何となく思う浮かんだ事を実行してみた。
目を開けてみると、そこには見慣れた顔が、驚きを浮き出させたまま固まっていた。
それを確認してからもう一度同じ事をしようとしたら「待て」と肩を掴まれて止められた。
「何だ?」
何だと聞かれても、特に理由は無いから返答に困る。
壁を背に凭れ掛かり座っている主人の目を見詰めて、首を傾げた。
「さぁ?」
「さぁ?、では無いだろう」
困ったような、呆れたような顔をして溜息を一つ。
お昼に食べた味噌汁やら魚やらゴボウの煮つけやら、いろんな臭いがした。
自分の口の中も今は同じ臭いがするかもしれない。
そういえば、ひまわりとハヤト先生はラーメン食べにいくって言ってたな。
誘われたけど、ご主人様と一緒の方が好かったから断った。
「まぁ、いいじゃないですか〜」
猫撫で声を出しながら、主人の硬く引き締まった胸に顔を埋めた。
少し汗臭いかも。
ご主人様は仕方がないといった感じでわたしの頭を撫でてくれた。
背中に回さた方の手は添える様に置かれている。
「な〜んか、眠くなってきました」
「寝るな、放り出すぞ」
仏張面でサラッと酷い事を言うなと思いながらも、言い返す気にならなかった。
それよりも眠気の方が強い。
仕方ないよ、お昼食べた後は眠くなるもんだよ。
体の力が抜けていく。寝ちゃ駄目だ、そう思いつつも視界が徐々に狭くなり、閉じられていく。
暗闇に落ちていきながら、ご主人様の汗の匂いと、内側から聞こえる規則正しい音が薄れていくのを感じた。
目が覚めたてから一番最初に、目に飛び込んできたのはご主人様の顔。
ぼんやりとしていても、ご主人様だと気が付いた。
すやすや寝息を立てながら、気持ちよさそうに眠るその顔がすぐ近くにある。
いつの間にか二人して横になって寝ていたようだ。
なんだ、ご主人様も寝ちゃったのかと、まだ半分しか起きていない頭で思った。
「……どうしよう」
起きようか、寝ていようか、どうでもいいような葛藤。
身を捩じらせて壁掛け時計に目をやると、針は2時を指している。
思ったよりそう長くは寝ていないみたいだ。
「…いいか」
まどろみの中にいる意識を無理やり起こして、立ち上がる。
ご主人様を起こそうかと考えたが、寝顔を見てたらそんな気がうせた。
さて……特にするがない、したい事といえばご主人様にちょっと甘えたいだけなのだが、
当の本人は気持ち良さそうに寝てしまっている。
部屋の掃除をしようとしたけど意外と綺麗に、整理整頓、片付けられている。
どうしよう、本当に何もすることが無い。
ふと、寝る前にした事を思い出した。
別にこれをすることに執着があるわけじゃない、ただ何となくだ。
ゆっくり顔を近づけていく、何故だかいつもは無い緊張感。
普段起きてるときにするのは何とも無いのに、今はイケナイ事をしているような
気がして興奮してしまう。
静かに、ゆっくりと近づけて、息がかかる距離にきたそのとき、ぱっと目が開かれた。
鋭く睨まれて弾かれた様に顔との距離をとり、尻餅をついてそのまま動けなくなった。
一回、二回と瞬きの回数を数えた。
「何してる?」
「あ、掃除で、おぅはよ……」
動揺しすぎてうまく言葉が出て来ずに繋げない。
ご主人様は上体を起こし、大きくわざとらしく、欠伸をしてから辺りを見回した。
畜生、寝たふりだ。
「片付いているでござろう」
そう言いながらご主人様はわたしに覆いかぶさってきた。
「い、いや!待って!」
何で気づかなかったのか、今更後悔した。
この状態では抵抗しようにも手足をバタつかせる事しか出来ないが、
両手首を掴まれてそれすらも封じられている。
ただでさえ近くにある顔がさらに距離を縮めようと迫ってくる。
いつもはわたしが一方的にしてるのに、ご主人様からなんて初めてだ。
なんというか、どうもご主人様からというのは慣れていない、というか嫌だ。
なんて都合のいい我侭なんだと思いつつ、目を閉じ、されるのを待った。
「…………」
けれども、いつまでたってもこない、何をしてるのと思い薄く目を開けた。これが間違いだった。
ご主人様はニヤつきながら、待っていたぞと言わんばかりにわたしの口を塞いだ。
お昼に食べたやつの味が微かにした。
「何時もされてばかりでござるからな。仕返しだ」
行為が済んだ後はさらっと、なんでもない風に言われた。
なんか悔しい。
終わり