「ん……ガル……」  
甘やかに彼の名を紡ごうとするアリィシアの唇を封じるように、ガルディアは深い口付けを重ねる。  
こじ開けるように差し入れた舌で唇の柔らかな感触を存分に味わいつくした後、  
さらに奥へとねじ込んで歯列の裏側をなぞり、口腔内で逃げるように蠢くアリィシアの舌に  
絡み付いて吸い上げる。  
「……ん……っ」  
愛しむように頬を撫でた指先を首筋へと滑らせ、親指で鎖骨の形をなぞる。  
そのまま膨らみへと掌を這わせると、先ほどまで慣れない刺激に震えていた桜色の先端が、  
今はほころぶ寸前の蕾のように固く尖ってその時を待っている。  
「は…………ぁっ……」  
かすかに触れてやると、アリィシアの唇から切なげな吐息が洩らされた。  
掌にすっぽりと収まってしまう膨らみの、肌に吸い付くような決め細やかな感触を味わいながら、  
ガルディアは包み込むように優しく揉みあげる。  
「う……んっ……あんっ…………ん」  
解き放たれることのないアリィシアの嬌声が、絡み合う二人の舌の上で甘くとろけて消えた。  
(アリィシア……)  
声に出すことのない想いをガルディアは胸の内で呟く。  
(私を、止めてくれ)  
(そんな声で私の名を呼ぶのはやめろ)  
(これ以上私を求めるな)  
だが、自我とは裏腹に、愛しいものの肌の感触を知ったその手は、乳房から脇腹、そして腰へと、  
アリィシアの身体のラインを確かめるように滑り降りる。  
引き寄せられるように腿の内側に指先を這わせ、柔らかな茂みに触れかけたところで、  
ガルディアはなんとか思いとどまった。  
 
「………………っ」  
ふいに唇を離して息をついたガルディアを、アリィシアは潤んだ瞳で不思議そうに見上げた。  
「ガ……ルディア……? どうかしたの……?」  
「…………ああ、そうだな。どうかしている……」  
 
幼いだけだと思っていた、この姫に欲情している自分が。  
求められたとはいえ、その欲情を抑えきれずにいる自分が。  
 
(――――どうかしていないわけがない)  
 
すでに、理性が欲望と戦ってるのか、あるいは欲望が理性と戦っているのかもわからなく  
なってしまっていた。  
アリィシアの意を汲んで愛撫までの行為には及んだものの、もともと最後の一線まで  
越える気は無かったガルディアである。  
初潮を迎えたとはいえ、成人としての身体が完成されたわけではない。  
蕾のまま留め置くことは無理だとしても、無理やりに咲かせるような真似はしたくなかった。  
――そのつもりだった。  
それでも真摯にガルディアを求めてくるアリィシアの熱意に負けて、とりあえずは強すぎない  
程度の刺激を与えて満足させ、あとは身体の成長が追いつくまでごまかす予定だったのだ。  
鉄壁だと信じていた自らの理性が崩れるのは計算外だった。  
すでに熱くたぎって頭をもたげている己の欲望を満たすことは――たとえそれがアリィシアの  
望んだことだとしても――彼女を傷つける行為であることに変わりはない。  
「ガルディア……?」  
逡巡するガルディアの様子に何かを感じたのか、火照る体から一瞬でも気を逸らされたことに  
心証を悪くしたのか、アリィシアがすねた様子でガルディアの胸を叩く。  
それから、ふいに思いついたように、ガルディアのシャツの胸元の釦に手をかけた。  
慣れない手つきでそれでも懸命に外そうとする小さな手を、ガルディアが押さえつける。  
 
「……何をしている」  
「え? だって、こういうときはお互い脱がせあうものじゃないの? それにあたしだけ裸でいる  
なんていやよ。ガルディアったらずるいわ」  
無邪気にそう言い放って見せるアリィシアの頬はけれど赤く染まっており、ガルディアに握られた  
手は小さく震えている。  
あからさまに無理をしているとわかる幼い少女を目にして、なおも事をすすめられるほど  
浅はかな精神を持ち合わせているガルディアではなかったはずだった。  
なのに、そんなアリィシアの姿を目にしてガルディアの胸に芽生えたものは、ためらいではなく激しい渇望だった。  
手に入れたい、と思ってしまう。  
それは少女の願いに答えることではなく、自らが欲する想いだった。  
アリィシアの上に身を起こし、ガルディアは自らの衣服に手をかけた。  
素早く腕を抜き去った上衣を、寝台の横に脱ぎ捨てる。  
初めて人前にさらす裸の上半身を、アリィシアはまぶしそうに見上げてきた。  
恐る恐る、といった様子で胸に触れてくるその手を掴み、口付ける。  
そのまま顔を寄せ、今度は唇に。  
そうして頬、次は首筋へと、ガルディアの舌が辿る軌跡がアリィシアの肌に熱を刻んでいく。  
「あん……、やっ」  
ガルディアの舌が触れる場所とは別の、どこか身体の奥深いところから生まれてくる  
抗いがたい感覚にアリィシアは思わず声を上げ、ガルディアの背中にしがみつく。  
「…………アリィシア」  
耳元で、ガルディアが囁く。  
「やめるなら今のうちだ」  
返ってくる答えがわかりきっていて、それでもあえて問うたのは誰のためなのか。  
「……あんまり、痛くしちゃいやよ」  
「それは無理だ。あとから痛みを消すことはできるが、最初は……痛いものと相場が決まって  
いるらしいからな」  
らしいといえばらしいが婚約者のあまりな言いように思わず目を丸くするアリィシアだったが、  
次の瞬間それは微笑に変わった。  
アリィシアには聞こえたのだ。ガルディアの低い、かすかな呟きが。  
「――――優しくしてやる」  
 
   ☆☆☆  
 
(――呼吸のしかたなんて、誰も教えてくれなかったわ)  
 
ようやく息のつき方を覚えるまでに、いく度の口付けを繰り返しただろう。  
舌先そして根元へと飽くことなく絡みついてくるガルディアの舌の熱さも、自分のものより  
少しだけ固くざらついた感触も、押し殺したように漏らされる吐息も、アリィシアには初めて  
知ることばかりだった。  
触れ合う肌と肌が体温以上の熱を帯びるということも、圧し掛かるひとの重みの心地良さと  
いうものも。  
ガルディアの手が、その弾力を味わうようにアリィシアの両の膨らみをそっと揺すり上げる。  
「やぁん、……ああっ……ん!」  
頂上に固く震える蕾にガルディアの指が触れる。そのまま指先ではさむように摘まれ、  
乳房ごと優しく揉みほぐされる。  
「ひ……やっ! あぁっ…………」  
背筋からうなじにかけて血液が逆流したような感覚が走り、反射的にガルディアを押しのけようと  
伸ばしかけた手をアリィシアは必死にこらえる。  
ここでアリィシアが少しでも嫌がるようなそぶりを見せれば、ガルディアは即刻この行為を  
中断してしまうだろう。  
躊躇なく翼を広げて飛び立つ姿が目に浮かぶようだ。  
そして次に会ったときは何事もなかったような顔でアリィシアを迎えるに違いない。  
アリィシアを傷つけないために、平気でアリィシアを置き去りにできる。  
矛盾するようだが、それがガルディアなりの思いやりなのだ。  
無愛想で何事にも無関心で人間嫌いの、孤独な魔法使い。  
(でもとても不器用で優しい人)  
だからアリィシアはありったけの勇気を出してガルディアに応える。  
首にまわした腕に力を込めて、抱きしめるように引き寄せる。  
本当はとても恥ずかしいけれど。  
本当は少しだけ怖いけれど。  
「ん…………」  
歯茎をねぶり、奥へと差し込まれるガルディアの舌に、アリィシアはぎこちない動きで自らの  
それを絡み付ける。  
身体の芯に渦巻くこの熱も、痛いほどの想いも。  
ガルディアに伝わるといい。  
アリィシアはそう願った。  
 
 
「はぁ……んっ」  
ガルディアのもう一方の手がアリィシアの下半身に伸びて、今度は躊躇することなく  
淡金色の茂みに辿りつく。  
秘筋にそっと指を這わせれば、慣れない刺激に耐えかねたようにびくんとアリィシアの腰が跳ねる。  
ガルディアの手は固く閉ざされたそこをほぐすように撫でまわし、二本の指で柔らかな双丘を  
優しく押しつぶす。  
自分でも触れたことのない秘所を這うガルディアの掌は少しだけ冷たくて、その体温の差が  
ガルディアに愛撫を与えられていることを狂おしいまでにアリィシアに知覚させてしまう。  
「あん……っ」  
弓なりにしなるアリィシアの身体を自らの重みで寝台に押し付け、一方の手で乳房を揉みしだき  
ながら、ガルディアはなおもアリィシアの秘部を弄りつづける。  
秘裂に沿って静かに指を沈め、固く震える小さな肉芽を指先で探り当てた。  
「ぃやあああっ……!」  
そこに触れるか触れないかの僅かな刺激を与えられただけで、アリィシアの全身に泡立つほどの  
衝撃が走る。  
声を殺すことも忘れて、アリィシアはガルディアに必死にしがみついた。  
そんなアリィシアをなだめる様に口付けで封じ、それでもなおガルディアの愛撫は止むことはない。  
 
どこかに置き忘れてきた理性の所在に気を向ける余裕もないほど、今はただ昂ぶる自分自身を  
押さえつけながら、その時を迎えるアリィシアの苦痛を少しでも減らせるように丹念に快楽を  
刻み付けていくことでガルディアは精一杯だった。  
アリィシアの唇を開放したガルディアの舌はそのまま首筋を這い、あいているほうの乳房へと  
辿りつく。  
尖った先端を舌先で転がすようになぶった後、そっとくわえ込んでやると、アリィシアの口から  
ため息にも似た喘ぎが洩れる。  
「あ……ガル……」  
ガルディアの舌は留まることなくそのまま腹部に流れ、下半身へと滑るように這い下りる。  
「やぁっ! ……ガルディアっ……そんな、とこ……いやぁ」  
茂みを掻き分けるガルディアの舌の感触に、アリィシアは思わず身を固くする。  
「ひっ……や! あ! あ! あぁっ」  
ガルディアの舌が秘奥の花芯を絡め取る。指先で触れるだけの愛撫とは比べ物にならない程の  
衝撃が、アリィシアのつま先から脳天までをいっきに駆け上った。  
「力を抜くんだ……アリィシア」  
ガルディアは強引にならない程度の力を込めてアリィシアの内腿に手をかけ、ゆっくりと膝を  
開かせる。  
指と舌による刺激でやや湿り気を帯びてきてはいるものの、未開発なそこはよりいっそう固く  
閉じてそれ以上の侵入をこばんでいた。  
柔らかな双璧を舌先で掻き分け、花弁の奥を尖らせた先端で優しく突付くと、腿に置かれた  
掌からアリィシアの震えが伝わってくる。  
「いや……ガルディア、あたし……んっ」  
自らの唾液で丹念に湿らせながら愛撫を続けるガルディアの舌先に、やがてとろりと唾液以外の  
雫が伝わり混ざる。  
「や……あ……あぁ……んっ、ああっ」  
もはやアリィシアの喘ぎは言葉にならず、開いた両足からも力が抜けていくのを確認して  
ガルディアは顔を上げる。  
「……そんな声を出すな。アリィシア……」  
このまま一度絶頂を迎えさせてやろうとしたのだが、あいにくとそこまでにガルディアの方が  
持ちそうになかった。  
 
両足を開かせたままガルディアは身を起こし、震えるアリィシアに口付けを落としながら濡れた  
花唇にいきり立つ己自身をあてがう。  
「……怖いか、アリィシア」  
最後の理性を振り絞って囁く。馬鹿げた台詞だとガルディアは自嘲した。  
アリィシアが首を縦に振るはずがなかった。  
「……愛してるわ、ガルディア」  
気丈に微笑んで見せるアリィシアに、ガルディアは己の限界を見た、と思った。  
ガルディアはためらうことなく腰を沈め――そのまま一気に突き通した。  
 
「! ……っつ!! んんっ――!」  
熱いものが押し当てられた、と思った瞬間、ありえない場所を無理やりこじ開けられるような  
痛みがアリィシアの脳天までを貫いた。  
とっさにふさがれたガルディアの唇にアリィシアの悲鳴は飲み込まれる。  
熱い、熱い、熱い、灼けるような感覚と異物感がアリィシアの下半身を支配する。  
ガルディアの背にまわした腕に、指先が食い込むほどの力がこもる。  
初潮を迎えるまではそこにあることすら知覚したことのなかった器官が体内から押し広げられる  
感覚は、にわか仕込みの知識では追いつかぬほどにアリィシアの想像を絶するものだった。  
「いや……熱い、痛いの、ガルディアっ……!」  
堪えようとしても涙はとめどなく溢れてしまう。覚悟を決めていたとはいえ、文字通りわが身を  
引き裂かれるような痛みは、アリィシアの許容範囲を遥かに上回る。  
「アリィシア……」  
ガルディアがためらうように身を起こそうとする。だが、アリィシアはしがみついたその腕を  
離そうとしない。  
「悪かった……アリィシア」  
貫いた腰はそのままに、ガルディアの手が優しくアリィシアの髪を撫でる。  
そうして最初の激しい痛みが引くまで、ガルディアは静かにアリィシアを抱きしめていた。  
 
どれほどそうしていたのだろう。  
ずいぶん長い間だったような気もするが、ほんの数十秒のことだったかも知れない。  
最初の波が引いていけば、アリィシアの下半身に残された熱は明らかに痛みのせいだけでは  
なくて、ぬぐい切れない異物感も、それがガルディア自身の一部がもたらすものなのだと思えば  
愛しいとすら思えてくるのが不思議だった。  
「ガルディア……もう、大丈夫だから」  
アリィシアは涙に濡れた瞳で愛しい婚約者の顔を見上げる。  
愛する人と繋がっていることの安心感が、破瓜の痛みさえも薄らげてくれるようだ。  
「……優しくしてやれなかったな」  
ガルディアの呟きにアリィシアは小さくかぶりをふる。狭い場所を無理やりこじ開けるような  
あの行為に時間をかければ、痛みを長引かせるだけであろうことはアリィシアも本能的に  
理解していた。  
「ガルディアはいつだって優しいわ」  
ガルディアがわずかに身じろいだ。その動きに呼応するように、繋がれた箇所がどくんと波打つ。  
「んっ……」  
アリィシアはガルディアの胸に頬を押し付ける。そこから感じられる温もりも、アリィシアのなかで  
蠢くこの熱いものも、すべてガルディアのものだ。ガルディアが与えてくれるものだ。  
ガルディアが少しづつ腰を動かし始める。  
始めはゆっくりと。それから徐々に動きを速めていく。  
「っ、アリィシア……」  
「んっ、あっ、ああっ……」  
痛みを堪えてアリィシアはガルディアにすべてを委ねる。打ち付けられる腰から、こすられる  
内部から、痛みと熱が渦を巻いてアリィシアを高みへと追い上げていく。  
 
「…………アリィシア…………」  
痛みを堪えるアリィシアの耳に、ガルディアの声が何度も繰り返し幻聴のように響く。  
「ぁあっ……! ああ、やっ、あ、やん、あぁっ!」  
手加減を忘れてしまったように激しく深く打ち付けられる腰の動きはアリィシアの思考をかき乱し、  
痛覚を別のものへとすり替えていく。  
「っ…………!」  
意識を手放す寸前、一際深く穿たれたガルディア自身から、熱い迸りが脈打ちながら最奥へと  
流れ込んでくるのを確かにアリィシアは感じたような気がした。  
 
   ☆☆☆  
 
目を覚ましたアリィシアは、思わずあたりをきょろきょろと見回した。  
目に飛び込んできたのは、見慣れた王城の自室――ではなく、黒いカーテンに重々しい家具が  
ならぶ、どう見てもガルディアの館の寝室である。  
身を起こしかけて、下半身にずきんと鈍い痛みが走り、アリィシアは思わず小さく悲鳴を上げて  
しまう。  
股の間には何かが挟まったような異物感。  
(そうよ、あたし夕べガルディアと――――)  
思い出して一人赤面するアリィシアの頭上から、聞きなれた低い声が降ってきた。  
「つらいならそのまま寝ていろ。……無理することはない」  
「ガ、ガルディア?」  
慌てて見上げると、そこには普段のように黒衣に身を包んだ愛しい魔法使いの姿があった。  
 
(ずっと、見守っててくれたのかしら?)  
嬉しくて抱きつきたいほどだったが、いかんせん昨日の今日では恥ずかしくて何となく  
目も合わせづらい。  
慌てて布団に潜り込もうとして、アリィシアは不意に気付く。  
(あたし、寝巻きを着てるわ)  
そもそも、どうしてガルディアの寝室に寝ているのかがわからない。  
それとも、夕べのあれは全て夢で――知らないうちにまた何か事件に巻き込まれていたとでも  
いうのだろうか?  
それにしてはやけにリアルな下半身の疼きが羞恥心を刺激して、アリィシアはいたたまれない  
気持ちになる。  
そんなアリィシアの思いを見透かしたように、ガルディアが落ち着いた声で告げる。  
「私がつれてきた。あのまま置いてはおけなかったものでな」  
――あの後、破瓜の鮮血に染まった寝台の敷布と失神したアリィシアの始末に困ったガルディアが、  
そのまま敷布に包んで館まで連れ帰ってきたという事実をアリィシアが知るのは  
ずっと後のことになる。  
「ええっと……よくわからないけど、ガルディアがそう言うんだったらいいわ」  
なら、あれは夢ではなかったのだ。  
安堵と共に、初体験の記憶が脳裏に鮮やかによみがえり、アリィシアは思わず赤面してしまう。  
ガルディアの態度があまりにも普段と変わらないのが、いっそうアリィシアの羞恥心をあおる。  
「でも、お城では心配してるんじゃないかしら? あたし、ここで寝ててもいいの?」  
「………………」  
ガルディアはそれには答えず、ついとアリィシアから目を逸らしてしまう。  
(――あら?)  
どうやらガルディアも普段通りというわけではない様子だ。  
 
「お前は、何も心配することはないんだ」  
目を合わせないまま、ガルディアはどこか言いづらそうに言葉を紡ぐ。  
「半月もすれば迎えが来る。準備が整うまで城には帰らなくてもいいとの王からの伝言だ」  
「半月って、準備って、……ええ?」  
事の次第が飲み込めず、首を傾げるばかりのアリィシアに、ガルディアは念を押すように言い渡す。  
「言っておくが、私はお前の用意した衣装は絶対に着ないぞ」  
「衣装って……。ええ! まさか」  
何事にも無関心なようでいて、実はわりとやることは極端な人だということは身を持って知っている。  
だがまさかここまでだとは。  
こみ上げてくる笑いを抑えきれず、痛みも忘れてアリィシアはベッドの上に身を起こす。  
とびきりの微笑を浮かべながら。  
「ねえ、婚礼の夜会には出てくれるんでしょう?」  
「――知らないな。私は王の前で誓うだけだ」  
 
そっけなく言い置いて部屋を出て行くガルディアの背を見送りながら、アリィシアはそれでもまだ  
信じられない気持ちでいっぱいだった。  
(やっぱり、夢ってことはないでしょうね……?)  
確かめるようにあたりを見回したアリィシアの目に、ふとあるものが止まった。  
それは、茶色く変色した一輪の花だった。  
 
寝室の脇机に無造作に置かれたその花に、アリィシアは見覚えがあった。  
アリィシアが最後にガルディアの館を訪れたときに、自ら選んで摘み取ってきたものだ。  
アリィシアは花が大好きだった。ガルディアの館の周りにも、頼んで花壇を作ってもらったほどだ。  
殺風景なガルディアの館に生きるものの息吹を吹き込みたくて、アリィシアは館の中にも  
たくさんの花を飾る。  
しばらく来ないうちに他の花は処分されてしまったのだろうが、なぜこの一輪だけがここに  
残っているのだろう。  
(まあいいか)  
アリィシアはカーテンを開け放ち、よく日の当たる風通しの良い窓際にその花を置いた。  
 
体調が直ったら、すぐにまた花を飾ろう。花壇の手入れもしなくては。  
奥様になったらすることはきっと山のようにあるだろうし、今のうちから花壇の拡張をガルディアに  
頼んでおいたほうがいいかもしれない。  
いつの日か、この館にも子どもたちの笑い声で溢れかえる日がやってくる。  
たくさんの花と、愛する人と、可愛い子どもたちに囲まれて、アリィシアは幸せな老後を過ごすのだ。  
 
 
 
そうして、いつかアリィシアがいなくなるときが来ても、子どもたちの笑い声と花たちが、  
ガルディアの心を癒すだろう。  
 
 
 

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