"鬼怒ヶ岳道中記"〜〜曼荼羅華はキケンな香り〜〜  
 
 霧深い山中。いま、九峪達一行は、屍操蟲に苦しむ伊万里を救うべく曼荼羅華を求めて、火向・火後の国境に連なる山岳地帯の  
前衛に取り付いたところだ。  
 ここからが言ってみれば本番、のはずだが……九峪は盛大にぶうたれていた。  
「だから、疲れちゃったんだって 一週間以内ならだいじょうぶだって言ったじゃないか 少しくらい休んでも罰は当たらないだろ、  
忌瀬ちゃんよぅ」  
「ちゃんて、あんた……」  
 一行の抱いていた不安が、早くも現実のものになる。どうしたものかと忌瀬が振り向いた視線が、ピタリッと、ある人物で止まる。  
 いつのまにか、九峪を除く全員がその人物を見ていた。その女性は思いっきりため息をつくと、覚悟を決めて進み出る。  
「あの、では、僭越ではございますが、九峪様 もしもお嫌でなければ、私が背負わせていただきますけど……」  
「嫌なわけないじゃないか、衣緒が背負ってくれるなんて、俺は日本一の……いや、倭国一の幸せ者だぜ」  
 先ほどまでの疲れ果てた表情はすでに消えていた。  
「まあ、九峪様ったら」  
 衣緒が照れたように頬を赤く染めると、背を見せて屈んだ。九峪は鼻の下を伸ばしながら、衣緒に身体を預ける。  
 ひょいっと、なにもないかのように立ち上がる衣緒に九峪は不意を突かれてひっくり返りそうになったが、なんとか肩を掴む。  
 このとき、九峪の両手を縄で結んでおかなかったことで、衣緒は大層恥ずかしいめに会ってしまうのだが……  
 
「はぁ〜〜 やっぱり山の空気は美味いなぁ それを衣緒に背負ってもらって味わえるなんて最高だぜ」  
 男としてその発言はどうかと思うが、いまの九峪の偽らざる本心である。ただ、話しを振られた衣緒がどう思っているかといえば……  
「あ、ぜぇ……ありがと……ぜぇぜぇ……ございます……ぜぇぜぇ……」  
 聞くまでもない。さすがに九峪もそれには気づいたのか、  
「ごめんな、衣緒」  
「い、いえ 私、力だけはありますから全然平気です」  
 九峪がしんみりとした声を突然出したものだから、衣緒のほうが慌ててしまった。これが珠洲なら『そう思うなら自分で歩け』と言う  
ところだが、衣緒は慎み深い女性なのでそんなことは言わない。それに体力的には疲れてはいるが、まだ余裕はある。  
「衣緒には迷惑かけてばっかりだな 俺は衣緒がいないとなんにも出来ないのかも……」  
「そ、そんなことはありません」  
 元々衣緒は家庭的な女性だ。綺羅星の如く輝く復興軍女性陣の中でも、母性本能は一番強いだろう。  
 神の遣いに、それこそ僭越ではあるが、"ほおっておけない人"という印象を、このときまでに衣緒は持っていた。  
 衣緒の左肩にすがるように顔を埋める九峪。立ち止まって、衣緒は心配そうに窺うが、表情まではわからない。  
「じゃあ、衣緒に甘えてもいいかな?」  
「私などでよければ、いくらでも……」  
「そっか、そっか、いくらでもか……」  
 九峪の顔が、すすっと肩に触れたまま右側を向くと、そのまま半開きにした唇を衣緒の首筋に押し当てた。  
 舌が躊躇なく、首筋から喉元にかけてを這い回る。九峪の鼻息が、山登りと男性を背負っている羞恥で火照った耳をくすぐった。  
 
「あッ……」  
 可愛く首をひねる衣緒を横目に、肩に置かれていた九峪の手は抜け目なく腋の下を潜り抜け、手の中にすっぽり収まってしまう  
小さな丘を制圧した。  
 これにハッとなった衣緒が力を込めて恥じらいを表現しようと(具体的には投げ飛ばしたりとか)した瞬間、  
「ふぁッ!」  
 耳朶に突き入れる舌と、乳首をひねり上げる九峪の同時攻撃が衣緒を襲った。  
 経験したことのない感覚に、衣緒はガクリッと膝を落として前屈みにしまう。その格好は現代で流行っている総合格闘技のバックを  
取った体勢に似ていた。つまり、九峪が圧倒的に有利ということである。  
「小っちゃくてもいいじゃないか衣緒、こんなに敏感なんだから」  
 一応、九峪は褒めてるつもりだ。その証拠に少し揉みしだかれただけで、乳首はすぐに硬く尖り、九峪の手のひらを突き上げてくる。  
「く、九峪様 はぁ、お、おやめになって……うぁッ……く、んンッ……くだ……さい……」  
 それでも衣緒は、本人には正体はわかってないだろうが、快楽に押し流されそうになるのを懸命に堪えて、悪ふざけをする九峪に  
訴えた。しかし、衣緒の控えめな制止の声が、九峪に、ある現代のドラマを思い出させる。  
「よいではないか、よいではないか」  
 神の遣い改め、悪代官 九峪 は 売られた町娘(九峪の脳内設定)衣緒の胸をさらに"にゅむにゅむ"揉みしだく。  
 腕力では絶対に勝つことのできない衣緒を好きにできる快感に、九峪も大いに盛り上がっていた。股間もジッパーが弾けそうなほど  
盛り上がっている。それが、これまた小さく引き締まったお尻の谷間をこするものだから、衣緒の身体を増々縮こまらせた。  
「そのような……あン……ことは……うぅん……ございま……ふぁッ……ご、ございませぬ……」  
 ……衣緒に時代劇の話はしたことあったけ?……  
 そんな疑問も九峪の頭には浮かんだが、この九洲自体の時代考証が怪しいのでよしとしよう。  
「ふぅふふふふ ど〜〜れ、こっちのほうではどんな声で鳴くのかのぅ」  
 悪代官の指先が、するするっと乳房を滑り降り、脇腹をなぞって町娘の、秘密にしたい大事な部分に触れようとしたとき、  
 
「九峪様、それ以上は急ぎますんで、また今度にでも」  
 このどこか力の抜けた声は、  
「忌瀬?」  
「いや〜〜 お楽しみのとこ申し訳ないです♪」  
「うん、べつにいい……」  
 本当にへらへらっと笑う忌瀬はいい。問題は並んで立つ、残りの二人。  
「ほらね、志野 神の遣いはすけべぇでしょ」  
「…………………………」  
 なぜか無表情なのに得意気なのがわかる珠洲と、同じく無表情で腰の辺りをワキワキしてる志野。いつもなら、そこには双龍剣がある。  
 三人の立ち位置は珠洲を真ん中にしてるのもあり、"カッカッカッ"と笑う旅好きの老人を思い出させた。  
「衣緒さんを押さえ込むなんて、九峪様すごいね、こんど私にも教えてほしいよ!!」  
 腕力では遥かに劣る九峪が、衣緒を見事に押さえ込んだことに香蘭は少し興奮している。そこに水を差すようで悪いと思ったが、  
「ちょっと、黙っててくれないか、八兵衛……」  
「はち、なに?」  
 クエスチョンマークを浮かべた香蘭に、説明しようか迷った九峪だったが、それは今日は出来そうもない。  
「い、いやぁああぁ〜〜〜〜〜〜っ」  
 ただでさえ恥ずかしがり屋の衣緒がついに切れた。九峪の身体を腰で跳ね上げると、一本背負いのように石がごろごろしている地面に  
叩きつける。  
「ぐぅえ!?」  
 それが、その日九峪が発した最後の言葉だった。  
 
 余談では、大人しくなった(白目をむいてる)九峪を再び衣緒が背負い距離を稼いだところで野宿をしたが、  
 誰も、毛布一枚かけてくれなかった。  
 
 

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