ハヤトは木立の風景が、確かに先程と全く違うことに気付いた。夏真っ盛りの筈だった蓬莱山山麗にしては殺風景過ぎる。  
確かに、道路はちゃんと舗装されていて、見るからに先程まで走っていた山道と同じものだとは判る。  
しかし、この雑木林は針葉樹だから季節が変わったとしてもこれほど葉が付いていないというのはどう考えてもおかしい…。  
それに、全ての植物が枯れているわけでもなく、樹齢の長い木だけが枯れ、雑草やコケ、シダ類や一年草の類は変わりなく生い茂っているのも妙だ。  
 
「お、俺たち、なんかとんでもない所に飛ばされちまったみたい…だなぁ…????」  
「おかしいのは場所よりむしろ時間なのかも…」  
 
アザミはそう言うと町の方を指さして見せた。  
木の葉がないために、遠く町の様子が伺える。が、一見いつもと同じように見える建物も一つ一つが何だか古く、寂れて見えた。  
 
「とにかく・・・学校に戻ってみない?」  
「そ、そうだな・・・」  
 
そう言うと、ハヤトはアザミの後を追って道路を登る方向にむけて歩きだした。途中の三叉路を山側に折れるとその先数キロも歩けば学園がある。  
アザミの後姿は身体の線にフィットしたドライバーズスーツのせいで一層美しく見えた…。  
コークボトルのように綺麗にくびれたウエスト、歩くたび左右に振れる小振りだが形のいい尻、そこからスラリと伸びた長い脚が妙に艶めかしい。  
(バカ…こんなときに何考えてんだよ!しかも、相手は男だぞ…)  
 
 
縄跳と小葉きゅうり達に続いて現場に到着したしきみ達は飛ぶようにしてヒメジの360から降り、無残に大破したガードレールのあるカーブに駆け寄った。  
 
「先生!ハヤトとアザミは?」  
「お、おう、お前たちか・・・いや、それが・・・」  
 
なんとも不可解…といった表情で縄跳が答えた。  
 
「確かにここが現場なんですが…」  
 
小葉きゅうりはラップトップの画面に各コース設置の監視カメラからの映像を映しだすと、二人のクルマのコースアウトするシーンを何度も繰り返し再生して見せた。  
ディスプレイにはガードレールに後ろ向きで突進して乗り上げるアザミ達の4号車が確かに見て取れたがその先は立木の枝の影になっていて確認できない。  
 
「崖の下にそれらしい痕跡が見当たらないんですぅ」  
「ええ?なんですって?」  
 
しきみはシュタッ!っと立木に身を翻し、壊れたガードレールの先に向かう…。  
 
「何にもないでありんすねぇ」  
「ほんとだぁ、クルマが落ちたならそれなりの痕跡があってもいい筈なのに…」  
 
そこへ1号車が上り車線を掛けあがってきた。ドライバーはゆすらだった。  
「どーしちゃったの〜、無線で聞いてシマウマ並みに慌てて引き返してきたんだけど〜」  
「アザミとハヤトが・・・消えちゃったのよ・・・」  
 
しきみは林の中にどこともなく視線を彷徨わせながら呟いた。  
 
 
アザミとハヤトは小一時間ほど歩き、志能備学園にたどり着く。一見して変化の無い様子だったが、建物に近づくとそうではないことが判った。  
 
「誰もいない・・・」  
「・・・いったい・・・どうなってんだ?」  
 
ハヤトは校庭脇の水飲み場を見つけると蛇口をひねってみた。いつもの通り冷たい水が出てきたが、それは軽く茶色に濁っている…。長い間使用されていないらしいことがわかった。  
 
「どう?」  
 
アザミが訪ねると、ハヤトは水を口に含み、味を確かめてから吐きだした。  
 
「・・・長いこと使ってなかっただけで、飲むのは大丈夫みたいだ…、しばらく出しっぱなしにしておこう…」  
「OK…水はなんとかなりそうね…」  
 
アザミも同じようにして確認する。  
 
「問題は食糧ね…」  
「・・・ったく、俺はどこへ行っても食いものに恵まれないんだよなぁ・・・」  
 
考えてみれば、誰が指示したわけでもないのに自然に『サバイバルシーケンス』に則った行動をとってる自分に少し驚いた。ハヤトもすっかり学園に染まっていた。  
項垂れるハヤトを見て、少し微笑むアザミ。  
 
「フフ、でもぉ、運が良ければそれも何とかなりそうよ・・・」  
「ええ?」  
 
ハヤトが顔を上げる間もなく彼女は校舎の方に飛んで行った。  
 
校舎の地下にあるシェルターにたどり着くと、アザミは入口のボタン暗号式のドアロックがまだ通電して作動中だったことに安堵した。  
少なくとも緊急用の自家発電装置は作動している。  
つまりは『何かが起こってから』少なくともそんなに時間は経っていなかったことを意味し、そうでなければインフラの内、電源も水道と同じでOKということになる。  
 
「どうすんだ?」  
 
しばらくおいて息を弾ませながらやってきたハヤトがレーシングスーツの胸元を更に大きく開けながら聞く…。  
鍵かかってたらだめじゃん?っといった感じで情けない表情のハヤト…。  
 
「まぁ、見てて」  
 
アザミはそう言うと、脚に巻いていたクナイの尻を使ってスイッチのあるケースを破壊した。  
 
「お、おぉい、だ、大丈夫かぁ」  
 
返事もせず、アザミはその中のプリント基板をごっそり抜き出し、奥にのたくっていたリード線の束を引っ張り出す。  
その内の何本かを選り、クナイで切断すると、また別のコードを数本引きちぎって刃で剥き、一本ずつ接触させ始めた。  
 
何組目かを接触させた時バチッっと火花が散り、ゴトンと扉が音を立てて反応した。  
 
「開けてみて…」  
 
ハヤトは半信半疑ながらもアザミの手際の良さに圧倒され、言われるまま扉に開いた僅かな隙間に指を入れると力任せに左右へ押し広げた。  
多少の重みはあったものの、空転するはずみ車のような動作感を伴いながら比較的スムーズに開けることができた。  
 
「やったぁ〜」  
 
アザミは無邪気に笑いながらハヤトに抱きついて歓喜の声を上げる、ハヤトも『彼?』の腕を抱えるように応じた。僅かだがアザミの胸に柔らかな膨らみの弾力を感じた…。  
 
「あぁ、やったなアザミ、す、すげえよ〜」  
 
あまり接触し過ぎたことに少々照れる二人…あっ といった感じで離れる…。  
 
「こ、こんなの・・・いとも簡単に開けられちまうんだな…アザミ、お前すげぇよ…」  
「うちの生徒ならみんな出来るよ、もっともぉ、乱暴なやり方だから警備システムの厳重な『実戦』でこんなことしたら、今頃二人とも蜂の巣にされてるけどね…」  
 
言いながら、中を物色するアザミ、入ってすぐ横の壁に備え付けてあった懐中電灯のスイッチを入れ、掌に当てて使用可能であることを確認する。  
 
奥を照らすと、そこには『非常用糧食(50食)』と書かれた段ボール箱が壁面いっぱいに積まれていた…。  
飲料水も2リットル入りペットボトルが9本づつ纏めてシュリンクされたものが何組も並んでいた。  
 
「す、すげぇ…」  
「ハヤトせんせぇ〜知らなかったの?ここ?」  
 
製薬会社の陰謀事件をきっかけに、学園そのものに対する攻撃から生存率を高めるための対処の一環として、新たに設けられた施設だったが、非常時に備え教師たちには周知の事実の筈だったのだが…。  
 
「わかんねぇ、聞いてたのかも知れんが覚えてない…それよっか、早速食おうぜ…」  
 
そう言うと段ボール箱を引っ張り出そうとするハヤト。  
 
「あぁ、だめだってば〜」  
 
アザミが言うより早く、手近の山から1個を抜きにかかったものだから、その上から一部がバランスを失い雪崩のようにハヤトに降り注いだ。  
 
「言わんこっちゃない…」  
 
アザミが呆れた顔で言うと、ハヤトの顔が段ボールの山からニョキっと現れた。  
笑い合う二人…。  
 
 
「これは〜紛れもなく超常現象…ですね…」  
 
例の蚊の鳴くような調子で、静かに小葉きゅうりが呟く・・・。  
学園では緊急職員会議が招集され、事件の初期調査をまとめた小葉と縄跳の報告がなされていた。  
 
「古くは、イアハート事件やバミューダートライアングルなどが有名ですが、これもその類かと…」  
「人為的には第二次大戦後にアメリカ海軍がフィラデルフィア沖で実験を試みています…。あいにくその実験艦は帰ってきませんでしたが…」  
 
縄跳が資料映像をプロジェクターで投影させながら説明を加えた。  
緑茶を啜りながらやつがしらが問う  
 
「救出はできないのでしょうか?」  
 
「もしも…の話ですが、量子力学や相対論的に仮説が立てられているマイクロ・ワームホール現象だとすれば〜、出たときと同じエネルギー効果を与えることで、『出口』を開けることで元に戻ることは理論上可能だそうです…」  
 
「つまりこちらからは何もできない…そういうことですね…」  
「はい…残念ながら…」  
 
職員会議室に重苦しい空気が満たされていく…。  
 
 
ハヤトとアザミは学園内を隈なく調べ、最も状況のいい生活空間を決めると、とりあえず今夜はそこでしのぐことにした。何のことはない、そこは教員宿舎のハヤトの使っていた部屋だった…。  
とはいっても、彼の私物らしきものは見当たらず、おそらくは別の男性教員の誰かが使用していたと思しき状況が見てとれるだけ…。  
とにかく居住者がいたらしいことだけは、残されていた食品や雑誌、衣類などの雑然とした散らかり具合で良く判った。  
 
建物は宿舎、校舎の別なくただ寂れていただけで、外部からの攻撃や破壊工作によるダメージのようなものは一切何もなかった。人手のメンテナンスを受けずに数年放置されていたと言うのが適切な表現になる…。  
幸いなことに、ガス、水道、電気といったインフラが機能していたのが救いだった。  
ハヤトは残されていた新聞や雑誌の日付を確認しようとしたが残念ながら手に取ると全てバラバラと崩れてしまい読み取れる情報は何一つなかった。  
 
「変なのよね…」  
 
アザミが自分の部屋(と同じ場所の誰かの部屋)から持ってきたラップトップを弄くりながら呟く。  
 
「どうした?」  
 
応えながらハヤトはハヤトで、浴室のコントロールパネルのボタンをさっきから押しまくってる。普通なら聞こえる筈の電子音が鳴らない。  
 
「パソコンが起動しないのよ…、他の家電類もみんな駄目…うんともすんとも言わないの…壊れてるようには見えないんだけど…」  
 
アダプターの電源ユニットはちゃんとグリーンのランプが点灯し、PC本体のバッテリーマークも光っていた。  
 
「こっちもだ…これじゃ風呂は沸かせないな…」  
「さっき、お湯は出たけど?」  
 
そこまで言うとアザミはハッと思った。物理構造や化学反応だけで機能するものは問題がなく、電子回路に依存した装置だけが機能していない…これって…。  
 
 
「EMP攻撃…」  
「な、なんだって〜?」  
ハヤトも学園に赴任以来、それなりに最低限必要な軍事知識や科学知識は身に着けていたから、アザミの言ったことの意味を直ぐに理解した。  
 
「そんな馬鹿な…霞の里が核攻撃を受けたってことかよ…」  
「分からない…ただ、現象を考慮すれば極めて可能性が高い…ってこと…」  
「ということは住民は被曝を免れた者が居たとしても町を放棄するしかなかったってわけか…」  
「分からないよ…(アザミの眼に何故か涙が溢れる)、そうかもしれないってだけで…」  
「でも、もし中性子爆弾併用型の戦術核兵器だったら、あの枯れ木の説明もつくじゃない!」  
「あぁ…」  
 
ハヤトは茫然とした…。そんな、まさか核戦争?、そんな…。  
 
「お、お俺たちも被曝したことに?、あの食糧や水は…」  
「地下シェルターの中の物は大丈夫よ…。外も…中性子爆弾だったとしたら…たぶん半減期はとうに過ぎてると思う…」  
「ハヤトぉ…一体何があったんだろう…アタシ、なんだか怖いよぉ…」  
 
半泣きの顔でハヤトを見上げるアザミ…。  
 
ハヤトはそんな状態のアザミを見て驚いた…。  
いつも自信満々、件の陰謀で学園が傾きかけた時だって変わらず元気でいた彼女(いや彼か?)が、心の底から恐怖を感じているのが見て取れた。  
しきみたちが居ないので心細いというのもあるのかもしれない…俺に彼女たちの代わりは務まらない、それはよく分かっていたが…。  
 
「し、心配すんな…此処がどうなっていようと、多分…俺たちの里…じゃない筈だ…とにかく今日は疲れてるし休もう…」  
 
「明日から…ど、どうすんの?」  
「そ、そうだな…なんとか『元居た世界』に戻れるかどうか…考えよう…」  
「そ、そうね・・・入ってきたんだから…きっと出る方法もある・・・よ ね・・・」  
 
ハヤトが「乏しい知識」にも関わらず精一杯勇気づけようとしてくれた事に対し、アザミも精一杯の言葉を絞り出して応えた…。  
 
「じゃ、じゃ〜オレ、先にシャワー浴びて汗流すワ!ナハハ…」  
 
乾いた笑いを上げてハヤトは浴室に向かった…。  
 
「わかった、着替え 出しておくね…」  
「あ、そうか、悪い頼む…」  
 
引き攣った笑みを浮かべながらバスルームに入るハヤトを見送りながら、アザミは先ほど運んできた数箱のダンボールの山から、寮内を物色して集めてきた衣類の入った箱を担ぎ出す…。  
適当な下着やパジャマ代わりになりそうなモノを探しながら、  
 
(しきみに早く会いたい…)  
 
アザミは心の底からそう思った…。  
 
しきみは、アザミの部屋へ来ると月明かりだけが差し込む薄暗いその場所に入り、後ろ手でそっとドアを閉じた。  
いつもなら、笑顔を浮かべてしきみを迎える美少女はそこに居なかった。  
部屋は、彼女が慌てて着替えたのだろう、脱ぎっぱなしのパジャマとか、開いたままのラップトップがそのままになっていた。  
 
「アザミ…、いったいどこへ行っちゃったの?」  
 
そう、呟くと溢れた涙が頬を伝って下足場の大理石に落ちた。  
ポンっという弾けた音がするように、そこにつきよ姫が現れた。  
 
「見 る か ?」  
 
そう言ってお椀をつき出す。  
少しの希望を抱きながらそれを覗き込むしきみ…。  
 
「なにも…見えないわ…」  
「な ら ば 二 人 は 無 事 だ …。少 な く と も ど こ か で 生 き て おる …」  
 
そんなの!なんの慰めになるのよ!…そう怒鳴りたい心境になったが、つきよ姫は彼女なりにしきみを落ち着かせようとしているのだ…、いや、これは何かの暗示かも知れないっと思い聞かせて冷静を取り戻した。  
 
つきよ姫は、椀を一口すすると、言った…  
 
「 こ れ も 森 の い た ず ら … 」  
 
しきみは何も答えず、その言葉を聞き流した…。  
 
 
同じころ、二人が消えた朝からずっと泣きとおしてるひまわりの部屋で、ヒメジとゆすらが自分たちのアザミやハヤトを案ずる気持もどこかに彼女の狼狽ぶりに右往左往していた。  
 
「もう、いい加減泣くのはやめるでありんす〜〜〜。まだ、二人が死んでしまったとは限らないでありんすよ〜〜〜ぉ」  
「きっとどこかに無事でいるかも知れないでしょ? ゆすら、森の動物たちに何かあったら知らせるように頼んでおいたから〜」  
 
「ハヤトどど〜〜〜〜」  
 
二人の言葉には反応せず、ただ、ただ号泣するひまわり…  
 
「少しは〜しきみを見習うでありんすよ〜、わらわだってアザミ達が心配なのは同じでありんす。」  
 
相変わらずデリカシーに欠けるヒメジ。  
 
「うるさ〜〜〜〜〜い!」  
 
ひまわりは涙でぐしょぐしょになった顔を上げて怒鳴った。  
 
「みんなキライ〜〜〜!、キライ!、キライ!だぃぃっキライ!〜〜〜ワぁぁぁぁぁん〜〜〜〜〜〜」  
 
ベッドに突っ伏して泣くひまわりを見つめていた二人は、項垂れて静かに部屋を出た…。  
初恋の相手、しかもほぼ将来を誓い合った男性であるハヤトと、級友としてのみならず良きチームメイトとして親密だったアザミの2人を一度に失った悲しさは、ヒメジとゆすらのそれとはまた格別なダメージであろうことは二人には痛いほど分かっていた…。  
 
 

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