬を飛び越えて信仰にまでなっている九峪だとは
誰も思わなかった。
九峪の名前が耳に入って、一瞬間を置いて理解すると、一斉に叩頭、“頭が高い、控えおろう!!”状態である。
「うん 皆訓練ご苦労さん」
「ははぁ〜〜〜〜〜〜っ 勿体無いお言葉」
「香蘭、紅玉さんもご苦労さん」
九峪は一つ頷くと、あとはもう兵士達を無視して、紅玉・香蘭 親子に話しかけた。これ以上九峪が労いの言葉を掛けたりすると、
彼らは延々と頭を下げたままだろう。
「とんでもない…… 九峪様の、しいては耶麻台共和国の為ですから」
隣りに並ぶ香蘭が可笑しな事を言わないよう注意しながら、紅玉は優雅に一礼する。なにか言おうとした香蘭は、母親の視線を感じて
口をモゴモゴさせていた。可哀想だが、周りには一般の兵もいるので、あまりおバカな事を言わせるわけにもいかない。
「九峪様お一人ですか? お付の護衛の方は?」
「音羽を連れて来てる いまは馬を繋ぎにいったとこ」
「そうですか 今日は視察ですか?」
「ははっ そんな大層なもんじゃないよ 紅玉さんと香蘭の顔が見たかっただけさ」
九峪の言葉に、シュンッとなっていた香蘭の顔が、パッと華が咲いたように明るくなる。何事も彼女はわかりやすい。
そして紅玉も人の親、やっぱり娘は可愛かった。
「香蘭、この辺りを少し、九峪様にご案内して差し上げたら」
「おお! まかせるが良いよ」
自信満々にドンッと香蘭が胸を叩くと、例によって“ぷるるん”と、特大のプリンが揺れた。
そして例によって、神の遣いの目は吸い寄せられる。無論、香蘭はともかく紅玉はその視線に気づいていたが、不快に思った事はない。
それどころか、神の遣いに対して僭越ではあるが、歳相応の微笑ましいものに映る。
「じゃあ、まあ、頼むぜ香蘭」
「わかたよ 行って来るよ母上♪」
二人仲良く並んで浜辺を去っていく。香蘭は普通に歩いているのに、心が弾んでいるのが紅玉には遠目でもよくわかった。
ついでに九峪が弾む胸をチラチラッ見てるのもよくわかった。
「……あの二人ならば、間違いが起こる事もないでしょうが」
小さくなっていく二人の背中を見ながら、思った疑問を口にしてみる。
「……いや、起こるわけがない」
自分を納得させる為にわざわざ声に出しているのだが、胸の奥のザワザワしたものが消えない。
勘でしかないのに、なぜか看過できない。
「皆さんは訓練を続けてください 私は少し所用ができました」
言ったときには、身体はもう動いていた。二人の後をそっと追う。
……私も存外、親馬鹿ですね……
ため息をつく。しかし、その親馬鹿というのも建前だという事に、紅玉本人はまだ気づいていなかった。
突き動かされたのは、母親ではなく、“女”の勘だという事に……
完璧に気配を隠しながら木の陰で、紅玉は体育座りで聞き耳を立てながら考える。
尊敬や畏怖などと言った言葉では表せない不思議な魅力を備えた神の遣いと、目に入れても痛くない愛娘、二人の後をこっそり尾けて
こうして覗いているのは、“心配”という感情だけでは説明がつかなかった。
……それでは私は……なぜここにいるのだろう……
聞こえてくる二人の会話は他愛もないものである。
砂浜で仲良く座って、話し役がもっぱら九峪で香蘭がそれに質問する形でそれなりに弾んでいるようだ。
九峪『だからな、弱いチームだからカウンターをするんじゃなくて、一番有効な攻撃だからするんだよ』
なんだか、紅玉にはよくわからないことを九峪は熱心に話している。隣でニコニコ笑っている香蘭もわかってはいないだろう。
「ふぅ……」
膝を抱えて、紅玉は小さなため息を吐く。ここにこうしているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
帰ろうかと腰を上げて、木の陰からひょっこり首だけ出して二人を見る。
「!?」
すぐに引っ込めた。今度は慎重にそろ〜〜っと首を覗かせる。
九峪と香蘭、二人の間に隙間がなくなっていた。特に唇の辺りが。
紅玉とて夫のいた身である。それがなんであるのかは、小娘じゃあるまいし無論知ってはいるが……
二人の唇が離れる。
九峪を見つめるうっとりとした香蘭の顔は、母親である紅玉ですら見たことのない女のものだった。
「香蘭、舌を突き出してみて」
九峪の声はひどく楽しそうである。
「こう?」
いくら純真無垢な香蘭でも、それが恥ずかしい行為なのはわかるんだろう。目元がほんのりと赤い。
その舌先はふるふると震えていた。
「そう……そのまま……」
軟体動物を思わせる動きで九峪の舌が伸ばされると、ゆっくりと香蘭の舌を絡め取る。二枚の舌が踊る様はなんとも卑猥だった。
「んぁ……むぅ………んンッ………」
安心させるように香蘭の肩を撫でていた九峪の左手は、いつの間にかガッチリと後頭部を押さえ込み、再び唇を重ねる。
先程よりも更に深く、より荒々しく、香蘭の唇が奪われているのが紅玉にはわかった。
“ゴクリッ……”
唾を呑み込む音にハッとなり、そんな自分に紅玉は戸惑う。
二人を神の遣いと愛娘としてではなく、男と女として魅入ってしまった。
不粋であり、それ以上に娘の逢瀬を覗くなどというのが母親としてあるまじき行為だとは重々わかってはいても、紅玉は二人から目を
逸らすことが出来ない。
……なんだろう……この気持ちは……嬉しくもあり悲しくもあり…………なにか狂おしい……
珍しく混乱する紅玉は、モジモジと自分の身体が太股を擦り合わせているのにも気づいていなかった。
九峪の右手が器用に片手で魏服の帯を解くと、大胆に前を広げる。
“ふるるん”
まろびでた香蘭の大きく白い乳房に、九峪は心底嬉しそうな笑みを浮かべると目を細めた。
張りのある乳房は若さなのか、綺麗な半球形を保ち垂れる気配は微塵もない。
ふくらみの頂には、唇の色と同じ桜色の乳首がチョコンと鎮座している。
乳房が並外れて大きいので、そこはいやに小さく見えて可愛らしい。その小さな突起は一人前の女性の反応を示し、固くしこって
九峪を待っている。
「ハァ……」
見つめる紅玉の熱い吐息は、もうはっきりと切なさを訴えていた。『これ以上見てはいけない』母親の部分がそう告げている
でも女の本能が、目を逸らすのを許さない。
「ひぅッ!?……んンッ…く、九峪様……か、噛んじゃ……いた……ひゃんッ……な、舐めるの……よい……」
九峪が香蘭の乳首を口に含んでいる。歯を立てたり、舌で舐め転がしたりしているんだろうか?
それを盗み見る紅玉の下帯は、あきらかに湿り気を帯びていた。
……香蘭……ごめんなさい……
心の中で娘にあやまる。しかし、その背徳感が益々昂ぶらせて、紅玉の“女”を疼かせた。
目は二人の方を見たまま、そっと下帯に指を這わせる。脇から差し込むと、あっさりと二本の指を秘唇は呑み込んだ。
「ぅあッ……は………んぅッ!!」
香蘭の喘ぎ声。おそらく、娘も母親と同じように指を呑み込んでいるんだろう。九峪の右手は魏服の裾の奥に消えている。
違うのは、娘の指は男のものであり、母親の指は自らのものであることだ。微かな……嫉妬を覚える。
「一度イッておくか、香蘭?」
耳朶をくわえながら囁く九峪の声も、達人である紅玉の耳にはそばで聞いてるのと変わらない。
まるで自分が囁かれたように、紅玉は九峪の声に背筋がゾクゾクする。
指がグニグニッと、九峪に促されるように複雑に蠢いた。お尻が落ち着かなげに動き、魏服に無数のシワを作る。
「やっ……ンッ…あッ………やはぁッ!」
娘は母親以上に堪え性がないのか、九峪の指を追いかけるように高々と腰を突き出していた。
「んッ……ふぁ……あ……く、九峪様……こうら……香蘭……んン……あ、ああッ……」
……九峪様もお人が悪い……
『イッておくか?』などと言いながら、九峪は寸前のところで指を止めている。
香蘭の気持ちが、九峪の身体を見ながら、指の動きを読んで真似ている紅玉には苦しいくらいよくわかった。
高められても、決して頂上にまでイカせてくれない。
「香蘭、へいきか♪」
そんなことを言う九峪の声は、とても愉しそうで、まだまだ許してくれそうもない。
だが紅玉は失念していた。神の遣いが奇襲の名人であることを。
「だ……んぁッ……だめ………九峪…あッ……ああッ………だめ……九峪さ!?……ぅああッ!!」
「あ!?……ひッ……ぅああッ!!」
香蘭の言葉を遮り、紅玉に娘と啼き声の競艶をさせたのは、もちろん九峪である。
まだ誰にも触れさせたことのない香蘭の女の真珠を、そんな素振りもなかったのにいきなり捻り上げた。
九峪の動きと同調していた紅玉にも、快楽パルスが不意打ちで襲い掛かる。声を抑える事すら出来なかった。
「ん!?」
九峪がその声に振り向く。
「!?」
紅玉は慌てて首を引っ込めたが、見られたかもしれない。
いつもならば、九峪の視界から逃げる事など容易いが、いまはいつもの紅玉ではなかった。
胸に手を当てると早鐘を打っている。足には、力が入らない。情けないが、腰が抜けたと言うやつだ。
「……どしたか……九峪様……」
香蘭が胸をはだけたまま、けだるそうに上体を起こす。目の焦点が定まってない。
「誰か居たような、その上知り合いのような……いや、まさかな…………あの人が覗きなんてするわきゃないし」
九峪の独り言は小さかったが、紅玉にははっきりと聞こえた。恥じ入って顔を伏せる。
「帰るか、香蘭」
「……うん」
場の空気が白けたのか、二人が身支度を始めた。ほどなくして、砂浜から二人の気配が消える。
それを確認して、紅玉はノロノロと立ち上がった。ツ―――ッと太股を愛液が伝っていく。なぜか……それが心地いい。
……九峪……様……
そして紅玉は気づいてしまった。自分がまだ、母よりも女だということに……。