さす毛が小さな竹のへらを使って洋館を口へ運んだ。  
「美味しいですか?」  
そう言いながら、少し熱めのお茶を二つある湯飲み、両方に注いでいく。  
薄い湯気が空気に溶け、お茶のいい香りが漂う。  
「美味いでござる」  
そういいながらお茶を啜る先生を、ぼんやりと眺める。  
数分前、突然先生がわたしの部屋にやってきた。  
理由はわからないけど、追い返す理由もないから迎え入れた。  
それで今、羊羹とお茶を出して、それなりのもてなしをしているわけだ。  
「どうしたんですか突然?」  
先生に呼ばれることはしょっちゅうあるけど、向こうの方から来たのは初めて。  
「もうすぐ女子高に潜入するが、準備はどうでござるか」  
「…大丈夫です。その辺りは完璧ですよ」  
あぁ、なんだそれか……ちょっと期待した自分が馬鹿みたい。  
 
喋り方や仕草なんかは、自信を持てる。  
わたしは後一ヶ月とたたないうちに、女子高へスパイとして潜り込むのだ。  
この計画は男子校の首脳陣、上の偉い人達が立てたものだ。  
さす毛先生はわたしが、いろいろと準備をする前から、女子高の教師を、スパイとしてこなしている。  
女好きでスケベで変態だけど、ちゃんとこなせてるんだろうな。この計画に参加する気満々だったし。  
でもわたしがこの計画に参加したのは、そんなさす毛先生が一緒ってところが大きいんだよな……。  
「さす…シャクトリ先生はどうですか?」  
「拙者はそれほど気を回さなくても良いからな。新しい名前に慣れるぐらいでござる」  
ここではシャクトリでいいと付け加えてから、また羊羹を口に運んだ。  
そっか、ここは女子高じゃないからシャクトリ先生で良いのか。  
名前ね、わたしも男子校にいる時とは違う名前で呼ばれるんだ。  
先生は縄跳さす毛という名で、わたしは……  
「あざみ」  
「…はい」  
あざみ。それが女子高での名前だ。  
女の子と名前として呼ばれる。これは喜んでいいんだよね。  
 
「大丈夫みたいだな」  
「大丈夫ですよ」  
先生はわたしの顔を、ジッと見てきた。わたしは今、笑えてるだろうか。  
鏡を見てみたい。部屋の反対側にあるのが悔やまれる。  
「計画が成功すれば拙者もお前も…」  
「わかってます」  
先生は教頭の、わたしには次期情報部長の椅子が待ってるんだ。  
でも、わたしの事はどうでもいい。シャクトリ先生の為にやるんだ。  
「絶対成功させましょう」  
先生は少し笑ってから、お茶を啜った。  
わたしも一緒にお茶を啜った。少し熱い。もう少し冷ませばよかったな。  
「期待してるぞ」  
「はい…」  
 
その後、先生が帰ってからすぐに笑顔を確認してみたけど、なんか変。  
おかしいな。前確認したときは良かったんだけど。  
前の笑顔と同じなのに、雰囲気が違う。  
もうちょっと練習しないといけないか。  
ちゃんとした笑顔を、シャクトリ先生に見てもらいたいな。  
 
終わり  
 

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