霞の里、志能備学園では第二学年の実技教科から本格的な自動車、バイク、航空機の操縦訓練が加わる。忍者とて実技では近代的な乗り物を駆使できなければ任務の遂行に憚るというわけだが、ただ操縦や運転ができればいいというわけではないからそれ相当の厳しさを伴う。  
自動車運転の場合、卒業までにはいわゆる国際A級ライセンスに近い技量を要求される程であった。  
 
「あ〜あ、明日の検定走行…自信ないなぁ〜」  
 
ひまわりがしょげ返る…。  
 
「とか言ってぇ、あんた結構いいタイム出してたじゃん?」  
 
アザミが意外ね〜といった調子で…  
 
「わらわは運転は大好きでありんす、待ち遠しいでありんすよ〜」  
 
例によって状況に関係なく刀を振り回しながらヒメジ・・・。  
 
「ヒメジ、明日使うクルマは乗りなれたフェラーリじゃないんだから…あんまり調子に乗らない方がいいわよ…」  
 
しきみが釘を刺す…。  
 
「わかってるでありんす、そこらに転がってる車で如何にタイムが出せるか…そうでなくては真のくノ一ではない…でありんすね〜」  
 
「授業でのトライアルなら、そこそこリラックスできるんですけど〜、明日はハヤト殿が隣に座るんで〜なんか緊張しちゃって〜」  
「あら〜いいじゃな〜い…オシドリ並みにラブラブドライブ〜」ゆすら、眼がハートマーク。  
 
「そう言えば…、担当ナビゲータ…アザミもハヤトが乗るんだったわよね?」  
 
配車表を見ながらしきみが言う。  
 
「そ〜なのよねぇ〜、あいつったらぁ、きっと静かに座ちゃ〜ないよねぇ〜」  
 
アザミのアグレッシブでリスキーなドライビングテクニックは評判だった。知ってる者だったら誰も助手席には乗りたがらないだろう。  
 
「アザミは無駄にドリフト走行するから…、」  
 
オートマのFF車でドリフトするなんて無駄以外の何物でもない…とでも言いたげにしきみ。  
(難易度が高い技術をして見せたところでタイムに結びつかなければ意味がないじゃない…)。  
 
「その点、しきみさんはタイヤに優しいアラン・プロスト走行ですもんね〜」  
 
このひまわりの喩えはいつもながら渋すぎてしきみは(誰?それ?)といった表情…。  
 
「とにかく、明日のトップタイムはアタシが頂くわ〜」  
 
アザミは負けじと言い返す。(本番はちゃんとやるわよ!)  
 
「無理無理、私かひまわりがイイ勝負してブッチギリでしょうね…」  
 
しきみが眼鏡を直しながら自信満々に言う。確かに『脹らまない滑らない無駄がない』走りはこの2人が一、二を争う。  
 
「いやいや、わらわでありんす〜〜〜」  
 
フェラーリに乗れないとトップタイムは彼女にはつらいかも…。  
 
だが、実際のところ、この5人の腕前は校内でもトップクラスで群を抜いていた、流石に『純粋培養の試験管ベビー』というのは伊達じゃない…。  
話は最もタイムが遅かった者が、残りの者にお好み焼きを奢るということで纏まった。  
 
 
翌日、今日は土曜日だが、丸一日かけて第3学年と第4学年全員の運転技術検定試験が行われる(志能備学園は4年制の高等専門学校に分類されている)。  
と言っても、ジムカーナやダート・トライアルといったものではなく、蓬莱山々麗を望む場所にあるドライブインの駐車場を起終点に、蓬莱山を周回する舗装路の一部を使用した約10kmに及ぶ2車線のワインディングロードをコースとしたタイムトライアルである。  
前半は2合目ほど下り、後半は来た道とは別のコースを使った登りでスタート地点に戻るまでを計測する。この間、霞の里はこの公道を使用禁止となる。  
 
「本日は天候に恵まれ、路面温度も良好…。いいドライビング日和になりました。みなさんには日頃の修練の結果を大いにアピールされんことを期待します…」  
 
やつがしらの開会宣言でまさに「レース開始」といったところである。  
コースの拠点拠点では町中の人たちが手弁当で見物に訪れている。  
それもそのはずで、今日は里にとっては一年に一度のモーターパフォーマンスが無料で見られる『お祭り』になっていた。  
例によって見物客の存在は一目ではそうと分からない。もんじゃ屋のマンサクは堂々とブックメーカを気取ってノミ行為に及ぶ始末だった。  
 
コースの誘導や、運転の実技を観察するために各車に教員たちが同乗することになっている。生徒70余名に対し、車は8台が用意されており、それぞれが出走順抽選で配車されていた。  
万里小路ハヤトは4号車…9人の運転に付き合わされることになっていた。  
 
「4(死)号車かぁ〜、なんか不吉だよなぁ〜」  
 
天を仰ぎながら配車表を睨んでブツクサ言う…。  
救いがあるとすれば、愛しのひまわりの横に座れることだけだったが、一方で『峠の暴れん坊』ことアザミも控えているので何の慰めにもならない…。  
 
「ハヤト殿ぉ!」  
「うぁぁぁぁ!な、なんだ〜、脅かすなよ〜」  
 
すっかり気落ちしたハヤトの後ろに、黄色いドライビングスーツを着たひまわりが立っていた。  
 
「今日は、ハヤト殿に私のナビになって頂いて、なんか嬉しいやら緊張するやらで…、あ、  
でも、よろしくお願いします!」  
「あ、あぁ、そうだな…よろし く…」  
 
ドライビングスーツが妙に似合っていた。身体の線が出ていて色っぽく見えた。  
 
「それにしてもハヤト殿ぉ〜、どうしてそんな具合が悪そうなお顔をしてらっしゃるのでしょうか?」  
「・・・だって、これ・・・」  
 
ハヤトは配車表の先頭にある名前を見せる…。  
 
「なぁ〜によ…、アタシと乗るのは嫌だってわけぇ?」  
 
横から割りこんでアザミが言う。  
 
「あぁぁぁぁぁ、い、居たのかよ〜・…、だってお前〜」  
「そんなにアタシの運転怖いかなぁ〜」  
「・・・・ハッキリ言って・・・そうだ・・・」  
 
下をみてハヤト…。しかも初めてだから想像もつかないだけに余計に心配だ。  
 
「あ、だ、大丈夫ですよ…今日はリタイアしちゃまずいから無理しないよね?アザミちゃん…」  
「そうね〜、でもぉ、残念ながら〜走行順一番目だからベスト尽くさないとトップは狙えないからどうかね〜」  
 
アザミのスカイブルーのツナギ姿もなかなかの艶めかしさだ…こいつ本当に男なのか?ハヤトは状況と食い違う想像で現実逃避をする。  
 
「そろそろ時間よぉ〜、さぁ、観念して乗った、乗った!」  
 
ハヤトの尻を叩くアザミ。  
 
「いってらっしゃーい」  
 
ひまわりが少し心配そうに笑って見送る。  
 
走行順抽選で[1]番を当てたゆすらの運転する1号車が、既にグリッドを勢いよく飛び出していた。  
運行前点検を型どおり済ませ、ヘルメットを被ってシートにつきベルトを装着するとアザミはエンジンスイッチを入れる。  
 
クルマはルノー406、『仕事場』は東ヨーロッパから中国を含むユーラシア全域が想定されているのだから当然左ハンドルの欧州車になる。  
しかもトランスミッションはオートマチックで一般的な前輪駆動車…。ロールバー、シート、など安全装備だけがレース仕様であり、エンジン、タイヤなど全てがノーマルなものでハッキリ言って運転が楽しいクルマではない。  
つまり、任務中に調達可能な、極めて平均的なクルマを如何に速く走らせることが出来るか?を問われたテストだったからだ。  
 
アザミはエンジン音を確かめるように軽く吹かすと、チェンジレバーを2ndポジションに叩きこんだ、  
 
「じゃ、いきますよぉ」  
 
そう言ってグリッドで待機する3号車の後ろにクルマを付ける。  
 
「あ、ああいいぞ、前が出て5分たったら旗の合図でス、スタートだ」  
「あいよ〜」  
 
すぐそのあとで3号車が飛び出す。  
 
待ち時間、アザミは助手席のハヤトを見る。まだ走ってもいないのに両足を床に突っ張るような姿勢で前を凝視している。  
(なんか、カワイイ〜)アザミはそう思った。そう言えばハヤトが赴任以来、彼と同じ空間で2人きりというシチュエーションは初めてのような気がする。  
(こういうの久しぶり〜なんか新鮮〜)そんな風に思いながらそろそろかな?と前を向く。  
 
ちょろぎ教頭が白旗を振り降ろしてスタートの合図を送ると、アザミは思い切りアクセルペダルを蹴った。  
軽く前輪をホイールスピンをさせて大きくテールを振った4号車は脱兎のごとく山道に躍り出る。  
 
前半は下り坂で殆どがヘアピンカーブになるコース。アザミは2ndレンジとLレンジを使い分け、左足ブレーキ操作で巧みに切り抜ける。速い、速い、見る見るうちに3コーナ程先の5分アドバンテージがあった筈の3号車のテールランプが見えるまで追い上げた。  
多分あと500mもない。仮に時速100kmだと17秒程の差だ。  
 
ハヤトは無線でオフィシャルに向け、自車が3号車に接近することを告げる。  
(結構冷静じゃん…)アザミはハヤトの意外な仕事っぷりに感心する。  
 
と、その時だ、僅かな左曲がりのカーブを出かかったとき、目の前を小鹿が横切ろうとしていることに気付く…  
 
「あ、あぶな〜〜〜〜〜い!」  
 
ハヤトがそう叫ぶより先に、アザミは素早くギアをニュートラルに叩きこんだあと軽くブレーキをかけ、瞬間的に『フロント過重』の状態を作ると思い切りサイドブレーキを引きステアリングを切った。  
けたたましく後輪が悲鳴を上げて180度旋回したクルマは小鹿をよけることには成功した。  
この判断は正しかった、4輪ブレーキではタイヤがロックし、そのまま真っ直ぐ進行するのは歴然で、それだと確実に小鹿を撥ね殺すことになっていただろう。  
しかしながらスピードを殺しさらに反転してノーズを戻すには聊か直線距離が足りなかった。次のカーブに差し掛かったところでクルマはセンターラインを横切りそのままガードレールをへし曲げて谷側に転落する…。  
 
「コードレッド!コードレッド!」  
 
大会本部に連絡が入った。  
 
「どうしました?」やつがしらが訝しげに問う  
 
「今、コースマーシャルから連絡が入り、4号車がコースアウトを…」  
「誰のクルマです?」  
「万里小路先生とアザミが…」  
 
「ええ、そ、そんなぁ」傍で聞いていたひまわりの顔が青ざめる…。  
 
 
大きな衝撃音とともに、枝を折り散らかしながらクルマは後ろ向きに谷に滑り落ちていく。  
幸い岩盤ではなく雑木林になっている緩傾斜の土面の坂なのでクルマはその間をなぞるようにして走り落ち、大破せず道路から30m程下ったところで停止した。  
右のサイドミラーがピボットの所から丸ごと飛んで行ってしまっていた。  
 
「うぅ〜 いってぇ〜〜〜〜〜  」ハヤトが唸る…。  
「だ、大丈夫?センセ…」  
 
申し訳なさそうな顔でアザミがハヤトの顔を覗き込む。  
 
「・・・だ、大丈夫だ…ちょっと口の中噛んじまって…」ぺっと血を吐く。  
「血が出てる・・・ごめんね〜」  
 
アザミは窮地で自分のテクニックが生かされなかったことを悔いていた…。  
 
「・・・気にするな・・・それよりお前の方こそ怪我はないか?」  
 
アザミのレーシングスーツの胸のファスナーがはだけていた…。ブルーグレイのタンクトップが覗いている。  
 
「アタシは大丈夫・・・、ホントごめんなさい…」  
 
アザミは項垂れてエンジンスイッチを切った。  
 
「し、しかたないさ、不可抗力だ…それより…」  
「む、無線で皆に知らせなきゃ…」  
 
ハヤトが無線で本部に問いかける。が、しかし応答がない…。  
 
「変だな…、壊れてるとは思えないが…」  
 
ケンウッド製車載無線機のチャンネルを確認しながら繰り返し操作するが、聞こえるのは『ザー』っといったノイズだけであった。  
 
「きっとアンテナだよ、壊れたんだワ…」  
「そ、そうかな…」ハヤトは納得がいかない…。  
「センセ…歩ける? とりあえず上がってみようよ…」  
 
アザミはハヤトの4点式シートベルトを外すのを手伝いながら言う…。  
緊急事態だというのに、久しぶりに『男の身体』に手を触れることに少しだけ胸が高鳴った…。  
 
二人は少々ふらつくのを覚えながら、道路のある方向に緩やかな崖を登る…。  
何だか様子が妙なことにすぐ気がついた…。  
 
いくら人里離れた山道とはいえ500mごとに1,2年生が務めるコースマーシャルが控えていたのに加えて、身を潜めて見物している町の連中だっていた筈だから、ちょっとした騒ぎになっていても良さそうだ…、だが、人の気配が全くない。  
 
道路にたどり着いたところで、更に妙なことに気がついた。確かに2人のクルマが激突し破損していた筈のガードレールが傷一つなかった…。道路にはタイヤ痕もない。  
 
「あれ〜? 一つ先のカーブに出ちゃったかな?」  
「違う…。此処じゃないわ…」  
 
アザミが見上げてる立木にはどれも葉が付いていなかった…。枯れているように見える。  
 
「ここ、一体どこだ…?」  
 
 
『アザミが事故った』しきみはそう聞いて少し胸が掻き毟られる想いがした、  
 
「で、現場はどこ?」  
「中腹の第2セクターに差し掛かったところでありんす…。いま縄跳達が向かってるようでありんす。わらわたちも行くでありんすか?」  
「あたりまえじゃない!」  
 
しきみはそう吐き捨てると、ひまわり、ヒメジ、を伴ってマーシャルカーに徴用されていたヒメジの360モデナに乗り込んだ。2シーターなのでひまわりと抱きあって助手席に座るしきみ…。  
 
「ちょっと窮屈だけどすぐそこだから我慢するでありんす」  
「いいから出して!」  
 
語気を少々荒めていうしきみ。  
 
「行くでありんすっ!」  
 
そう言うとヒメジは2ndギア発進で360をコースに向けた。  
 
 

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