胸騒ぎがして眼が覚めたナジムはひまわりの居る筈の部屋に向かうと廊下に倒れている2人の部下を見つけて血の気が退いた…。
確かめるまでもなく部屋はもぬけの殻だった。
またしても『目玉焼き』になってトランシーバーで部下に呼び掛けるとあらん限りの悪態をつき罵った。
自分だって寝ていたくせに…。
「うぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜っ」
ナジムは気が狂ったように喚くと天井に向けてUZIの引き金を引いた。
『バリリリリリリリっ』
空気を劈く銃声が闇夜に響きわたると、蜂の巣をつついたような騒ぎでテロリスト達は眼を覚ました。
ひまわりとあざみは瞬間(しまった)っと思った。これでは屋上でマックスウェル達を待機できない。
「計画変更(plan-B)!」
あざみがそういうとひまわりはコクリと頷いた。
駐車してあるアウディに乗り込む…思った通りキーは挿しっぱなしだった…。
せめてバイザーの裏にでも隠せよと…あざみは苦笑いする。
後部座席にひまわりがAK47を2丁抱えて乗り込むとあざみはエンジンを掛けて出口に向かって走らせた。
「うぉのれぇぇぇぇぇぇ!」
走りだした銀のアウディを見つけると、それに向けてUZIの引き金を引くナジムだったが弾が出ない。
先ほどのヒステリー行為で全弾撃ち尽していたからだ。間抜けもいいとこだった…。
改めてAK47で撃ち始めるころには、今まさに車は外に出ようと門に衝突せんとしていた。
「何をしているぅぅぅ!〜追え!、追うのだぁぁぁぁ!」
2階から叫んで指示を送る。間抜けな部下達が慌てて、残っている白いアウディに乗り込む。
一度の衝突では門は開かなかった。あざみはバックするともう一度試みようとする。
「あざみちゃん待って」
そう、言い終わるか終わらないうちにひまわりがAK47を構えると門枠を繋いでいるチェーンを狙い撃って破壊した。
今度は軽くぶつけるだけで門が開いた。右のヘッドライトが壊れる。
僅か2〜3秒遅れてテロリストの車が続いて出た…。
「ちぇ…追いつかれちゃうよ…」
あざみはまずい流れになったことを感じる…。
「中佐〜、予定の場所に『子猫』が居ません!」
副操縦士が叫ぶ。
「マック!見ろあそこだ!」
サイドドアーを全開放し、むき出しになったデッキから身を乗り出して相棒が下を指差す。そこに2台のアウディがジグザグに走っているのが見えた。後ろの白い方からは火花が放たれている。銃撃しているのだ。
「彼女等を援護するぞ!」
マックスウェルはパイロットに指示を送るが、当分は無理だ。高い建物がある所では高度を落とせない…。
『頑張れ…』
彼は心中でそう 呟いた。
一人、現場に残されたナジムは、上空を飛び去っていくヘリの姿を虚ろな目で追っていた。
やがて跪いて崩れ落ちる…。『これでもう終りだ…』そう思うと頭を掻きむしって半狂乱になった。
4〜5分ほど放心状態でいると、やがて拳銃を手にし、静かにこめかみに当てる…。
ダメだ…引き金を引けない…。
『そうだ、まだ終わったと決まったわけではない…間抜けだが、キャンプで寝食を共にしてきた仲間達だ…見事に2人を連れ帰るかも知れないではないか…』
そう、前向きに考えなおすと『とにかく報告だ…』そう思ってバンに向かった。
ウィーン。アメリカ大使館…。
昨日から睡眠を取らずにナナフシはモニターを睨んでいた。彼の面前にコーヒーの入った紙コップがつきだされる。しきみが微笑んで立っていた。
「あぁ…すまない。ありがとう」
彼が一口啜ると、装置が「ピー」っと鳴り衛星回線が開かれた事を告げる。
慌てて座りなおすとナナフシは慎重に確認作業に入る。
ひまわり達が命がけで成し遂げた成果だ。慎重に確認したかった…。
「やった…」彼は里を出て初めて日本語で呟いた。
「成功です!」
それを聞いてアンダーソンは席から跳ねるように立ち上がると受話器を取り、ナナフシに座標送れと手で合図する。
「提督!成功です。相手の座標が分りました。今各機に送信中です」
後はペンタゴンに任せたとばかり電話を切ると しきみ達に向き直りウインクをした。
理屈は簡単だった。
ちょうど携帯電話のSIMと同じような働きをするチップに、デジタル化する音声信号に紛れて『マーキング』をプロトコルヘッダーに書き込むプログラムを組み込ませ、それをひまわり達の手で連中の端末に仕掛けたのだった。
『マーク』は衛星の回線接続装置には当然音声を運ぶパケットのデータと解釈されるから、そのまま相手の端末機にも送られる。
後はその『マーク』を受け取った受信機側が、再びそれを乗せたパケットを衛星に戻すのをモニターするだけだ。
IBMフェデラルシステムズの協力でCIAのデジタル兵器開発部門が生み出した傑作だった。
「スネイク・ワン、こちらイーグル・ネスト…荷物は届いたか?」
「イーグル・ネスト、スネイク・ワン受信完了。現在『飼い犬』に『喰わせて』いるところだ…」
アラビア海の空母CVN-69ドワイト・デービット・アイゼンハワーから飛んだF/A-18Fライノのエビエーターが答える…
「ターゲットには君らが最も近い、これより『フェーズ2』を開始せよ」
「了〜解、イーグル・ネスト…」
通信が切れるとエビエーターはインターコムに切り替え後席のRIOに告げる。
「ジャック!聞こえたろ。フランス野郎どもはお帰りあそばしたと〜」
最も遠いラファールMのエレメントは帰還したという意味だった。
RIOは笑いながらJDAM弾の全てにGPSデーターがアップロードされたことを確認した…。
『ナジム…貴様には本当に失望させられたぞ…』
無線機の向こう側でコメカミに血管を浮かび上がらせて憤怒する『主宰』の顔が頭に浮かんだ…。
「け、結論をお急ぎにならないでください…。部下が二人を捕らえ戻ってくるやもしれません…」
この状況では精一杯の弁明だった。
『貴様のその楽観的な思考回路が今回ばかりか前回の、そのまた前回の、そのまた…』
『…いや、とにかくお前の失態全ての源泉だということが解かっておらぬようだな?…』
「・・・・」
『まぁ何にしてもだ…、部下が戻り次第 アジトで待機していろ…迎えを寄こしてやるワ…』
「…解かりました…、し、しかし万が一事態が好転した場合には…」
『くどい!…』
「・・・」
『それからナジム…』
「は、はいっ」
『今使用してる通信装置は処分しておけ…解かったな…』
この言葉は重かった…、連絡はしない…ということは『もうお前は用無しだ』という意味だった。
「わ、わかりました…」
返事も返さずに相手は回線を閉じた…。
ナジムは暫くフォルクスワーゲンT2バンの床に座り込むと、虚ろな眼で通信機を見上げた…。
万事休す…。そう思うと頭を抱え込んで大声で喚き散らす。
ひとしきり騒いだ後、やおらフォルスターからトカレフを抜くと(バンっ!)っと一発通信機に放つ…。
こうなったら地獄の果てまで逃げ切ってやる…。そう思うのだった。
「バシュ!」
弾丸が命中し鈍い破裂音を上げて後輪のタイヤがバーストした。前輪駆動車だからまだ走れるがとてもスピードは上がらない。
「あざみちゃん!もう弾切れっ!」 後席で応戦していたひまわりがガバメントを投げ捨てて叫ぶ。
「クソっ!」
あざみは瞬時に考え、MH-60Gが近づけ易そうな場所で、かつ階数の低い建物を探すと素早くそれを見つけ、ステアリングを左に切って、飲食店か何かだったと思しき3階建ての廃屋に正面から突っ込んだ。
車は中のショーケースやらテーブルやらのガラクタに乗り上げて止まると、うまい具合に穴だらけの天井の下にキャビンをポジショニングできた。
「ここの屋上から拾って貰いましょ〜!」
あざみはサンルーフを開けると、運転席に備え付けの発煙筒をひまわりに渡し、先に行くように言って拳銃を手にする。
ひまわりは発煙筒を口に咥え、素早くサンルーフから車の上に乗り出す、手を差し伸べてあざみを引き上げると二人は天井裏を経由して2階に辿り着き、すぐに階段へ急いだ。
逃げながらあざみは判断のまずかった事を悔やむ。逃げ切れてこその現場離脱だったのだ。
ここでは地上支援チームの援護は期待できない…。
「居たぞ〜、上だ〜、上に行ったぞ〜」
テロリスト達がペルシャ語で喚き散らしている。
上空にMH-60Gの爆音が迫ってきた。これなら発煙筒は不要だった…。
屋上の出入り口にひまわり達を発見し、マックスウェルが叫ぶ。
「居たぞぉ!あそこだ〜」
間髪入れず、備え付けのM60D機銃のボルトを引いて相棒が待機する。
ヘリの起こす爆音と強風の中、二人が駆け寄ってくる。そこへ敵の銃弾が降り注ぐと上空からマックスウェル達も援護する。相棒は険しい顔でテロリスト達に向けてM61Dを連射した。
コンクリートの破片やその粉塵が夥しく舞い上がる…。
無造作に置かれたドラム缶や木箱の陰であざみも拳銃で応戦する。粗悪な北朝鮮製68式は弾が左に逸れる癖を持っていた。
「ひまわりっ!弾があるうちに早く行って〜」
あざみが絶叫すると、ひまわりは寄ってきたMH-60Gブラックホークの特徴的な大きなタイヤを剥き出しにした主脚に『えぃっ』っとばかり飛びついた。
「つかまれ〜」
マックスウェルが彼女の腕をつかみ引き上げると、テイルローターの僅か1〜2メートル上をロケット弾がかすめて隣のビルに命中した。
(まずい)彼がそう思うと、相棒がパイロットに叫ぶ。
「スティンガーだ!〜〜〜〜、早く出せ〜〜〜」
あざみを残してMH-60Gは素早く連中の視界から退避する。仕方がなかった…。
「あざみちゃ〜〜〜〜〜〜〜ん!」
ひまわりが泣きながら叫ぶ。
下では事態を受け入れたあざみが笑って見上げていた。すでに両腕を上げて『降参』の意思表示を敵に示している。
「ひまわり…元気でね…、ハヤト先生に伝えて『愛してる』って…」
ヘッドセットに彼女の最後の声が日本語で伝わった。2つ目のセンテンスには力がこもっていた…
「いやぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜あ ざ み ち ゃ〜〜〜〜ん〜〜〜〜〜っ!」
泣き喚くひまわりを抱きしめてあざみを見やるマックスウェル…今はどうしようもなかった…。
ひまわり等の乗ったMH-60Gは今、充分な広さをもった空き地に着陸するところだった。
既にプラハ警察や、CIAのセダン、SWATのバンなど様々な機関の車両がひしめいている。再開発区が騒然としている。
マックスウェルが地上の支援チームに、あざみが残された建物を包囲するように様に既に命令してあったが、間に合わなかった。現場には追跡に使われた白いアウディが乗り捨ててあり、連中の足取りはつかめなかったと報告が入った。
「クソ! 一体どこに消えやがったってんだ!」
柄にもなく悪態をつく彼の肩に手を置いて『もう一人のジェ−ムス』がなだめる。
ヘリがドスンと着地する、次の瞬間、ひまわりは飛び降りると一目散に駆けだした。
「おいっ!君っ!」
マックスウェルが叫び、追いかけようとするが『相棒』がその腕をつかんだ。
ひまわりは(ごめんなさい!)っと言って警官からドゥカティ・ストリートファイターを奪うとミラーに掛けてあるヘルメットを被り、スターターを蹴飛っばして1.1リッター2シリンダーエンジンを始動させる。
高回転のまま乱暴にクラッチを繋ぎ、左足を軸にしてターンさせると、彼女は激しくウィリーさせて発進し闇の中に消えていった。
「好きにさせてやろう…」
そういうと憂いを湛えた眼で彼女を見送った。