ここは志能備学園。蓬莱山々麗を望む高地にある、四季を通して非常に過ごしやすい場所に位置した、勉学には最適な環境である。  
既に第三学期も終わろうとしており、ひまわりたちは最後の第四学年を迎えるまで残すところ1月足らずというところだった。  
 
しかしながら、一般的な高等専門学校とは違い、学年末試験の終了から一気に春休みに突入するような温さはなく、最後の一年を迎えるにあたって生徒たちは進路指導の名の下にそれぞれの『将来の配属先』が確定されつつある厳しい時期である。  
忍びの世界はまさに『戦場』そのものであった。  
 
入学時に80余名居た生徒も、既に43名に減っていた。厳しい修行に耐えられず落伍したもの、訓練中に事故にあい命を落としたもの、または負傷して退学を余儀なくされたもの、落第したもの、禁忌を犯し退学させられたもの…、さまざまな理由で…。  
 
既に第四学年に進級しただけでも『エリート中のエリート』といえたが、中でも学園創立以来ともいえる『五大輪』とあだ名された、とび抜けて優秀な生徒達がいた。他でもない、ひまわり、しきみ、あざみ、ゆすら、ヒメジの5名である。  
 
日曜日、誰もいない筈の校長室ではやつがしらが、特別海外研修制度の対象者16名を選抜するための資料を睨み、最終選考に残ったものから除外する4名を決める最後の決断を行っていた。  
最後の1名を決め終わったところで大きくため息をつき、PCをログアウトすると抹茶を一口啜る。  
 
「また、今年もこの季節になりましたか…」  
 
窓から校庭の梅の木に眼を落とす。既に桃色の花が咲きほころんで春がもう直ぐそこまで訪れていることを知らせていた  
 
 
その翌日、校内掲示板に『海外研修生』に選抜された新第四学年生の名簿が張り出された。群がって自分の名を探す者、そこに自分の名が書かれていなくて落胆する者、悲喜こもごもの生徒たちで朝から大騒ぎだ。  
 
「あった、あった、あった〜〜〜〜ありましたよ!しきみさん〜〜〜〜!」  
 
ひまわりが自分の名を確認すると隣のしきみの肩を叩きまくって喜ぶ。  
 
「何よ今さらぁ…学年トップのアンタが選ばれないわけないでしょう?」  
 
当然学年次席のしきみの名前も書かれてる、というか『五大輪』全員の名が書かれているだろう事は発表される前から間違いなかった。  
 
「問題は〜、それぞれの派遣先…よねぇ〜」  
 
あざみはカリカリと鼻を掻きながら呟く…。  
 
「わらわは当然大英帝国でありんす〜〜〜」  
 
相変わらず状況と関係なく、しかも人ごみの中で刀を振り回すヒメジ…。  
 
「ゆすら、当分米澤君と会えなくなっちゃうのね〜」  
 
「 な ら ば か っ ぱ も 連 れ て い け ば よ い … 」  
 
こちらも人ごみの中で味噌汁を啜りながら…。  
 
「あれ?、つきよ姫さん…、つきよ姫さんの名前がありません…」  
 
「 あ る わ け が な か ろ う ? 」  
「 落 第 し た か ら の う 」  
 
「アタシの情報によればぁ〜、つきよ姫殿は〜期末試験を全教科白紙答案したらしい〜」  
 
「いったい何を考えてるんだか?」  
 
しきみは訝しげに、またもう一年、第三学年をやろうという『変人』を眺めながら言った。  
彼女等が入学時、既に二歳年上だったつきよ姫…、これからは年上の下級生となる…、一体何年この学園に居るつもりなんだろうか?  
 
「さ、授業が始まるワ…、行きましょう」  
 
しきみがそういうと、生徒たちはそれぞれ各々の教室に向かって散って行った。  
 
 
発表があったその日、それぞれがちょろぎ教頭に呼び出され『派遣先』の国家と研修中に帰属する国家機関と選考理由並びに研修の概要を聞かされる。  
 
ひまわり、しきみはアメリカ、ヒメジとあざみがイギリス、ゆすらがフランス、ついでに言えば同じく選抜された風間椿はドイツと決められていた。  
 
5人はしきみの部屋でそれぞれが渡されたパンフレットや身分擬装用の資料、偽造パスポートの記載予定内容その他を広げながら騒いでいる。  
 
「見てみて、アタシ『アカネ・ティモシー・ウインタース』だって〜〜〜変なの〜〜』  
 
あざみが資料を見ながら笑って言う。  
派遣中、彼女等は日本人ではなくなる規則になっていた。派遣先の国籍が与えられることになっている。年齢、経歴など全て擬装されたものであった。といっても人種的に不自然がないように日系人ということにはなっている。  
 
「私は、『ヒロコ・ミシェル・ライト』です。海兵隊少尉ですって」  
 
ひまわりも同じように続けた。便宜上ファーストネームのイニシャルが本名と一致するように配慮されていた。  
 
同じ国に派遣されても、帰属組織が違う場合が普通で、しきみは同じアメリカでも海軍少尉、あざみ、ヒメジがそれぞれイギリス海軍少尉と陸軍少尉。ゆすらがフランス海軍少尉だった。  
 
「しきみやゆすらは海軍?ってことは船に乗るんでありんすか?わらわは『特殊空挺部隊』てところでありんす」  
 
「あいかわらず呑気ねぇヒメジは…、イギリス陸軍の特殊空挺っていえば『SAS』の事でしょそれ?…もぉ〜超有名じゃないのよ…」  
 
苦笑しながらしきみが続ける、  
 
「私たちはくノ一、それぞれ組織は違ってもやることは一緒よ。特殊任務部隊…私はSEALsよ」  
 
「ゆすらはGCMC〜」  
「アタシは〜所属は海軍だけどSBSって所に派遣されるみたいよ〜」  
 
あざみは資料を見ながら一気に憧れのMI-6に…などと変な妄想を込めて言った。  
とにかくイギリスへ…という希望は叶った。  
 
「そうですか〜わたしは何も書いていません。現地で決められるみたいです〜」  
 
みんな具体的なのに自分だけなんか適当なのに少しがっかりするひまわり。  
 
「ま、アメリカの海兵隊って、存在自体が特殊部隊みたいなとこだからイイジャン!」  
 
適当なことを言ってなだめるあざみ。  
 
「これから半年間みんなバラバラになっちゃうんですね〜、日本語も話せなくなっちゃうし何だか寂しくなります…」  
 
ひまわりは特に仲が良かったあざみがイギリスに行ってしまうのが何だか寂しかった。  
 
「私が同じサンディエゴに居るから寂しくないわよ、ひまわり」しきみが微笑む。  
 
転入時は『雑草』と揶揄していたしきみも、学年が進むにつれ頭角を現し、ついには自分を押しのけて首席の座を奪った彼女にはすっかり降参していた。今やいいライバルであり親友であった。  
 
「ゆすらもパリかシェルブールだから、暇な時ロンドンに遊びに行くね〜」  
「バカね〜アタシはロンドンには居ないよ〜」  
 
あざみはドーセット、ヒメジがクレデンヒルだと言うのを思い出して一同笑いあう。  
その後は深夜まで新しい世界への旅立ちに胸躍らせて歓談する5人だった。  
 
 
新学年も始まり、数週間が過ぎたある日の朝、校舎に向かうひまわりを追いかけるあざみ。  
 
「ひまわりっ! おはよ〜」  
「あ、あざみちゃん。おはようございます」  
 
「ちょっといい?」  
「え、あ、はい。 何でしょう?」  
 
あざみはひまわりの手を引いて傍の木陰に引っ張りこむ。  
 
「あのさぁ、他でもないんだけどぉ〜、今朝、材料の量〜間違えちゃってぇ〜お弁当作り過ぎちゃったんだ…」  
「はい…」  
 
去年からあざみが急に料理に凝りだしたことはみんなよく知っていた。  
 
「これ、ハヤト先生に食べさせてあげたらどうかな?って持ってきたんだけど〜」  
 
そう言って包みを見せた。  
 
「あ、ありがと〜あざみちゃ〜ん。ハヤト殿〜きっと喜んで食べてくれると思います〜給料日前だし〜」  
 
そう言って包みを受け取ると笑って言った。  
 
「そ、そう…よかった、じゃお願い」  
 
そう言って微笑むと立ち去ろうとする。  
 
「待ってください!」  
 
振り向くと、少し困惑したように笑っているひまわりが続けて言う。  
 
「今日は、校長先生との会食で、ハヤト殿とお昼ご一緒できないんです。だから〜あざみちゃんが直接〜」  
 
(そうか〜忘れてた)海外研修に選抜された生徒は一人づつ校長と面談を兼ねた会食をすることになっていたのだった。  
 
「え?、でも…イイの?」  
 
あざみは内心『あの事件』以来、久しぶりにハヤトと二人きりのシチュエーションになれるかもという期待で胸が高鳴るのを感じたが、嬉しさを押し殺しながら一応配慮して聞いてみた。  
 
「何がです?」  
 
ひまわりは全然気にもしていない。  
 
「あたし…これでも女だし〜、厭じゃないの?」  
 
『五大輪』の仲間には『彼』が女だということはバレていた。  
 
「とんでもない〜むしろ私の代わりにハヤト殿とお昼ご一緒にしていただければ安心です。ほらぁ、それに、あざみちゃんに見張ってて貰えれば変な女にちょっかい出されなくてすみますもん〜」  
 
全く屈託がない。  
 
(あちゃ〜…アタシがその『変な女』をやっちゃったんだけどな…)すこし気まずくなるあざみ。  
 
「そう、ひまわりがそういうなら〜」  
「後でお味のこととか聞かせて貰いますね〜」  
 
話がまとまると、二人は並んで校舎に向かい始めた…。  
 
 
「そうか、西海岸か…」  
 
ナナフシはそう呟くと、ガックリと肩を落とす。  
始業前の逢瀬ではないが互いの留学先を知らせあうために、久しぶりに人目を忍んで顔を合わすしきみと彼は、互いの任地が遠く離れていることを各々が今知ったばかりだった。  
前後するが男子校も同様の海外研修システムがあった。  
 
「あなたがドイツじゃ、こうして会うのも当分無理みたいね…」  
 
しきみは彼ほど落胆していない。離れたら離れたで愛情を確認するにはいい機会だ。  
それに向こうで気に入った男が居たらどうなるか分からない…そう思っていた。  
既に一人前の『くノ一』的思考回路が育っていた。  
 
「半年の我慢…だな」  
「我慢…することなんかないワ…」  
 
しきみは彼の手を掴むと自分の乳房に当てる。眼を潤ませてナナフシを見上げる。  
 
「抱きたいんでしょ? いいわよ。好きにしても」  
 
「よ、よせ!」  
 
しきみの腕を振りほどき後ろに飛び退く。手には制服越しではあるが柔らかな乳房の感触が残る…。下半身に血が集まるのを感じた。  
 
「…しきみっ、肉欲におぼれたか…」  
「なにそれ? 肉欲?…したくてウズウズしてるくせに…」  
 
しきみは毒づいたが、内心安心した…。これなら逢わない間も並みの女のちょっとやそっとの誘惑には動じないだろう…そう思ったからだ。  
 
「拙者は我慢できないから抱く…そういうのが気に入らないだけだ…」  
「たった今、そう言ったじゃないの! それに他に何があるの? 私はナナフシに抱かれたくて…傍に居るのよ…」  
 
「…それは、今でなくてもいい…」  
 
そう言い残して飛び去った。  
 
「バカ…ね…」  
 
しきみは自分以上にクソ真面目な彼にあきれながらも、表情は嬉しそうにして学園の方に踵を返した。  
 
 
昼休み、それぞれが食堂、校庭、または宿舎に戻り食事をとる。このひと時だけは万国共通で楽しい時間だ。  
 
校舎から少し離れた庭園のベンチ。ログテーブルに備え付けられたそこにハヤトが座っている。いつもひまわりと一緒に過ごす場所だ。人目も少なかったから、しばし『好き合った男女』で居られる。  
 
「お待ちどぉ〜」  
 
現れたのは掠れ声のあざみだった。  
 
「のぉ〜わぁぁぁぁ! な、なんだ、あざみ〜〜〜」  
 
そこまで驚くことはないと思うが、現れたのはひまわりではなくあざみだった。髷を解いてカチューシャで揃えている。『あの時』と同じだった。  
 
「今日は〜ひまわりの代打〜あざみちゃんでーす」  
「はい!手作り弁当だよ〜」  
 
そう朗らかに言って紙袋から大小のランチボックスを2つ取り出すと大きい方をハヤトの前に置いた。  
 
「センセ、手を出して〜」  
 
ハヤトが言うとおりにするとトングで掴んだおしぼりを渡す。  
 
「あおあぁ、ありがとう…」  
「こ、これ全部あざみが作ったんか?」  
 
「そうよ〜、感謝してね〜偶然間違えて多めに作っちゃったんだから…」  
 
あざみはそれぞれの蓋を開けて、他に持ってきた惣菜を並べ、紙コップに水筒からお茶を注ぐ。  
 
「そうか、う、美味そうだ」  
「いただきま〜す」  
 
ハヤトは関係が微妙なあざみと一緒であることを忘れ、彼女の手料理に舌づつみを打つ。  
 
 
校庭にある大きなクヌギの木陰ではしきみ達がそれぞれランチを摂っている。あざみとひまわりが居ない代わりに珍しくつきよ姫が一緒だった。  
 
「 ふ む 」  
 
椀を覗きこみ表情が変わるつきよ姫。  
 
「あ〜」  
 
つられて覗きこんだゆすらが声をあげた。  
 
「何でありん…あ〜〜〜〜っ」  
「ちょ!・・・これって・・・」  
 
ヒメジ、しきみも続く。  
 
椀には楽しそうにあざみの手作り弁当を食べながら談笑している彼女とハヤトが映っていた。  
 
「あざみ…ナニ『女の子』しちゃってんでありんす?」  
 
髷を解き、どう見ても『恋する乙女』モードである。同じ女の目から見たらただ事じゃないと思わない方が不自然だった。  
映像はハヤトの口元についた汚れをあざみがハンカチで拭ってあげてるシーンへと続いた。  
 
「これ、初めてじゃないわよね…」  
 
しきみが言った意味は、この二人は以前もこういう状況を過ごしてる関係だ…ということだった。全員が頷いた。  
 
「みなさん…なにしてるんです?」  
 
皆が振り向くとそこにひまわりが立っていた。校長との会食は早めに終わったらしい。  
 
「あ、いや、なん・・・でもないわ」  
 
冷や汗を垂らしてしきみが苦笑する。どうするか判断に迷っている。すると、  
 
「 見 る か ? 」  
 
そう言って、情け容赦ない つきよ姫が椀を突きだした。彼女はハヤトに対し、内心で少々怒っていた。  
 
「あぁ、あざみちゃんですね?これがどうかしたんですか?」  
 
「どうかしたって!ひまわり〜プロントザウルス並みに鈍いわね〜」  
 
「どうもこうも…、私があざみちゃんにお願いしたんです…。ハヤト殿とお昼ご一緒してくださいって…」  
 
一同、拍子抜けして納得。だが、あざみの様子が変なのだけは合点がいかない。だが、その場はそれで落着した。  
 
 
みんなに見られているとは知らないハヤトとあざみ。他愛ない雑談で見た目は自然に見えたが、互いに内心は『あの日』の事を度々反芻していた。  
談笑しながらもあざみは胸が高鳴り下腹部が充血するのを感じた。今にも彼に飛びつきたい…。  
 
「いや〜美味かったぁ〜あざみ…ごちそうさま、ありがとうな」  
「そう?よかった…お腹一杯になった?」  
「うん、また…」  
 
と言いかけてハヤトは止めた。  
 
「ん? なぁに」  
 
あざみが言いかけた言葉を聞き逃さず聞いた。  
暫く俯き加減で考えていたハヤトだったが  
 
「また、…はないんだよな?俺達…」  
 
と続けた。  
片づけをする手が止まるあざみ。  
 
「…その話は、なしでしょ? 約束…忘れたの?」  
 
あざみは急に表情を強張らせ、眼を瞑って静かに言った。  
 
「お、お前は…もう、大丈夫なのか?」  
 
そう聞かれて一瞬泣きそうになったが、何とか飲み込んで考える。  
思い切って言ってみる。  
 
「アタシ…、ひまわりのことも大好きなんだよね…」  
「だから、彼女を裏切るようなことはできない…」  
 
そうだったからこそ、今日は彼女を介して彼に弁当を渡すつもりだったのだ。  
 
「答えになってないぞ…」  
「やめて、ここでそんな話…誰かに聞かれたら大変よ…」  
 
そう言ってハヤトを睨むと少し急いで片づけを終わらせようとする。  
 
「続きは…今晩…部屋に行くから…」  
 
そう言い残して早足で去って行った。  
 
(え〜〜〜〜)  
(そいつはちょっと困る〜〜〜)  
 
今晩は、筆の子とやりまくる性欲処理日の予定だった…。  
 
「しょうがない…か」  
 
何がしょうがないか っだ!バカチンが!  
 

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