ブダペスト郊外、ドゥナ・イポイ国立公園近郊にある旧邸。  
エドナはその二階の窓のない一室に軟禁状態にあった。  
ここへきて既に1ヶ月以上は経っている…。それも恐らくだが、彼女には既に曜日の感覚がなくなってきている。  
 
テロリスト?なんだか判らない連中に拉致され、ここに連れてこられたが、今のところ丁寧な扱いだった。  
だが食事を差し入れに来る男達には何を聞いても『言葉が分らない』の一点張りで何も答えてくれない。  
食事や睡眠、衣類のクリーニングに入浴までさせてはくれるが、いい加減憔悴しきっていた。このままでは気が変になりそうだ…。  
 
こんなことになるのが分かっていたら、父親の言うとおり祖国で大人しく暮らしているべきだった…。今更ではあるが、そう反省する彼女だった…。  
 
もう長い事太陽を見ていない…。  
 
だが、それも今夜までだった…もちろん今の彼女がそれを知るすべはなかったが…。  
 
 
「遅いぞ、ジェームス…」  
 
別ルートで邸内に侵入した黒いジャンパースーツ姿のジェームス・マックスウェル中佐は遅れてきたパートナーに言う…。  
いつものことだが同じファーストネームの相棒をそう呼ぶのは違和感がありまくりだった。  
 
「すまん、ちょっと寄り道をした…」  
 
同じくジャンパースーツ姿の相棒は愛用のワルサーPPKにサイレンサーを嵌めながら適当なことを言う。毎度のことだった。  
 
「首尾は?…」  
 
相棒は左手の超小型無線スイッチを見せる、青いパイロットランプが微かに点滅していた。  
 
「OK…」  
 
(行くぞ)っと合図で告げると二人はそれぞれ別々の方角に静かに、そして素早く移動した。  
 
マックスウェルは二階に続く階段を用心深く上がる。一人の見張りがドアの前でハンガリー版PLAYBOYを眺めてニヤついていた。AK47は膝に乗せたままだ。  
プシュン!という静かな破裂音と同時に中佐が放った9mmパラベラム弾がその男のこめかみを直撃する。  
 
周りに気を配りながら男の死体が転がる部屋の前まで進み、男のひざからAK47を取り上げるとマガジンを抜いてヌードピンナップのページ上に静かに置きPLAYBOYを閉じた。  
慎重にドアを開け、彼はしゃがんで中を窺う…。  
 
(クリア!)  
 
エドナは食事の時間でもないのに、誰が入ってきたのか不安げに彼の方を見た。  
 
「静かに」  
 
そういうと彼女の傍に忍びより、自分は英国諜報部員であることを告げた。  
 
「じきに『騎兵隊』が来ます…暫くお待ちを…」  
 
そういうと、ヘッドセットのマイクを掴み  
 
「ジェームス! ターゲットを確保…オールクリアだ…」  
 
と告げる…。  
数秒も経たない間に、遠く爆発音が鳴ると邸内の電灯がすべて消えた。相棒がブレーカーに仕掛けたC4がさく裂したのだ。  
 
『なんだ?〜〜〜〜』  
『停電だ〜停電っ〜〜〜』  
 
男達が騒ぎだしたかと思うと正門の鉄柵をぶち破り装甲車が突入し、邸外に待機していたハンガリー警察の特殊部隊に扮したMI-6の支援チームがなだれ込んできた。  
 
バリバリバリっという銃声がところどころで5〜6分程続いたかと思うと次々に『クリア!』の声が発せられる。  
 
死に物狂いで階段を掛けがってきたテロリストの一人が、エドナの部屋のドアを蹴破ってMP5Kを乱射し始めたが、すぐさまマックスウェルの連射を頭部に食らって即死した。  
 
それでも彼は、ドアに向かってベレッタM92Fを構えたまま膝まづき待機の姿勢を崩さない。  
エドナがベッドの下にうつ伏せになって耳を塞いで震えている。  
 
そこへ相棒が駆けつけてきた。  
 
「マック!無事か?」  
「ここだ!」  
 
そう叫ぶと初めて銃口を下げた。相棒は床に倒れているテロリストのMP5Kを拾い上げ、男の死体を改め部屋に入ってくるとマックスウェルを見て左の眉を吊り上げながらいう。  
 
「やっこさん、腹にTNTを巻いていた…お見事…Double OH Five…」  
 
頭を狙ったのはこういう場合テロリストを相手にする時の鉄則だった。  
 
相棒に肩を叩かれ、ふ〜っと一息つくと、マックスウェルは立ち上がり銃をホルスターに収めた。  
 
「だけどまぁ…楽だったな…」  
 
そう言うと相棒はベッドの下を覗き込んで手を差し伸べる。  
 
「済みましたよ、お嬢さん」  
 
エドナは大きな目を白黒させてそこから頭を出した。  
 
 
ロンドンのMI-6本部、オペレーションルームでは偵察衛星から送られてくる赤外線ライブ映像で一部始終を観察していたMが満足げにスクリーンを眺めていた。  
 
「ミスター・タナー 至急、内務大臣にお知らせして…。『作戦成功』と…」  
 
傍らの男が軽く頷くと部屋を出て行った。  
映像では一人の男が女性を抱きかかえるようにして部屋を出る映像が映し出されていた。  
 
「相変わらずね…ジェームス…」  
 
そう言って微笑むと彼女も部屋を出た。  
 
 
数日後、トルコ東部のとあるイギリス領事館。  
屋上のヘリポートに一機のベル206Bジェットレンジャーが着陸する。  
海兵隊員がドアを開くと中から若い女性が飛び出してきた。  
 
「エドナ!」  
「お父様〜!」  
 
久方ぶりの親娘の再会であった。  
 
「心配掛けてごめんなさいお父様…私、凄く怖かったワ!」  
 
そう言って父親の胸の中で涙ぐむ…。  
 
「もう、いいんだエドナ…、済んだことだ…」  
 
そう言って娘を抱きかかえながらゴスコフは向き直り  
 
「大使閣下、領事閣下…この度は本当に…何とお礼を述べてよいやら…全く言葉が見つかりません。ご助力いただいたお国の方々に暮々もこのゴスコフが感謝をしていたとお伝えください」  
 
「承知いたしました、大統領閣下…」  
 
全く何もしていないトルコ駐在英国大使は罰が悪そうに答える。ヘリを降りながら、思わず噴き出しそうになるのを我慢するマックスウェル…。  
 
「さて、エドナ…、早速だが、今回の件で お前にも少しは『責任』をとってもらうぞ、いいね」  
 
「はい、お父様…私ができることなら…  
 
 
数日後、霞の里。男性教員宿舎。  
ハヤトはうつ伏せになった武蔵坊の上に覆いかぶさり、彼女の尻の肉の間に潜り込ませた『己の分身』で彼女の気持ちの良い肉壺を楽しんでいた。  
つけっぱなしのTVではワールドニュースが流れている。  
 
「万里小路君ぅ〜ん、イイ、イイわぁ〜〜凄くイイのぉ〜」  
 
股間からクッチャクッチャと音をさせて恍惚の表情を見せる武蔵坊…。  
ハヤトは(ミサちゃんはやっぱバックからが一番だな〜)などと考えながら腰を振り続ける。  
 
「今日は…な、中で出していいわ…」  
 
(んなこと〜聞くまで黙ってろよ〜)とは言え性欲処理のsexだから、そういうムードのなさは致し方なかった。  
そろそろ込み上がってくるなぁ〜っと思った時、それまで気にも留めていなかったTVの画像が目に飛び込んできた…。  
 
「ひ、ひまわり?」  
「え?」  
 
思わず武蔵坊も向き直る。  
 
『今日、パルティメニスタン共和国のゴスコフ大統領がチェコを表敬訪問しました。体調不良のため同行できない夫人の代わりを務めるのは御令嬢のエドナさんで、プラハ市民は大歓声でお二人の訪問を歓迎している模様です…』  
 
「違うじゃな〜い。驚かさないでよ〜」  
 
画面では伝統ある市民会館のテラスから観衆に向かって手を振るゴスコフ大統領とそのエドナ嬢の映像がアップで映し出されていた。髪の色を除けば、背格好から顔かたちがひまわりそっくりだ…。とその時だった…  
 
「え?、あ、あざみ?」  
 
ハヤトはさらに驚く…。  
令嬢の傍らにぴったりと寄り添うようにして立つ女性護衛官の姿を見たとき思わずそう叫んだ。ブルガリ6012Bのサングラスにディオールの黒のスーツとストッキング…、他でもない、スカートが膝上20cm位のミニ仕立てなのが、何よりも『あざみ』の個性を物語っていた。  
 
「え〜、そんなわけないじゃない〜人違いよ〜」  
 
情事を中断され不服そうにしている武蔵坊。  
確かにサングラスのせいで顔は判らない、だが仕草やその姿勢で間違いなくそうだと彼は思った…。自分の抱いた女である。自信があった。  
 
「あいつら一体何してんだ…」  
 
武蔵坊に挿入している事も忘れ、ハヤトは一人語散た…。  
果せるかな彼は間違っていなかった。二人はまさにひまわりとあざみなのである。  
 
 
プラハ。旧王宮にある迎賓館に向けヴァルタヴァ川にかかるマーネス橋を黒のロールスロイスが儀仗警官の乗るドゥカティに先導されて走っている。  
 
「なかなかの演技力じゃないかね?ライト少尉…」  
 
見るからに顔を強張らせて緊張してるひまわりに向け、ゴスコフが流暢な英語で話しかける。  
 
「は、はい閣下!…光栄です…。で、ですが…油断なさらぬよう…、その、会話はロシア語でお願いいたします…」  
 
車内では少々大きすぎる声でひまわりは答えた。かなり緊張している様子だ。  
 
「ワッハッハッ…、そうであったな…申し訳ない…」  
 
彼はこのシチュエーションを半ば楽しんでいる様子だった。  
そのやり取りを聞いて前の座席で笑うあざみ。左耳にはめたイヤホンには『〜〜を通過…』と逐次SPからの報告が入る。  
 
「間もなく到着いたします。閣下」  
 
あざみはパーティション越しに後部のゴスコフ達に向けて綺麗なロシア語で伝えた。  
ロシア語と中国語はあざみの十八番だった。  
 
旧王宮内の大統領官邸の隣にある迎賓館の車寄せには既にチェコの大統領夫妻が出迎えていた。  
 
「ようこそいらっしゃいました。閣下…」  
「こちらこそ、手厚いご歓迎に感謝いたします。閣下…」  
 
ひまわりは支障なく上流階級式礼節を披露し、大統領夫人に丁寧に迎えられた。先ほどの車内とは大違いである。  
あざみはその姿を眼を離さず観察し(やっぱこの子…多重人格だわ…)そう脳内で呟いた。  
 
手短な挨拶を交えたあと、大統領夫妻はゴスコフ親娘を官邸に迎え入れた。  
あざみ達護衛官もそれに続いた。  
だが、彼女らが職務を遂行できるのはそこまでで、貴賓室から奥には入れなかった。  
ひまわりを見送ると、あざみは『頑張れ!』そう言って励ました…。  
 
 
プラハ郊外。人気のない路地裏に青色のフォルクスワーゲンT2バンが停まっていた。  
その後部荷台に設けられた通信ブースで一人のアラブ人が苦虫を噛み潰したような顔で思索を巡らしている。  
この男、ムバラク・ナジムはエドナ拉致チームの責任者だったが、自分がアジトを離れた僅かの時間にMI-6の連中に踏み込まれ、彼女を奪還されるという『大失態』を演じてしまっていた。  
通信機の相手はその失態について容赦のない叱責をしている。  
 
『ナジム…貴様のミスは本来なら銃殺刑に値するものだ…。すなわち次回また失敗すれば、お前とお前の家族はみな死ぬ、解かるか?』  
 
「は、はい…、熟知しております…主宰殿…」  
 
『幸いにも、ゴスコフは今プラハに居る…しかも側近に我々の協力者を携えてな…』  
『その者が逐一報告を入れてくれているというのだ、この好条件を生かすも殺すも貴様の裁量にかかっている。今度はしくじるでないぞ…』  
 
「はい、ご期待を裏切るような真似は絶対に致しません…」  
 
冷や汗が頬を伝う…。  
 
『補充の要員は今朝ケルンから陸路そちらに向かった。合流次第速やかに実行に移すのだ…』  
 
「了解いたしました…」  
 
そういうと通信は切断された。  
 
ナジムは一息大きくつくと、眼にメラメラと復讐の炎を燃やした…。  
命を落とした弟と幼なじみの仇はきっととってみせる…そう、彼の神に誓うのだった。  
 
 
ミュンヘン。BND(ドイツ連邦情報庁)情報収集分析センター。  
衛星通信モニターチームが慌ただしくなってきた。  
主任分析官のシュナイダーはセンタースクリーンに『例の回線』に関わる周波特定プログラムの出力を転送する。  
 
「ミスターアンダーソン、そちらの興味ある『例の回線』が開いたぞ…、そっちにモニターをつないだ…確認できるか?」  
 
ウィーンのアメリカ大使館。  
その地下にある情報指令センターではアンダーソン以下、今回のオペレーションに携わるメンバーが任務に就いている。しきみとナナフシもそこに居た。  
 
BNDの専用機材を持ち込み、その操作を任されているのは他でもなくナナフシだ…。  
彼はセットアップ終了の合図をアンダーソンに送る…。  
 
「シュナイダー…今届いたぞ…(照合プログラムのアウトプットを待つ)」  
「…ああ、間違いない。北朝鮮製通信衛星Mk1の特徴に一致した…」  
 
テロリスト達が年間百万ドル前後の『使用料』を払って北朝鮮の軍事通信衛星を利用しているのは最近のトレンドだった。  
質の悪い暗号化システムのおかげで内容がほぼ丸裸にされているため、西側はわざと放置していた。  
幾つかの端末機の固有デコードパターンが把握できており、それを使用している限りターゲットの位置特定が可能になっている。ただしそのパターンが『生きている』のは端末と衛星の間だけになる…。  
端末機の情報が不明な通話相手の位置特定には今一つ『細工』が必要だった。  
 
ディスプレイには東ヨーロッパの地図上に、大きく赤い円が点滅して現れる…。  
その円は徐々に小さくなるとプラハ郊外で赤い点になった。  
 
アンダーソンはしきみの顔を見つめるとニヤリと笑いウインクをした。  
しきみもほくそ笑む。  
 
「OK〜、現在位置を特定した。今後も観察を怠らんでくれ…以上」  
 
そう言って電話を切った。  
 
「さぁて、いよいよだ…」  
 

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