ひまわりは布団に突っ伏して懊悩していた。  
先ほどから唸り、丸まり、伸び、転がり、また唸りを繰り返している。悩みの種は、他ならぬハヤトのことであった。  
ハヤトに言い寄る女性はあれで意外と多い。椿などは――言い寄る理由はさておき――その典型である。  
主従の誓いがあるとはいえ、不安になることがないと言えば嘘になる。  
いつかハヤトを他の誰かに取られてしまわないだろうか、と考えると不安で堪らなかった。  
「はぁ。ハヤト殿は私のこと、本当はどう思っているんだろうなぁ……」  
そう思うと、無意識に溜息がこぼれてくる。  
机の上のPCから流れる電蔵の長口上――お気に入りの場面にも、殆ど関心が向かなかった。  
相変わらず、布団の上を転げまわっている。  
15歳の少女がうんうん唸りながら布団の上を転げまわるのが健康的かどうかは置いておくとして、ともかくひまわりはこの日、朝から唸りっぱなしであった。  
が、いい加減唸り飽きたのかやおら跳ね起きると、両頬を自分でぴしゃりと叩いた。  
「ううんっ、悩んでてもダメっ。まずは行動しなくっちゃ!」  
そう自分に言い聞かせると、勢い良く部屋から飛び出していった。  
 
 
「……ハヤトの気を惹く方法、でありんすか?」  
ヒメジが訝しげに首を傾げる。  
ひまわりはまず、ヒメジの部屋を訪ねていた。  
相談を受けたヒメジはどことなく怠そうにも見えるが、ひまわりは気が付いていない。眼を眩いばかりに煌かせ、やる気十分である。  
「食べ物でも与えたらどうでありんす?」  
が、ヒメジからはものすごい投げやりな答えが返ってきた。しかし至極真っ当な答えとも言えるから困る。  
 
「そ、そういうのではなくて……」  
「うーん、わらわにそんなことを言われ……そうでありんすっ!」  
ヒメジがイェーッヒャッヒャッヒャッといつもの胡散臭い笑いを上げると、何やら机の引出しを漁り始めた。  
彼女がこの笑いをする時は、大概変なことを考えているのは所謂お定まりである。  
ひまわりは得体の知れない寒気を覚えたが、しかしその場を立ち去るわけにもいかず、ただじっとヒメジの様子を窺っていた。  
するとほどなく「何か」の捜索を終えたのか、ヒメジが満面の笑みを浮かべながらひまわりの方へ向き直った。  
「あ、あの……ヒメジさん?」  
「ひまわりっ!」  
「は、はいぃっ!」  
「脱ぐでありんすぅっ!!」  
「え、えぇぇぇ!?」  
と、驚いてる間にセーラー服の上を剥ぎ取られてしまった。ある意味ではすごい技術である。  
「なななっ、何するんですかヒメジさんっ!?」  
驚いて胸を隠したひまわりであったが、何か感触がおかしい。素肌の感触がするのである。  
(これは……もしかして……)  
恐る恐る胸に視線を落とす。  
案の定、手と胸の間にあって然るべきもの――下着が、なくなっていた。  
「ひぇー! 下着もなーい!!」  
「ヒャッヒャッヒャッ、わらわの手に掛かればチョロいもんでありんす!」  
ひまわりが目線を上げると、彼女の下着――ちなみに白――を持ったヒメジが誇らしげに佇んでいた。腰に手を当て見栄を切るおまけまでついている。  
「男を落とすには色気、エロスが一番なんでありんすっ!」  
「いえ、あの、だからそういうのではなくてぇ〜」  
「でもひまわり、あんまり色気ないでありんすなぁ。エロスならぬヘボスって感じでありんす」  
ものすごい失礼な言であるが、本人に自覚はないらしく悪びれる様子もない。  
「わらわみたいに出るとこ出てないと、男は落ちないでありんすよ?」  
これじゃあ脱がせてがっかりでありんす、と追い打ちするのも忘れていない。  
何か泣きたくなってきた、とひまわりは思った。  
「う〜ん……こんなつるぺたで効果があるか分からないでありんすが、とりあえずやってみるでありんすよ?」  
と、言い終わる前にヒメジがひまわりのスカートを下着と一緒にひっぺがした。  
「いやぁぁぁっ!?」  
「ヒャッヒャッヒャッ、きぇぇぇぇぇい!」  
間を置かず気合一閃、どこからか取り出した赤いリボンをひまわりの体に巻き付けてみせた。一応、隠すべきところはきちんと隠している。  
とはいえきちんと隠れているのは乳首と股間くらいのもので、見た目は露出狂そのものである。  
「なっ、何ですかこれっ!」  
「ラッピングでありんす」  
「あ、なるほど。……って、何で私がリボンで縛られなきゃいけないんですかっ!」  
「これで私を食べてぇ〜とか言えば、きっとハヤトは良いではないか苦しゅうないって感じで飛び掛ってくるでありんすよ?」  
どうも時代劇における悪代官御乱行のような想定をヒメジはしているらしい。  
それなら和服を着せるのが筋であるが、ヒメジにその辺の正確性を期待してはいけない。  
ひまわりは一通り想像してみたが、あまりの恥ずかしさに卒倒しそうになった。  
「あ……ありがとうございました。参考にさせてもらいます……」  
「困ったらいつでも相談にのるでありんすよ〜」  
妙に明るいヒメジと対照的に、ひまわりは異常に重たい足取りで部屋を後にした。  
 
 
ひまわりは続いてゆすらの部屋を尋ねた。  
「ゆすらちゃ〜ん……」  
「ひ、ひまわりっ! 何その格好!?」  
「ふえ?」  
と、自分の格好を見直してみて死ぬほど驚いた。そういえばヒメジから服を返してもらっていない。  
素っ裸にリボン一本を巻き締めただけ、というなんだかいろんな意味で危ない格好のままである。  
「いやぁぁぁぁ!?」  
ひまわりは脱兎の如く駆け出すと、五分ほどして戻ってきた。  
ヒメジから返してもらったのか、平素身につけているセーラー服に戻っている。  
「はぁ、はぁ、すみません。お騒がせして……」  
「……ひまわり、大丈夫?」  
どういう意味でですか、とは流石に聞けない。  
気を取り直し、ひまわりは手短に事情を説明した。曰く、ヒメジに相談したら何だかすごい助言を頂いた等々。  
「あはははは! もう、ヒメジったらアメリカクロクマ並にクレバーねー!」  
「笑い事じゃないですよぅ」  
「ふふふ、いいじゃない。あの子もあの子なりに一生懸命考えてくれたんだし!」  
「ゆすらちゃぁ〜ん」  
ひまわりは今にも泣き出しそうである。  
ここに至ってようやくゆすらも真面目に考え始めた。ひまわりの様子を見て不憫に思ったのかもしれない。  
自室でのひまわりよろしくうんうん唸っているところからすると、かなり真面目に考えてくれているのかもしれない。  
(ああ、ゆすらちゃんに相談してよかった……!)  
ひまわりが一人悦に浸っていると、ゆすらがものすごい大声で出来た、と叫んだ。  
一瞬ゆすらの頭上に巨大な電球が見えたものの、ひまわりは見なかったことにしている。  
襟を正し姿勢を正し、ゆすらの声に耳を傾ける準備を整えた。  
「名付けて『乙女は薔薇の中で大人になるのっ』作戦っ!」  
やっぱり相談しない方がよかったかな、とひまわりは思った。  
(ううん、そんなこと考えちゃダメっ。ゆすらちゃんがあんな真面目に考えてくれたんだもん!)  
「作戦は簡単よー。まず、ひまわりはすーっっっっごく着飾るの! もうフリフリのキラキラッ!」  
心底楽しいのであろう、これ以上ないくらい輝きに満ちた目をゆすらはしている。  
衣装の説明をし始めたものの、ひまわりの知らない単語が目白押しなため当の本人は殆ど理解できずにいた。  
(ご、ごしっくって何? びすちぇ? おーぷんなはーふばっくでえれがんすに誘惑? 一体何!?)  
が、ゆすらはひまわりの混乱に頓着することなく説明を続けていく。  
「じゃあ早速着てみよーっ!」  
あっという間に下着とワンピース合わせて十着ほどを衣装箪笥から選びだし、ひまわりの前に並べて見せた。  
下着は三着、ワンピースが七着である。  
「下着はこれかこれ、思い切るならこれねっ! ちょっと大胆だけど、そのギャップがまた良いのよー!」  
「はあ……」  
ゆすらの指し示した三つはいずれも、妙にフリルの多い下着である。うちのひとつはビスチェだが、ひまわりはその呼称を知らない。  
(ゆすらちゃん、なんでこんなの持ってるんだろう?)  
小首を傾げながら眺め回していると、不意にひまわりの目線がある箇所に釘付けとなった。  
(あ。これ、穴開いてる)  
最初は虫食い穴かと思ったが、それにしては開き方がおかしい。虫食い穴なら丸くあって然るべきだが、この穴はスリットのような趣をしているのである。  
それも、何故か穴が開いてはいけない場所にばかり開いている。不思議に思い手にとってみたが、やはり虫食い穴とは思えなかった。  
 
「ひまわり、それ気に入ったの?」  
「え? あ、いや、その……えぇっ?」  
ショーツの後ろ半分がメッシュになっていることに、ひまわりが驚きの声をあげた。  
「ゆすらちゃん、これ……」  
「メッシュのハーフバック、それでもってオープンな大胆な一品よー! もうハヤトもメロメロっ!」  
ひまわりってば意外と大胆、とゆすらは一人で盛り上がっているが、そのひまわり本人は相変わらず置いて行かれっぱなしである。  
しかも残り二つのうち片方は似たような形、もう片方のビスチェは胸のところに生地が一切ない代物ときている。  
抗弁と選択の余地がない。  
「ええと、ゆすらちゃん。服は後でゆっくり見させてくれない?」  
「もう決めたのー?」  
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」  
適当に宥めすかしてこの場を辞そうと試みたひまわりであったが、  
「それじゃあ次は具体的な中身のお話ねっ!」  
と、一瞬で逃れる機会を失ってしまった。  
ひまわりは本日二度目の何だか泣きたくなる気持ちに包まれた。  
「……まわりっ? ひまわり!」  
「ひゃいっ!?」  
「もう。聞いてるのー?」  
どうやら呆けていたらしい。ゆすらが頬を膨らませて抗議している。  
「ごめんなさい! あの、もう一度最初から……」  
謝ると、ゆすらは再び機嫌良く話し始めた。  
「まずねまずね、ものすっっっっっっっっごい量の薔薇を用意するの! で、その中にひまわりが横たわるのよー!」  
なんだか痛そうだなぁとひまわりは思ったものの、ゆすらの演説には口を差し挟む隙がない。  
「そしたら今度はハヤトねっ。ハヤトにはまず、なんでもいいから食べ物を一杯食べさせるの!」  
何でも良くはないですとひまわりは言おうとしたが、ゆすらの勢いに圧倒されて結局何も言えなかった。  
「で、その食べ物にしきみの薬をちょちょいと盛っちゃうのー。そしたらハヤト、ラッキョザル並に夢中になっちゃうはずよー!」  
「あ、あのー」  
「ああ、薔薇の中で最愛の人と結ばれるなんて……浪漫だわーっ!」  
「ですから!」  
「正装したハヤトが『ひまわり、お前が欲しい』なーんて、キャーっ!」  
「もしもし?」  
「もうこれは朝まで確定ねっ! 二人とも若いんだし!」  
だからひまわり、私に任せてとゆすらは胸を張って言った。が、それではお願い致しますと言えるほどひまわりの肝は太くない。  
あざみやしきみのところにも行ってから、と半ば逃げるようにひまわりは部屋を後にした。  
 

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