『姫君のささやかなたくらみ』 
 
 その日のアリィシアはいつにもまして機嫌が悪そうだった。  
 鏡台の前に座ったアリィシアの髪を丁寧にとかしつけていた侍女のアルミラが、  
困ったようにかぶりをふってみせた。  
「いけませんわ姫様、またそのようなお顔をなさっては……。せっかくの  
可愛らしいお顔が台無しになってしまいますわ。今日はガルディア様に会いに  
いかれるのでしょう?」  
 ガルディア、という名前を聞いて一瞬ぱあっと顔を輝かせたアリィシアだったが、  
すぐにまた眉間にしわを寄せると、はああ〜っと大仰にため息をつく。  
 そんな様子を見て、後ろに控えていた侍女たちは口々に囁き交わした。  
「アリィシア様ったらどうしたというのでしょう……。最近ガルディア様に  
会いに行くのもなんだか楽しくなさそう」  
「その割には毎日のように入り浸ってらっしゃるけど」  
「でも、ほんの何週間か前まではあんなに楽しそうにしてらっしゃったのに……」  
 
 
 一月近くも前だろうか、アリィシアは「そうだわ! その手があったのよ!」  
と急に叫んで城を飛び出し、ファクトール公爵家へ押しかけるようにして遊びに  
行ったことがあった。  
 何があったというのか帰ってきたアリィシアは終始ご機嫌で、しかもそれは  
一週間ほども持続されたのである。  
 だがその後は逆に日を追うごとに元気をなくしていき、ここ二、三日にいたっては  
窓の外を眺めてはため息ばかり、である。公爵家の双子に問い合わせても  
とくに心当たりはないというし、アリィシア付きの侍女たちは気をもむばかりの  
数日を過ごしていたのだった。  
「ねえアルミラ、手紙とか鳩とか……とにかく何でもいいからあたしあての  
知らせ、届いてないわよね?」  
 アルミラだけに聞こえるような小さな声で、アリィシアはそっとたずねた。  
アルミラは小さくかぶりを振る。  
「いいえ姫様、今日はそういったものは届いておりませんわ」  
 アルミラだけはなんとなくさとっていた。アリィシア姫は何かを待っているのだ。  
おそらくアリィシア姫あてに送ってこられる何か――。  
 何か騒ぎの元になるようなものでなければいいけれど、と従順な侍女は胸  
のうちで祈りつつ、姫の髪をすき終えて鏡台の上に櫛を置こうとした――その瞬間。  
 世にも恐ろしげな爆発音が部屋中を轟かしたのである。  
 
「リオ! リオ・グランディオ!」  
 先に声をあげたのはアリィシアだった。  
 部屋の真ん中にしりもちをついたような格好で座っている魔法使い見習いの  
少年――リオ・グランディオは、周囲をきょろきょろと見回している。幾人か  
気を失って倒れている侍女たちの姿を認めてちょっと不思議そうな表情を  
浮かべたあと、アリィシア姫と目があった。  
「へへへ、大成功!」  
 そういってガッツポーズを決めようとしたリオ・グランディオの頭を無常にも  
アリィシアのげんこつがおそった。  
「なーにが『大成功』よっ! ちっとも進歩してないじゃないの!   
どうしてくれるのよ! この部屋っ!」  
「どうって……どうもしてないだろ? ひどいや師匠」  
 リオ・グランディオは殴られた頭部をさすりながら涙目でアリィシアを見上げた。  
え、とうろたえてアリィシアは辺りを見回す。  
 ――たしかに、気の弱い侍女が何人か気絶しているだけで、部屋の中には  
煙も立ち込めていなければなにか破壊された様子もない。どうやら今回は本当に  
音だけで被害は済んだようだ。  
 残った侍女たちが胸の前で祈るように手を組んで遠巻きにこちらを眺めていたが、  
以前この城に滞在していたこともあるリオ・グランディオが元凶だとわかると  
いくぶんか警戒心も薄れたようだった。  
 アリィシアはアルミラを始め侍女たちに今見たことをひとまず口外しないように  
固く口止めすると、さっさと彼女達を部屋から追い出してしまった。  
 
 扉を閉め、人の気配が部屋の前から遠ざかったのを確かめると、  
アリィシアはくるりと部屋の中央に向き直った。  
「ふふふ……。会いたかったわリオ・グランディオ! 例のブツは手に入っ  
たんでしょうねー?」  
 なにか背中に冷たいものが走ったような気がして、リオ・グランディオは  
思わず身をすくめた。  
「ど……どこでそんな言い方覚えてきたんだよ師匠。 相変わらずちっとも  
お姫様らしくないなー」  
「いいじゃない、気分よ気分。で、どこよどこどこ? 持って来てくれたんでしょ?  
 早く出してちょうだい!」  
「あーでもなー師匠、俺が魔方陣なしで移動できるようになったってのに  
ちっとも感動してくれないし……」  
 リオ・グランディオは膝を抱えたままそっぽを向いている。どうやらいきなり  
殴られたことをうらみに思っているらしい。  
「あー! 本当よねリオ・グランディオ! 立派じゃないすごいわ、それでこそ  
あたしの弟子よ!」  
「ひさしぶりに可愛い弟子が会いに来たっていうのにお茶もお菓子も無しだし……」  
 アリィシアはあわてて追い出したばかりの侍女たちを呼びにいき、  
お茶の支度を整えさせた。  
 
 テーブルいっぱいに並べられた焼き菓子の山を見て、リオ・グランディオの  
機嫌もようやく直ったようだ。両頬いっぱいに菓子をほおばる弟子の食べっぷりに  
しばらく見とれていたアリィシアだったが、本来の目的を思い出してあわてて  
リオ・グランディオにつめよった。  
「ちょっとちょっとー! のんきにお菓子食べてないで、さっさと例のアレ  
あたしによこしなさいよ!」  
 いきなり胸ぐらをつかまれてリオ・グランディオは目を白黒させた。  
「し、ししょお……くるし……み、みず……」  
「水ならいくらでもあげるから! 先に渡してちょうだい! 苦労したのよ!  
 あたしは<塔>にマークされてるし神官たちには頼めないから、リインディを  
なんとかうまくごまかして代わりに<塔>に手紙を出してもらったり! な  
のにあなたったら最近ちっとも返事をよこしてもくれないし……! ずっと  
待ってたんだからーっ」  
「わ、わかったってば」  
 水差しごと渡されたリオ・グランディオは構わず直接注ぎ口に唇をつけると、  
いっきに飲み下した。勢いがよすぎたのかげほげほと苦しそうに咳き込みながら、  
胸元から薄茶色の小汚い小瓶を取り出してアリィシアに渡す。  
「はい。それだよ。アリィシア姫のご注文の品は」  
 それは、アリィシアが何度も手紙で頼み込んで懇願して泣きついて、ついには  
ガルディア所蔵の貴重な魔法の本と引き換えに(もちろん本人には無断である)  
ようやく<塔>から持ち出してもらうことに成功したモノ――言わずと知れた、  
惚れ薬である。  
 
「これが……ふふふ、これさえあれば……」  
 一人で頬を染めて笑うアリィシアをちょっと不気味なものでも見つめるように  
眺めていたリオ・グランディオだったが、そのままアリィシアが外へ  
飛び出しそうになるのを見て慌てて立ち上がった。  
「ちょ、ちょっと待てっ! どこ行くんだよ師匠!」  
「どこって、決まってるじゃない、ガルディアの館よ! あ、リオはそのまま  
ここに残ってていいわよ」  
「冗談じゃないぜ! 俺も行くよ!」  
 リオ・グランディオはちらりとティーセットの並べられたテーブルを振り返った。  
名残惜しいが、アリィシア姫を一人で行かせるのは危険だ。秘薬・毒薬の類を  
扱うのは細心の注意を要する。リオ・グランディオがそれに長けているとは  
到底いえないが、アリィシアにまかせるよりはマシだった。なんといっても  
アリィシア姫のたっての頼みとはいえ、<塔>から禁じられた秘薬を  
持ち出したのが彼だとばれたら――。  
「ただじゃすまない、よな……」  
 その時、リオ・グランディオの脳裏に浮かんだのは、彼を育ててくれた  
<塔>の老魔法使い達ではなく――。  
 黒衣に身を包み、漆黒の髪と琥珀の瞳と強大な力を持つ、かのアリィシア姫の  
婚約者である大魔法使いガルディアその人だった。  
 
 魔方陣から出ると、アリィシアはまっすぐガルディアの館の厨房を目指した。  
リオ・グランディオも慌ててあとを追う。  
「師匠、どこへ行くんだ? ガルディアを探さなくていいのか?」  
「あら、ガルディアなら魔法部屋か書斎に決まってるじゃない。先に愛する  
ガルディアのためにお茶の支度を整えるのよっ! 昨日覚えたばかりの焼き菓子  
食べさせてあげるの」  
 勝手知ったる、といわんばかりにアリィシアは厨房へずかずか入り込むと、  
さっさと蝋人形達を追い出してお菓子作りの準備に取り掛かった。物珍しさも  
手伝って、リオ・グランディオもおとなしくそれを手伝う。  
 卵や木の実をふんだんにつかって焼き菓子の種を練り上げ、あとはオーブンで  
焼くだけ、という段になって、アリィシアは大事に懐にしまっていた薄茶色の小瓶を  
取り出した。  
「うふふ、あとはいよいよこれを……」  
「って、師匠、どれに混ぜる気だよ? 俺の分はとっといてくれよな!」  
「あら、だってガルディアがどのお菓子を食べてくれるかわからないんですもの。  
全部に混ぜておけばどれかひとつくらいは絶対食べてくれると思わない?」  
 
「じゃー師匠はどうすんだよ。一緒にお茶してアリィシア姫だけお菓子に  
手をつけなかったら怪しまれるんじゃないのか?」  
「あら、そんなことないわよ。ガルディアは……」  
 言葉を続けようとして、アリィシアはだんだん腹が立ってきた。今回のことも、  
そもそもガルディアがあんな風だからリオ・グランディオに頼み込んだのだ。  
 何もしなくても、そばにいられるだけでいい。確かにそう思う。だけど、  
それだけでは物足りないのも本音なのだ。  
「どーせガルディアは魔法に夢中で、あたしのことなんかに興味はないわよっ。  
お茶だって黙って飲んでくれるようにはなったけど、それだって魔法書片手に  
目なんかそらしたこともないし、お、お菓子だって、一所懸命やいてもっ、  
お、おいしいねのひとことも言ってくれた事ないしっ……!」  
 最後の方は言葉にならずに、涙と鼻水を啜り上げながら焼き菓子の生地に  
小瓶の中の液体を振りかけるアリィシアの姿になんとなく鬼気迫るものを感じて、  
リオ・グランディオは「自分の分」を主張するのはあきらめた。  
 オーブンに入れ、焼き上がりを待つ。やがて厨房中にいい匂いが立ち込めてきた。  
「わあ、うまそー。師匠って、意外とこういうの上手なんだな」  
「当たり前でしょ。ガルディアのためにたくさん練習してきたんだから!  
 って、『意外と』って何よ! 『意外と』って!」  
「ま、まあまあ……。それより早くしないとこげちゃうぜ」  
「ああっ! ちょ、ちょっと手伝ってよーっ!」  
 
 美味しそうな焼き菓子がこんもりと盛られた大皿とティーセットをワゴンに  
載せ終えると、アリィシアはうれしそうに微笑んで小さな焼き菓子をひとつ  
つまみあげた。  
「我ながらおいしそうな焼け具合じゃない? うふふ、味見してみよーっと」  
「どわあああ! ししょーっ! 何考えてんだ!」  
 慌てたのはリオ・グランディオである。ひったくるように焼き菓子をうばわれて、  
アリィシアはきょとんとした表情を浮かべる。  
「何よリオ。あなたも食べたかったの?」  
「何よじゃねーよ! ガルディアに食べさなきゃ意味ないっていうか、今ここで  
師匠が食べちゃったらどんなことになるかわかってんのか!」  
「え……ああ!」  
 アリィシアはハッと口を押さえた。  
「あ、危なかった……!」  
「危なかったのはこっちだよ! 頼むからしっかりしてくれ師匠……」  
 ガルディアの怒りを買うことを考えただけで半泣きになってくるリオ・グランディオの  
気持ちを察することなどもちろんないアリィシアは、「危ないって何よ」と  
プンプン頬を膨らませながらもワゴンを押してガルディアの書斎を目指し始めた。  
 
 書斎の扉をノックしてみる。返事はない。だが、アリィシアはかまわず扉を  
押し開けた。  
 案の定、書斎の机に向かって古くて分厚そうな書物を広げている愛しい  
魔法使いの姿がそこにはあった。  
「会いたかったわガルディア。お茶にしましょう。今日は新作よ〜」  
 後ろ手に扉を閉めようとして、アリィシアはちらりと後ろを振り向く。  
リオ・グランディオは小さくうなづいて見せて、そっとその場を離れた。あとは、  
アリィシアが頑張るしかない。  
 ポットからティーコゼを外して、おそろいの陶器のカップにお茶をそそぐ。  
小皿に焼き菓子を見目良く盛り付ける。  
 かいがいしくお茶の支度をするアリィシアをちらりと見上げて、  
ガルディアはわずかに目を細めた。  
 悪巧みに夢中なアリィシアはそんなガルディアの視線にも気づかず、  
いかにさりげなくガルディアが手を伸ばしそうな配置に皿を並べようか  
思案していた。  
「はい、ガルディア。どうぞ」  
「……ああ」  
 アリィシアの差し出すカップを受け取り、何事もなく口をつけるガルディアを見て  
アリィシアは内心ほくそ笑んだ。  
(もう、楽勝よーっ)  
 
 あとは惚れ薬入りの焼き菓子を口にしたガルディアに、ひたすら熱い視線を  
送るだけ。簡単な使用法だがそれゆえに使い方と場所を間違えれば大変な  
ことになる。かつて国家の陰謀に使われた事例も数多く、悪用を防ぐために  
<塔>では持ち出し禁止となっていた秘薬であるが、アリィシアがそこまで  
考えているわけはなかった。  
 ただ、歴史の授業のときに、政略結婚に惚れ薬が使われたという話を  
聞きかじって、<塔>にいるリオ・グランディオにさんざん頼んで探し出して  
もらったのだ。  
(これを使えば、ガルディアはあたしに夢中になるのね!)  
 嫌われているとは思っていない。愛されている、と信じられるようなことも、  
ときどき、ある。  
 だがそれはアリィシアが求めるような愛と違うような気がするのだ。  
まだ幼いアリィシアはあくまでも庇護の対象としか見てもらえない。  
 それでは物足りなくて――。  
「はい、ガルディア。あーん♪」  
 黙って口をあけてくれることを期待してガルディアの口元に焼き菓子の  
かけらを差し出したアリィシアだったが、ささやかなもくろみは氷のような  
視線にもろくも打ち砕かれた。  
「……どういうつもりだ」  
「どうって……食べさせてあげようと思って」  
「私は自分で食べられるが?」  
「そうじゃないのよ! ああっ、もう! ガルディアのばかーっ」  
 
 乙女心をちっとも解してくれないつれない婚約者の態度にいつものように  
地団駄をふみたいアリィシアだったが、ぐっとこらえて、無理やり笑顔を浮かべる。  
今ここでガマンすれば、文字通り薔薇色の未来が開けるのだ。  
「じゃあ、ガルディア。自分で食べてちょうだい。これおいしいのよ。新作よ!  
あ、こっちの甘みを抑えてあるほうがいいかしら? それから、こっちのお菓子には  
よその国から取り寄せた珍しい木の実が入っているのよ」  
「…………」  
「あ、それともこっちの方がいいかしら? これ、焦げてるわけじゃないのよ。  
卵の白身を泡立てたのをつぶさないようにオーブンで焦がして……」  
「……アリィシア」  
「これなんて、いくら食べても口の中が甘くならないのよ」  
「アリィシア」  
 あまりのしつこさに辟易してきたのか、ガルディアは書物を机の上に広げたまま  
アリィシアに視線を向けた。  
「……私はこの本を今日中に読んでしまいたいのだが」  
「ええ、わかってるわ。だから、今日はここでお茶にしましょう。  
読書の邪魔しないように、ね?」  
「それが邪魔だといっている……」  
 ため息をつきながら、それでもあきらめたようにフォークに手を伸ばす  
ガルディアを見て、アリィシアの瞳が怪しく光った。  
(あ、あ、あ、これでガルディアは私に夢中――!)  
 
 ガルディアの口元に焼き菓子の一片が運ばれ、咀嚼され、喉の奥に落ちて  
いくのをアリィシアはしっかりと見届けた。  
 あとはいつものように熱い視線を送るだけだ。薬の効果があるうちに、  
アリィシアの姿は愛しいガルディアの脳裏にしっかりと焼き付けられ、  
求めずにはいられなくなるだろう。そうなったら、いつものような触れるだけの  
キスではなく、前に一度だけしてくれたような『大人のキス』だってしてくれるかも  
しれない――。  
「ふふふふふ」  
 自分でも知らないうちに頬がゆるんでしまうアリィシアである。  
「…………?」  
 アリィシアの熱い視線には慣れていたガルディアだったが、さすがにあやしい  
笑みをたたえたアリィシアの態度には不気味なものを感じたのか、様子を  
伺うようにじっと見つめ返してきた。  
(もう薬の効果があらわれたんだわ!)  
 アリィシアは有頂天になった。さっそく甘い言葉の一つでも囁いてもらおうと、  
ガルディアのそばに自分のいすをぴったりつけてそこに腰掛け、そっと  
ガルディアの肩にしなだれかかった。  
「アリィシア……」  
 ガルディアが自分の名を呼びながらそっと肩を抱いてくれる。アリィシアは  
喜びのあまり叫びだしたいほどの気分だった。  
「……具合でも悪いのか?」  
 思わず体勢を崩してガルディアの膝に突っ伏してしまいそうになる  
アリィシアであった。  
 それをどう受け止めたのか、ガルディアは片手でアリィシアを支え、もう  
片方の手のひらをそっとアリィシアのおでこに当てる。  
 
「熱はないようだが」  
「もーっ! ガルディアったらーっ!」  
 跳ね起きたアリィシアを、ガルディアはいぶかしげな目つきで眺めた。  
 負けじと、ガルディアを睨み返す。  
「ガルディア、なんともないの?」  
「……私は、別になんともないが……」  
 おかしいのはお前だと言わんばかりのガルディアの冷たい視線を無視して、  
アリィシアはワゴンの上に並べられた美味しそうな焼き菓子を掴みあげた。  
(何よ何よ、惚れ薬なんてちっとも効かないじゃない! 薬が古すぎたのかしら、  
それとも量が少なすぎた? ううん、そもそもリオ・グランディオを  
信用したあたしが間違ってたのかしら……?)  
 アリィシアには面白くないことがあるとついやけ食いしてしまうという  
悪い癖がある。この日も、何も深く考えずに両手に持った焼き菓子に躊躇なく  
食いついた。  
「うーん、我ながらやっぱり美味しい! あら? ちょっとまって。冗談じゃなく  
すごく美味しいわ、これ! 昨日料理長に教えてもらって作ったときの何倍も……!  
 まるで別のお菓子みたいに」  
 自画自賛しながら自ら焼いた菓子を夢中でほおばるアリィシアに呆れたような  
表情を浮かべ、再び読書に戻ろうとガルディアが机の上の書物に視線を  
おとしかけた、その時――。  
「…………っ!」  
 アリィシアが胸を押さえて床の上に倒れこんだのである。  
 
 焼き菓子を喉に詰まらせでもしたのだろうと思ったガルディアは、  
助け起こそうとかがみこんでアリィシアの異変に気づいた。  
 頬はうっすらと赤く上気して、荒く深い呼吸を繰り返してはいるが  
喉を詰まらせた様子ではない。  
 ガルディアに向けられた瞳はいっぱいに潤んでいて、何かを訴えかけて  
いるようだ。  
「……ガルディア……苦しいの……」  
「どうした。アリィシア」  
「わか……らない……」  
 ガルディアはアリィシアを抱き上げ、自分の胸に寄りかかるようにして  
膝の上に座らせた。背中を優しくさすってやるが、呼吸はかえって荒くなる  
ようだった。  
「ガルディア……あたし、変……」  
「どこが苦しい。どうして欲しい」  
「……あっ……」  
 ガルディアの囁くような声に反応するように、アリィシアが14歳の乙女とも  
思えぬようななまめかしい声をあげた。  
 それと同時に、扉の向こうに響いた僅かな物音をガルディアの耳は聞き逃  
さなかった。  
「入って来い」  
 有無を言わさぬ威厳に満ちた声でガルディアは告げる。扉は動かない。  
片手で膝上のアリィシアを支えたまま、ガルディアはもう片方の腕をあげる。  
「選ばせてやる。自ら扉を開けて入ってくるか、もしくはその場で動かぬまま  
黒焦げになるか。二つに一つだ……リオ・グランディオ」  
 観念したように、だがどことなくためらうような重い音を立てて、  
ゆっくりと扉は開かれた。  
 
 
 
「やっぱり気づいてないわけないよなあ。うんうん。さすがガルディア」  
引きつり笑いを浮かべながら、かつて大魔法使いガルディアに弟子入りを  
志願した少年は恐る恐る書斎に足を踏み入れた。扉は開け放ったままである。  
『隙あらば逃げ出そう』という魂胆が見え見えなのだが、リオ・グランディオに  
そんなことを気にしている余裕はなかった。彼も命は惜しいのだ。  
「アリィシアと、何をした」  
『アリィシアに』ではなく『アリィシアと』というあたりが、無関心なように見えても  
さすがに婚約者である姫の性格を熟知しているよな、と、リオ・グランディオは  
変なところで感心してしまう。だが、ガルディアの腕が振り上げられたままなのに  
気づいて、彼は必死の形相をうかべて弁明を開始した。  
「ち、ちがうちがうっ! や、違うっていうか、別に変なことしようとしてたわけじゃ  
なくて、いや、しようとしてたのは師匠の方で、お、俺は別にっ……!」  
「…………ん……っ……」  
 ガルディアの腕の中で、眉間にしわをよせたアリィシアが苦しげな吐息とともに  
くぐもったような声を漏らす。その様子を見たリオ・グランディオはおろおろと  
数歩後ずさった。  
「いや……やっぱ俺の責任だ……! ごめん、師匠……。助けてくれ  
ガルディアっ……! どうしよう! 俺、師匠に大変なことをしちまったのかも  
しれねえ――!」  
 半分泣き出しそうになりながら、リオ・グランディオは懐から薄茶色の小瓶を  
取り出した。先ほどお菓子作りのときにアリィシアが厨房に置き忘れていったものだ。  
中にはまだ数滴ほど液体が残っていた。  
「これ、確かに『惚れ薬』だと思って持ってきたんだけど、もしかしたら、  
毒かなんかだったのかもっ……」  
 
「毒?」  
 ガルディアは手を伸ばしてリオ・グランディオから小瓶を受け取ると、  
透かすようにしてじっくりと眺め回した。  
「…………惚れ薬、だと? そんなものをどうするつもりだった」  
「どうって、師匠に頼まれたんだよ、是非とも手に入れろって! どうしてもって  
しつこくしつこく、しまいには脅迫状みたいな手紙送って催促してくるしっ!  
 ……大体、あんたが悪いんだろ! 師匠のこともっとかまってやらないから、  
師匠はそれで……!」  
「アリィシアが……」  
 半ば逆切れ状態になったリオ・グランディオから腕の中のアリィシアに視線を  
移して、ガルディアは小さく呟いた。  
「……馬鹿な娘だ……」  
 アリィシアはガルディアの胸元にしがみつくように身を硬くして、荒い呼吸を  
繰り返している。よほど苦しいのをこらえているのだろう、うるんだ瞳から  
一滴の涙が零れ落ちた。  
 ヤケになってガルディアの悪口をわめいていたリオ・グランディオも、  
その様子を見てふと我に返ったようだった。  
「師匠っ……!」  
 リオ・グランディオはその足元に転がるようにしがみついて、黒衣の魔法使いを  
見上げた。  
 彼になら助けられるはずだった。諸国にその名を馳せた、一国の運命まで  
変えてしまうほどの力を持つあの大魔法使いガルディアなら――!  
「頼む、師匠を助けてくれ……!」  
 
 リオ・グランディオに言われるまでもなく、ガルディアはアリィシアをこのままの  
状態で放っておく気はなかった。  
 だが――。  
 ガルディアは手に持った小瓶をもう一度、魔法使い見習いの少年の目の前に  
かざしてみせる。  
「リオ・グランディオ……お前は本当にこれがなんだかわかっていないのか?」  
「え、俺、それなりに<塔>の文献とか読んで確かめたつもりだったんだけどっ……。  
やっぱちがったのかっ? なあ、それもしかして猛毒っ?」  
「……確かにアリィシアには……毒では、ある」  
 珍しく、わずかにガルディアが言いよどんだ。  
「で、でもあんたには効かなかったのに……」  
 そこまで呟いてから、リオ・グランディオははたと思いついた。  
「もしかして、あんたが翔翼人《リル・ディーン》だから?」  
「――そういうことだ」  
「ちくしょーっ、ごめんよ師匠、俺のせいで……!」  
 床にこぶしを打ちつけて悔やむリオ・グランディオを無理やり立たせて、  
ガルディアは彼を書斎から追い出す。  
 そのままアリィシアを両腕に抱きかかえて廊下を歩き出したガルディアの  
背中を、リオ・グランディオの声が必死に追いかけた。  
「師匠は……アリィシア姫は助かるんだろうなっ!」  
 ガルディアはほんの少し後ろを振り返った。いつもと同じ淡々としたその  
表情には、焦りや心配といった感情は見受けられない。そのことが、不思議と  
リオ・グランディオの心に安堵をもたらした。  
「……当たり前だ」  
 低く落ち着いた声でそう呟き、ガルディアはその場を後にしたのだった。  
 
 ふぁさり、と、自分が何か柔らかいものの上にそっと横たえられたのが  
アリィシアにはわかった。  
 涙でうるんでよく見えなかったが、相変わらず締め切ったカーテンと  
見慣れた家具の様子から察するに、ここはガルディアの寝室らしい。  
すると、ガルディアのベッドに上に寝かされたのだろうか。  
 よく手入れされた羽毛の寝具に、のりのきいたシーツが心地よい――はず  
なのに、アリィシアはよりいっそうの胸苦しさを覚えて思わずうめいた。  
「アリィシア」  
 自分を呼ぶ聞き慣れた声に向かって、アリィシアは震える手を伸ばす。  
触れた指先をつかんで離すまいとアリィシアは必死に力を込めた。  
「ガルディア……苦しい、の……。お願いだから……抱いて、ちょうだい……」  
 涙声になりながらも、アリィシアは三百歳以上も年上の婚約者にそう懇願する。  
つながった指先からかすかにガルディアの動揺が伝わったような気もしたが、  
今のアリィシアにはそれどころではなかった。  
「おねが……い……寝てるより、さっきのほうが……楽、なのっ……」  
「……ああ。わかった」  
 どことなく安堵するような息をつきながら、ガルディアはアリィシアの体の下に  
腕をいれて抱き起こした。  
 ベッドの端に腰掛けたまま、かき抱くようにしてアリィシアの頭を自分の胸に  
押し付ける。見かけによらず力強いその腕に、アリィシアは全身の力を抜いて  
その身をまかせた。  
 
 ガルディアは正直、戸惑っていた。  
 小瓶の秘薬の正体はすぐに見当がついた。  
 リオ・グランディオに言ったのは嘘ではない。人間とは異なる、  
翔翼人《 リル・ディーン》という背に翼を持つ古の種族の末裔である自分に、  
ある種の秘薬の類が効かないのは本当のことだし、アリィシアが口にしたのは  
正確には毒ではないのだが――年端も行かない少女の身によくない影響を  
与える薬物である、というのは紛れもない事実であった。  
 潤んだ瞳で自分を見上げようとする腕の中の少女の頭を、胸に押し付けて  
その視線を阻む。熱い吐息が衣服を通してじかに肌を灼いた。  
 アリィシアがどんなに艶めいた表情をしているか――それを受けて、今、  
自分がアリィシアに対してどんな想いを抱きかけているのか――決して、  
気取られるわけにはいかなかった。  
 
 アリィシアがどこでどんな知識を仕入れてきたのかは知らないが、もともと  
『惚れ薬』などというものは存在しない。  
 他人の意識を左右する術などというものはそもそも闇魔法に分類される類の  
ものだし、それだって術者の意のままに操れるようになるだけで、相手の本当の  
心を手に入れられるわけではない。かつて政略結婚などに使われたようなものは  
もっと俗っぽい、いわゆる『媚薬』の類である。  
 だが、<塔>に保管されていたというそれは貴族が戯れに使ったようなちゃちな  
ものではなく、謀略や拷問にも使用されたような――いわば『超強力版』とでも  
いうべきものだった。  
 
 アリィシアが口にした量は見たところそれほどでもないようだし、効果は  
一過性で持続性や常習性はない、はずである。だが、男どころか自慰も  
知らないような少女にその作用が及んだ場合、どのような反応をアリィシアの  
体にもたらすことになるのかは、さすがのガルディアにも予測がつかなかった。  
「ガルディア……くるしい、の……おねがい、脱が……せて……」  
 アリィシア自身、自分の身に起こった異変にどうしたらいいか対処しかねて  
いるようだった。  
 酸素不足の観賞魚のように、半開きにした唇を震わせてむさぼるように息をつく。  
あえぎ声にも似たアリィシアの吐息を胸に受けながら、ガルディアは慎重に少女の  
ドレスの後ろについたホックをひとつひとつはずしていく。  
 窮屈さを嫌ってかコルセットをつけていない少女のすべるような肌の感触に、  
指先がしびれるような感覚を覚えてガルディアは思わず手をとめた。  
 愛おしむ気持ちはあっても、決してこのような感情など今までアリィシアには  
抱いたことがなかったガルディアであった。  
 あまりにも、幼すぎるのだ――アリィシアは。  
 心はともかく、体の繋がりを求めるにはアリィシアの体はまだあまりにも幼く、  
華奢すぎた。  
 だが、ガルディアはゆったりと構えていた。  
 なにしろ、再びアリィシアと出会うまでに300年も待ったのだ。あせることはなかった。  
その、はずだった。  
 しかし、今の状態のアリィシアは――。  
 
 胸元が緩められたことで楽になったのか、アリィシアの呼吸がやや落ち着いて  
きたので、ガルディアは胸にしがみついていたアリィシアの手をそっと外して  
再びベッドに横たわらせようとした――その時。  
 びくん、とアリィシアの体が大きく跳ねた。  
 驚いたのはガルディアよりも本人のようだった。潤んだ瞳を大きく見開いて、  
訴えかけるようにガルディアを見上げる。ガルディアはアリィシアを安心させようとして  
つとその頬に手を伸ばした。――そしてまた。  
「ああ……っ……」  
 先ほどまではしゃいでいた少女のものとはとても思えない悩ましげな声を上げて、  
アリィシアはガルディアの胸にしがみつく手に力を込めた。  
 
 ガルディアに触れられた部分が熱い。火傷にも似た――痛み?  
 幼いアリィシアはその感覚を形容する言葉すら知らなかった。  
ただ、灼けるような……痺れるような感覚。  
「……あ……やっ、ガルディア……」  
 熱い。触らないで。嫌。触って。離れないで。抱きしめて。もっと、もっと強く――!  
 自分の体が自分のものではないようだった。生まれてこの方感じたことも  
ないほどの、激しい、焼け付くような渇きと飢えが波のように襲ってくる。  
アリィシアはただただ狼狽するしかなかった。  
 何かが、アリィシアの体の奥深くで蠢いている。生まれ出でようとしている。  
かすかに残った理性をソレに食いつぶされるような恐怖を、アリィシアは本能的に  
感じ取った。  
 抗おうとして、きつく唇を噛みしめる。  
 瞼の端から涙が止めどもなくあふれ出してくる。  
 
「…………アリィシア…………」  
 腕の中で身悶えしているアリィシアの苦痛を計りかねて、ガルディアは  
知らず知らず抱きしめる腕に力を込めてしまう。  
 それが新たな刺激を呼び起こしてしまうのか、アリィシアは切なげな嗚咽を  
漏らした。  
「こ……んなの、いやあっ……! ガルディアっ……」  
 涙をこぼしながらすがるように助けを求めてくる幼い婚約者にどう対処するべきか、  
ガルディアは胸のうちで逡巡する。  
 媚薬自体は神経毒の一種であり、致死性はない。  
 が、悶死という言葉もあるくらいである。  
 アリィシアの様子を見れば、彼女の体を苛んでいる苦痛は相当のものだろうと  
ガルディアは推測する。だが、中和剤を調合するには材料も時間も足りない。  
アリィシアの体力がそれまで持つという保証もない。  
 残されたたった一つの方法は、アリィシア自身の快楽中枢を刺激して  
中和作用を促す脳内物質を分泌させることなのだが――。  
 だが、まさしくその行為こそが、この媚薬がもつ本来の使用目的と  
もたらすべきその結果に他ならないのだった。  
 
 どちらがアリィシアにとって救いになるのだろう。  
 刹那の苦痛から開放するために与えるべきその行為が、  
かえって少女の大事なものを侵すことになりはしないだろうか。  
 
「……っ……」  
 よほど強く唇を噛みしめていたのだろう、つ、と一筋の真紅がアリィシアの  
口の端からこぼれて白い小さな顎に伝わり落ちた。  
 拭ってやろうとしてガルディアはアリィシアの顎を持ち上げ――そのまま、  
覆いかぶさるようにしてアリィシアごとベッドの上に沈みこんだ。  
 
 今まで、アリィシアのためにガルディアは様々なものを犠牲にしてきた。  
 三百年後の未来に出会うために封印された、幼き日々の記憶と初めての想い。  
 彼女をあるべき時代に帰すために世界最強とまでいわれた魔力の半分以上を  
失い、また彼女の祖国を守るためにはその長すぎる寿命の三分の一ほどを  
引き換えにした。  
 アリィシア一人を救い出すために自らの運命をまるごと投げ出したことすらある。  
 骨の髄まで染み込んだかけがえのない存在――アリィシアこそが、この世界で  
唯一彼が守るべき者であり、また、彼を守ってくれる者であった。  
 ガルディアを想うあまりに取った行動がアリィシア自身を苛むというなら、  
彼は自らすすんでその罪を背負うつもりだった。  
(どうせ、逃げられない)  
 囚われているのは自分――遥かな過去から、アリィシアを失うことになるであろう  
未来を迎えて、その先を過ぎたあとも――きっと。  
「アリィシア。…………今、楽にしてやる」  
 耳元で囁きながら、ガルディアは何よりも慈しむべき少女の唇にそっと  
自らのそれを重ね合わせた。  
 
 
 ガルディアの指先が、そっとアリィシアの顎を捉える。  
 ベッドのクッションが、ガルディアの体重ごと優しくアリィシアを受け止めた。  
 羽毛をふんだんに使った寝具の感触は、まるでガルディアの翼に  
優しく包み込まれているような錯覚をアリィシアに起こさせる。  
 ガルディアに圧し掛かられているというのに、何故か息苦しさは感じない。  
むしろ、その重みが心地よい。  
「アリィシア。…………今、楽にしてやる」  
 耳元に痺れるような囁き。そして、熱く柔らかいものが唇に触れる。  
 湿り気を帯びたガルディアの舌が、アリィシアの唇を愛撫するように  
丹念になぞる。  
血の味が色濃く香る部分は、とくにゆっくりと時間をかけて丁寧に舐め取られた。  
 そのまま、半開きの唇を割って入り込んだ舌は、応えることも知らない  
アリィシアのそれに生き物のように絡みつき、探るように口腔を蠢き、  
ねっとりと搾り出すように唾液を吸い上げる。  
 以前、ただ一度だけしてもらったような『大人のキス』ともまた違う、  
もっと意識の奥深いところ――本能を直接刺激するようなガルディアの舌使いに  
蹂躙されながら、不思議と全身を苛んでいる焦燥にも似た苦痛が  
緩和されていくのをアリィシアは感じた。  
 舌の動きを止めぬまま、ガルディアの指先が首筋を辿る。  
 痺れるような感覚がアリィシアの身体の芯を走り抜けた。  
 ガルディアの指がそっと鎖骨の形をなぞり、服の上からアリィシアの  
淡い膨らみを優しく撫で上げる。  
 指先の触れていく先が苦悶の呪縛から解き放たれていく――そして、新たに  
快楽の蕾がゆっくりと頭をもたげ始める。  
(なに……? ……なんなの、これっ……)  
 媚薬によって歪んだ形で呼び起こされ猛り狂っていた少女の中の牝が、  
ガルディアの愛撫によって鎮められ、歓喜にいなないた。  
 
「あ……ガル…………」  
 紡ぐ言葉さえもガルディアの舌に絡め取られ、口付けは幾度も繰り返される。  
 まるで飢え乾いていたのは彼の方だとでもいうように。  
 玉が連なった唾液の糸が二人を繋ぐ橋のようにきらめき、  
そしてまたガルディアの唇に消えていく。  
 愛撫を与え続けるガルディアの手のひらと敏感な膨らみの間を隔てる  
薄絹の存在が、アリィシアにはひどくわずらわしいもののように感じられた。  
もっと近くに、ガルディアの肌を、体温を、その存在を感じたい。もっと――。  
 彼女の想いが通じたかのように、ガルディアはアリィシアの唇を開放すると、  
胸のあいたドレスの襟の部分を咥え、乱暴ではない程度の勢いで  
一気に引き降ろした。  
「ああっ……!」  
 ガルディアの吐息を直に感じて、身悶えするほどの快感がアリィシアを襲う。  
 胸を見られている、という羞恥心がつかの間アリィシアを捉えかけたが、  
肌に触れるガルディアの指が与えてくれる快楽がすぐにそれを打ち消した。  
 未発達な膨らみを愛おしむように包み込まれ、  
指先がそっと敏感な先端に触れる。  
首筋に、鎖骨に、ガルディアの指が辿った軌跡を追うようにして舌先がなぞっていく。  
「あっ……ああ……ガルディア……っ」  
 熱に浮かされたように何度もその名を呼びながら、  
アリィシアはその黒髪をかき抱くようにガルディアにしがみついた。  
 
 ガルディアの舌先が触れる場所がひとつひとつ熱を帯びる。  
 いびつな形で無理やり目覚めさせられた、まだ眠っているべきであった  
アリィシアの中の女が、ガルディアの愛撫によって本来の昂りへと開花していく。  
 舐め上げられ、転がされ、そしてまた吸い上げられる。  
ガルディアの舌が不規則なリズムで交互の頂に与える刺激は、  
血脈を通って指先からうなじへ、背筋からつま先までと全身を駆け巡り、  
アリィシアの身体の隅々まで染み渡ってゆく。  
「……ん……んんっ…………」  
 ガルディアの手はわき腹から腹部をたどり、  
腿の辺りまで捲れ上がっていたドレスの裾から内股へと進入して太ももを撫で上げる。  
 アリィシアの秘部を覆う薄絹の感触を確かめるように、  
ガルディアは指先だけで軽く触れる。  
そこがどれだけ溢れているかアリィシアには自覚はない。  
ただひたすらガルディアの与えてくれる刺激を貪るように甘受することしかできない。  
 だが、いまだにアリィシアの中枢を色濃く支配する影は、  
砂が水を吸するがごとくに更なる刺激を欲した。  
「あ…………ガル……ディアっ……もっと……」  
 口をついて出た言葉が自分のものとは信じられず、  
アリィシアは思わず硬く閉じていた瞼を見開いた。  
 顔を上げたガルディアと目が合ってしまう。  
その途端、アリィシアの消えかけていた羞恥心がぶり返した。  
「いや……ガルディア…………あたしっ……!」  
 例えようのない辱かしさがアリィシアを責め苛んだ。  
今の自分がどんなにか淫らな姿態を愛する人の前にさらしているのか、  
それがガルディアの目にどのように映っているのか……想像することすら  
ためらわれる。  
「アリィシア……」  
 ガルディアの手の動きが止まる。刹那、激しい焦燥感に襲われて、  
アリィシアは再び堪えるように硬く瞼を閉じた。  
 
「……いや……」  
 一度は止まっていた涙が、アリィシアの頬を伝い落ちる。  
 媚薬のもたらす悦楽への渇望と、少女らしい羞恥心の狭間で  
アリィシアが苛まれているのをガルディアは感じ取った。  
 このままでは持たない……アリィシアの身体も、精神も。  
「アリィシア……」  
 ガルディアのためらいに呼応するように、アリィシアが腰をくねらす。  
まだ穢れを知らぬ処女のあまりにも不釣合いで卑猥なその仕草に  
自己の昂りを押さえきれなくなりそうになり、ガルディアは大きく息をついて  
克己心を奮い立たせた。  
 そのままではつらいのか、無意識の動きなのだろうが、  
アリィシアは腰を浮かして刺激を求めるように自ら敏感な部分を押し当ててくる。  
 秘部を覆う布から滲み出したアリィシアの愛液が、  
動きを止めたままのガルディアの指先に絡みつく。  
 撫でるように僅かに動かしてやると、アリィシアのそこは  
歓喜に震えるようにわなないてさらなる蜜を滴らせる。  
「あ…………やっ……」  
 布の上から蕾を捕らえ、刺激を与えすぎないようにゆっくりと指先だけで捏ね上げる。  
もう片方の手で胸の突起を優しく摘み上げ、もう一方を唇だけで軽く食み、  
舌の上で弄るように転がした。  
「……あ……いやっ……! 変になっちゃう……ガルディア……!」  
 与えられる以上の快楽を求めて、アリィシアがよがるような悲鳴を上げる。  
 どうして欲しいのか、本能は知っていても幼いアリィシアにはわからない。  
「も……いや……おねが……いっ」  
 自分が――自分の中の獣が何を欲しているのか知らぬままに、  
アリィシアは突き上げて来る衝動を口にする。  
「……言うな」  
 アリィシアの懇願をそっと唇で封じながら、  
ガルディアは最後までためらっていた薄絹の砦の中にするりと指先を侵入させた。  
 
 ごく薄い柔毛をそっと掻き分け、ガルディアの指は探るように  
アリィシアの奥へと向かう。  
 何者の侵入も許したことのない硬く閉じた花弁からあふれ出る蜜が、  
たちまちのうちにガルディアの掌を濡らした。  
 ひくひくと誘うように震えるそこをそっと押し分け、潤った泉の源を確かめる。  
ほんの僅か指先を沈めただけで、アリィシアは「あんっ……!」と呻いて  
身体をよじらせた。  
 ガルディアはいったん身を起こし、アリィシアの片足を持ち上げて下着を抜き取った。  
 安心させるためにアリィシアの唇を優しく啄ばみながら、  
両膝を立てた状態で開かせ、間に自身の体を割り込ませる。  
 そのまま、ゆっくりと顔を沈めて、アリィシアの花弁に口付けた。  
「ああっ……!」  
 指とは違う生々しい感触に、アリィシアの腰が大きく跳ねる。  
 構わずに、ガルディアは潤った部分に舌先を差し入れた。  
片手で膝を開かせて、残った手で胸への愛撫を続ける。  
「あ……ふっ…………」   
 初めて受ける刺激にアリィシアはおかしくなりそうだった。  
堪えようとしても漏れてくる声はどうしたって淫靡な響きを含んでしまう。  
 なのに身体は、ガルディアの指が、舌が与えてくれる刺激を求めて、  
もっと、もっとと叫ぶのだ。  
 ガルディアの舌は硬くしまった花弁を舐り、肉蕾を絡め取るようにくすぐり、  
摘むように舌先で転がす。  
 あふれ出る蜜を吸い尽くすように舐め上げ、  
さらに奥へと刺激を送り込んで泉を湧き立たせる。  
 
「あ……やだ……ガルディア……なに……か、来るっ……!」  
 与えられる快楽とは違う、何か未知なるモノがアリィシアの奥深くから  
生まれ出ようとしていた。  
 それはアリィシアの神経を伝って身体中を駆け巡り、  
獣のような咆哮を上げて精神を蹂躙する。  
「あっ……なにか……なに……あ、やっ……!」  
「……堪えるな。アリィシア」  
 ガルディアの低い囁きと共に、舌の動きが一段と速度を増した。  
何かを――アリィシアの中の獣を追い立てるように。  
「あっ……ああっ! ……ガルディア……!」  
 意識を手放しそうになる刹那、最愛の人の名を叫ぶ。  
 電流にも似た衝撃がアリィシアの芯を貫き、  
アリィシアから全身の力が抜け落ちていった。  
 媚薬の効果と共に――――。  
 
 
 
「え……ええっと」  
 ガルディアの館の一室で、寝巻き姿のままアリィシアはぽりぽりと頬を掻いていた。  
「あたし……いつの間にか眠ってしまったのかしら?」  
 ガルディアの館にはこれまでも何度も泊まったことがあった。  
アリィシア用にと割り当てられたこの部屋には身の回り品や備え付けの衣装棚も  
一通り揃っているので、急な外泊にも困ることはない。  
 だが、問題は、そんなことではなかった。  
 どうして急にガルディアの館に宿泊することになったのか――  
その経緯がどうしても思い出せないのだ。  
「えっと、ええっと……昨日は確か……リオ・グランディオが現れて……」  
 ガルディアの見立てと思われる、質素だが極上の生地を使ったドレスに袖を通しながら、  
アリィシアは寝起きでぼやける頭をなんとか奮い立たせる。  
(そう、確かにリオ・グランディオを連れてガルディアの館に  
やってきたはずなのよね……何か目的があって……何だったかしら?)  
 アリィシアの着替えが終わったのを見計らったように、蝋人形が朝食を運んできた。  
 銀食器の乗せられたワゴンを見て、アリィシアは唐突に思い出した。  
「そうよっ! ガルディア……っ!」  
 給仕を始めようとしていた蝋人形を突き飛ばすような勢いで、  
アリィシアはガルディアの元へと向かって全速力で走り出した。  
 
 ガルディアはすぐに見つかった。  
 アリィシアよりとっくに早く起きて朝食も済ませたのだろう、  
いつものように書斎でくつろいだ様子で机に向かって書物を広げる  
ガルディアの姿を目にして、アリィシアはわけもなく動悸が激しくなるのを感じた。  
(あら……? いやねあたしったら、寝起きで走ったりするから)  
「おはようガルディア! いつもどおり素敵よ、愛しいあなた♪」  
 普段どおり屈託なくガルディアの後ろから抱き付く。  
いつものように迷惑そうに振り向いたガルディアの瞳には、  
しかし不思議な光が浮かんでいた。  
「……お前は、いつもどおりうるさいな」  
「まあ! ガルディアったら、それが可愛い婚約者に対して朝一番に言う台詞なのっ?」  
 普段ならガルディアがここでアリィシアを無視するか  
逆なでするような一言を漏らして逆鱗に触れるかで、  
お決まりの痴話喧嘩に発展するパターンなのだが――。  
 驚いたことに、今朝のガルディアはくるりと椅子ごと向き直り……あろうことか、  
アリィシアに向かって両手を広げてみせた。  
「まあ! うふふ、大好きよ、ガルディア」  
 疑うということを知らないアリィシアは迷わずガルディアの懐に飛び込む。  
ぽんぽんとあやすようにアリィシアの背中を叩きながら、ガルディアが尋ねる。  
「……昨日はよく眠れたか?」  
(まあ、ガルディアがそんなこと気にしてくれるなんて!)  
 アリィシアはすっかり上機嫌である。  
「ええ。ねえガルディア、あたし昨日どうしちゃったのかしら?   
ガルディアに惚れ……ごほごほ、ほ、惚れ直させるほど美味しいお菓子を作って  
あげようとして、そこから先の記憶が……あんまり……思い出せないのよね……?」  
 
「……変なものでも食べたのだろう。食あたりを起こして倒れたから、泊まらせた。  
城には連絡してある」  
「食あたり……?」  
(やっぱりリオ・グランディオの持ってきた惚れ薬が間違ってたんだわ!   
もう! 役に立たないんだから!)  
 でも、おかげで久しぶりにガルディアの館に泊まれたし、  
さすがに食あたりで倒れたというアリィシアの身体を気遣ってか、  
今朝のガルディアはこんなにも優しい。  
 『大人のキス』はまたしばらくお預けになりそうだが、  
とりあえずは大満足のアリィシアだった。  
「ガルディア、あたし大人しくしてるから、もう少しこうしてていい? なんだか  
お腹の……下のほうがジンジンするみたいなの。食あたりの後遺症かしらね?」  
「………………ああ」  
 気のせいか、背中に回されたガルディアの腕が一瞬硬直したように思えた  
アリィシアだったが、  
(まあ、ガルディアったらそんなにあたしのことを心配してくれるのね!)  
と一人納得してほくそえんだ。  
 ガルディアの膝の上はとても心地よく、いつまでもこうしていたいくらいだ。  
いつまでも……。  
「あら、あたし昨日ガルディアにこうして抱っこしてもらう夢を見たような気がするわ」  
「……………………」  
「これって正夢かしらね?」  
「…………そうかもしれないな」  
「ねえガルディア、キスして?」  
「……元気になったのなら降りたらどうだ?」  
 
 あっけなく降ろされて、アリィシアは幼い子供のように頬を膨らませる。  
だが、まだ朝食を取ってないことを思い出して、アリィシアは元気よく駆け出した。  
が、入り口で立ち止まってくるりと振り向く。  
「ねえガルディア。朝食が終わったらお茶を入れてくるわね。  
とびきり美味しいお菓子も焼いてくるわ。ふふふ、新作よ〜」  
 無邪気に微笑むアリィシアに、ガルディアはかすかに微笑み返す。  
それは、アリィシアにしか見せない、アリィシアのためだけに浮かべる表情だった。  
「……ああ。楽しみにしている」  
 
☆☆☆  
 
 ガルディアの館での自室に向かう途中、アリィシアは幾度も頭を捻りながら考え込んでいた。  
「うーん、あたしったら何か大事なことを忘れてるような気がするんだけど……。  
まあいいか、気のせいよね、気のせい!」  
 
 そのころ、お仕置きと称して隠し部屋の一つに放り込まれたリオ・グランディオは、  
うんうんうなりながら山のように詰まれた古代の魔法書を必死に書写している最中だった。  
「ああっ、もう金輪際、師匠の頼み事なんかきかねえぞ!  
 だいたいガルディアの奴も陰険なんだよな。いたいけな魔法使い見習いの少年に  
こんな仕事押し付けるなんて、いくら師匠の腹痛の原因が俺だったとはいえ、  
元はと言えばあれは師匠が……。ちくしょう、こうなったら、魔法の一つや二つ  
盗んで帰ってやる! ……ってこんな古代文字読めるかよ〜っ!」  
 
 そしてガルディアといえば。  
(――――最後までいかなくてよかった)  
 アリィシアの無邪気な微笑を思い出すにつけ、自身の鉄壁の理性に我ながら感謝するのだった。  
 だが、とガルディアは思った。  
 今度、城からアリィシアとの結婚を催促する使者が来たときには、  
むげに追い返すことはやめよう、と――――。  
                       

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